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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
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〈第11話〉舞台袖の異物


 最初に感じたのは、鉛のような重い何かが自分にまとわりついた感覚だった。

 冗談だろうと、否定の言葉を喉の奥で転がそうにも、じっとこっちを見つめているディオスの瞳がそれを許さない。


「待て、よ……意味が、分からない…」


 光を吸い込み、一切の反射を拒絶する孔。

 それを目にすると、世界そのものが薄皮を剥がされるように、この『真実』を受け入れざるを得なくなった。


「……全部、全部、最初から決められた展開……物語…?」


「『物語』……そうだね。」


 ディオスは崖の縁に腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らす。

 その仕草はどこまでも軽薄。

 だが、振り返って見せた瞳の奥に宿る影だけは、底知れない冷たさと好奇心を孕んでいた。


 風は止まったわけではなく、不自然に遠ざかっていく。

 それなのに、周囲の音が遠のき、ディオスが口を開くまでの数秒が、延々と引き延ばしたかのように長く感じられた。


「……君が今、この瞬間に吸っている空気も、足元の土の感触も、そしてその煮え繰り返るような感情さえも……言ってしまえば、僕にとっては一冊の書物に綴られた『記述』の一つ。」


 ディオスは空中に指先で円を描く。

 すると、そこには見たこともない幾何学的な紋様が淡く発光し、すぐに霧散した。


「君たちは、この物語(世界)の自分の人生を『現実』と呼ぶ……でもね?『外側』から見ればそれは、あらかじめ決められた起承転結。あるいは、誰かの気まぐれで書き換えられる『物語』だったんだよ。」


 言葉を続けたながら身体を向き直し、正面から俺を見据えた。

 その立ち姿が、今までよりも異質に、悍ましくさえ見える。


「『外側』から見ればそれは、あらかじめ決められた起承転結。あるいは……誰かの気まぐれで書き換えられる『物語』だったんだよ。」


 一歩、ディオスがこちらへ歩み寄る。

 その距離が縮まるにつれ、肌を刺すようなプレッシャーが強まっていく。

 氷を直接肌に押し当てられたような、血の凍るような冷気が身体を侵食した。


「さて、そこで問題だね?もし、自分の人生が誰かの書いた『物語』だとしたら……君はその登場人物として、予定調和なハッピーエンドを望む?」


 人の形を成していない怪物のようにさえ見える。

 伸びる影が不規則に形を変え、異形となり、空気もそれに合わせて重苦しく沈む。


「それとも、作者のペンをへし折って、白紙のページを汚してでも『自分』を刻み込む?」


 その問いかけは、もはや確認ですらなかった。

 俺がどちらの答えを選ぶのか、それすらも『知っている』と言わんばかりの、残酷なまでの表情。


「ねぇ?君は一体どっちを……」


「ふざけんな…!!」

 

 叫びは、自分という存在が誰かの掌の上で踊らされていた事実への、猛烈な拒絶だった。

 ディオスの胸元へ詰め寄る刹那、泥濘ぬかるみを這いずり回るような、今までの記憶が脳裏をかすめる。


「ふざ、けんなよ……何が物語だ…!!俺の今までの『意思』は、最初から存在しなかったって、言うのかよ…!?」


 受け入れ難い真実に対し、頭の中で記憶と共にさらにごちゃごちゃになっていく。

 そして、首に残っている傷跡が熱を帯びて締め上げるように痛み出す。

 鼓動に合わせて脈打つ痛みが、自分が『書き文字』ではなく、まだ『生きて』いることを叫んでいるようだった。


「まぁ、君の心情は察するよ……というか、それくらいしかできないし…」


 そんな自分を見てディオスは静かに、まるで鈴のような鮮明な声で口を開く。


「ふざけたことを言うなッ!お前なんかに俺の…!!」


 その言葉に、俺は初めて自分から近づき、その胸ぐらを掴んだ。

 手の下で、鼓動がやけに規則正しく響いている。

 まるで精巧な時計のように、無機質で迷いのないリズム。


「いやいや、ふざけてなんかないよ。」


 その表情は変わらず、凪いでいた。

 ただ、こちらの潜在意識の奥底まで覗き込むような、底なしの黒い瞳が向けられている。


「むしろ、真面目に君へこうして『現実』を伝えているんだしね?」


「何が、現実だ…!!そもそも全てが『物語』なんてこと自体が…」


 怒鳴り声と同時に胸ぐらを掴んだその感触は、妙に軽く、空を握っているような虚ろさがあった。

 確かな手応えはあるはずなのに、指の間から存在そのものが蒸発していくような、薄気味悪い手応えのなさ。

 掌からすり抜けていくような感覚に、ますます苛立ちは募る。


「じゃあ……僕が君の前世の名前を知っていた理由は?どうして、君が何が原因で死んだのかを、今日初めて出会ったばかりの僕は把握しているの?」


「………っ!」


 喉の奥から迸る言葉は、自分でも制御できないほど荒々しかったが、その言葉で固まる。

 沈黙が、重い幕のように間に降りた。


「……知らないはずでしょ、あの人たち以外?これ、一番一緒にいるフルドにも、伝えてなかったことだもんね?」


 背筋にじっとりと汗が張り付き、衣服が肌を縛りつけるように重い。

 目の前のディオスは瞬きもせず、ただ静かに、俺の瞳の奥で揺れる絶望を観察し続けていた。


「それ……は…」


「もちろん、知らなかった部分もあるよ……けれど、それはさっきの反応で少し知ることはできた。」


 掴んだ腕が、自らの意思を裏切るように小刻みに震えている。

 怒りなのか、根源的な恐怖なのか。

 その境界線はすでに曖昧になり、ただ不快な振動だけが掌から全身へと伝播していった。


「全て幻でも、虚像でもなくてさ……少なくとも、今君が過去を思い出して痛みを覚えたのは、事実だったでしょ?」  


 瞬間、鋭利なガラス片で心臓を撫でられたような痛みが走った。

 否定しようにも、ディオスの言葉の棘は、俺の魂にこびりついた記憶の瘡蓋かさぶたを容赦なく剥ぎ取っていく。


「違う……それが、そんなのが…!全て『物語』なんていう証明になるわけ…」


 あの時。

 強く締め付けられた喉から、絶望と共に漏れ出た空気。

 鉄錆の匂いが混じる血の生温かさ。

 耳朶を打った誰かの悲鳴と、形にならずに消えた、自分自身の最期の助けを求める声。


 それらは全部、確かに血が通っていたはずの『現実』だった。


 そしてそれは、この世界の誰にも届かなかったはずの残響。

 だというのに、コイツは『すべて知っている』。


「違う、だろ……だって…」


 喉元を塞ぐような沈黙が流れる。

 崖下を流れる風の音さえ、書物のページをめくる無機質な音に聴こえた。

 コイツが俺の人生を読み、消費した『読み手』であるという、残酷なまでの確信。


「………何だよ…それ…」


 掴んでいた胸ぐらから力が抜け、指が滑り落ちる。

 支えを失い、幽霊にでも押されたように一歩、また一歩と後退した。

 

「……悲劇を背負うことも、誰かを救うことも、全て書き手の意思によって与えられた『役割』に過ぎなくて、それがこの物語(世界)の現実で…」


 ディオスは、今度は小雨の降る午後のような、湿り気を帯びた声でポツリと呟いた。

 その顔は無機質で、精巧に作られた人形のように血色が失われていた。

 冷酷な真実を告げるその声音からは、一切の感情が削ぎ落とされ、砂漠のように乾いている。


「はぁ……本当、気味が悪いよね…」


 指先が吸い込まれるように草をなぞり、一本の葉を無造作に、命の重みを感じさせない手つきで摘み取る。

 一見、その仕草は子供の遊びのようにも見えた。

 だが、周囲の時を止めてしまったかのような異様な静止を孕んでいる。


「…でも、これは物語の世界だけに留まらないよ。この世界を作り出した『書き手』がいるように、僕の世界のあらゆるものも、そういう存在によって作り出された。」


「………はっ…?」


「同じようなものだよ。立っている場所が違うだけで、君と僕はさ…」


 ディオスは、摘み取ったばかりの草をひらひらと指先から放した。

 その緑の破片が重力に従い、地面に落ちる。

 カサリという微かな音が、終わりを告げる音のように鮮明に響き、ドクンと跳ねた鼓動と重なった。


「根本はさ……何も変わらないよ。だから僕は、君に共感できるんだ?」


「何、が……『共感ができる』だ!?」


 ディオスの声音には、薄氷を踏み抜くような危うい柔らかさが混じっていた。

 喉を引き裂くように叫ぶ。

 だが、吐き出した言葉は虚空に吸い込まれ、崖下へと消えていく。


「俺はただの見せ物で、お前はっ…!!」


「……そんな事ないよ。」


 ディオスの瞳が、不意にこちらを射抜いた。

 光を拒絶していたはずのその瞳に、一瞬だけ、底の知れない孤独と親密さが滲む。


「だって、僕は君と同じで『作られたもの』なんだからさ?」


 それは鏡に映った自分を見つめるような、あまりに純粋で、それゆえに悍ましい眼差しだった。

 背筋を冷たい刃でじりじりと撫でられたような、生理的な悪寒が駆け抜ける。


「……どういう意味なんだ、それは…?」


 自分の声が、枯れ葉のように乾いて震えているのがわかった。

 問いかけながらも、その先にある深淵を覗きたくないと、本能が警鐘を鳴らしている。


「言葉の通りだよ…」


 知らなければならないという焦燥と、知れば壊れてしまうという恐怖。

 その矛盾した二つの感情が、焼けた鉄の輪のように喉を締めつけた。


「意味なんて、最初から存在しないかもしれないんだよ。僕らはただ、誰かの想像力という檻の中で『生』という目的を与えられて、ただそこ『ある』だけで…」


 ディオスは、力が抜けてその場に座り込んでしまった俺をしゃがんで目線を合わせ、頬杖をつきながら薄く笑った。

 その微笑みは、もはや楽しげなものではない。

 感情を剥ぎ取られ、ただ『笑顔』という形だけを模した仮面のようだった。


「……自分の選択を意思だと思い込んで、無数に枝分かれした運命の一つを歩んでいるつもりになる…」


 周囲の風が、死んだように止まる。

 俺とディオスだけが、未完成のキャンバスの上に放置されたかのような、奇妙な断絶感だけが残された。


「でも……本当は、最初から用意された線路を走らされているに過ぎないかもしれないのにね?」


 ひらひらと落ちた草の葉が、足元から流れて崖下へと消えていく。

 それを見下ろしながら、ディオスは続けた。


「けれど、『意思があると錯覚できること』。それこそがいわゆる尊厳で、僕らの存在を形作る、唯一のものだと思うんだ?」


「……錯覚、が…?」


「うん。それなら虚構だろうと、役割だろうと、その錯覚を真実として守ろうと足掻くからこそ、それは『人』の証明になる……そう、思ってるんだ…」


 その言葉は冷酷な断定でありながら、不思議な温度を孕んでいた。

 対して俺は、何も言い返せなかった。

 ただ胸の奥で、氷と炎が同時に渦を巻いているような感覚だけが広がっていく。


「……でも、確かに君には決定的に違う部分がある。それこそー…」


 続きの言葉は、意思とは無関係に口から溢れた。

 いや、この空気の圧に押されたように、無理やりに。


「……一つの、物語として……作られている…」


「おおっ、その通り。察しがいいね!」


 ポツリと溢れた俺の言葉に、ディオスは弾かれたように指を回す。

 そして、役者が喝采を浴びた時のように大袈裟に肩を揺らした。


「過去から結末までの道筋が、インクの羅列みたいに確定している……こうなってしまえば、それはもはや錯覚にすらならなくて、選ぶことさえ許されないただの『記録』になってしまうね…」


 ディオスはそう言いながら、不意に呆れたような動きを見せる。

 喉の奥が砂を噛んだように乾き、息を吸い込む微かな音でさえ、静寂を汚す不純物として聴き取られてしまいそうで口を固く閉ざした。

 先ほどまでの軽薄さが嘘のように消え失せ、底冷えするような虚無を湛えたディオスの姿を見据えることしか出来ない。


「だから本来、この世界で起こる全ては『物語の展開通りに進む』だけ。意思を持とうとも、君は書かれた文章に従うのが、物語の内の1人だからね?」


「はは……なんだ、それ…理解、できるわけないだろ…」


 言葉は聞こえているのに、意味が頭に入ってこない。

 あまりにも暴力的な視点の話に、脳が焼き切れそうにさえなる。

 

「……僕は、この物語を元々読んで『一つの結末への過程』を知った。」


 続けて出たその声は妙に軽い。

 だが、軽さの裏に潜む『自覚ある異物』という確信が、こっちの身体を締め上げていった。


 口は再び接合されたように固くなって動かない。

 目の前にいるのは人間なのか。

 それとも、人間の形をした現象そのものなのか。


「でも、それは僕にとってもあまり美味しくないものだったからね……いわゆる、ある種のバッドエンドに行くもの?」


「……はっ…?」


 徹頭徹尾、劇場の特等席から舞台を見下ろす観客の視点で語っている。

 その言葉の温度のなさに、胸の奥には泥のような澱みが溜まっていくばかりだった。


「おまけに、何より『未完』だったんだよね…」


 ぼんやりとした表情で空を見上げ、コイツは雲の動きを目で追っていた。

 片眼鏡の紐の先で揺れる、血のように紅い宝石。

 それが日の光を飲み込み、濁った燐光を放っている。

 輝きさえも、この世界の理から外れた不吉な色調を帯びていた。


「……だから、どうせなら自分なりに、先が想像することしかできない、この物語(世界)の結末を変えてみようとも思ったんだ?」


 思考の迷宮に閉じ込められた俺を置き去りにして、ディオスの声が不自然なほど明るく響き渡る。

 顔を上げれば、そこには再び、何事もなかったかのような陽気な笑顔が張り付いていた。

 まるでページをめくるように、感情を瞬時に切り替えるその様に言葉にできない戦慄を覚えた。


「色々と絡み合って、どこかしらで繋がっている人が持つ関係性ってものを、色濃く感じられるこの物語(世界)をね!」

 

 向けられたのは、一点の曇りもない鮮烈な笑顔だった。

 だが、その顔を凝視するほどに、身体を素手で弄られるような不気味さがこみ上げてくる。

 まるで、一つ一つが独立した人間の表情を、その時々で貼り付けているかのような変遷。

 

「これは持論だけどさぁ……誰だって、自分が突然断筆されるようなバッドエンドは御免被りたいでしょ?でも、どれだけ忌避していても、理不尽に命が奪われることはある…」


「………」


「……君がそうだったようにね?」


 否定の言葉が、喉に張り付いて出てこない。


「確かに君は、『決まった手順に動く物語の登場人物』。まぁ……それでも物語の中で、この世界で生きる権利を与えられたんだし、それだけで、無数の『書かれなかった人たち』よりは、ずっと幸せだと思わない?」


「そんな、ことっ……あんなことがあっても、そう言えることか…!?」


 乾ききった喉を、熱を帯びすぎた怒鳴り声が突き破る。

 吐き出した言葉は、自分のものではない別の生き物の咆哮のように、崖の岩肌に虚しく反響した。


「……ほら、今の君の叫び通りじゃない?君がそう叫ぶことで、今この瞬間も、物語の続きを紡ぐことを選んでいる。君は自分の意思じゃなくても、それを選択してこうして生きているんだよ?」


「な……ッ!?」


「意思がどうあれ、心臓が動き、声が上がる。その生命活動そのものが、君がこの『配役』を全うしようとする、何より貪欲な選択の結果。」


 ディオスの返答に、迷いの色は微塵もなかった。

 重力さえ感じさせないほどに軽い声音。

 だというのに、その言葉の一つ一つが逃げ場を塞ぐ鉄柵となって周囲に突き立てられていく。


「でも、人が人たらしめる条件……それはさっき言ったみたいに、与えられた運命をただ受け入れるんじゃなくて、自分で『選んだ』と錯覚し続けられることじゃない?」


 挑発でもなく、ましてや皮肉でもない。

 まるで答えを読み上げるように静かに断言した。

 それを耳にした瞬間、口の中に何か噛んだような苦い後味がじわじわと広がり、胃の腑が鉛を流し込まれたように重く沈んでいった。


「だって、たとえ筋書きが決まっていたとしても、『選んだ』と思える瞬間が、人の在り方みたいなものなんだからさ……違う?」


 話をすればするほど、境界線が溶けていくような眩暈を覚える。

 ディオスという、一個の人間と対峙しているのではない。


「ーーそういう『主観』こそが、誰にも犯せないものだって、そう思わない?」


 何重にも重なり、何千もの人生を読み飛ばしてきた、顔を持たない『誰か』の群れと話しているような感覚。

 次々と切り替わるその表情を見ていると、現実のピントが狂いそうになる。

 自分が誰に問いかけているのかさえ、霧の向こうへ消えていく。


「……それでもね?君は、『枠』を飛び越えて選ぶことができる。」


 抗えない。

 抗うための言葉そのものが、すでに『記述』の中に含まれているのではないかという疑念が、息を吸うことを困難にさせた。


「……枠を、飛び越えられる…?」


「そう!物語の筋書きに縛られる必要なんてない!決められた運命をなぞるだけじゃなく、自分の意思で歩むことができる!」


 ディオスは高らかに声を上げ、自身の心臓付近にそっと掌を置いた。

 それは、自らの鼓動を確かめるための沈黙か。

 あるいはこの場に流れる緊迫した時間を、押し止めるための間のようだった。


「だって、こうして『僕』が目の前にいること自体が、その証拠なんだからね?」

 

 反論しようとしたが、喉の奥で言葉が詰まった。

 ディオスの言葉は、理屈としては穴だらけのはずなのに、不思議と否定できない。

 まるで『そうあってほしい』と、自分の心の中で甘い毒を望むようにその言葉を求めていた。


「線路は決まっているかもしれない。……でも、どの『分岐を通ったことにされるか』は別だよ。」


 その声は、鏡面のように澄んでいた。

 虚飾に満ちているはずなのに、不思議と欺瞞の影が見えない。


「何より、物語の過程は、ページを捲られるまで確定しないからね?」


 信じるべきではない。

 だが、その差し出された手だけが暗闇の中で唯一光っているようにも見えた。


「けれど、少なくとも僕は、そんな結末に至らせない……たとえ君が僕を疑い続けても、それだけは譲れないかな?」


 曖昧な沈黙の中、風が吹き抜けて摘み取られた草の葉を攫っていく。

 それはまるで『決められた線路』から外れて、どこまでも漂っていくように見えた。


「……違う、結末…」


 自分でも気づかぬうちに、声が漏れていた。

 その言葉は恐怖と同時に、奇妙な熱を胸の奥に芽生えさせていた。

 そして、ディオスはゆっくりと背を向け、再び崖の縁に腰を預けた。


「でも結局、それを選ぶのは君だよ、アベル。僕が出来ることと言えば、ただ舞台袖から幕を揺らすだけだからね…」


 再び座り込んだディオスの目はじっと、自分に向けられている。

 急かすわけでもなく、ただ答えを待っていた。


「……でも、君自身が選ぶ。そうすれば、君の次の行動は作者にも読者()にも予測できない、『未知』なものになるはずだよ?」


「俺……は…」


 だとしたら、俺はコイツを、ディオスという存在を……


「それに、全て展開通りの都合良くなんて……まるで笑えない御話じゃない?」


 残された俺の手の中には、握りしめた草の葉の湿った緑の感触が残っている。

 それは確かにこの世界の理ではなく、俺が自らの意志で『掴み取った』もののように思えた。


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