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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
11/12

〈第10話〉作られた悲劇


「さて、君は色々と思っていると思うけど、まずは何の話をしていこっか……あっ、適当に座ってね〜。」


 ヴォルティートはそう言いながら、陽光を弾いて艶めく草原の上。

 そこに羽毛でも置くような軽やかさで腰を下ろした。


「………」


 同じように腰を下ろしながらも、決して視線を逸らさない。

 その双眸に映る得体の知れない『何か』を警戒しながら、沈み込むような足取りで正面に向かい合う。


「(見る限り、敵意はない…?でも、底が見えない……何を考えてんのかが、本当に…)」


「あっ。そうだアベル……いや、転生前の名前は『四季倉ライ』だったよね?」


「はあっ…!?」


 心臓を冷たい指で直接撫でられたような、生理的な悪寒が駆け抜けた。

 反射的に跳ね起き、草原を蹴って距離を取る。

 呼吸が乱れ、喉の奥が引き攣れる。

 困惑を通り越し、生存本能が『逃げろ』と警鐘を鳴らしていた。


「だったら君は〜……どっちの名前で呼んでほしいかなぁ?」


 風にそよぐ草木のように、あまりにも自然な口調だった。

 だが、その言葉の意味はあまりに重い。


 ありえない。

 どうして、コイツがこの名前を知っている?


「結構驚いたでしょ!?この世界で君の本名を知っているのは、今のところ限られた人だけで…」


 偶然か?――否。

 誰かに聞いた?――それも有り得ない。

 自分が過去を明かされた相手なんて、この世界のどこを探したって、あの人たち以外にいるはずがないんだ。

 何より、コイツとは今日、初めて出会った。


「……っ…」


 脳裏を過る様々な仮説が、パズルのピースのように噛み合わぬまま霧散していく。

 親しい友人に出会い頭に挨拶して、道でも尋ねるような軽薄なノリ。

 それがより一層、目の前の存在を異形の怪物へと塗り替えていく。


「………気っ持ち悪ッ…!!」


 思考が焼き切れる寸前、絞り出すように漏れたのは、拒絶の言葉だった。


「いや、ちょっと!?その反応は流石にストレートすぎないかなぁ!?」

 

「あ、当たり前だろ…っ!?どこのどいつが、自分の名前言い当てられて、笑顔で応じるってんだ…!」


 言葉を吐き出すたび、恐怖とは別の粘りつくような嫌悪感がせり上がってくる。

 握りしめた拳の中で、手のひらがじっとりと湿っていくのが分かった。

 理解の範疇を超えた事実に心臓が、そして肉体が勝手に震えて止まらない。


「っ……本当に何なんだお前は…!本当に俺の前の名前も分かりきってて当てたのか?!目的は一体何だ!?何を求めてこの世界に来た…!!」


「あー!分かった、分かったから!聞きたいことが山積みなのは重々承知してるけどさ…!そんなに一息に捲し立てなくても、一つずつ、丁寧に、ちゃーんと答えさせてよ…!?」


 矢継ぎ早の糾弾を浴びて、コイツは苦い果実でも噛み潰したかのような、ひどく歪な愛想笑いを浮かべた。

 未だかつて経験したことのない異常事態。

 自分の心臓の音が、耳の奥で早鐘のように打ち鳴らされているのが分かる。

 一度、肺に溜まった澱みを吐き出すように大きく息を吐き、改めてヴォルティートを凝視した。


「はぁ、はぁ……っ……意味わかんねぇ…」


 喉の奥が、乾いた熱に焼かれてひりつく。

 大気はにわかに質量を増し、呼吸のたびに肺の深部へざらついた砂が流れ込むような錯覚に陥る。

 視界の端では、正体不明の光芒が陽炎のようにゆらりと揺らめいていた。


「『お前は一体何なんだ』…!本当に、俺が予想で話をした通り、転生してきた術印使いなのか…!?」


 その声には、冷たい恐怖と、煮え立つような怒りがい交ぜになっていた。

 この目の前の非現実を、どうにか『言葉』という形に嵌め込むことで繋ぎ止めようとする足掻き。

 だが、真実を口に乗せた瞬間、確かな手応えは砂のように指の間からこぼれ落ち、いっそう遠のいていく。


「ああ、それはあの時の会話だね!」


 ヴォルティートは、三日月のように唇を吊り上げた。

 その笑みは無垢で、まるで楽しげな記憶をなぞるように明るい。


「いやぁ〜、あれは痺れたよ!本当に……君の勘の鋭さには、心底驚かされたね!」


 羽毛のように軽い口調。

 自分が期待していた通りの質問が来たことに対して、純粋な賞賛の言葉を口にしてきた。


「じゃあ、やっぱり…!」


「それについては正確に、かつ誠実に答えてあげよう!でも、ちょっと『ややこしい話』になるけどね…」


 それとほぼ同時だった。

 不意に吹き荒れた猛烈な突風が、鼓膜を、そして意識を蹂躙する。

 反射的に、眼球を守るように強く瞼を閉じた。


 数秒か、それ以上の時間が経過したのかすら分からない。

 暴力的な風が止み、恐る恐る光の中へ視線を投げたとき、そこにはあるはずのない景色が広がっていた。


「……!?」


 足元の柔らかな芝生は消え失せ、代わりに無機質な岩肌が剥き出しになっている。

 そこは、ヴォルティートと出会う直前に自分がフルドと共に立っていた崖の上だった。


 直前までそこにあった草原が、古びた絵画の顔料が剥落するように消え去っている。

 まるで一瞬にして世界を『上書き』されたかのような光景に、喉が痙攣し、言葉を失った。


「さて、改めて自己紹介と行こっか!」


 ヴォルティートは、この目の前の異常事態に欠片も触れず、午後のティータイムでも始めるかのような平然とした口調で言った。

 すぐに抗議の言葉をねじ込もうとしたが、こちらを観察するその瞳。

 楽しげな色を湛えながらも、その奥が宇宙のように暗く、凍りついているような眼差し。


 それを見た瞬間、言葉は喉の奥で氷塊となって固まった。


「僕の名前はこの世界では『ヴォルティート』と()()()()()!…あぁ、本名は『ディオス』だからそっち呼びでも構わないよ?」


「(……名前が二つ?それに、『なっている』…?)」


「んんっ……そして予想通り、君と同じようにこの世界とは違う世界から来た存在さ!でも、この『ヴォルティート』っていう名前は、君も把握しているんじゃないかな?」


 世界の景観の変わったことの説明もしないまま話を続けるその姿は、得体が知れない。

 不気味さを通り越した複雑な感情が混ざり合って、正常であろうとする自分の思考を阻害していた。


「……ヴォルティートという名前は、確かに存在している……じゃあ何で、お前がその名前まで…」


 ぐちゃぐちゃに混濁した記憶の底から必死に掬い上げた言葉は、もはや意味を成してはいなかった。

 ただ、この底知れない淵のような存在に対し、せめて『既知の現実』という足場を求めて縋り付いただけ。


 気分が悪く、熱病にうなされているような夢の中の感覚。

 だが、こめかみを突き刺す鋭利な痛みが、これが残酷なまでの現実であることを絶え間なく突きつけてくる。


「ほほう、中々いいところに気づいたね!確かにヴォルティートはこの世界に存在する名前。僕はね、君の来た方法とは違った『特殊な方法』で来たりすることができるんだよね?」


 再びコイツ……ディオスから流れてきたのは軽い声。

 けれどその響きは、底のない深い井戸へ石を投げ落とした時に返ってくる、湿った重みを帯びていた。


「それについて聞かせろ…!」


 すかさず、食らいつくように詰め寄って声を絞り出す。

 すると、ディオスは「待ってました」と言わんばかりに声のトーンを声を跳ね上げさせて口を開いた。


「それこそが、この世界特有の能力である『術印』とは違う力!僕は、これによって『その世界に存在する誰か』という配役になることができるんだ!」


「………」


 頭が、内側からじわじわと沸騰していく。

 脳の深部で、誰かの見えない指先が神経をなぞっているような、悍ましい違和感。

 真実を理解しようと手を伸ばすたび言葉は形を歪め、こぼれ落ちていった。


「あー、つまり……君みたいに『自分』という存在が違う世界に転生するわけじゃないんだ……どうかな?ここまでついてこれた?」


「い、や………もう、訳が分からない…」


「あっりゃぁ…」


 ハッキリとそう言い切ると、ディオスは表情を崩してどうしようかと悩んだ顔を作った。

 こんなにもコロコロと変わる表情に対して、かえって人間らしさを感じられずにいる。


「んんー……でも、そうだよねぇ?出会ってそんな経ってない人間から、こんなこと急に言われたら困惑するよね……実際、僕としても言語化しての説明は骨が折れるし?」


「……いいから、噛み砕け。一言でまとめてくれ…」


「じゃあ……厳密には違うけど、簡単に言えば『僕は君と同じような異邦人』だと思ってくれていいよ?」


 その言葉で、ようやく荒れ狂っていた思考の波が、一つの結末へと収束した。


「オッケー……こっからはそういう認識でいく…」


「よし、やった!」


 満足げに笑ったディオスが、こちらの顔を覗き込んできた。

 その時、ヴォルティートの瞳の奥に、禍々しく蠢く禁忌の紋様が浮上する。


「………!」

 

「配役として変わっただけだからね……この紋様も、扱える術印の力も、本物だよ?」


 トントンと、ディオスは閉じた瞼の越しに自分の目を軽く叩いた。

 自分も扱うことができるからこそ、今の紋様が決して作り物ではないのはよく分かる。


 だからこそ、どれほど異質であろうとも、目の前の人間が正真正銘の『禁忌の術印使い』であることを残酷なまでに証明していた。


「(ここまでは、俺も聞いたことのある内容だ…)」


 かつてこの世界が滅亡の危機に瀕し、その元凶となり、今尚も忌み嫌われる存在。

 それが自分のの認識としての禁忌の術印使いであり、ディオスはその立ち位置。


「(……だがコイツは、俺と同じで……この世界に流れ落ちた存在…)」


 それでも、自分の中の考えが絶妙に噛み合わず、混乱と納得が同時に巻き起こっていた。


「……禁忌の術印の力は持っていることは、さっきの戦いで、嫌って言うほど理解は出来た…」


「ほほう!でも、僕と違って苦痛を受ける君が、構わず使い倒したのはビックリさせられたなぁ…」


「そうだよ……なんで、あんな飄々と使いこなせてるんだよ、お前は…!」


 禁忌の術印。

 発動の度に形容できないような激痛と、内臓を裏返されるような不快感を強いる、まさに呪いのようなもの。

 それに裏打ちされた強さはあれど、好き好んで使いたいなんて微塵も思わない。


「いやいや、痛みは本物だからね…?しっかり腕が取れかけた時は、焦ったし……『禁忌の長(ヴォルティート)』であったおかげで、君みたいに使う時の不快感とかはないんだけどね…」


 だが、本来の術印の使用者である『死神』と行動を共にする長だけは、その不浄から解き放たれているという。

 そして、さっきのディオスと意味不明なやり取りをしていたのが、おそらくその死神だ。

 あそこまで表情を変えることなく使いこなせていたのは、その死神がいるってことで…


「本当……ありがたいよー…」

 

 それが、目の前の人間が『本物』であるという、何よりの動かぬ証拠だった。


「……お前が、俺と同じような異邦人であることは理解した……だが、『特殊な力』って言うのは結局何なんだ…?」


 胸の奥に灯りかけた微かな安堵。

 自分と同じ孤独を抱えた者がいるという救いは、即座に新たな猜疑心によって踏みにじられた。


『この世界に、異邦人は俺だけではなかった。』


 その事実は、本来なら孤独を癒やすはずのもの。

 だが、輪郭を掴めないままの真実は、和らぐことのない底冷えするような恐怖だけを増幅させていた。


「例えば、そう……俗に言う、神様から異世界に召喚させられたとかか…」


「………」


 思考の海から、知識の断片や物語の常套句が勝手に浮上し、整列していく。

 『召喚』、『転生』、『神からの寵愛』。

 使い古されたそれらの言葉は、古い辞書のページが風に煽られるように次々と脳裏を掠めては、虚空へと消えていった。

 だが、目の前のディオスの表情と空気は、そのどれとも決定的なまでに違っている。


「……いや、でも『来たりすることができる』ってことは召喚や転生とは違うか…」


「いいね、いいねぇ〜!そうやって考えていくことが、生きてく上で重要なスパイスだからね!」


 ディオスは足元に転がっていた無機質な石をひょいと拾い上げると、無造作に崖下へと放った。

 放物線を描いて消えていく石。

 その行方すら追わないその視線は、こっちの思考さえも高い場所から俯瞰し、あらかじめ着地点を知っているかのようで、酷く居心地が悪い。


「まぁ……僕は、どちらかと言えば『与えられた力を使って自分の力で来た』と言った感じかな!」


「自分の、力で…?」


「ふふっ!凄いでしょ!」


 初対面のはずだ。

 なのに、ディオスの声音にはこちらの内側をすべて剥き出しにされたような、得体の知れない親密さが混じっている。

 こちらの混乱を置き去りにしたまま淡々と、しかしどこか楽しげに言葉を繋いだ。


「僕はさっき言ったみたいに、いわゆる異世界からきた。色んな目的があるんだけど、一つの大きな理由としては……『この物語』は一体どんなものなのかが気になったものでね?」


「(……ん?)」


 『物語』。


 困惑の霧の中で、その一言だけが鋭い棘となって耳に残った。

 ディオスが放ったその単語が、胸の奥で奇妙な不協和音を奏でる。


「おい、ちょっと待てよ……今、『物語が気になった』って言ったよな?」


 直感が、警鐘を鳴らしていた。

 これは単なる比喩ではなく、もっと根源的で特別な意味が込められていると。


「あっ……」


 再び食い気味に問い詰めると、ディオスはわざとらしく視線を泳がせた。


「それって……どういう意味だ?説明しろよ、ディオス。」


「ひ、引っ掛かっちゃったかー…」


 ディオスは困ったように眉を下げ、小声でボソボソと呟き始める。

 だが、確かに俺は、ディオスが漏らしたあの不可解な言葉を逃さなかった。

 

「いやぁ〜、君は僕のこと初めて名前で呼んでくれたね?うんうん、やっぱり嬉しいね!こうして自分の名前を呼んでくれるなんて、ねぇ〜?」


「(コイツ……わざとか?)……待てよ。」


 あからさまな話題逸らし。

 だが、その底にあるのは『もっと噛み付いてこい』という露骨な誘い。

 苛立ちで加速する思考が、身体に深呼吸の暇さえ与えず、次なる問いを叩きつけろと命じていた。


「話を逸らすな…!お前は、自分から俺に『何でも答えてやる』って言ったよな?!」


「………」


「なら、ちゃんとした答えを聞かせろ……噛み付いてほしいことには、今は喜んで乗ってやるから隠し事はなしだ…!」


 明らかにこのことから話を逸らそうとしたディオスに、再び答えを仰いだ。

 崖をなでる風の音だけが、自分達の間に流れる間を埋めていく。


 しかしながら、この指摘をしたのにもかかわらずその表情は変わらずどこか嬉しそうなもの。

 こちらが話を逸らしたことを指摘し、この質問が来ることを予測してたような表情。


「…っ……答えろよ!お前は、何を考えて俺に…」


「『読者』である僕が最初に感じた、この世界の君の印象は……『悲劇的な人間』って感じだったかな?」


 声色が一段と低くなる。

 あの時の、ほぼ動けずにディオスの動きを眺めることしかできなかった、檻のような時間。

 まるで、自分を鑑賞物のように見下ろしていた時のディオスが顔を出したみたいに。


「……はっ?」


「『自分が家族は殺した』と思い詰め、でも死ぬ直前まで抱えていた想いを向けることなく、離れたまま一つ前の人生を終えて…」


「……っ!!」


「そして、この世界でも振り回されて生きている。」


 刹那、周りから音が消え去る。

 それに合わせて身体が呼吸するのを拒むように動かなくなり、息が詰まって止まりそうになった。


「君自身は、なんにも悪いことしてないのに、人間が持つ感情に悪戯に振り回されていただけなのに……自分を恨んで死んだ。」

  

 なんで……コイツは知っている?


 俺の前世を、拭えない後悔を、骨身を焼くような苦しみを。

 この術印に刻み込まれた、澱を。

 まるで、広げた書物のあらすじをなぞるような、その無遠慮な口振りがただただ恐ろしい。


「そしてそれが、君の術印にも反映されている。」


「なん、で……お前が……そのことを…」


 頭の中が灰のように脆く崩れ、視界が真っ白に染まりかける。

 全てを知っているかのように話すディオスの目は、もうただの人間という枠に収まらない。

 それほどまで、あっけらかんとしていた目の前の人間が、得体の知れない化物だと本能的に理解した。


「いや、それだけじゃない…!『読者』ってのは、どういうことだよ…!? 意味が、全く…」


「これには、君自身に辿り着いてみてほしいかな?でも僕は度々、君に答えになるようなことを言ってたはずだよ?」


 ただ静かに、こっちの反応を待っている。

 『これ以上は語らない』。

 その瞳が、雄弁に拒絶を物語っていた。


 だが、コイツの土俵は明らかに自分の知る常識の外側にある。

 それを認めなければ、一歩も先へは進めない。


「(何を伝えたいんだ……コイツは、俺に…!)」


 だからこそ、熱を帯びた頭をフル回転させ、これまでの対話の中に落ちていた『違和感の破片』を拾い集める。

 ただ全て思考を、この事に割かせる必要があった。

 それほどまでに、目の前にいる『何か』から向けられる視線、興味、好奇心から目を背ける必要がある。


「(コイツが度々口にしてた言葉……)」


 頭の中に浮かび上がってきたのは、歪んだ表情と共に向けられてきた言葉だった。


ーー『君自身も、君が今まで見てきた景色も……すべてはただの『作られたもの』の類に過ぎないとか、考えたことはない?』

ーー『だから、こうして消してみてあげたんだ。『作られたもの』を、意味を持たない余白としてね?』


「(……作られた、もの…)」


ーー『インクの染み、みたいなものだよ。『物語』をドラマチックに見せるけど、それは肝心の真実を読めなくさせるだけ。』

ーー『やっぱり、こういう心理描写が鮮明に分かるからこそ、『物語の中』の世界は面白いよね?』


「(…物語…?)」


ーー『君のことは『進行上』だったら、あのままの状態にして立ち去るべきであったけど…』

ーー『もう結構、『本来の展開』とは全く違う動きしちゃってるね…』


「(進行上……本来の、展開…)」


 しかしこれが災いしたのだろう。


「……ぁ…?」


 得体の知れない何かを前にして出ててきた考え。


 それは、平時であれば失笑して切り捨てるような、あまりに馬鹿げた妄想。

 だが、今のこの不気味な気配の中では、それだけが『正解』として脈動を始めていた。


 そしてそれは、不気味な気配を漂わせながら顔を出す。


ーー『……ねっ。この物語の……』


「…………『主人公』…」


 俯瞰的に物事を捉える術を、半ば無理矢理にこの世界で自然と磨かれてきた。

 それにより、自然と頭の中でこの非現実なことが起きても、ある程度予想立てすることが出来るようになった。


 それでも、失笑してしまうほど馬鹿げた答えが出てきてしまったと。


 本当に、その程度の認識だった。


 何度自分の中でこの答えを反芻させても馬鹿馬鹿しい思う、パッと思い浮かんだ考え。


「この世界は『作られた物語の中』で……俺はその中で作られた『登場人物』…」


 我ながら、おかしなことを言っていると実感はある。

 だが、つらつらと何故か口から言葉が止まらない。


「そしてお前が、さっき言った『読者』……ってことか?」


 『世界とは神様によって作られた。』

 『世界は上位存在による実験場のような場所。』

 『世界は複数並行するように存在している。』


 自分の口にした『世界』の捉え方も様々。

 このような、それぞれが持っている虚言にも近い妄想の捉え方で言い表せてしまうものだと思っていた。


「………」


 沈黙の中、崖下から吹き上げる風の音が耳を裂く。

 その風の音さえも、この世界が崩壊する際の『ノイズ』のように聞こえた。


 その中でディオスは、こっちの想像とは違う。


「正解。」


 最も残酷で、最も救いのない肯定が、その口から放たれた。


「………はっ?」


 ディオスの口元が、再び少し歪めるような形を作った。

 その目には少し暗いものがあり、雲の隙間から出た太陽の光が、今は不気味に俺たち二人だけを照らしていた。


「こういうものの理解力の速さは、色んな創作物を見てきた現代人としての経験と……何より、『作者の設定』が故だね?」


 この瞬間に自分自身が馬鹿らしいと思っていた予想。

 だが、これがあまりにも重いものになって降りかかってくる感覚に襲われた。


「君は、あくまでこの物語(世界)の登場人物。それ以上でも、それ以下でもない…」


 辿り着いた答えから感じた、唯一の違和感の正体。

 耐え難い空白。

 しかし、それはあまりに重く、確かな記憶がある自分にのしかかって来るもの。


 その過去のすべてを否定する、虚無の毒だった。


「つまり、君がこれまで背負ってきた悲劇も、癒えない後悔も、すべては物語を劇的にするための『書き込み』に過ぎない、ということになるね?」


 今までの命を懸けた日々も、守りたかったもの。

 すべては、どこかの誰かを愉しませるための、予定調和な『筋書き』?


「どう、驚いたでしょ?僕は『読者』だからね……見えるものも知っていることも、君の想像よりずっと多いよ?」


 ディオスの声が耳にまとわりつく。

 だが、答えを得たはずなのに、心の中は霧がかかったように一層見えなくなっていた。


 まるで『自分』という存在の輪郭が、世界の『インク』に溶かされていくような。

 足場が崩れて消えていく、底知れない恐怖だけがそこに残っていた。


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