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エルムの灯火  作者: 孤猫
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追跡者ヴァルター

 王都アルヴェインの朝は、今日も騒がしかった。


 街の中央にそびえる時計塔が午前六時を告げると、無数のエルム機関が一斉に活動を始める。


 高架を貨物列車が走り、街灯が消え、工場の煙突から白い蒸気が立ち上る。


 人々は仕事へ向かい、商人は店を開き、整備士たちは機械の点検を始める。


 そんな、いつもと変わらない朝。


 ただ一軒。


 王都西区のアークライト機械修理店だけは、少々事情が異なっていた。


「……レオンさん」


「はい?」


「これは、何ですか?」


「扉です」


「……それはわかります」


 セリス・ヴァレンティアは、目の前の巨大な木製の板を見つめていた。


 それは昨日まで、工房の入口に取り付けられていた扉だった。


 正確には、現在も入口に存在している。


 ただし。


「……開かないのですが」


「そうなんですよねえ」


「そうなんですよねえ、ではありません!」


 セリスの怒声が、朝の工房に響いた。


 扉は、蝶番ごと壁に固定されていた。


 しかも、普通の工具では外せそうにないほど頑丈に。


 昨夜、ガルドが修理した結果である。


「……それで、どうするつもりですか?」


「とりあえず、外しましょうか」


「当然です!」


「ガルドー!」


「おう!」


 工房の奥から、大柄な青年が姿を現した。


 ガルド・ベルク。


 レオンの幼なじみにして、驚異的な筋力の持ち主。


 そして、工房の設備を破壊することに関しては、右に出る者がいない男だった。


「何だ、レオン!」


「扉、外してくれる?」


「いいのか!?」


「うん。開かないから」


「任せろ!」


 ガルドは扉に手をかけた。


 そのまま、軽く力を込める。


 みしり。


 壁が軋んだ。


 セリスの顔色が変わる。


「……ちょっと待ってください」


「ん?」


「蝶番を外せばいいのでは?」


「大丈夫だ!」


「何が大丈夫なのですか!?」


 ばきんっ。


 次の瞬間、扉が壁ごと外れた。


 ガルドは巨大な板を抱え、満足げに笑う。


「取れたぞ!」


「おお。ありがとう」


「……壁まで取れているでしょうが!」


 セリスは頭を抱えた。


 レオンは、ぽっかりと穴の開いた入口を眺める。


「……風通しがよくなったね」


「修理してください!」


「はいはい」


 今日もまた、平和な一日が始まろうとしていた。



     ◇



 同じころ。


 王都西区の外れにある古い建物では、一人の男が地図を眺めていた。


 ヴァルター・クロイツ。


 四十六歳。


 民間傭兵組織を率いる団長であり、反政府組織ビーコンの戦闘活動を支える男だった。


 もっとも、本人は自分たちのことを反政府組織だとは考えていない。


 少なくとも、最初はそうではなかった。


 娘の恋人が、突然いなくなった。


 ただ、それだけのことだった。


 最初は、政府に問い合わせた。


 研究所にも足を運んだ。


 知り合いの役人にも頼んだ。


 しかし、返ってくるのは曖昧な答えばかり。


 やがて、同じように家族を失った人々がいることを知った。


 そして、それらの失踪に政府が関係しているかもしれないと気づいたとき、状況は一変した。


 自分たちは、いつの間にか反逆者になっていた。


「……団長」


 背後から声が聞こえた。


 振り返ると、赤い髪の女性が立っていた。


 ローザ・グレン。


 娘のミリアが最初に相談した友人である。


「準備はできたよ」


「そうか」


 ヴァルターは短く答えた。


「人数は?」


「動けるのは四人。ほかは別の仕事があるからね」


「十分だ」


「……本当に?」


 ローザは少し不安そうだった。


「昨日の連中、普通じゃなかったよ」


「聞いている」


「特に、あの筋肉男」


「……筋肉男?」


「そう。名前はガルドって言うんだけど」


 ローザは腕を組んだ。


「うちの傭兵が使った衝撃装備、まともに効かなかったんだよ」


「……装備が故障していた可能性は?」


「いや、帰ってから確認したけど正常だった」


「…………」


 ヴァルターは少し考えた。


「なら、正面から相手にする必要はない」


「……どうするの?」


「俺たちの目的は戦闘ではない」


 ヴァルターは地図を指さした。


「記録装置の確保だ」


 王都西区から中央区へ向かう輸送路。


 その途中にある、古い貨物中継所。


 政府の回収担当者は、今朝、アークライト機械修理店から記録装置を受け取り、そこを経由して中央区の管理施設へ運ぶ予定だった。


「……昨日は、正面から装置を奪おうとして失敗した」


 ヴァルターが言う。


「相手の能力を知らず、力押しで解決しようとしたからだ」


「……うん」


「今日は違う」


 彼は地図から顔を上げた。


「相手の強さなど関係ない。俺たちは必要なものを持ち帰る。それだけだ」


 ローザは小さく頷いた。


 そのとき。


「あ、あの……」


 控えめな声が聞こえた。


 部屋の入口には、ミリア・クロイツが立っていた。


 柔らかな茶色の髪。


 優しげな瞳。


 しかし、その表情には不安が浮かんでいる。


「……お父さん」


「ミリア。起きていたのか」


「……はい」


 ミリアは、父親とローザを交互に見た。


「今日も……行くんですか?」


「ああ」


「……危ない、ですよね」


 ヴァルターは答えなかった。


 代わりに、ローザが笑う。


「大丈夫だって。今日は団長もいるんだから」


「……でも」


 ミリアは俯いた。


「私のせいで、みんなが危ないことをして……」


「ミリア」


 ヴァルターの声が、静かに響いた。


 娘が顔を上げる。


「お前のせいではない」


「……お父さん」


「俺たちは、それぞれ自分で決めてここにいる」


 ヴァルターは娘の前へ歩み寄った。


「お前が恋人を探したいと思うのは、当然のことだ」


「…………」


「そして、俺がお前を助けたいと思うのも、当然のことだ」


 ミリアは唇を噛んだ。


 しばらくして、小さく口を開く。


「……じゃあ、約束してください」


「何だ?」


「……できるだけ、誰も傷つけないでください」


 ヴァルターは少しだけ目を細めた。


 傭兵として、それを保証することはできない。


 戦いが始まれば、予想外のことはいくらでも起こる。


 しかし。


「……努力する」


 彼はそう答えた。


 ミリアは小さく頷いた。


「……お願いします」


 ヴァルターは娘の頭に、そっと手を置いた。


 そして、ローザへ視線を向ける。


「行くぞ」


「了解!」


 そうして、傭兵団長は朝の王都へ出ていった。



     ◇



 午前八時。


 アークライト機械修理店の前には、政府の輸送車が停まっていた。


 青いエルム機関を搭載した、小型の貨物運搬車。


 頑丈な荷台と、政府の紋章が刻まれた装甲板。


 その周囲では、数人の職員が積み込み作業を行っている。


「……それでは、装置を引き渡してください」


 セリスが言った。


「了解です」


 レオンは修理済みの輸送記録装置を持ち上げようとした。


 しかし。


「……重いな」


「俺が持つぞ!」


 ガルドが手を挙げた。


「いや、これはちょっと……」


「任せろ!」


「だから投げるなよ?」


「おう!」


 ガルドは装置を軽々と持ち上げた。


 レオンは慌てて声をかける。


「ゆっくり! ゆっくり運んで!」


「おう!」


「投げないで!」


「おう!」


「本当に!」


「わかってる!」


 ガルドは、慎重に歩き始めた。


 驚くほど慎重に。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 そして。


「……よし!」


 装置を持ったまま、勢いよく荷台へ飛び乗ろうとした。


「待てぇぇぇ!」


 レオンの叫びが響く。


 ガルドはぴたりと止まった。


「……何だ?」


「飛び乗らないで!」


「……歩けばいいのか?」


「そう! 普通に!」


「なるほど!」


 セリスはその光景を見ながら、深いため息をついた。


「……本当に、よく今まで工房が残っていましたね」


「僕もたまに不思議になります」


「……他人事ではありませんよ」


 やがて、装置は無事に荷台へ積み込まれた。


 セリスは職員から書類を受け取り、内容を確認する。


「……中継所で機器の動作確認?」


 彼女は眉を寄せた。


「直接、中央区へ運ぶのではないのですか?」


「はい。旧式機器のため、搬送中の振動による影響を確認する必要があるとのことです」


 職員が答える。


「また、修理担当者にも同行を要請するよう指示されています」


「……修理担当者?」


 セリスがレオンを見る。


 レオンは笑った。


「僕ですね」


「……そうなりますね」


「面白そうじゃないですか」


「仕事ですよ」


「わかってますよ」


「……本当に?」


「もちろん」


 レオンは輸送車を眺めた。


 政府の正式な輸送車に乗る機会など、めったにない。


 しかも、運ぶのは自分が修理した古い記録装置。


 道中で機械の動作を確認できるのなら、興味は十分にあった。


「……あ、そうだ」


 レオンは工房の中へ戻っていった。


 数分後。


 小さな工具箱と、木製の筒を持って戻ってくる。


 セリスが眉を寄せた。


「……何を持ってきたのですか?」


「工具です」


「……その筒は?」


「びよーん君四号です」


「…………」


 セリスは目を閉じた。


「……何に使うのですか」


「物を飛ばします」


「それは名前から何となく想像できます」


「三号より少し使いやすくなったんですよ」


 レオンは得意げだった。


「握る位置を変えて、片手でも扱えるようにしたんです」


「……なぜ?」


「何となく便利かなって」


「…………」


 セリスはため息をついた。


「……危険な使い方はしないでくださいね」


「はいはい」


 その横で、ガルドが目を輝かせていた。


「おお! 四号か!」


「そうだよ」


「投げてもいいか!?」


「駄目!」


「何でだ!?」


「まだ一回も使ってないから!」


「じゃあ、一回使ったらいいのか!?」


「そういう意味じゃない!」


 セリスは、二人を見つめた。


 そして、静かに呟いた。


「……今日も、長い一日になりそうですね」


 その予感だけは、見事に的中することになる。



     ◇



 政府の輸送車は、王都西区をゆっくりと進んでいた。


 高架の下を抜け、商店街を通り、工場区画へ向かう。


 車輪が石畳を踏むたびに、軽い振動が荷台へ伝わってくる。


 レオンは、記録装置の隣に座っていた。


 セリスも同行している。


 ガルドは後部の座席に腰を下ろしていたが、座席が小さすぎるため、ほとんど立っているような状態だった。


「……狭いな!」


「お前が大きすぎるんだよ」


「そうか!」


「うん」


 レオンは頷いた。


 そして、輸送車の壁面を眺める。


「……へえ」


「何ですか?」


 セリスが尋ねる。


「この車、結構古いんですね」


「現行の輸送車両ですよ」


「でも、駆動機構は一世代前のものです」


「……よくわかりましたね」


「音が違いますから」


「……音?」


「ほら、加速するときに少し引っかかるでしょう?」


 レオンが耳を澄ませる。


 セリスも静かに音を聞いた。


 確かに、駆動機構からわずかな不規則音が聞こえる。


「……なるほど」


「たぶん、変速機構の調整が甘いんですよ」


「……その可能性はありますね」


 セリスは小さく頷いた。


 この青年は、機械の異常に気づくのが早い。


 しかも、一般的な整備士なら見逃すような細かな変化まで拾ってくる。


 その観察力は、素直に評価すべきだった。


 ただし。


「……修理を始めないでくださいね」


「え?」


「今、運行中ですから」


「……さすがにしませんよ」


「昨日までのあなたを見ていると、信用できません」


「ひどいなあ」


 レオンは笑った。


 そんな会話をしているうちに、輸送車は工場区画へ入っていった。


 巨大な煙突。


 金属製の倉庫。


 無数の輸送用レール。


 空気には、油と鉄の匂いが漂っている。


 そして。


 前方に、大きな貨物中継所が見えてきた。


「……あれ?」


 レオンが首を傾げた。


「どうしました?」


「いや……」


 彼は窓の外を見た。


 貨物中継所の入口付近で、何台かの運搬車が停止している。


 職員らしい人々が集まり、何かを確認していた。


「……何かあったのかな」


 セリスも外へ目を向ける。


「……交通規制でしょうか」


 輸送車が速度を落とした。


 やがて、入口の手前で停止する。


 運転席から職員が声をかけた。


「申し訳ありません。中継所の通路で設備点検が行われているそうです」


「……予定にはありませんでしたが」


 セリスが答える。


「ええ。ですが、すぐに通行できるようになるとのことです」


「……わかりました」


 セリスは書類を閉じた。


 レオンは窓の外を眺める。


 貨物中継所。


 古い鋼鉄製の建物。


 壁面には、複雑に入り組んだ搬送装置が取り付けられていた。


「……面白そうな建物だなあ」


「……レオンさん」


「はい?」


「勝手に降りないでくださいね」


「……まだ何も言ってないのに」


「顔に書いてあります」


「そんなに?」


「ええ」


 レオンは苦笑した。


 そのときだった。


 こん、こん。


 輸送車の側面を叩く音がした。


 セリスが振り返る。


 窓の向こうに、一人の男が立っていた。


 灰色の髪。


 鋭い眼差し。


 黒い外套。


 その男は、落ち着いた様子でこちらを見ていた。


「……失礼」


 低い声だった。


「この車両の責任者は?」


 セリスが窓を開ける。


「王国技術局のセリス・ヴァレンティアです。何かご用でしょうか?」


「確認したいことがある」


 男は周囲を見渡した。


 そして、静かに言った。


「……その荷物を、こちらへ渡してもらいたい」


 セリスの表情が変わった。


「……どちらの所属ですか?」


「民間の者だ」


「では、お渡しできません」


「そうか」


 男は小さく頷いた。


「……なら、仕方ないな」


 その瞬間。


 周囲の空気が変わった。



     ◇



 最初に動いたのは、輸送車の前方にいた二人の男だった。


 政府の職員が声を上げる。


「……何だ、君たちは!」


 男たちは答えず、腕の機械装備を展開した。


 短い駆動音。


 鋼鉄製の腕当てが形を変え、盾のような構造になる。


 政府の護衛が慌てて警戒態勢に入った。


「……襲撃です!」


 セリスが叫ぶ。


「全員、装置を守ってください!」


 しかし、その言葉が終わるよりも早く。


 輸送車の後方から、別の男が現れた。


 そして、積み荷のある荷台へ近づこうとする。


「……ガルド!」


 レオンが叫んだ。


「おう!」


「後ろ!」


「任せろ!」


 ガルドが立ち上がった。


 狭い車内で、その巨体が大きく動く。


 ぎしり。


 座席が軋んだ。


「……ちょっと待って!」


 レオンが叫ぶ。


 しかし、遅かった。


 ばきんっ。


 座席が壊れた。


「……あ」


 ガルドが足元を見る。


「……壊れたな!」


「それは後でいい!」


 レオンは叫んだ。


「後ろの人を止めて!」


「おう!」


 ガルドは輸送車から飛び降りた。


 その巨体が石畳に着地すると、周囲の職員が驚いて振り返る。


 男も足を止めた。


「……何だ、こいつ」


「ガルドだ!」


「……名前は聞いてない!」


「そうか!」


 男は機械装備を構えた。


 しかし、その前にガルドが動いた。


 近くに置かれていた空の金属箱を持ち上げる。


「……いくぞ!」


「待て!」


 男が叫ぶ。


 だが、ガルドは止まらない。


 ぶんっ。


 金属箱が風を切った。


 男は慌てて身をかわす。


 箱はその横を通り抜け、遠くの積み荷へ激突した。


 派手な音が響く。


「……おい!」


 男が叫んだ。


「今の、当たってたらどうするつもりだったんだ!」


「当てるつもりだった!」


「正直すぎるだろ!」


 レオンは頭を抱えた。


「……ガルド、加減して!」


「おう!」


「人には投げないで!」


「じゃあ、どこに投げればいい!?」


「……いや、そういう話でもないんだけど!」


 セリスは、そんな二人を横目で見ながら状況を確認していた。


 襲撃者は少なくとも四人。


 全員が民間用の機械装備を持っている。


 しかも、動きに無駄がない。


 昨日の襲撃者たちとは違う。


「……組織的な行動ですね」


 セリスが呟いた。


 その声を聞いた男が、静かに答えた。


「……よく見ているな」


 灰色の髪の男。


 ヴァルター・クロイツ。


 彼は、まるで散歩でもしているかのように落ち着いていた。


「……あなたが指揮官ですか?」


 セリスが尋ねる。


「そう思ってもらって構わん」


「では、直ちに部下を退かせてください」


「……それはできんな」


「政府管理機器への襲撃は、重大な犯罪です」


「承知している」


「……では、なぜ!」


 ヴァルターは答えなかった。


 代わりに、視線をレオンへ向ける。


「……お前が、レオン・アークライトか」


「そうですけど」


「……なるほど」


 ヴァルターは彼を観察した。


 油汚れの作業着。


 首から下げた保護眼鏡。


 そして、手に持った奇妙な木製の筒。


「……妙なものを持っているな」


「発明品ですよ」


「……武器か?」


「違います」


 レオンは即答した。


「物を飛ばす機械です」


「……それを武器というのではないか?」


「いや、別に人を攻撃するために作ったわけじゃないので」


「…………」


 ヴァルターは、わずかに眉を動かした。


「……変わった男だな」


「よく言われます」


「……そうだろうな」


 そのとき。


 背後から、傭兵の声が響いた。


「団長! 装置の固定が外れません!」


 ヴァルターの視線が動く。


 輸送車の荷台。


 記録装置は、丈夫な固定具で留められていた。


 そこへ近づこうとする傭兵を、ガルドが牽制している。


 ヴァルターは静かに頷いた。


「……無理に外すな」


「しかし!」


「目的を忘れるな」


 そして、レオンたちへ視線を戻した。


「……お前たちには、少し付き合ってもらおう」


 ヴァルターが腕を動かす。


 外套の下から、機械式の装備が現れた。


 複数の金属板が組み合わされた、傭兵用の補助装具。


 鋼鉄の部品が、短い音を立てて展開する。


 セリスは即座に姿勢を低くした。


「レオンさん! 下がって!」


「……おっと!」


 ヴァルターの装具から、細い拘束帯が伸びた。


 レオンは慌てて身をかわす。


 拘束帯は輸送車の側面へ引っかかり、鋭い音を立てて停止した。


「……危ないなあ」


 レオンが呟く。


「ならば、抵抗するな」


 ヴァルターが言う。


「装置を渡せば、これ以上争う必要はない」


「……それは困るんですよ」


「なぜだ?」


「僕が修理したものなので」


「……それだけか?」


「あと、まだ調べたいことがあります」


 ヴァルターの目が細くなる。


「……何を?」


「消された記録です」


 セリスが息を呑んだ。


「……レオンさん!」


「……あ」


 レオンは口を閉じた。


 ヴァルターは、しばらく彼を見つめた。


「……なるほど」


 その表情に、かすかな変化が生まれた。


「……やはり、お前は何か知っているようだな」


「……まあ、少しだけ」


「ならば、なおさら放っておけん」


 ヴァルターが一歩前へ出た。


 セリスは、レオンの前に立った。


「……これ以上の接近は認めません」


「監査官か」


「はい」


「……若いな」


「年齢は関係ありません」


「そうだな」


 ヴァルターは頷いた。


「……では、その腕前を見せてもらおう」


 彼が合図を送る。


 次の瞬間、傭兵たちが一斉に動いた。



     ◇



 ヴァルターの傭兵たちは、決して力任せに攻めてこなかった。


 一人が前方から接近する。


 もう一人が後方へ回る。


 さらに別の男が、政府の護衛を引きつける。


 それぞれが異なる方向から動き、相手の対応を分散させていた。


「……くっ!」


 セリスは歯を食いしばった。


 昨日の襲撃者とは、明らかに違う。


 連携が取れている。


 しかも、無駄な動きがない。


「……レオンさん!」


「はい!」


「装置を移動させます!」


「了解!」


 セリスは荷台へ駆け寄った。


 そこには、修理工房から持ち込んだ横滑り台車があった。


 昨日、レオンが作り、彼女が制動機構を改良したものだ。


 輸送装置の固定台として利用するため、今回の搬送にも持参していた。


 セリスは固定具を操作した。


 かちり。


 台車が荷台の上を滑る。


 記録装置が、横方向へ移動した。


 傭兵の一人が目を見開く。


「……何っ!?」


 装置を掴もうと伸ばした手が空を切る。


 セリスは、そのまま台車を別の位置へ移動させた。


「……今です!」


 彼女は制動板を踏み込んだ。


 かちん。


 台車が停止する。


 傭兵は慌てて方向を変えようとしたが、間に合わなかった。


「……くそっ!」


 男は装置へ近づけず、後退する。


 セリスは小さく息を吐いた。


「……やはり、使えますね」


 レオンが感心したように声を上げる。


「おお! いいですねえ!」


「あなたも手伝ってください!」


「はいはい!」


 レオンは木製の筒を構えた。


「……では、びよーん君四号の出番だ!」


 小さな木球を装填する。


 狙いを定める。


 そして。


 ぽんっ。


 木球が飛び出した。


 傭兵の足元へ転がる。


「……ん?」


 傭兵が首を傾げた。


 レオンも首を傾げた。


「……あれ?」


 セリスが叫ぶ。


「……何をしているのですか!」


「いや、もう少し飛ぶはずだったんですけど」


「試験していないのですか!?」


「工房では飛んだんですよ!」


「……実戦で初めて使うのですか!?」


「実戦用に作ってないですからね!」


「……それはそうですが!」


 レオンは筒を眺めた。


 先ほどの移動中に、内部の部品が少しずれてしまったらしい。


「……なるほど」


 彼は小さく頷いた。


「やっぱり、固定機構が必要だな」


「……今、改良点を考えている場合ですか!?」


「いやあ、使ってみないとわからないことも多いので」


 セリスは頭を抱えた。


 そのとき。


 ヴァルターが静かに口を開いた。


「……面白い」


 レオンが顔を上げる。


「……何がです?」


「お前たちだ」


 ヴァルターは、レオンとセリスを交互に見た。


「……修理屋が妙な機械を作り、監査官がそれを使いこなす」


「……それが何か?」


 セリスが尋ねる。


「普通なら逆だろう」


「……逆?」


「政府の技術者が実用的な機械を作り、民間の職人がそれを使う」


 ヴァルターは静かに続けた。


「だが、お前たちは違う」


 レオンは笑った。


「まあ、僕の発明はあんまり実用的じゃないですからね」


「……自覚はあるのか」


「ありますよ」


「……なら、なぜ作る?」


「面白いからです」


 即答だった。


 ヴァルターは一瞬、言葉を失った。


「……面白いから?」


「はい」


「……それだけか?」


「それだけです」


「…………」


 ヴァルターは、しばらくレオンを見つめた。


 そして、小さく息を吐く。


「……理解できんな」


「よく言われます」


 その横で、セリスが呟いた。


「……私も理解できません」


「ええ? セリスさんまで?」


「当然です!」


 ヴァルターは、わずかに口元を緩めた。


 しかし。


 次の瞬間、その表情は消えた。


「……だが」


 彼は静かに言った。


「戦場では、面白さだけでは勝てん」


 短い合図。


 傭兵たちの動きが変わった。



     ◇



 最初に気づいたのは、セリスだった。


「……あれ?」


 傭兵たちが、記録装置へ近づくのをやめたのだ。


 その代わり、政府の護衛や輸送車の周囲へ注意を向けている。


 直接装置を奪うつもりなら、不自然な動きだった。


「……何を?」


 セリスは周囲を見回した。


 そのとき。


 ヴァルターが口を開く。


「……全員、予定どおりだ」


 傭兵の一人が頷いた。


「了解!」


 そして、別の男が輸送車の荷台へ回り込む。


 ガルドがそれに気づいた。


「……おい!」


 男が足を止める。


「……何だ?」


「そっちに行くな!」


「……行かなきゃいいんだな?」


「そうだ!」


「……わかった」


 男はあっさり後退した。


 ガルドは満足そうに頷いた。


「よし!」


 しかし。


 その直後、反対側から別の傭兵が動いた。


「……あ!」


 ガルドが振り返る。


 そして、そちらへ走り出した。


 ヴァルターは、その様子を静かに見ていた。


「……なるほど」


 彼は小さく呟く。


「力はある。だが、動きは単純だ」


 傭兵の一人が尋ねる。


「……どうします?」


「正面から相手にする必要はない」


 ヴァルターは答えた。


「……目的を優先しろ」


 その言葉と同時に、傭兵たちが再び動いた。


 ガルドはあちこちへ走り回る。


 しかし、相手は無理に攻撃してこない。


 近づけば離れる。


 追いかければ別の方向から動く。


「……くそっ!」


 ガルドが叫んだ。


「何なんだ、お前ら!」


 ヴァルターは淡々と答えた。


「……傭兵だ」


「……だから何だ!」


「……戦い方を知っているということだ」


 ガルドは意味がわからないという顔をした。


「……難しいこと言うな!」


「……そうか」


 ヴァルターは短く頷いた。


 そして、今度はセリスへ視線を向けた。


「……監査官」


「……何ですか!」


「その台車、よくできているな」


「……当然です」


「だが、一つだけ欠点がある」


「……欠点?」


 ヴァルターは静かに言った。


「……お前が操作しなければ動かない」


 その瞬間。


 セリスの背後から、傭兵の一人が接近した。


「――っ!」


 彼女は素早く身をかわす。


 しかし、その間に台車から手が離れた。


 別の傭兵が、記録装置へ手を伸ばす。


「……しまった!」


 セリスが叫んだ。


 だが、すでに遅い。


 男の手が記録装置の外装へ届く。


「……よし!」


 金属製の留め具が外れた。


 記録装置の側面が開く。


「……何を!?」


 セリスは目を見開いた。


 男は装置そのものを持ち上げようとはしなかった。


 内部へ手を伸ばし、半透明の円盤を一枚取り出したのだ。


「……記録円盤!?」


 レオンが叫んだ。


 その声を聞いた瞬間。


 ヴァルターが頷いた。


「……それでいい」


 傭兵は円盤を慎重に保護容器へ収めた。


 そして、後退する。


 セリスが追おうとする。


 しかし、ヴァルターがその前に立った。


「……そこまでだ」


「……どいてください!」


「……悪いが、それはできん」


 セリスは歯を食いしばった。


 レオンは装置を見つめる。


 輸送記録機は、複数の円盤を組み合わせて情報を保存する構造になっている。


 すべての記録が一枚に収められているわけではない。


 だが。


 一枚だけでも、相当量の情報が保存されている。


「……なるほど」


 レオンは呟いた。


 セリスが振り返る。


「……何がなるほどですか!」


「最初から、装置全部を持っていくつもりじゃなかったんですね」


 ヴァルターは答えなかった。


 しかし、その沈黙が答えだった。


 レオンは小さく笑った。


「……やられたなあ」


「笑っている場合ですか!」


「いや、だって」


 レオンはヴァルターを見た。


「……うまいですね」


 その言葉に、ヴァルターの眉が動いた。


「……何がだ?」


「僕ら、ずっと装置そのものを守ろうとしてたでしょう?」


「…………」


「でも、そっちは中身だけでよかった」


 レオンは肩をすくめる。


「……完全に読み違えました」


 ヴァルターは、しばらく彼を見つめた。


 そして、静かに言った。


「……戦いとは、相手を倒すことではない」


「……へえ」


「目的を達成することだ」


 レオンは、その言葉を少し考えた。


 そして、小さく頷いた。


「……なるほどねえ」


 セリスは、そんな二人を見て苛立たしげに叫んだ。


「感心している場合ではありません!」


「そうでした」


 レオンは慌てて木製の筒を構え直した。


「……じゃあ、もう一回!」


 ぽんっ。


 今度は木球が勢いよく飛んだ。


 ヴァルターはわずかに身体を動かし、それを避ける。


 木球は後方の壁に当たり、軽い音を立てて落ちた。


「……ほう」


 ヴァルターが呟く。


「……さっきより飛んだな」


「でしょう!」


「……だが」


 ヴァルターは一歩前へ出た。


「それでは、俺は止められん」


 レオンは笑った。


「……まあ、そうでしょうね」


「……わかっているのか」


「はい」


 そして、レオンは視線を上げた。


「でも、別に当てたかったわけじゃないので」


「……何?」


 ヴァルターが振り返る。


 木球が当たった壁には、古い貨物案内板が取り付けられていた。


 衝撃によって案内板が揺れ、積もっていた埃が舞い落ちる。


 その向こうから、短い音が響いた。


 かたかたかた。


「……ん?」


 ヴァルターが足元を見る。


 そこには、小さな工具箱があった。


 四つの車輪を回しながら、ゆっくりと近づいてくる。


「……何だ、これは」


 レオンが笑った。


「ついてくる君一号です」


「……何?」


「工具箱ですよ」


「……それは見ればわかる」


「昨日作ったばかりなんです」


 工具箱は、ヴァルターの足元へ近づく。


 そのまま、こつん、と靴へぶつかった。


「…………」


 ヴァルターは無言で見下ろした。


 工具箱が、もう一度動く。


 こつん。


「……何がしたい?」


 レオンは真剣な顔で答えた。


「……邪魔です」


「……何?」


「いや、工具箱が足元にあったら、ちょっと動きづらいでしょう?」


「…………」


 ヴァルターは工具箱を見た。


 それから、レオンを見る。


「……くだらん」


「そうですかね?」


「……ああ」


 ヴァルターは工具箱を避け、一歩横へ動いた。


 工具箱が方向を変える。


 かたかた。


 再び追いかける。


「…………」


 ヴァルターは、もう一度避けた。


 工具箱も動く。


「……なるほど」


 彼は小さく呟いた。


「……確かに、面倒だな」


「でしょう!」


 レオンは嬉しそうだった。


 しかし。


 ヴァルターは足を止めた。


 そして、静かに言った。


「……だが、これなら」


 彼は外套の留め具を外した。


 その瞬間、工具箱の進む方向が変わった。


 レオンが目を見開く。


「……あ」


 ヴァルターは外した金属製の留め具を、少し離れた場所へ放った。


 工具箱は、その後を追っていった。


 かたかたかた。


 レオンは無言になった。


 セリスも無言になった。


 そして。


「……なるほど」


 レオンが頷いた。


「その手があったか」


「……感心しないでください!」


 セリスが叫んだ。


 ヴァルターは、わずかに笑った。


「……お前の発明は面白いな」


「ありがとうございます」


「……だが、戦場では不十分だ」


「……そうですか」


「……ああ」


 ヴァルターは静かに続けた。


「相手は、こちらの予想どおりには動かん」


 レオンはその言葉を聞き、少しだけ考え込んだ。


 そして、小さく笑った。


「……それは、面白いですね」


「……何?」


「だって、予想どおりに動かないなら」


 レオンは目を輝かせた。


「もっと変なものを作らないといけないじゃないですか」


「…………」


 ヴァルターは、ついに言葉を失った。


 その横で、セリスが深くため息をついた。


「……そういう結論になるんですね」


「もちろん!」


「……まったく」


 しかし、その声には、わずかな呆れとともに、奇妙な納得が混じっていた。



     ◇



 数分後。


 ヴァルターたちは撤退を始めた。


 目的の記録円盤は確保した。


 これ以上、政府の護衛と争う理由はない。


「……全員、引くぞ」


 ヴァルターの声に、傭兵たちが応じる。


「了解!」


 彼らは互いの位置を確認しながら、貨物中継所の奥へ退いていった。


 セリスは追撃しようとしたが、政府職員から呼び止められた。


「監査官! 装置の確認をお願いします!」


「……っ!」


 彼女は振り返った。


 輸送記録装置は、内部の円盤を一枚抜き取られた状態で、荷台に残されている。


 外装は開いたまま。


 精密機器としては、決して好ましい状態ではなかった。


 セリスは唇を噛んだ。


「……わかりました」


 そして、レオンへ声をかける。


「装置を確認してください!」


「了解!」


 レオンは装置へ駆け寄った。


 その横で、ガルドが大きな声を上げる。


「レオン!」


「何?」


「逃げるぞ、あいつら!」


「そうだね」


「追いかけるか!?」


「……いや」


 レオンは首を振った。


「もういいよ」


「……いいのか?」


「うん」


 レオンは装置を見つめた。


「……今はこっちが先」


 ガルドは少し考えた。


 そして、大きく頷いた。


「……わかった!」


 レオンは装置の内部を確認する。


 円盤は一枚失われていた。


 だが、残された円盤は無事だった。


「……よかった」


 彼は小さく息を吐いた。


「全部持っていかれたわけじゃない」


 セリスが近づいてくる。


「……状態は?」


「装置自体は大丈夫です。ただ、記録円盤が一枚ありません」


「……復元は可能ですか?」


「全部は無理でしょうね」


「……そうですか」


「でも」


 レオンは顔を上げた。


「残ってる情報もありますよ」


 セリスが目を細める。


「……どういう意味ですか?」


「この装置、記録を複数の円盤に分けて保存してるんです」


「……それは知っています」


「だから、一枚だけ持っていっても、全部の情報が読めるとは限らない」


 レオンは笑った。


「逆に言えば、こっちにも手がかりが残ってるかもしれない」


 セリスは、しばらく装置を見つめていた。


 そして、静かに頷いた。


「……なるほど」


「面白くなってきましたね」


「……面白い?」


 セリスは呆れたように彼を見た。


「政府管理機器が襲撃され、記録の一部を奪われたのですよ?」


「そうですね」


「重大事件です」


「そうですねえ」


「……本当に理解していますか?」


「もちろん」


 レオンは頷いた。


「……だから、気になるんですよ」


 セリスは何も言わなかった。


 レオンは装置へ視線を戻した。


 消された記録。


 それを追う謎の組織。


 そして、目的のために戦う傭兵団長。


 昨日までは、単なる古い機械の修理だった。


 しかし、どうやらそれだけでは済まなくなってきたらしい。


「……さて」


 レオンは工具を取り出した。


「もう一回、調べてみようかな」


 セリスは深くため息をついた。


「……勝手に操作しないでください」


「はいはい」


「返事は一回です」


「はい」


 その横で、ガルドが元気よく叫んだ。


「レオン!」


「何?」


「俺、何も壊してねえぞ!」


「……いや、座席壊したよね?」


「……あ」


 ガルドが固まった。


 レオンは笑った。


「まあ、今日はそれくらいで済んでよかったよ」


「おう!」


 セリスは、そのやり取りを見ながら、ゆっくりと額を押さえた。


 彼女の監査報告書には、また新しい項目が増えることになりそうだった。



     ◇



 王都西区の外れ。


 古い建物の一室で、ヴァルターは小さな保護容器を開いていた。


 中には、半透明の記録円盤が収められている。


 ローザが身を乗り出した。


「……これが?」


「ああ」


 ヴァルターは頷いた。


「……例の記録装置から取り出したものだ」


「……やったじゃない!」


「まだ喜ぶのは早い」


「……え?」


「これが、俺たちの探している記録かどうかはわからん」


 ローザは、円盤を見つめた。


 確かに、目的の装置から取り出したものではある。


 しかし、記録の内容はまだ確認できていない。


「……イアンなら読めるかな?」


「可能性はある」


 ヴァルターは答えた。


「だが、古い規格の記録だ。専門的な知識も必要になるだろう」


「……そっか」


 ローザは小さく頷いた。


 そのとき。


「……お父さん」


 入口から、控えめな声が聞こえた。


 ミリアが立っていた。


「……戻ってきたんですね」


「ああ」


「……よかった」


 ミリアは安堵したように胸を撫で下ろした。


 そして、机の上の円盤へ目を向ける。


「……それは?」


 ヴァルターは静かに答えた。


「……手がかりになるかもしれん」


「……本当ですか?」


「ああ。まだ確かではないがな」


 ミリアは円盤を見つめた。


 その小さな瞳に、わずかな希望が宿る。


「……あの人のこと、何かわかるでしょうか」


 ヴァルターはすぐには答えなかった。


 しかし、やがて静かに頷いた。


「……調べてみよう」


 ミリアは小さく笑った。


「……はい」


 その笑顔を見て、ヴァルターは胸の奥に小さな痛みを覚えた。


 娘は、ただ恋人に会いたいだけなのだ。


 それなのに、自分たちは武器を取り、政府の輸送車を襲うまでになってしまった。


 果たして、これでよかったのか。


 そんな疑問が、頭をよぎる。


 しかし。


 今さら引き返すことはできなかった。


 ヴァルターは円盤を保護容器へ戻した。


「……ローザ」


「何?」


「イアンとリゼットを呼んでくれ」


「了解!」


「それから、今回の修理屋についても調べておけ」


 ローザが顔を上げる。


「……レオンのこと?」


「ああ」


 ヴァルターは静かに頷いた。


「……あの男、ただの修理屋ではない」


「……そうだね」


「妙な発明品ばかり作っているようだが、技術は確かだ」


 ヴァルターは、先ほどの戦闘を思い返した。


 奇妙な木製の筒。


 自動で動く工具箱。


 そして、政府の監査官が操作していた横滑り台車。


 どれも、普通の傭兵が使う機械兵器とは大きく異なっていた。


「……使い方次第では、厄介な存在になる」


 ローザは頷いた。


「……じゃあ、どうする?」


「しばらく様子を見る」


 ヴァルターは答えた。


「だが、再び邪魔をするようなら」


 彼は一瞬、言葉を止めた。


 そして、静かに続ける。


「……次は、こちらも相応の準備をする」


 ローザは小さく息を吐いた。


「……あんまり、乱暴なことはしないでよ」


「わかっている」


 ヴァルターは窓の外へ視線を向けた。


 王都の空には、巨大な貨物列車が走っている。


 無数の機械が動き、エルムの光が街を照らしている。


 人々は、今日も当たり前のように暮らしていた。


 だが。


 その平穏の裏側で、何かが起きている。


 娘の恋人だけではない。


 ほかにも、姿を消した研究者たちがいる。


 そして、それらの失踪には、政府が隠している何かが関わっている。


 ヴァルターは、静かに目を閉じた。


「……必ず見つける」


 その声は、誰に聞かせるでもなく、部屋の中へ消えていった。



     ◇



 一方。


 王都中央区へ向かう輸送車の中。


 レオンは、修理用の手帳を眺めていた。


 そこには、昨日復元した記録の内容が書かれている。


『記録番号050』

『輸送区分:人員』

『登録人数:001』

『管理者権限による抹消』


「……うーん」


 レオンは首を傾げた。


 セリスが尋ねる。


「……どうしました?」


「いや、ちょっと気になることがあって」


「……記録のことですか?」


「はい」


 レオンは手帳を指さした。


「この記録、消されてるんですよね」


「……そうですね」


「でも、わざわざ消したってことは、誰かに見られたくなかったってことでしょう?」


「……そうとは限りません」


「まあ、そうですけど」


 レオンは少し考えた。


「……だったら、何で装置ごと処分しなかったんでしょうね」


 セリスは黙った。


「古い機械なんだから、壊して捨ててもおかしくないのに」


「……それは」


 セリスは言葉を探した。


 しかし、すぐには答えられなかった。


 確かに、不自然だった。


 高度な機密情報を扱う装置であれば、通常は厳格に管理される。


 だが、今回の装置は民間へ修理に出されていた。


 その一方で、記録の一部は意図的に消去されている。


 そして、その情報を求めて、武装した組織が襲撃してきた。


「……調査が必要ですね」


 セリスは静かに言った。


 レオンが笑う。


「おお。セリスさんも気になりました?」


「……私は、監査官として確認する必要があると言っているのです」


「なるほど」


「……あなたのように、面白そうだから調べたいわけではありません」


「それは残念」


 レオンは肩をすくめた。


 そして、窓の外を見た。


 貨物列車が走っていく。


 街灯が並び、巨大な歯車が回転している。


 いつもと変わらない、機械の王都。


 その景色を眺めながら、レオンは小さく呟いた。


「……でもさ」


「……何ですか?」


「ちょっと、変な話ですよね」


「……何がです?」


「一個の古い記録を見つけただけで、あんなに大騒ぎになるなんて」


 セリスは答えなかった。


 レオンは笑った。


「……何が入ってたんでしょうね、あの装置」


 その問いに、答える者はいなかった。


 ただ。


 輸送車の荷台では、円盤を一枚失った古い記録装置が、静かに揺れていた。


 そして、そこにはまだ。


 誰にも読み出されていない記録が、確かに残されていた。

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