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残響の不協和音〜カリスマαボーカルは隠れΩベーシストを逃がさない〜  作者: 水凪しおん


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第8話「暴かれた秘密と縛り付ける鎖」

 完全に音の遮断された予備スタジオの中は、二人の荒い呼吸音だけが不自然に反響している。

 天井の蛍光灯は古く、微かに明滅しながら青白い光を落としていた。

 凱は壁を背にして立ち、奏太を睨みつけるように見下ろしている。

 その瞳の奥にあるのは怒りではなく、必死に何かを押さえ込もうとする凄絶な忍耐だった。

 凱から放たれる冬の夜気のようなαの匂いが、狭い空間に充満していく。

 奏太は自分の体がそれに反応して微かな熱を帯び始めるのを感じたが、奥歯を強く噛み締めて痛覚で理性を繋ぎ止めた。


「理由を言え」


 奏太はもう一度、絞り出すような声で問う。

 凱の口元がわずかに歪み、長い睫毛が影を作る。

 長い沈黙の後、凱の唇からひどく掠れた声がこぼれ落ちた。


「お前が、Ωだからだ」


 その言葉は、鋭い刃となって奏太の胸に深く突き刺さった。

 呼吸が止まり、全身の血液が急急激に冷えていく。

 隠し通せていたと思っていた秘密は、最初から凱には筒抜けだったのだ。

 ホテルでのエレベーターの一件よりもずっと前から、凱はすべてを知っていたに違いない。

 足元が崩れ落ちるような錯覚に陥り、奏太は後ずさりする。

 自分の周期の乱れが、凱の歌を狂わせていた。

 自分がバンドの足を引っ張り、凱に解散を決意させてしまった。

 最悪の想像が現実となり、視界が暗く沈んでいく。


「やはり、俺のせいだったのか。俺の匂いが、お前の邪魔を」


 奏太が震える声でそう口にした瞬間、凱が壁を蹴って距離を詰め、奏太の肩を強く掴んだ。

 布越しに伝わる暴力的なまでの力に、奏太の言葉は途切れる。


「違う。お前のせいじゃない」


 凱の声は、血を吐くような悲痛な響きを帯びていた。

 肩を掴む凱の指先が、白くなるほどに力んでいる。


「俺の問題だ。俺の中にある、どうしようもない本能のせいだ」


 凱は奏太の顔を覗き込むようにして、熱を帯びた視線をぶつける。

 その瞳の奥に燃える炎に、奏太は身動きが取れなくなる。


「俺は、お前の音が好きだ。お前の弾くベースが、俺の歌を一番高く飛ばしてくれる。誰よりも理解している」


 凱の口から語られる真摯な言葉が、奏太の耳を疑わせた。

 拒絶されていたと思っていた音が、凱にそこまで求められていたと言う事実。


「だが、お前が俺の隣にいる限り、俺のαとしての本能が常に叫び続けるんだ。お前を押し倒し、首筋を噛み砕き、俺のものにしろと」


 凱の呼吸が荒くなり、言葉の端々に抑えきれない熱が混じる。

 掴まれた肩から、火傷しそうなほどの体温が伝わってくる。


「お前が薬で抑え込んでいるのは知っていた。それでも、ふとした瞬間に漏れ出す甘い匂いが、俺の理性を削り取っていく。俺の歌とお前の音を重ねるたびに、お前の魂まで奪い取りたくなってしまう」


 凱は苦しげに顔を歪め、奏太の肩から手を離して自分の髪を乱暴にかきむしった。


「もし俺が理性を失って、お前を番にしてしまったらどうなる。俺の独占欲は、必ずお前を縛り付ける。他の誰の目にも触れさせたくないという醜い感情が、お前の音楽を殺してしまう」


 凱が恐れていたのは、奏太の才能を自分の本能で潰してしまうことだったのだ。

 音楽を深く愛し、奏太の音を誰よりも大切に思っているからこそ、凱は自ら距離を置き、解散と言う形で奏太を解放しようとしていた。

 その不器用で自己犠牲的な愛情の深さに、奏太の胸の奥から熱い塊が込み上げてくる。

 ずっと凱の隣にいる資格がないと怯えていた自分が、ひどく滑稽に思えた。

 奏太は両手を伸ばし、自らを責めるように顔を覆っている凱の手首を強く掴んだ。


「勝手に決めるな」


 奏太の声は震えていたが、そこにははっきりとした強い意志があった。

 凱が顔を上げ、驚いたように奏太を見る。


「俺の音楽が死ぬかどうか、なぜお前が勝手に決めるんだ。俺は、お前の隣で音を鳴らすためにベースを弾いているんだ」


 奏太は一歩踏み出し、凱との距離を限界まで詰める。

 凱の放つ冷たい香りと、自身の内側から漏れ出しそうになる甘い匂いが、狭い空間で激しく混ざり合う。

 フェロモンの引力に抗うのではなく、それすらも力に変えるように、奏太は凱の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「俺は弱くない。お前の本能に縛られたくらいで、音を捨てるような真似はしない」


 奏太の手が、凱の頬に触れる。

 高い体温が手のひらを伝って、全身へと駆け巡った。


「俺はお前が好きだ。お前の声も、お前の匂いも、すべてだ」


 初めて口にした明確な感情が、静寂のスタジオに落ちる。

 凱の瞳が大きく揺れ、信じられないものを見るかのように奏太を見つめている。

 奏太は背伸びをし、自分の顔を凱の顔へと近づける。


「壊れるかどうかなんて、試してみなければわからないだろ」


 その言葉は、互いの理性の最後の糸を断ち切るには十分すぎるほどの熱を孕んでいた。

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