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私がここに生きる理由… 「ハースヴァニア:星が導く魔法と旅路」  作者: うーみ
序章 カーストラ街編

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第七幕 大切な存在

 その日、青緑色の美しい瞳と冒険者のような服装をした少女はある依頼を解決するために、小さな一軒家を訪れていた。その傍らにはもう、キープの付き添いはなかった。

 「おや、ありがとうねぇ。」

腰の曲がった老婆がパンを向かい入れた。質素な一軒家に素朴な服装。老婆の手首には、魔法石がはめ込まれたリングをしていた。

 彼女はラーコニアと名乗った。家の中は簡素な作りとなっており、二つほどの部屋とキッチン、リビングで構成されていた。小さな小物などもほとんど置いておらず、あるのは長机と椅子、そして小さな織機だった。

 パンはこの家に来る途中に購入したグレースの実を老婆に渡した。これも依頼の一つだった。

 「レンズで話は聞いてると思うけど、パンさんにはローブ作りの手伝いをしてほしいんだ。ある人に贈る物でね。とても時間のかかる作業だから、私の残り短い命がもつかどうか心配でね。ちょうど人手がほしかったんだよ。これから何日かかるかわからないけど、よろしくね。」

ラーコニアはそういうと手を軽く振り、部屋の隅に置いてあった織機を机の横まで移動させた。ラーコニアのリングにはめ込まれた魔法石が朱色に光る。

 その織機の全長は子供の身長ほどあり、高さはパンのつま先から胸辺りまであった。全体は木材でできた部品で構成されており、ところどころにきらめく固い物質が使われている。それは見る角度によってその色を変化させる。それは魔法石のような光を帯びている鉱石であった。

「じゃあ、始めようか。」

 作業は決して簡単なものではなかった。不思議な織機をラーコニアが操作し、そこから出てきた布を設計書に従い、パンが整え形にする。はじめはもたつくことが多々あったが、そのうち布が生成されるスピードについていけるようになっていた。布の色は白の生地に夜空と星のような深い青と金で縁どられていた。

 途中休憩をはさみながら、数時間作業をして二人は一日を終えた。パンは作業の最中、ラーコニアの魔法石が絶えず光り続けていることに気づいたが、その疑問を口にすることはなかった。

 それからパンは毎日ラーコニアの家を訪れ、ローブを作成していった。日がたつごとに形を成していく贈り物。それは村の人々がきているものとは違い、空に波打つ星のように小さな輝きを放っていった。

 (星…)

休憩時間に、ローブを見つめていたパンの脳裏に浮かび上がるうさぎとの時間。輪の視界と呼称したその場所で、マナで作り上げられた夜空を見上げた思い出。織機に流れるマナとラーコニアに流れる弱弱しいマナ。うさぎとの特訓から得られたマナ知覚。どこにいても、魔法と物事のすべてがうさぎに結びついた。

 椅子に座って製作途中のローブを眺めていたパンに、ラーコニアは声をかけた。

「なにか…思い出したのかい?」

「え…?」

急に声をかけられ驚くパン。

「いや、ローブを長い時間眺めてるものだからね。実は私がこれを贈ろうとしている人も、同じような顔をするときがあってね。心ここにあらずって感じでね。結局、原因はなんでもないささいなことだったけれど。」

そういうとラーコニアはふふっと笑った。

「話してごらん。気が楽になるかもしれないよ?」

 老婆はゆっくりとパンの横に座った。その深く優しい茶色の目は、パンの考えを見透かしているようだった。

「なんか、その…私の心が読まれているみたいですね。」

「そうかい?人間の心を読むなんて、竜都にいるキュベレー様でもできないさ。それだけ人間ってのは複雑で不格好で、非合理的なものだからねぇ。」

 その言葉を聞いたパンは一息つくと、うさぎとの出会いから今日にいたるまでのいきさつを話した。あのビジョンを見た日から、いまだにうさぎに会いにいけないことも。

「それで…私のことを知っていながら、初めて会ったかのようにふるまって、過去を明かそうとしない。私は…『不安』を…感じました。私が関わってきたものが全て、もし偽りだったら…私はほんとうにこの世界に存在しているのか、それを考えてしまいます。」

パンはそこで少し言葉を切り、再び話し始める。初めは弱弱しい声が、徐々に彼女の知らない心を形作ってゆく。

「隠し事ばかりのうさぎに、私は会いに行くことができませんでした。会いたい…けど、会いたくない…この気持ちが何なのか…わかりません。あの森の近くまで足を運んでも、最後の一歩を踏み出すことができませんでした。もう一度会っても、私が見てきたことは全て虚構で、私はどこで生きているのか分からなくなってしまうかもしれない。けど、うさぎに会わないと…おなじくらい…苦しい。私は、どうするべきなのでしょうか…。」

 ラーコニアは、話し終えたパンを優しい表情で見つめる。小さき少女が抱く苦悩は老婆にとってとても身近で、親しみのあるものだった。

「うさぎさんは…パンさんにとって『大切な人』なんだね。」

パンの瞳が大きく揺らぎ、そしてうつむく。その手で握っているマントが、微かにきらめきを放っていた。

「大切な人…」

「そう、自分にとって失いたくない存在。嘘であってほしくないと思う存在。ずっとそばにいてほしいと感じる存在。」

 パンの頭の中をこれまでの記憶が駆け巡る。万有の森に迷い込み、マナ生命体に襲われそうになったところを助けるうさぎ。様々な魔法を見せてくれるうさぎ。魔力を持った危険な遺跡や動物からパンを守るうさぎ。マナの流れをお互いに感じ取ったあの時間。

「人生の中でそう何度も訪れることのない出会い。だから人は、まるで宝物のようにその時間を過ごす。忘れることのできない者と共にね。もしかしたら…忘れたくないから、大切に思うのかもね。」

 ラーコニアは天井につるされたランプに手を向けた。老婆の手首のリングに取り付けられた魔法石が弱弱しく赤色の光を発する。するとランプが灯り始めた。いつの間にか暗くなっていた部屋はランプに照らされ、外でもうすでに日が沈もうとしていたことを知らせていた。

「それが献身。その奇跡がいつ終わるかわからないから、終わってほしくないから、悔いのないように過ごすんだよ。」

 パンがあの日見た星空のような輝きを放つローブが一瞬きらめく。

「奇跡…」


 それから数日後、パンとラーコニアの作業は終盤にさしかかり、マントは最後の仕上げのみの状態になった。しかしパンは、あることに気づいていた。


「ラーコニアさん、貴方の…マナの流れが…ほとんど感知できないほどに、弱まっています。」

その日の作業が終わったとき、パンはラーコニアを問いただした。パンの声はとても静かで、とても震えていた。

「おや、マナの循環を…知覚してたんだねぇ。そうだろうとは…思ってたけど。」

 ラーコニアの見た目も、前より弱弱しく、初めてパンと会ったときよりもさらに腰を曲げて低い姿勢になっていた。その声も顔も、疲れをにじませていた。

 パンは椅子から立ち上がろうとしてふらつくラーコニアをとっさに支えた。

「ラーコニアさん。この織機を少し見させてもらっても良いでしょうか?」

「ふふ、ばれたのなら仕方ない。どうぞ。」

そういうと、ラーコニアは先ほどまでパンの座っていた椅子に腰をおろした。

 「失礼します。」

布のこすれる音。カチッっという音と共に空中に浮く望遠鏡と、浮かび上がる複数枚のレンズ。その先にはラーコニアの織機。

「観測…。」

レンズの紋様が徐々に変化し、見るものに必要な情報を与える。そして―――レンズは消え、望遠鏡はパンの手の中に収まった。

 「これは…この織機は…」

「使用者の命を吹き込み、特別な魔力として織り込む機械。」

ラーコニアが静かにあとを引きついだ。その声ははっきりと、二人だけの部屋に響いた。

「これが私の最後の献身。私の大切な人のために、このローブを最後まで織りあげる。私の命を使ってね。そうすれば、この布は魔法の出力を助け、魔力を提供し、未来にわたってその者を守り続ける。」

 パンはラーコニアの目を見つめた。パンの心に、以前感じた感情が再びよみがえる。ラーコニアとの短い時間がパンにそうさせる。それは彼女の知らない生きた証。

「ラーコニアさん…私は…貴方に死んでほしくない…。」

ラーコニアは笑顔を返した。

「ありがとう。私にそう言ってくれる人たちはもうほとんどいないから、うれしいよ。」

 傾いた陽光が室内を照らし出す。

「何より、パンさんがそう言ってくれるのがうれしいんだよ。」

うつむくパン。オレンジ色に焼けた光は、パンの瞳を逃がしはしなかった。

 誰かのために何かを成すということに、合理性と存在の証以外の意味を何も見いだせなかった少女は今、小さくラーコニアに歩み寄り言葉を紡ぐ。

「ラーコニアさんの…依頼を最後まで引き受けます。」


 「じゃあパンさん、最後はあなたに任せるわ。」

依頼の最終日、ローブの完成する日。パンは机の上に広げられたローブを正面に立っていた。ローブの橋はまだ織機に組み込まれており、最後の糸を織り終えたら、パンの受けたこの依頼が終了する。しかしそれは、一つの儚い命が歩んだ旅路の終点を意味した。織機の前では、椅子に座りひじ掛けにもたれながらも、まっすぐにパンを見つめるラーコニアがいた。

「このローブにマナを流し込むの。一度流れを作れば、マナの循環の一つにはめ込まれて、あとは自然にこの世界の摂理を受けるようになるの。そうすれば、ローブにしみこませた魔法が動き出すわ。私がこの織機でローブを織り終えたら、すぐにやってちょうだい。その瞬間を逃すと、流れが生み出されないからね。」

「はい。」

 織機がカタカタと音を鳴らし動き始めた。ローブの裾が徐々に編み出されていゆく。糸が少しずつ短くなってゆく。少しずつ、少しずつ。そして―――最後の一本。

「パンさん。ありがとう。」

パチン。

 何かが切れた音と共にドサッと何かが落ちる音。ローブが全て織りだされた。パンは傍らで起こっていることに気づきながらも、嘆く暇もなくローブに触れた。少しも時間を開けてはならない。大きく息を吐く。マナを感じ取り流し込む。その流れを読み取り、温度を感じ取り、誰かのために何かをするその奇跡をかみしめて。そこに流れるラーコニアの匂い、声、体温。暖かくどこまでも広がっているマナ。ローブに今までなかった流れが現れ始める。

 「……これは…?」

 少女ははっとした。頬を伝い流れる一粒の涙。この感情をパンは知っていた。うさぎの記憶で感じたもの。そして…白墨髪の少年が浮かべていた涙の意味。

 ラーコニアと共に過ごした時間は決して長いものではない。ただの依頼主と、その依頼を引き受けた者。しかし確かにそこにある心は、初めての死をまじかに感じ取り変化していく。

「……っ。」

 パンの触れた場所から光が生まれ、徐々に広がりローブを包み込む。肩を揺らし、声を押し殺し、涙を流しながらも、少女は自身のマナを流し続けた。あのときうさぎの手に、己の微量なマナを与えたように。

 すこしすると光は消え去り、マントは元の状態に戻った。白い布と青金の装飾はそれでもいまだに、かすかなきらめきを帯びている。パンはゆっくりとマントから手を離した。少女は確かに感じていた。マントに流れるマナとその循環を。マントは世界の流れに組み込まれた。

 少しの間の静寂。そして…ゆっくりと織機の方へ振り返るパン。そこには目を閉じたラーコニアが、椅子に座ったまま満足げな表情で安らかに眠っていた。


 パンはラーコニアを彼女の部屋に運び、静かに寝かせた。小さな窓から、夜の淡い光と雨粒が見える。部屋を出たパンの中に、一つの答えが浮かんでいた。新しく学んだ小さな感情と想い。


 降りしきる雨が打ち付ける音は、パンの足音を消し去っていた。村からのぼんやりとした明かりがパンの背後を照らす。びしょ濡れの服が体に張り付く。これだけ水を浴びたのはあの日以来だった。

 パンは万有の森の入口に立っていた。魔法のマントを織り終えたあと、ラーコニアを彼女の小部屋に寝かせ、そのままこの場所まで歩いてきていた。小さき少女は、あの日出会った少年に会いに再び魔法の名残へ足を踏み入れる。

 

 景色が変わり、見慣れた光景がパンの周囲に広がっていった。朽ちた石の広場。その周りを円状に不思議な形をした遺跡たちが囲んでいる。両側にある二つの大きな崖とそれをつなぐ一本の巨大な橋。そのさらに上には澄んだ青空が広がっていた。しかし―――うさぎの姿はどこにもなかった。

 パンはうさぎを見つけるために、めぼしい場所をまわったが見つけることはできなかった。マナ生命体からパンを救ってくれた場所、魔法の息吹、輪の視界。どこにも少年の姿はなかった。まるで偽りとばれた影が、日の光を受け消滅してしまったかのように。

 一通り周辺を見て回り、パンは再び石の広場に戻ってきた。息を切らし膝に手をかける。万有の森にいきつくまでに髪と服は濡れ、魔法の名残でさらにその見た目は崩れていった。泥と土で汚れた服にぼさぼさの髪。唯一、水晶の髪飾りはその輝きを失っていなかった。

 パンは広場の中心に立ち、うつむいた。しばらく会いに来なかったのだから、うさぎがここでまつことがなくなるのも当然だと感じていた。それに、もともとこのあたりに住んでいるわけではないため、家のある故郷に家族と共に帰ったのかもしれない、そのような考えがパンの頭の中を駆け巡った。

 一呼吸。そしてパンはあることを思いつく。苦肉の策。少女は目を閉じ、静かに息を吐きだし神経を集中させる。四方八方にあふれるマナ。形のない流動的な液体で満たされているような空間。それは次第に一定の形を作り始める。線が生まれ、ばらばらの線は繋がり複数の瓦礫を形成する。次に石造りの地面、半壊した建物、魔法。

 パンが感じたマナはつぎつぎと魔法の名残を形成していった。デルの依頼を解決したときのように、マナの流れがパンに世界の形を教えてくれる。マナの知覚。そして……はるか上空に見覚えのある魔力とそれが織りなす人影。あの日感じた暖かさ。パンは静かに歩みだす。


 そこは空中に架けられた崖と崖をつなぐ巨大な橋。魔法の名残を空から常に見下ろしていたその構造物に、パンはついに足を踏み入れた。橋の真下に特殊な風域が存在しており、風に乗ることで橋の上に移動できた。

 そしてそこに――

「うさぎ。」

橋のへりに腰掛け、青いマントを羽織った黒髪の少年が風に揺れながら空を見上げていた。二人が最後に会った日のまま、何一つ変わらない見た目で。

 パンの呼びかけに視線を向けたうさぎは、おどろいた表情でパンを見る。

「パン…?」

足早にかけてうさぎに駆け寄るパン。

「うさぎ……うさぎ!」

うさぎも立ち上がり、パンに駆け寄った。

「なんで…ここが…?」

 お互いが触れられる距離、二人は見つめあう。音のない静かな世界。

「まさか…戻ってくるとは…思わなかった。」

「私も…うさぎはもうここにはいないんじゃないかと思いました。」

「ははっ、ここは僕の家みたいなものだから、いなくなることはないよ。」

パンは目を伏せた。

「ごめんなさい。私は…ここに来ることができませんでした。うさぎを『信じる』ことが…できませんでした。」

うさぎの顔に後悔の念が浮かぶ。

「こっちこそ、ごめん。まだ話せないことがたくさんあって。過去のことも…。けど、それ以外は全部ほんと。ほうとうの僕の気持ち。パンとまた会えてほんとにうれしい。」

「私もです。だけど……できる限り全部話してほしいです。私のことじゃありません…うさぎのことを。」

大きく息を吸ううさぎ。そして―――

「うん。」


 橋は巨大で、まるで一つの街のようだった。崖と崖をつなぐその道幅はとても広く、地上に点在するような小さな建物も、ところどころにあった。しかし、それらも崩れかけていた。

 二人は橋のヘリに腰かけた。宙を浮く足。赤く染まった空を眺める二人。

「まずはあの日のことから話すよ。パンが僕の記憶を垣間見た日のこと。まさか…ああいうことになるなんて。魔法の暴走…だと思う。不完全な魔法は時として、その姿形を変える。大抵は傷つかない程度の小さな爆発を起こして終わるんだけど、今回のは…。」

下をむくうさぎ。その視線の先には、遥か下に敷き詰められた遺跡群。この世界への出入り口となる広場や輪の世界も、この橋から一度に眺めることができる。

「私の実力がまだまだ足りなかった…パンが教えてくれたあの魔法を、うまく操るだけの力がなかった。」

「いやいや!そんなことはないよ。それに不完全な魔法があれだけの規模の環境変化を起こして、尚且つ近くにいる人間の記憶の一部に入り込むなんて…ありえない。お互い怪我がなかったからよかったけど、もしかしたら命を落としていたかもしれない…。」

「そんなに危ない状況だったのに、なんでうさぎは私を助けてくれたんですか?命の危険を犯してまで…。」

首を傾げたうさぎを見て、慌てて付け足す。

「私は、感情というものを理解できていません。ときどき自分でもわからない感情を味わうんです。だから…人の行動に疑問を持つことがあります。なんでそんなことをするのか、なぜそんな表情をするのか。」

そこでパンは一呼吸ついた。

「それで…知らず知らずのうちに、おかしな発言をしてしまうんです。周りにいる人が『疑問』をもつ顔になるからわかります。皆にたくさんの迷惑をかけていることを知っています。たくさんの人と関わればかかわるほど…それを実感します。だけど、それはまるで、私がこの世界にいないかのように、存在してはいけないかのように感じる。まったく別の生き物かのように。過去に生きた証のない私は、今を生きていても良いのかなと…思うことがあります。」

 うさぎは横に座るパンの心を感じ取った。その手に触れて流れるマナを感じとることをしなくても、小さな少女の中で揺れる、そこに存在する心をうさぎは確かに感じ取った。

「パンの過去は…僕が知ってる。確かにある。決して存在していないわけではない。だけど…たとえ過去がなくても、その過去が今の自分を否定することになっても、生きていて良いんだよ。これだけは覚えておいてほしい。生きる価値はだれにだって平等にある。っていっても…パンは自分の過去を知りたがるよね?」

「はい…やっぱり私にとってそれが、この世界に受け入れられる証の一つだから。」

うさぎは小さく笑顔を向ける。

「そうだね。…パンは…ほんとに素敵で皆に誇るべき過去を持ってる。」

眼下を見下ろしていたパンの視線がうさぎに向く。

「けど、話せない…ですよね。」

「ほんとうにごめん。」

一瞬の沈黙。

「だから…次は僕のことについて話すよ。」

「まって!今日はこれくらいでいいです。」

「え?」

「自分で言っておいてなんですが、これからゆっくり、時間をかけてうさぎを知っていけたらって思います。そうしたい。」

 パンは立ち上がる。

「だって急ぐ必要はないですよね?大切なことだから、しっかり時間をかけたいんです。うさぎが自分のことを話してくれるようになった、今日はこれで充分です。」

うさぎは一瞬きょとんとすると、すぐ笑顔になった。その目は少しうるんでいたがパンにその真意を気づかれることはなかった。

 魔法の名残は沈みゆく日に照らされ、その影を長くする。

「僕の目には、パンがいる。いくつもの星が…僕たちを見ているように。」

うさぎは沈みゆく星の光を見る。

「パンの過去、両親や故郷…人間の感情、行動。パンもいつか…知ることになるよ。」


 目を開けると、そこはカーストラの街にあるキープの家の中だった。パンは近くにあるレンズを手に取り覗く。いつもと違い、そこには何も映っていなかった。

「ふわぁ…」

部屋の窓は閉め切っており外からの光は部屋に届いていない。しかし、パンは気づいた。騒がしい物音が遠くから聞こえてくる。それは違和感を覚えるには十分だった。パンはすぐさまベッドから起き上がり、窓を開ける。

 青紫色の渦。村を包み込む業火。逃げ惑う人々。吹き荒れる風。不思議な光を放つマナ生命体。


 そこには―――地獄が広がっていた。





本作品「ハースヴァニア」のモチーフ楽曲を作成いたしました。

youtubeより以下のアドレスから視聴可能です。


https://youtu.be/xswLZe3W2To?si=OARJMGMi-H21UePB

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