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私がここに生きる理由… 「ハースヴァニア:星が導く魔法と旅路」  作者: うーみ
序章 カーストラ街編

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8/11

第六幕 虚構を作り出す真実

 パンは後日、魔法の名残でうさぎと会いデルの家で起こった出来事を話した。矢継ぎ早に話すパンの話をうさぎはうれしそうに聞いていた。そんな少女の黒髪には、小さな水晶の羽が輝いていた。

 話し終えるとうさぎはパンを賞賛し、ある場所に連れて行った。

 「ここは『輪の視界』って呼んでる。おっきい輪がこの一帯を囲んでるから。周りを見てみて?」

 そこは他と比べてこまごました瓦礫や建物はなく、目を引く巨大な球体が中心に埋まっていた。球体はまるで空に浮かぶ雲のように形を変える薄い青と白の模様で覆われていた。さらにその周りをぐるりと巨大な輪が囲んでいた。銀色に輝くこの輪も斜めに配置されており、一部が地面に埋まっている。球体と輪の材質は、見た目だけで判別することは不可能だった。その二つとは対照的に、ところどころ雑草が生えている古い石造りの地面が、この奇妙な構造を支えている。

 「何ですか?この丸いのは。」

パンとうさぎは謎の球体に向かって歩いてゆく。

「まあまあ、見てて?」

うさぎは球体のすぐそばまで行くと、その表面に片手で触れた。

 その瞬間、球体が光り輝きだす。群青色に照らされる地面。パンは手で顔を覆う。やがて光は収まった。しかし、球体の周囲は先ほどとは全く違う景観を作り出していた。

 黒。闇が辺りを覆っていた。まるで黒のインクで全てを塗りつぶしたかのように。輪郭すらも見ることができない。そしてその空間で―――数多の星が光り輝き出した。球体を中心とした一定範囲が夜の星空となっていた。空間の中にいる二人からは、外の景色も夜に見えていた。まるで夜空に包まれたかのように、二人のそばにも星がきらめいている。パンの肩に、うさぎの手の近くに、光る点。

「これって…」

「うん。星空だよ。この遺跡はどんなときでも夜空を出現させることができる。くわしい理屈とか、わかってることは少ないけど。なにかしらの魔法であることは確かなんだけどね。不思議だよ。」

 パンは近くで光り輝く星に触れようとしたが、手は何もつかむことができず空を切っただけだった。

「すごい…きれい。」

うさぎは固い地面に仰向けになってこの幻想的な光景を眺める。

「祝福だよ。自分の身を犠牲にしても他の命を助けようとしたパンに対する。」

 パンはあっけにとられながら、うさぎと同じく地面に横たわる。

「しかも輪の視界のすごいところは、夜空に僕たちを連れて行ってくれることだけじゃないんだ。この空間には異様なほど脳密度なマナが流れている。つまりはこの現象も、そのマナを使って再現されている。というか、この物体がマナの性質を変えているのかもしれないね。推測だけど。」

パンもその変化を感じていた。いつもと違うマナの循環。なぜか体が休まり心が落ち着く感覚。

「つまりこの空はね、マナの具現化なんだよ。」

「え?」

「マナの流れを感じることができたから、パンはこの光景を見ることができる。さっきのパンの話を聞いたとき、パンにはこの場所を感じられるって思ったんだ。」

静かに笑顔を浮かべるうさぎ。

「これからたくさんの世界を知っていくことになる。魔法とマナと、星と…。そうすれば、もっともっと綺麗な景色を見られるようになる。これまで知ることのできなかった美しいを知ることになる。ガイア(この星)に縛られることなんてない。」

「この景色を…もっと…。」

「うん。パンにたくさんの美しいを知ってほしい。もっと、もっとね。それが今の僕の目標かなっ?」

うさぎは笑った。星が照らす少年の顔はどこか寂し気な雰囲気を感じさせた。

「とりあえず、ここをパンに見せれて良かった。」

パンは首を回し、満遍なく広がる星空を眺める。

「まるで私たちが、夜空に食べられたみたい…です。」

「ははっ、そうだね。だけどこれだけ綺麗で居心地が良いなら、食べられても良いかなぁ。」

「私だったらここを夜天の胃袋って名づけます。」

隣で寝ているパンをじっと見つめるうさぎ。

「ねぇ、パンのネーミングセンスも僕と変わらないみたいだよ。」

 二人はこの空間で少しの間、体と感覚を休めた。地面は固いが、この夜空に充満する暖かく優しいマナの流れは、二人をすぐさま夢の世界へいざなった。


 パンはそれから数十日間、多くの時間を魔法の学びに使った。カーストラで依頼を解決し、残りの時間は魔法の名残でうさぎと特訓。それでも、パンは変わらず完全な魔法の顕現には至らなかった。しかし、実感できるほどの変化がパンに現れた。


 「導け黎明」

魔法の練習を続けていくうちに、パンは一瞬だが小さな光の玉を出せるようになった。

「やった!すこしだけど、いま光を出せた…気がする!」

 今日は、パンが毎回現れる石造りの広場で特訓を続けていた。パンはうれしそうにうさぎに駆け寄る。うさぎは周囲に張り巡らせていた薄い膜を解いた。このベールは、周囲のマナを集めるためのものであり、うさぎがパンのために張っていたものだった。これにより天幕内では、よりマナを知覚しやすくなり魔法を発動しやすくなる。

「すごい!この調子ならもう少しで完璧に操れるようになる!そのうち僕の魔法の助けがいらなくなるよ!魔法石がないから簡単にはいかないけど、やっぱり魔法に拒絶されるなんてことはないんだ。」

 パンの瞳にはこれまでにない輝きが宿っていた。そんな少女の姿を見て、少年は考え込んだ末に口を開いた。

「もしかしたら……。じゃあさ、僕の得意な魔法をやってみる?まだ天穹魔法は習得できてないけど魔法の基礎はできてる。もしパンとこの魔法の相性が良かったら、すぐにものにできるかも。」

パンはもう一度魔法を発動するために手を突き出したままの状態で、うさぎを不思議そうに見つめる。

「それって、あのときマナ生命体を撃退した魔法ですか?」

「そう。呪文は『奏でるは天竜の調べ』。消費する魔力の量によって少し効果が変わるけど、基本的には空間を作り出す空の魔法。」

そう言うと、うさぎは足元に落ちていた小さな石を拾った。

「まずはこの小石を手に持って。うまくいったらこの小石は、新たに生成される空間によって二つに割れる。イメージは空間を引き裂いて、そこに新たな小さい世界を入れ込む感じで。自分だけの理想の世界を。まぁとりあえず最初はなんとなく!」

パンはふふっと小さく笑い、うさぎから受け取った小石を掌に置く。

「うさぎのそういう抽象的な表現にはもう慣れました。うまくできるかわからないけど、やってみます。」

済んだ青緑の瞳の持ち主は、大きく息を吸い、落ち着いた声で呪文を唱える。


 「奏でるは天竜の調べ」


 突然、世界が割れたかのような巨大な爆発音が周囲に響き渡り、空には赤黒い雲が垂れ込める。小石が置いてあったであろう手の上には小さな黒い球体が現れ、周囲の風が急速にそれに吸い寄せられる。パンは驚いて手を引っ込めようとするが、その右手はびくとも動かない。

「―――パン!」

うさぎの呼ぶ声がパンの耳に突き刺さる。少女の頭上、はるか上空には、巨大な模様が現れ始める。大地が揺れ、稲妻が空から振り下ろされる。パンの目の前に現れた小さな黒い球体は、パン以外の周囲のものを飲み込み始める。

「パン!」

もう一度うさぎが叫ぶ。パンはなんとか、黒球にかざされた手を戻そうとするが、謎の力によって固定されている。

 そのとき突然、パンの頭の中に流れ込む感情。別の誰かがパンの体に入っていくようだった。そして、あやふやなビジョンがパンの目の前に現れる。風景が歪み、別の空間に変化した。引力。しかし、それが鮮明になることはなかった。もやがかかったかのような空間の中でいくつかの人影が現れ、やがてそれははっきりと形を作りパンを取り囲む。

 複数人の男性が緊迫した空気の中で、パンをにらんでいた。白銀と青流の色をしたマントを身にまとい、それぞれ手には杖や剣を握りしめている。その表情は、狂気をはらんでいた。そしてそのはるか後方に…もう一人のパンが立っていた。周囲の形にならないもやに囲まれ、苦しそうに顔を歪ませうずくまっているが確かにこちらを見ている。しかしその服装は、パンの知っている自分とは全く違う上下無地の薄い服。そして、パンは驚愕した。二人目のパンの、その青緑色の瞳に映っている自分が―――うさぎだったからだ。パンはうさぎとなっていた。体も魔力もすべてはうさぎのもの。しかしその意識はまぎれもなくパンだった。 二人目のパンの瞳に映ったうさぎ(パン)の服装は、パンの知るそれとは大きく違っていた。細かい装飾がされた褐色のマントを羽織り、すすと泥で汚れた上下の服はところどころが破れている。小さなナイフと望遠鏡が腰にさしてあり、数本のベルトはそれらをがっちりと固定する。

 少年は数人の屈強な男たちを、魔法で生成した見えない圧力で抑え込んでいる。その歪みは、どこの国かもわからないその兵士たちに前進を許さなかった。

 パンの意識はうさぎの体を自由に動かすことができなかった。まるで蚊帳の外にいる観客のように、なにもできない。周囲にはうさぎの魔力で抑え込まれている男たち以外に、数人が血を流して倒れていた。うさぎ(パン)は再び振り向き、こちらを怯えながら見つめている二人目のパンに視線を合わせる。そしてうさぎの体の中で意識だけとなっているパンは気づく。自分の体―――うさぎの目から涙が流れていることに。傷つき血のついた頬を流れ落ちていく。体を焼き尽くす感情。想い。パンはこの感覚を共に感じていた。しかしそれは、パンが今まで体験したことのない感情だった。

(くる…しい…。)

 すると、まるで風が霧を払うかのようにビジョンが消え、パンは現実に引き戻された。轟音が再びパンを襲う。周囲には、パンの発動した魔法による風とマナの乱流がすべてを吹き荒らしていた。目の前には謎の黒い球体。風がこの球体に呑み込まれていく。

 荒れ狂うマナに抗いながら、慌てるパンに近づく現実のうさぎ。そして、少年がパンの肩に触れる―――次の瞬間、すべてが静まり返った。

 赤黒い空は青空に戻り、暴風は止み、巻き上げられた塵は地面に落ちた。そこには、二人の荒い息遣いだけが残った。

「いま……のは…?」

パンは膝と手を地面について肩で息をする。うさぎもその隣で仰向けになっている。

「わからない…。」

初めて聞くようなうさぎの声は、困惑と恐れが入り混じっていた。


 「大丈夫だった?」

少し時間がたち、落ち着いた頃にうさぎが声を発した。二人はまだ、先ほどの体勢のままだった。

「パン…?」

反応のないパンをうさぎは体を起こして心配そうに見た。少女は膝をつきながら、うなだれたように座っている。そして低い声でつぶやく。

「なんで…」

「え」

「なんで…隠すんですか?うさぎ?」

パンの声は震えていた。それはうさぎが、これまで聞いたことのないようなパンの声だった。

「さっき、魔法を発動したときに…あるビジョンを見ました。ある光景を。うさぎの感情と記憶が私の中に流れ込んできたというか…」

「パン…」

うさぎは起き上がり、パンに一歩歩み寄るが、パンはすぐさま後ずさり距離を置く。

「そのときのうさぎは服装も違う、雰囲気も少し変わっていた気がします。数人の男と戦っていました。それで…うさぎはすべてを壊したいと思っていました。目の前にいる男たちも含めて。うさぎは涙を流していました。そこには…もう一人の私もいて…。彼女の服装も、今の私とは全く違っていたけど…。うさぎはっ…なにか知っているのではないですか?私の過去について…。」

 少しの沈黙。

「ごめん…知らない。」

「どうして!うさぎは覚えています!あのとき、私はビジョンの中にいたうさぎと一緒になりました。体も。感情も。」

パンの中でうごめく未知の感情。それは体をきつく縛る茨のように、終わらない痛みをパンの体と精神に与えた。少女が追い求めていた過去が…最も信頼していた者の影に隠されていた。パンは滑稽にも偽りの世界を生かされていた。求めているものがすぐそこにあるというのに。

「私の知らない感情があのときうさぎの体にながれていた。私はそれを感じた。まわりには人が血を流して倒れていた!あれはうさぎがやったんですよね?私たちは初めて出会ったのではないのですか?私の知らないいつかの時間に、うさぎは何をしていたのですか?今のうさぎはほんとうのうさぎなのですか?けど信じたくありません…。それでも…それでも、あの光景が現実で起こった出来事です。だって…あのビジョンは今ここにいるうさぎから流れ込んだ記憶だから!」

 パンは地面に座ったままうさぎをにらみつける。これまで信じてきた自分の世界が、途端に崩れ去りまったく別の姿形を現すように、これまですがってきた数少ない自分の存在する証が一瞬にして消え去る。再び訪れた世界の拒絶。パンにとってその苦痛は、何者にも耐えがたいものだった。

 うさぎは立ったまま唖然としていた。その表情はどこか悲しげで、なにかを言いだそうと葛藤しているようだった。

「私はあのとき、うさぎの全てと繋がったと思います。なぜかはわからないけど、うさぎの記憶なんだと感じました。一瞬でしたが、確かに…感じました。」

うさぎはパンから目をそらし、その場に腰をおろす。嵐の過ぎ去った後のような惨状の広場に、ぽつんと座る二人。

 静寂を破るうさぎの声。

「今は…言えない。でも、いつかきっと…パンに話す時が来るはず。」

うつむくパン。

「パンが自分の過去について知りたがっていること、不確かな自身の存在のせいで苦労をしていること、それらを知っていながらパンと僕の過去について黙っていたこと、ほんとうに…ごめん。」

沈黙。すると少女は目をつぶり、深く深呼吸をした。心臓の鼓動は鳴りやまない。再びうさぎを見つめた青緑色の瞳には、暗い影など映っていなかった。

「わかりました……。うさぎには何か理由があるのだと…思います。」


 それから数日間、二人が会うことはなかった。パンはこれまで通り依頼をこなすことに専念し、村の人々を手助けする日常に戻った。しかし、パンの心には常にうさぎがいた。そしてあの時見た記憶も。





本作品「ハースヴァニア」のモチーフ楽曲を作成いたしました。

youtubeより以下のアドレスから視聴可能です。


https://youtu.be/xswLZe3W2To?si=OARJMGMi-H21UePB

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