表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私がここに生きる理由… 「ハースヴァニア:星が導く魔法と旅路」  作者: うーみ
序章 カーストラ街編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

第八幕 喪炎アルピュール

 どす黒い渦。大地をも浸食せんとする怒りの奔流が、カーストラを襲っていた。液体とも気体ともとれないその塊が次々と街を破壊していく。その黒い波に建物も人も植物も呑み込まれていく。

 五色の閃光が、四方八方から渦に向かって放たれていたが、黒き波の進行を止めることはできない。黒渦とは別に、民家を焼き尽くす炎とうごめくマナ生命体は街の住人にさらなる恐怖を与えた。

 逃げ惑う人々。悲鳴。暗雲立ち込める空のもと、そこには地獄が作り出されようとしていた。


 パンは服を着替えずに、すぐ家を飛び出した。家にいるはずのもう一人の小さな冒険家の魔力の気配を、どこにも感じられなかったからだ。

 少女の手足は彼女の思うようには動かなかった。体がこわばり息が上がる。街の中を見渡したが、逃げ惑う人々の中にキープはいなかった。

 黒い渦は、いたるところで猛威を振るっていた。キープは無事なのか、これは誰かの魔法なのか、呑み込まれたらどうなってしまうのか、パンの頭の中に浮かび上がる数々の疑問は、ある女性の悲鳴でかき消された。

 ハイタが馬の形をしたマナ生命体に襲われそうになっていた。大きな犬の形をしたマナ生命体は、いまにもその赤色に輝く前足をうずくまるハイタに振り下ろそうとしていた。

 パンはとっさに駆け出し、近くに転がっていた木片を掴んだ。そして、その異形の体を力の限り殴った。小さな風圧と衝撃音が鳴る。マナ生命体はそのまま突き飛ばされ、オレンジ色の炎の中に消えていった。

 突然現れたパンとその見た目からは想像のできないほどの怪力に、ハイタは驚いた。しかしすぐに我に返る。

「ありがとう…でもはやく!逃げて!」

ハイタの言葉も束の間、暗黒の靄と渦が、竜巻のようにがれきと炎を巻き上げながら迫ってきていた。パンは傷を負っているハイタの足を見ると、とっさに彼女をかかえて走り出した。

 逃げ場など街にはなかった。いたるところで、破壊の轟音が聞こえ、ときおりまばゆい光と破裂音が発生する。街の中心では黒い渦から離れようと人々と未知の災害に立ち向かおうとする人々で分かれていた。

 そのとき、巨大な爆発音とともに地面が揺れ、パンとハイタは一瞬にして別々の方向に吹き飛ばされた。

 土埃と火の粉がまっている。焦げ臭い匂いと共にがれきの山が形成された。感じたことのない熱と鳴りやまない轟音で少女はハッと目を覚ました。

 今この場所で起きているすべての事象に対してまるで無力なその命は、霞む目で周囲を確認し、はいずりながら瓦礫の山から抜け出した。

 そのとき、これまでに感じたことのない激痛がパンを襲った。足に力を入れると、焼けるような痛みが駆け巡る。なんとか立ち上がるが、もう走れそうにはなかった。

 足を引きずりながらあたりを探す。ハイタの姿はどこにも見当たらず、そもそも周囲に生きている人間は一人もいなかった。パンの目には、石くずと木片の上でうごめく黒と赤、黒煙と分厚い雲で覆われた空しか映っていなかった。

 ハイタを見つけるためにさらに遠くへ行こうとした次の瞬間、突然体を引っ張られるような感覚がパンを襲った。細胞の一つ一つがある方向に引き寄せられるような感覚だった。それはパンをいざなっているようだった。

 思考が溶けていく感覚。パンはその瞬間、時間という概念を忘れた。これまでのすべての感情と感覚が吹き飛び、パンはその未知の力に導かれるがままに進んだ。

 足を引きずりながらもその痛みに歩みが中断されることはなく、それほど時間をかけずにその『引力』の正体にたどり着いた。パンはあっけにとられた。そこには巨大な生き物を模した構造物が地面に突き刺さっていたのだ。

 それはまるで巨大なクジラのような形をしていた。パンは過去にキープが見せてくれた、レンズに映るその姿を見たことがある。

 大きな体と口に青緑の模様が浮き出るその生物は、海に息づいており、その未知の魔法とエネルギー、そして壮麗な見た目から、時を超える力を持つと言われている。しかし、今パンの目の前にいるそれは、明らかに生物ではなかった。形や見た目は似ているが、白地に金と青の装飾がなされており、胴体の中心には巨大な青緑色の球体があった。その流麗な体を上へとなぞっていくと、尾ひれのような突起物が空を向いていた。

 パンは強く感じた。この未知の巨体が自分を引き寄せていると。

 先ほど感じた引力がさらに強まる。歪む空間。

 周囲の悲鳴や破壊音が遠のく。パンとこの物体だけの永遠の時間。

「ねぇ…あなたは、誰?」

パンがその構造物に触れようとした次の瞬間、突風が吹き荒れ、パンと構造物に巨大な風の壁を作った。体勢を崩し膝をつくパン。

 「っ…」

風の魔法。パンは確かに感じていた。この力。以前出会ったことのある圧力。

 振り返ると、あのときの―――魔法の名残でパンを襲おうとした、鹿の形をした風のマナ生命体が立っていた。パンが思考するより早く、マナ生命体の体が発光する。


 ―――耳をつんざくような叫び声―――爆発と風。


 気が付くとパンは再び地面に倒れていた。周囲に吹き荒れる風は未だに止む気配はなかった。

 パンはゆっくりと目をあける。先ほど感じた引力は消え、再び時間と感覚が戻る。しかし右足には感覚がなかった。

 視線をその方に向けると、綺麗な肌色と血の赤に覆われた足の皮膚の一部がはがれていた。そしてその中には……青白く細い、いくつもの管と、見たこともない細かい機械的な塊が見えていた。それらを構成している謎の物質は流動的であり、パンの呼吸に合わせて色と形を変えていた。それはまるで、先ほど引力を発していたクジラの構造物と同じ機械のようだった。

「なに…これ…」

動揺がパンを襲う。もはや自分の足の一部は、人間のそれではなくなっていた。。

 そして…揺れるパンの視界に、あるものが映りこむ。

 少女の隣に倒れている血で赤く染まった少年―――パンの息が止まる―――

「っ……うさ…ぎ…?」

めまいがパンを襲う。世界がひっくり返ったかのような感覚。上と下がわからず、両手で必死に体を支える。

 パンは足を引きずりながらも、うさぎのもとに行き、抱きかかえる。うさぎの血の付いた顔と弱い息、そして…彼の体には数えきれないほどの切り傷が刻まれていた。服は赤く染まり、流れる血がパンを浸食していく。

「え…あ……」

震える手。うさぎを抱えたまま、パンはそこから動くことができなかった。パンたちの背後で、再び風のマナ生命体が攻撃を仕掛けようとしていた。

 うさぎの呼吸音が、かすかにパンの耳に聞こえる。そして最後の力を振り絞るように、パンの耳元にささやいた。

「ごめんね…魔法を使う時間なんてなかったから…こうするしかなかったの…。とにかく…パンが無事で良かった…」

「ね…え……え…」

「もっとたくさん…同じ時間を過ごしたかった…魔法が時を超えることは…決してないと…時間の流れに影響することは…世界が許さないと…僕はそう教えられてきたけど…君とまた…こうして……少しの時間でも…一緒にいられたのは…君という魔法が……僕を…辛くて苦しいあの場所から…引き戻してくれたから……かもね?…」

パンの目から涙があふれる。うさぎの顔は傷だらけで、血にまみれている。それでも、優しい笑顔でパンの瞳をまっすぐ見つめていた。二人の背後でマナ生命体の叫び声が聞こえる。

 パンは震える手で胸を抑えながらなんとか口から漏れ出る音を言葉にする。

「わ…あ…わたしは…まだうさぎと一緒に…いたい!…まだ!…魔法も…す……うさぎのことも…教えてもらってないっ!…まだ…まだ……」

「あのとき…橋の上にいる僕を…パンは見つけてくれた。うれしかったなぁ…。」

 燃え盛る炎の音とマナ生命体の鳴き声が重なる。もはや周囲に悲鳴をあげる街の人はいなかった。

「世界を…見てきて…。たくさんの人と出会って……。」

 あふれ出る深紅の液体はパンの手を浸食し始める。うさぎの声は徐々に言葉を失っていく。

「僕の過去はパンの世界…パンが生きててくれて……僕は…幸せだよ…」

 パンの脳裏をよぎる、うさぎとの時間。それは、決して忘れることのできないもの、そして…これからもっと増やしていきたい時間。その思い出は、パンの押し寄せる感情を止める楔を、いとも簡単に吹き飛ばした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

パンの叫び声。初めて手にする喪失の感情。そこには恨みも、憎しみも、怒りもない。マイナスにもプラスにも働かない。すべてがただゼロのまま進む、そんな世界。

「パ…ン…」


 光があたりを包む―――周囲の空気が、色が、マナが、パンとうさぎの周りに集まる。


 パンはそんな周囲の変化に気づくことはなかった。流れる涙は、少女を外界から遮断していた。その者は、皮膚という皮膚が裂けるような痛みが走ったとしても、泣くことを止めなかった。

 そのとき、パンの体が突然銀色に光り輝きだした。そして…うさぎにも同じ現象が起こっていた。パンとうさぎの髪先も同じ銀の光を放ち始める。うさぎのその表情は今にも泣き出しそうだった。しかし、それは痛みによるものではなく、どこか満足げな、悲しそうな、そして暖かな感情、心。

 うさぎは口を開く。残された力を振り絞って。

「っ……最後に…素敵な贈り物をくれて…ありがとう…!」

風のマナ生命体が二人に魔法を放つ。鋭い風の乱流の塊がパンの目の前にせまる。同時に、周囲の炎と黒い渦が二人を呑み込む。


「■■■・■■■」


呪文。空。星。罪。魔法。


 金と銀の光の粒が帯を引きながら四方八方を駆け巡る。それはまるで、小さな空を駆ける流星のようだった。少年の体から発せられたその魔法は、黒を切り裂き炎を吹き飛ばし、マナ生命体に悲鳴をあげさせた。

 千の光がぶつかり合い、一瞬にしてカーストラ村は照らされた。暗雲が消え去り、空に浮かぶ日の光が差し込む。晴天が空いっぱいに広がり、その陽光は村の傷跡をくっきりと映しだし、日常を奪う災厄が消え去ったことを街中に知らせた。


 そして―――物音一つしない。なにもない。無の世界。


本作品「ハースヴァニア」のモチーフ楽曲を作成いたしました。

youtubeより以下のアドレスから視聴可能です。


https://youtu.be/xswLZe3W2To?si=OARJMGMi-H21UePB

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ