第四幕 あふれだす魔法と世界
次の日、パンは少年と出会うきっかけとなった万有の森を訪れた。なぜ再びこの場所に来たのか、パン自身にもわからなかった。何か特別な意味があったわけではない。パンの体を動かす何か強い意思が存在するわけでもない。しかし気が付いたら、村から少し離れた場所に佇む緑が生い茂ったこの場所に来ていた。
パンは森の手前で止まる。目の前には背の低い木々が立ち並び、動物の鳴き声が川の流れる音と共に響く。木々の隙間から差し込む日の光は、森のはるか遠くまで照らしていた。
一度大きく深呼吸をした。そして……一歩を踏み出した。
パッと景色が変わる。そして―――そこには、あのとき訪れた遺跡の世界が広がっていた。パンが立っている場所は、前回訪れた時と同じ、開けた石造りの広場だった。円形の広場の周りには何本かの柱が、かろうじて立っている。その奥には、瓦礫と遺跡が散在していた。同じ風景、同じ空気、同じ空。
パンは記憶をたよりに、少年と出会った川のほとりまで走っていった。
周囲には数本程度の背丈の低い木々が石で覆われた固い地を突き破り、それ以外にこの場所で見える緑といえば、少しの雑草と日陰に広がる苔ぐらいだった。
やがてパンの目の前に、地面の溝を流れる小さな川が姿を現した。川を挟んで反対側の小さな石段が、マナ生命体の現れた場所だ。
パンの鼓動が早くなる。そこには―――あのときの少年が立っていた。パンに背を向け、並び立つ建造物を眺めている。少年は首を回し、目線をパンに向けた。小さな笑顔をパンに向けながら、黒髪を揺らす。
「また…会っちゃったね。」
その姿は、あのときのままだった。どこのものと分からない淡い青の服装とマント、澄んだ海のような瞳。
「あの…会いたかったです。」
少年の優しげな表情が揺らぎ、再びパンに背を向け遺跡を見つめる。
「聞きたいことが…たくさんあって。」
少しの無音が二人の間に流れた。すると、とたんに少年は振り向き、足が濡れることもおかまいなしに、足早に川をわたりパンの正面に立った。その表情は、先ほどとは比べ物にならないほどの満面の笑顔だった。
「じゃあさ!歩きながら話そうよ!ここは僕のお気に入りの場所なんだ。パンに見せたい場所があるからそこまで行こっ?」
「うん。」
パンと少年は歩き出した。二人が踏みしめるこの土地はとても広く、前回訪れたときそのままの姿でそこに存在していた。それはまるで、時間という概念から取り残された孤独な世界。パンは少年の隣を歩きながら、この奇妙な場所をよく観察した。
この遺跡の世界は、両側を崖に囲まれており、その渓谷に位置していた。遺跡のほとんどは石造りであり、その他には見た目からは判別できない白色と、移り変わる空のような不思議な色をした素材で作られているものもあった。
パンたちの周りには大小さまざまな建物が聳え立っていた。それらの構造物はほとんどが原形をとどめておらず、隙間を空けて広く散らばっているため、どこを歩こうともその者に圧迫感はなかった。そのため、少し遠くの景色も眺めることができた。ただしその景観は、ほとんどが白や灰色の遺跡と両側に聳え立つ濃褐色の崖だけだった。
地面には、きれいに切りそろえられた石が敷き詰められた幅の広い道が、間を縫うように敷かれており、ところどころにひびや亀裂が入っていた。固い無機物で覆われたこの世界では、パンとうさぎ以外に生物の気配は感じられなかった。
空中に視線を向けると、崖と崖の間をつなぐ巨大な灰色の橋がパンたちを見下ろしていた。今にも崩れそうな数々の遺跡を眼下に従え、その巨橋は揺ぎ無くそこにあった。石造りのその橋は、この世界の建造物の中で最も原形をとどめているものの一つであった。両側の断崖からは大きな二つの滝が流れ落ちており、そこから複数の川が遺跡の間を滑るように流れている。
「実は僕も、つい最近まではこの場所は知らなかったんだ。最初に来たときはなんだここ?って感じだったけど。」
少年はパンの目の前を歩きながら、足元に落ちていた小石を軽く蹴飛ばした。
「今では心が落ち着く場所。なんでかわかんないけど…不思議だよね。それに、見たことない建物がたくさんあって、すっごい面白いんだ。ほとんどボロボロだけど。」
「確かに…すごい静かで、落ち着きます。」
これといった音は存在せず、パンたちの話し声と足音だけが耳に残る。
少年は近くに転がっている砕けた石の残骸に触れる。もはや元の形がなんだったのか知るすべはない。多くの遺跡は半分、またはその一部が形として残っているが、中にはありふれた瓦礫と化した建物もある。それらはまるで硬い皮膚に覆われた獣が居眠りをしているようだった。
「ここには懐かしい魔法が眠ってる。」
「魔法…?」
「そう。ただの遺跡だと思ったら大間違い!ほとんどが魔法を纏っていて、しかもそのすべてが古くて高度な魔法なんだ。」
二人が歩くその傍らで、まるで重力を無視したかのような砕けた逆三角形の遺跡が回転している。その隣には、粘土のようにねじられた石の塊が転がっていた。
「まるで世界に忘れ去られた遠い過去の魔法がここに集まっているみたい。だから僕は、この場所を『魔法の名残』って呼んでる。」
「不思議な…名前ですね。」
少年は口をすぼめながらパンの方を向く。
「ネーミングセンスはあまり指摘しないでよね。自分でもわかってるんだからっ。」
軽やかな足取りで歩く少年。景色は依然として変わらず、歩く二人を様々な遺跡が見つめている。
「昨日は驚いたよ。横になって日向ぼっこしてたらさ、急に君が現れるんだもん。びっくりしちゃった。すぐに物陰に隠れて、様子を伺ってたんだ。そしたらマナ生命体が現れて…」
パンの隣を歩く少年は、身振り手振りを交えながら楽しそうに話した。パンはそんな少年を見つめる。
「あの…前回、最後まで聞き取ることができなくて…名前は、なんというんですか?」
「名前…あぁ、えーっと…じゃぁ、『うさぎ』。」
「うさぎ?」
不思議な名前にパンは首をひねった。少年の答えはどこか緊張をはらんでいた。まるで今にも、もう一度あのときの鹿の怪物が襲ってくるのではと、心配しているかのように。しかしパンは、うさぎのその奇妙な反応の違いに気づかずに質問を続けた。
「うさぎ…うさぎはどこに住んでるんですか?パトリオン国のようにも見えますけど…」
「パトリオン国…ごめん、聞いたことないなぁ。どんな場所なの?」
パンは少し驚いた表情を見せた。パトリオン国は世界の中でも有数の大国の一つであり、多くの国や地域から様々な人が訪れているのを知っていたからだ。
「そこは…私の住んでいる国です。正確にはその国に属している小さな村ですが。」
「へぇ、けど、僕が住んでるのは違う国かな。最近、この近くの村に家族で泊まることになってさ。時間が空いた時に周りを散策したら偶然ここを見つけて。だからこうして、君と出会うことができたんだ。」
二人は近くを流れる川に沿って歩いた。うさぎは通り過ぎる遺跡の数々を指さしては、その特徴や見つけた時のエピソードなどを楽しそうに話した。
魔法の名残に存在する遺跡の多くは、まるで魔法がかけられたかのように特殊な力を持っており、パンたちはそれらの遺跡を堪能しながら、うさぎがパンに見せたいという目的の場所を目指した。
鋭利なぎざぎざ棒が地面から生えたような見た目の建物は、その周囲の空気が電気を帯びており、一定範囲に足を踏み入れると肌にピリッとした刺激が与えられる。うさぎはこれを気持ち良いといって、そこから離れようとしなかった。
石のかけらが大きな隙間を空けながら積み重なってできた円柱の建物は、叩くことで簡単に崩すことができた。しかし、なぜか崩れた傍から瓦礫が浮き上がり、再び元の形へと戻っていった。結局パンがうごめく瓦礫に呑み込まれそうになり、その場所を後にした。
その他にも、人が住んでいそうな気配を残す遺構や、形もその用途も想像のつかないようなものもある。それらすべてがパンにとっては新鮮であり好奇心をくすぐるものだった。知らない世界をのぞき込んでいるような、不思議と胸が躍る時間。
「ここにしばらくいても、これらの遺跡が一体何なのかわからないんだ。」
「そうなんですか?あ、確かに最近見つけたって…。」
二人の遥か頭上に陣取っていた橋も、徐々に二人の後ろへと遠ざかっていった。
「うん。不思議な特性を知ることはできても、それがなんのために存在するのか。誰が作ったのか。魔法の名残にはわからないことが多い。そして…そんな場所にパンは突然現れた。パッとね。まるで元々そこにいたかのように。たまたま迷い込んだのかな?それとも、遺跡の力かな?」
「あの時は風猫探しをしていて、たまたま万有の森という場所に足を踏み入れたら、あの広場に立っていました。結局うさぎと出会えて風猫を見つけられたので良かったですが。そうでなかったら訳も分からず迷っていたかもしれません。」
「まぁ、僕がパンを見つけてなかったら、パンは独りぼっちで泣いてたかも。ねぇ、感謝してよ?」
「一人になると泣くんですか?そしたら、一人でここにいたうさぎは…ずっと泣いていたのですか?」
「うっ……い、いや、一人になっても僕みたいに泣かない人もいるよ、うん。」
うさぎは少し気まずそうな顔をしながら、怪訝な表情をするパンの前に出て歩いていった。
「も、もうすぐでパンに見せたかった場所につくよっ。」
両側にある崖に沿って縦長に伸びた遺跡世界を日が傾く方向に歩く二人。うさぎは、パンのことについてもたくさん聞いた。パンは村の人たちのことや、これまでこなした依頼について語った。不思議な石により、依頼主の家が炎に包まれてしまったこと。店に置いてあるたくさんの植物がパンを食べようとしたこと。ここにある遺跡と名滋養に、魔法を帯びた角のような形をした機械を調べたこと。淡々と語るパンを、うさぎは柔らかな表情で見守っていた。
すこし進むと、それまで静かだった辺り一帯に、動物の鳴き声が聞こえるようになった。
「ほら、着いたよ。」
突然開ける空間。それまでなりを潜めていた光が一気にあふれだす。
そこには多種多様な動物と植物、そして魔法が風景を彩る世界が広がっていた。緑の葉は鳥と共に群れをなして見たことのない生き物たちの間を飛び、大地から噴き出した水と炎は、ところどころに熱気と冷気を運ぶ小さな木々を形成している。それはあまりにもパンの知っている大自然とはかけ離れていた。
あたり一面は先ほどまでの遺跡群とは打って変わって、様々な色に覆われていた。しかしまだ、ところどころに砕けた石やがれきが紛れている。それらはあたかも自然の一部かのように、この光景に馴染んでいた。左右にそびえていた断崖はいつのまにかなくなり、視界は遥か彼方まで広がっている。景色の奥には大きな山々がぼんやりと佇んでおり、視線を別の場所に向ければ、今度は背の高い建物や、空に浮かぶ島々が世界の輪郭を描いていた。
途端に現れた見たことのない世界に、パンはあっけにとられていた。
「すごいでしょ?さっきの遺跡もそうだけど。これだけ大規模に、しかも永遠に魔法が作用してる。だれかがこの土地全体に強力な魔法をかけたみたいに。」
二人が立っている場所を境に、そこはまるで別世界のようだった。
「実際、自然現象に魔法が絡むことはよくあるけど、それは一時的なものが多いし、範囲も小さい。単なる生命活動の一つ。だけどこれは…」
少し先では、土が波のようにうねり地形を絶えず変化させている。多くの魔法現象が絶えず起こり続けているにもかかわらず、騒音がこの空間を覆うことはなく、むしろ静けさを感じさせた。
「これが全部魔法…すごい…。」
「ここは僕が一番好きな場所。こうやって終わることのないたくさんの魔法に触れられるなんて夢みたいでしょ?ちなみにここの名前は魔法の息吹。もちろん僕が少し前に名づけた。」
「相変わらずおもしろい名前ですね。」
そのとき、大人一人分の大きさもある狼のような生き物が数頭、二人に近づいてきた。黄金色のモフモフとした毛並みにすらりと伸びた鼻と口。胴体の割に短い手足。胸の位置には魔法石らしき結晶が見える。そして最もパンの目を引いたのは、その尻尾だった。くるりと一周巻いた尻尾は、その体と同じように黄金色の毛で覆われており、なによりとても大きかった。その姿はまるで大きな毛の塊を背負っているような見た目であった。
その生き物は二人の匂いを嗅いだあと顔をこすりつけた。草と土の匂い。うさぎは丸のみされそうな口に臆することなく、その生き物を優しくなでた。
「パプルっていう重剣動物。雑食だけど、人間には危害を加えないよ。もともと優しい性格なんた。その大きい尻尾はあったかくて見た目もかわいらしいけど、意外と不便なんだ。彼らからしたらとっても重いし、バランスをとる役割を他の器官で行わなければいけない。成長の仕方によっては、自身の命を奪うことだってある。だけどこの大きな尻尾は外敵から身を守るのにすっごい役立つんだ。」
パンもうさぎにならって初めて見るパプルの胴体に手を添えた。暖かな温度がパンに流れ込む。
「この尻尾がどうやって使われるんですか?」
「ふふん、この尻尾、実はすんごい固いんだ。毛におおわれていてわかりづらいけど、実際は細くて鋭い。だから外敵に対して鞭みたいに使うこともできるし突き刺すこともできる。ま、そもそもパプルを狙う動物は少ないし、その機会もほとんどないけどね。」
「とてもたくましいんですね。」
「だけど、その代償って言い方が合ってるかわからないけど、この尻尾は成長の過程で自分の体を貫いてしまうこともあるんだ。あ、触らないほうが良いよ?嫌がるから。」
好奇心に任せてモフモフとした尻尾に伸ばした手をとっさにひっこめるパン。
少女はその凛々しいパプルの顔を見つめながら、頭に浮かんだ疑問を口にする。
「だけど…ほとんど使わないのに、これだけの不便を…自分の命をかけてまでそれを受け入れるのは少し…効率が悪い気がします。」
パプルたちは二人と少し触れ合ったあと、もう飽きたのか遠くの方へ駆けて行った。うさぎはその様子を、黄金色の姿が見えなくなるまで見ていた。
「彼らにも守りたい存在、失いたくない何かがあるってことだよ。それが成せるのならどんな不便でも苦ではないし、命さえもかけることができるんだ。そこには効率や合理性はない。マナはその力を与えてくれてるのかもね。」
「…」
パンはパプルに触れた手をじっと眺める。手についていたパプルの毛が、はらりと指の隙間から落ちていった。
それから二人は、魔法の息吹に存在する魔法を体感した。常に物体の位置が入れ替わる空間、生き物のように形をなす煙、魔法の息吹の中でも最も存在感を放つ光と影の星。
ここには魔法の数だけ不思議な動物たちもいた。皆おとなしかったが、危険な動物や怪我をする可能性があるものはうさぎが事前にパンを止めた。動物たちは皆、体のどこかに魔法石を有しており、魔法によって外観や機能の一部を保っているものもいた。
そんなさなか、鮮やかな色の小鳥をなでるパンを見つめながら、うさぎがつぶやいた。
「パンの故郷はどこにあるんだろう?カーストラ村は…パンの生まれ故郷じゃないよね?」
うさぎから発されたその言葉にパンは目を丸くして振り向く。小鳥たちは驚いて、遠くへ羽ばたいていった。
「だってパンって…まるでどこか見たことのない、果てしなく遠い場所から来たみたい。遠くの世界…遠くの時間。」
パンは震える瞳でうさぎを見つめた。あのときと同じ、メランに内なる魔法を自分でも使えるかと聞いたときに見せた渇望。久しく見せることのないパンの願いの一つ。自分の存在する証を追い求める少女のまなざし。しかしうさぎと視線が交わることはなかった。
「もしかしたら…もしかして、私の過去について…何か知っているんですか?」
「いやいやっ、ただのかん!なんとなく。しかもっ、パンって自分の過去を全然話さないから、ちょっと不思議に思っただけ!」
あっさりと答えたうさぎに対して、パンは一瞬沈黙したあと、少し前のめりになった体を元に戻す。そして、胸に手をあて、目をつむる。自分の存在を確かめるように。
「実は…私の故郷はカーストラ街じゃないんです。私はどこで生まれたのか、それが…わかりません。『親』という者もいません。」
「覚えてないのかい?」
「そういうことに…なるかもしれません。目が覚めたらあの村にいて、それまでのことは記憶にありません。私が村にたどり着いたとき、外は真夜中でした。街の人たちはほとんど寝ていて…キープが冒険の帰りに村の道端で倒れている私を見つけて、家まで運びました。私は魔法石を持たず、魔法を扱えず、そして…この『世界』と『人』のことを何も知らないのに。そんな私に彼女は、生きるための環境と村での役割を与えました。」
そこでパンは一息つく。
「とても、『優しい』人です。」
物思いにふけるパンを見ながら、近くの遺跡の残骸に腰をおろすうさぎ。
「そうだね。」
二人はしばらく魔法の息吹を堪能した後、パンが現れた石の広場へと戻った。パンは「キープが心配するから帰らないといけない」と話した。
帰る方法が分からなかったパンに、来た時と同じように石の広場の中心、この世界の入口に足を踏み出せば同じような現象が起こるのではとうさぎは助言した。
空はいつのまにか暁色へと変化していた。石の広場の中心に立つパンとうさぎ。そのとき、ふと思い出したようにうさぎがパンに質問をした。その声はとても静かなものだった。
「そういえばさ、パンは…魔法が使えないの?」
少しの間。パンの頭のなかにメランの言葉が浮かび上がる。
魔法石がないと魔法は使えない。
それまで自分は魔法に対する素質が皆より低いのだと、そう思い込んでいた、その小さな光を打ち砕く事実。空に浮かぶ日の光はもうすでに欠け始めていた。
すこしして、パンは口を開いた。落ち着いた声で淡々と話す。
「はい、少しのマナと魔力はあるみたいですけど…。簡単な魔法でも、それを完全に発動させて制御することができないんです。村のみんなが自由に魔法を使ってるところを見ると、少し『うらやましく』なります。」
深呼吸をするパン。その目には、声からは察することのできないあきらめにも似た感情が渦巻いていた。
すると、うさぎが突然立ち上がった。パンは少しあっけにとられながら、少年の顔を見つめる。うさぎの表情はきらきら光っていた。
「じゃあさ、僕が教えてあげる!こう見えても、結構魔法の扱いはうまいんだ。」
「え…や、やっぱり魔法石がなくても、魔法を操ることができるんですか?」
「やっぱりってことは…本当は最初からそれが聞きたかったんだね。」
眼前に広がる自然を眺めていた青の瞳はパンに向けられる。パンが再びうさぎに会いたかった理由は、確かに内なる魔法に対する興味が彼女を突き動かしたからだ。
「それでもなんとなくですけど、うさぎに会いたいって思った理由は……他にもある気がします。」
「ははっ、うれしい。」
うさぎの自信に満ちたまなざし。
「さっきの質問の答えだけど…わからない。僕も魔法石は持っていない。けど…パンとは違うから。だから!僕がパンに魔法を教える。できるだけのことはやるつもりだよ。」
パンは目線を上げてうさぎを見た。その顔は、自分が想像していた答えと違う答えが返ってきたことに驚いているとともに、これまで暗闇だった世界が開けたような希望に満ちていた。しかしすこしすると、カーストラ街での半星年の記憶がパンの表情から色を消し去る。
「ありがとうございます。でも…もし魔法石が魔法と切っても切れない関係だったら、うさぎのやることは無駄になってしまいます。うさぎが特別なだけかも...」
風に靡く髪。夕日に照らされるうさぎのその視線から顔を背けるパン。それでも、うさぎの表情は変わらなかった。
「そうなったら…何か問題があるの?僕は決めたから。それに…」
うさぎは目をつぶる。これまでの旅路を振り返るかのように。
「これは僕の一生をかけたわがままだから。」
足を踏み出す。瞬きの間に、パンは万有の森の入口へと戻っていた。




