第三幕 内なる魔法
「ふーむ。」
キープはミラを見つけるまでのいきさつをパンから聞いたとき、少し顔を曇らせ考え込むような表情をした。念のため、風猫に簡易的な魔法をかけて検査をしたが、外傷も内傷も見当たらなかった。
キープとパンは、ハイタに風猫を見つけてくれたお礼を言われ、そのまま家への帰路についた。
歩きながら、日中の騒がしい村の様子を眺める。暖かい気温はこの生活に活気を生んでいた。
「そうだ、パンが入り込んだ遺跡だらけの世界、気温はどうだった?」
「気温…ですか?すこし肌寒い感じでした。」
「ほぉそうか。いや、もし強制転移魔法なんかでパトリオン国以外の場所につれていかれたのなら、そこの気温で少し推測できないかとも思ったが。どうやらこの周辺ではないらしいな。」
キープは帽子にかけてあるゴーグルをいじる。片側に埋め込まれている魔法石が日の光を反射させる。
「そもそも現実に存在する場所なのか、否か。万有の森付近に特異な空間でもあるのか…。街の住人も気軽に足を踏み入れられる場所なだけに、少し気がかりだね。」
日が傾き始める。道を行く人々、家の掃除をする者や、店で果実を売っている人、道端で遊ぶ子供、その近くには肉屋と品屋。背の高い建物が少ない分、道のどこからでも美しい空を眺められた。
カーストラ街の住民のほとんどは、キープにとっては一度は顔を合わせた知り合いだった。そのため声をかけてくる人は老若男女ともども一定数いた。
「キープ!また冒険談聞かせて!」
「すこぉしまってな、またみんなが集まったらとっておきの話を聞かせてあげよう!」
「よぉ!キープさん!前回治してくれた水生ホースのおかげで、だいぶ時間に余裕ができたよ!こんどうちに来なっ!自慢の花を一本サービスするよ。」
「おぉ、また我が家が派手になってしまうな!」
パンはその様子を傍らで静かに見つめていた。
さらに歩くと、無数の色を宿すランプを並べた店が、昼間にもかかわらずあたりを照らしていた。白銀の灯がパンの目にとまる。その色は遺跡での出来事をパンに思い出させた。あの少年は何者だったのか。あの生き物はいったい…。そんな疑問がパンの頭の中に残っていた。
パンの考え込んだ表情を横目に、キープが口を開く。
「マナ生命体、いつからか世界に出現するようになった異変種。奴らがどのように生まれ、なぜ生まれたのか。その一切が謎に包まれている。見た目は動物の姿だが、その異様な生態と能力は実物を見たパンならわかるだろう。特殊なマナが彼らの体に流れているから、操る魔法の属性ごとに体が光を帯びている。つまり、彼らも他の動物たちと同様に魔法を扱う。少なくとも、生き物ではあるようだ。」
「魔法…じゃあ、あの時の突風はマナ生命体が使った魔法の力…」
パンのつぶやきにキープが納得したように返す。
「突風…なるほど、風か。つまりあやつの扱う魔法は風を司る力だな。風のマナ生命体と言い換えても良い。私も冒険の旅路で何度か目にしたことがあるが、彼らの多くは大きさも他の動物たちと変わらん。だから、パンが今日遭遇したような大きい個体は見たことがない。珍しい個体だな。」
周囲に住人の通りが少なくなってきた。小さな家がまばらに点在している。
「鹿の形をしたマナ生命体…か。話を聞く限り、完全な撃退はできていないみたいだね。少なくとも瀕死にまで追い込んでいたなら、体内に刻まれている内なる魔法が発動するからな。」
「内なる魔法?」
「お、そうか。パンにはまだ話していなかったか。そうだなぁ、今日はまだ時間もある…。今日の魔法の勉強は内なる魔法についてだ!その特別な魔法について身をもって教えてあげるよ。」
「身をもって?」
「そう。身をもってね。」
キープの不気味な笑顔。
「それにしても…マナ生命体を退けた少年、何者なのだろうか。マナ生命体は危険な存在だ。自分の身も危うくなるかもしれないのに、パンを助けるために魔法を使い立ち向かった。だれでもできることではない。会ったらしっかりと礼を言わないとな。」
キープはミラを見つけるまでのいきさつをパンから聞いたとき、少し顔を曇らせ考え込むような表情をした。念のため、風猫に簡易的な魔法をかけて検査をしたが、外傷も内傷も見当たらなかった。
キープとパンは、ハイタに風猫を見つけてくれたお礼を言われ、そのまま家への帰路についた。
歩きながら、日中の騒がしい村の様子を眺める。暖かい気温はこの生活に活気を生んでいた。
「そうだ、パンが入り込んだ遺跡だらけの世界、気温はどうだった?」
「気温…ですか?すこし肌寒い感じでした。」
「ほぉそうか。いや、もし強制転移魔法なんかでパトリオン国以外の場所につれていかれたのなら、そこの気温で少し推測できないかとも思ったが。どうやらこの周辺ではないらしいな。」
キープは帽子にかけてあるゴーグルをいじる。片側に埋め込まれている魔法石が日の光を反射させる。
「そもそも現実に存在する場所なのか、否か。万有の森付近に特異な空間でもあるのか…。街の住人も気軽に足を踏み入れられる場所なだけに、少し気がかりだね。」
日が傾き始める。道を行く人々、家の掃除をする者や、店で果実を売っている人、道端で遊ぶ子供、その近くには肉屋と品屋。背の高い建物が少ない分、道のどこからでも美しい空を眺められた。
カーストラ街の住民のほとんどは、キープにとっては一度は顔を合わせた知り合いだった。そのため声をかけてくる人は老若男女ともども一定数いた。
「キープ!また冒険談聞かせて!」
「すこぉしまってな、またみんなが集まったらとっておきの話を聞かせてあげよう!」
「よぉ!キープさん!前回治してくれた水生ホースのおかげで、だいぶ時間に余裕ができたよ!こんどうちに来なっ!自慢の花を一本サービスするよ。」
「おぉ、また我が家が派手になってしまうな!」
パンはその様子を傍らで静かに見つめていた。
さらに歩くと、無数の色を宿すランプを並べた店が、昼間にもかかわらずあたりを照らしていた。白銀の灯がパンの目にとまる。その色は遺跡での出来事をパンに思い出させた。あの少年は何者だったのか。あの生き物はいったい…。そんな疑問がパンの頭の中に残っていた。
パンの考え込んだ表情を横目に、キープが口を開く。
「マナ生命体、いつからか世界に出現するようになった異変種。奴らがどのように生まれ、なぜ生まれたのか。その一切が謎に包まれている。見た目は動物の姿だが、その異様な生態と能力は実物を見たパンならわかるだろう。特殊なマナが彼らの体に流れているから、操る魔法の属性ごとに体が光を帯びている。つまり、彼らも他の動物たちと同様に魔法を扱う。少なくとも、生き物ではあるようだ。」
「魔法…じゃあ、あの時の突風はマナ生命体が使った魔法の力…」
パンのつぶやきにキープが納得したように返す。
「突風…なるほど、風か。つまりあやつの扱う魔法は風を司る力だな。風のマナ生命体と言い換えても良い。私も冒険の旅路で何度か目にしたことがあるが、彼らの多くは大きさも他の動物たちと変わらん。だから、パンが今日遭遇したような大きい個体は見たことがない。珍しい個体だな。」
周囲に住人の通りが少なくなってきた。小さな家がまばらに点在している。
「鹿の形をしたマナ生命体…か。話を聞く限り、完全な撃退はできていないみたいだね。少なくとも瀕死にまで追い込んでいたなら、体内に刻まれている内なる魔法が発動するからな。」
「内なる魔法?」
「お、そうか。パンにはまだ話していなかったか。そうだなぁ、今日はまだ時間もある…。今日の魔法の勉強は内なる魔法についてだ!その特別な魔法について身をもって教えてあげるよ。」
「身をもって?」
「そう。身をもってね。」
キープの不気味な笑顔。
「それにしても…マナ生命体を退けた少年、何者なのだろうか。マナ生命体は危険な存在だ。自分の身も危うくなるかもしれないのに、パンを助けるために魔法を使い立ち向かった。だれでもできることではない。会ったらしっかりと礼を言わないとな。」
いつの間にか二人は、自然店の目の前まで来ていた。パンの脳裏に、今日の朝起きた出来事がよみがえる。母を救うために危険を犯した少年、マナ生命体からパンを守った少年。パンの疑問は、いまだに胸の奥でくすぶり続けていた。
少しして、パンとキープは街の北はずれにある古い店にたどり着いた。二階建てのその建物は、年季の入った木材と植物で作られていた。周囲が木々で囲まれているためか緑のコケとツタが壁を覆い、それは曲がりくねった形をした煙突まで伸びている。丸い小窓がいくつかついているが霞んでおり、外から中の様子はよく見えなかった。周囲に街の人や家はほとんどなかった。
「聞いたことあるかもしれないけど、ここは昔からある魔法薬店。ほとんどの魔法薬を扱っているし、なんならこの店にしか売っていない代物だってある。」
古い木で作られた玄関扉に続く雑草の伸びた階段を上る。
「ここを仕切っている女性が魔法薬の調合を行っているんだが、それだけじゃないんだ。案外、いろいろな頼み事を引き受けてくれてね。信頼のおける友人なんだ。ただ、少し意地悪いから気をつけな?」
「あの…その人が内なる魔法について教えてくれる…ってことですか?」
足の踏み場を何とか探しながらキープについていくパン。
「ふふんっ。とりあえず、ほしい魔法薬があるので買います!」
キープにつられてパンも家の中に入った。パンはこれまでのキープと依頼をこなす中で、何度かこの建物を見かけることがあったが、中に入るのは今回が初めてだった。
店内の壁には、視界いっぱいにガラスの瓶やフラスコが置かれていた。ガラスの中には様々な色の液体がうごめいており、いくつかの瓶は紫や青の煙を発生させている。煙はすぐに空気に馴染み消え去るため、店内が煙霧に覆われることはなかった。室内は天井につるされたいくつかのランプが、外観からは想像できないほど綺麗に整頓されている内装を照らし出す。いくつかの机と椅子が置かれているスペースと、その奥にはカウンターに腰かけた一人の女性がいた。
その女性は、まるで棚に陳列されている魔法薬のように、得体のしれない雰囲気を纏っていた。長い茶髪に肩幅ほどの長さのつばを持つ黒と深緑のとんがり帽子をかぶり、その先端は折れ曲がっている。丸眼鏡の奥から覗く、翠緑の瞳が覗いて。胴体には帽子と同じ色合いのマントを羽織っており、ところどころに細かい銀と紫の装飾がついている。
店内には、分厚い本を読んでいる折れ曲がったとんがり帽子の彼女の他には誰もいなかった。
「どうもーっ!元気にやってるかい?メラン。」
メランと呼ばれたその女性は顔をあげ、キープたちのもとに歩いて来た。パンよりも頭一つ分高い身長。彼女の手には、いつのまにか長い杖が握られており、杖の先端には瞳と同じ色の魔法石が埋め込まれていた。
「あれ…キープ?最近はよく来るね。……この子は?」
椅子から立ち上がり、物珍しそうな顔でパンをのぞき込むメラン。
「あ、あぁ…名前はパン。半星年前からこの村で生活している私の弟子だ!」
「弟子なんですか?私。」
「ああ。弟子だ!ん?弟子だろう?」
キープのかたくなな表情に無表情で返すパン。
それからキープはいくつかの魔法薬と冒険に使う素材を購入した。その間にパンは店内を見て回った。キープの家と同じ木造の建物。木が醸し出す自然の匂いが店内に充満していた。メランとキープは少し話した。内容はキープの聞いたことのある冒険談と、メランが新しく見つけた魔法薬の話だった。
一通り会計が済むと、キープがメランに向き直った。
「まぁ…それはそれとして。メラン、実はパンには見せたいものがあって、ここに来たんだ。」
メランは途端に意地の悪い、何か探るような表情になり、パンに顔を近づける。
「それでぇ?キープはお弟子ちゃんに何を見せたいのー?」
揺れるランプの光。
「内なる魔法。」
メランは一瞬目をぱちくりさせたが、すぐにくすっと笑い、カウンター台の奥にある真っ暗な部屋へと消えていった。少しすると、複数の紙に包まれた粉末と空のフラスコ、そして水の入った瓶が、メランの周りを浮遊しながら現れた。それらは近くのカウンター台の上に、それぞれ整頓されて置かれた。
「さ、始めようかっ。」
そよ風が半分開けた窓から吹いてくる。しかし台の上にある4種類の粉末は不自然すぎるほどに微動だにしない。
「内なる魔法。その者ともっとも強く結びついた魔法。それはその命が経験した物事や感情によって決まる。言い換えれば、最も記憶に刻まれた魔法。」
棚に飾られた魔法薬がまるでパンの心臓の音のようにドクドクと波打つ。パンは息を凝らしながら台に近づいた。
「ではキープ。この台の上にある材料を魔法で合成してみて?」
「むむ、この手の魔法は得意ではないが…いくぞ。」
キープは息を深く吸い、呪文を唱え始める。
「星刑の雫が行く先に私は眠る・境界靡かせ目覚めの時」
暖かい風と冷たい霧―――
瓶から水が飛び出し、小さな球体を作り浮かぶ。風に吹き上げられたかのように空中を舞う4種類の粉は、水の球体と一つになる。様々な色が球体の表面を駆け巡り、その混合物はそのまま空のフラスコの中に入っていった。
「わぁ…」
パンにとって初めて見る魔法。フラスコの中にある液体に視線を移すと、それは濃い紫をしていた。小さな湯気がガラス容器から立ち昇る。
キープの荒い息遣いが聞こえる。すこしの沈黙のあと…
「魔法薬の完成!」
メランの言葉にはっと我に返るパン。キープはゼェハァ言いながら愚痴をこぼす。
「ってか!なに作らせてるんだよメラン!この薬って…」
「塵解薬だ。この液体をかけられた物体は塵となる。その物質の分子構造は変えずに。キープはよく知ってるけど、パンには少し馴染みがないかな?例えば…」
そういうとメランは、先ほどキープが合成した魔法薬を空になった瓶にかけた。すると徐々に瓶が崩れていき、ガラスの塵となった。
「合成魔法は何を作るかによって消費する魔力量が全く異なる。特に今回キープに作らせた魔法薬は強力な効果をもつ。よって、キープの魔力のほとんどを消費しなければ作れない代物だったってわけさ。しかも、それでもこの薬は完全とは言えない。ガラスの小さな瓶を分解することぐらいわけないが…より硬度が高く、より大きく魔力を持つ物に対しては、十分な効果を発揮できないだろう。」
パンは台の上にあるガラスの塵をまじまじと見る。
「これが内なる魔法…?」
「いやいや、これは単なる平凡な魔法だよ。」
「平凡な魔法!?」
椅子に座って呼吸を整えていたキープから、不満の声が発せられる。
「これから私が見せる力が、魔法の真の姿。『内なる魔法』だよ。」
真剣な顔つきのメランは、手に持った長い杖を振る。すると同じように4種類の粉と水の入った「瓶、そして空のフラスコが奥にある部屋から浮遊してきた。
台の上には先ほどと同じように、整頓して置かれた材料。物音一つない空間。ここが魔法薬の店ではなく、隔絶された別の空間であるかのように、外からのささやきも何も聞こえない。
メランが魔法石の埋め込まれた杖の先端を台の上に向ける。
息遣い。
「星刑の雫が行く先に私は眠る・境界靡かせ目覚めの時」
突然、杖にはめ込まれた魔法石が光り輝き、その翠緑色の光が空間を照らし出す。光と光がぶつかり合い、草が風に揺られこすれる美しい音が部屋中にこだまする。パンはその輝きに目を覆いながらも、かすかにメランの髪先が同じ翠緑色に光っているのを見た。
「―――っ!」
激しく、しかしやわらかい風が店中を駆け巡る。先ほどと同じように、台の上の粉末と水は空中に浮かび上がり、一つの球体となって回転する。
すると、不思議な現象がパンたちの周囲で起こり始めた。床や壁から小さな芽がいくつも生えだし、成長し始めたのだ。それは急速に大きくなり、翠緑の光の中で徐々に大木へと姿を変える。と同時に、部屋の形も少しずつ変化し広がっていった。木造のこの店自体も、周囲の木々の成長に合わせて姿を変えていく。もはやパンたちのいる店内は、数分前とはまったくの別物になっていた。
そこは無数の木々が入り組み作り出した、森の隠れ家となっていた。パンは未だに伸び続ける木の枝につかまりながら、あたりを見渡す。すると、数十歩離れた木の枝にキープの姿を確認できた。その遥か下には地面が見える。
少しすると、木々と植物たちは動きを止めた。全てを覆っていた光は徐々に収束し、大木の枝に腰掛けるメランの魔法石に吸い込まれ…消えた。
メランは紫の液体の入ったフラスコを手に持ち、パンとキープが上から降りてくるのを静かに眺めていた。メランの真下には、もともと店だったであろう開けた空間があった。
入り組んだ大小さまざまな木々を攻略しながら、パンとキープはやっとメランのもとに合流した。その様はまるで、上下左右に伸びる木の迷路を解いているようだった。メランはおもしろおかしそうに微笑んでいる。
「大丈夫か?パン。」
キープはパンに手を貸しながら、服についた枝葉を払う。
「は、はい…特に怪我はありません…」
「そりゃあ私の魔法だからね!二人を傷つけるわけないだろ?もちろん私のお気に入りのこの店もね。」
メランは手に持っていたフラスコを振る。
「これが内なる魔法だよ。」
中の液体はキープが合成した時とは違い、光を放っている。
「内なる魔法はその者だけしか扱うことのできない特別な魔法。一般的な魔法よりも遥かに強力な影響を与え、その者と魔法の繋がりに関連した付加効果が現れる。」
成長した木々は見上げるほどに伸びており。大きく広げられた枝は日をさえぎり独自の世界を築き上げていた。メランはゆっくりと辺りを見回す。
「さっき私が使った魔法は、キープのものと同じ合成魔法の一つだ。呪文も同じ。だけど私にとっては、その何でもない魔法こそが内なる魔法なんだ。」
葉の生い茂った枝を手で払いながら、幹を歩く。
「私の内なる魔法で作った魔法薬はキープのものとは比べ物にならないぞ?あ、ここは危ないからね。あとは下に降りながら話すよ。」
「むっ、そ、それは仕方ない。普通の魔法で内なる魔法に対抗できるはずがないんだからな。」
キープはむすっとした顔をしながらもメランについて歩く。そんな光景を見ながら、パンは背後で小さく笑った。
三人はいくつもの大木の幹を伝いながら、真下にある店だったであろう開けた空間に降り立った。
四方八方に成長した木々は、店に置いてある小物や魔法薬をよけるようにして伸びていた。そのため、魔法の爆心地であるにもかかわらず、その内装自体は数十分前とさほど変わっていなかった。ただし、壁や床の材質が木材から木の幹と根になったことを除けば。
建物の外観は内観と打って変わって大きく変化し、細長い四角に屋根と煙突がついていた見た目は、斜めに傾いた楕円形のような形となっていた。
「内なる魔法はきっかけさえあれば誰でも見つけることができる。心に深く残るような魔法との出会いがあればね。どんな魔法でも内なる魔法になりうるんだ。」
パンが先ほど内なる魔法で合成した魔法薬をカウンター奥の戸棚にしまうメランに、一歩近づいた。
「それは…私でもっ…?」
メランが口を開くより早く、キープが割って入る。
「あ、ああ!パンもいつか忘れることのできない魔法に出会って、自分の内なる魔法を見つられるさ!」
パンは安心するような表情を見せると、そのまま近くに置いてあった机に添えられていた椅子に、静かに腰を下ろした。
メランはキープの勢いに対していぶかしげな顔をしたが、すぐに元に戻った
「繋がりが重要なんだ。内なる魔法ってのは繋がりを持った魔法自体を指すこともあるし、付加効果の名称として使われたりもする。もちろん、両方を呼称する呼び名でもある。」
パンは椅子に座ったまま首をかしげる。
「メランさんの付加効果、内なる魔法は…植物の成長?」
「ふふん、秘密!」
「メランは生粋の秘密主義者なんだ。ちょっと面倒くさいぞ。」
キープはパンの横の椅子に座りながら耳打ちした。
メランは塵解薬を入れた戸棚を占めて鍵をかけた。長いつばに手をかけ、とんがり帽子を直す。メランは感じ取っていた。パンの魔法への渇望と内なる魔法への好奇心を。
「焦る必要はない。ほとんどの人が自分の内なる魔法を見つけてるよ。タイミングは人それぞれ。子供のときに出会う者もいれば、いい歳になってから見つける者もいる。とにかく、心に強く影響するような関係が魔法とその人の間に生まれれば、それが内なる魔法になる。まぁ、気長に待ちなよ。」
壁面に取り付けられていた数個の窓も内なる魔法の影響をほとんど受けずに、外からの暖かい空気とオレンジ色に変化した日の光を運んでくる。すでに一日は終わろうとしていた。
パンは、魔法薬の調合と大木の散歩で体力を消耗したキープを介護をしながら、今見た光景を思い出す。
パンにとって内なる魔法は…初めて見た光景ではなかった。
一通り片付けが終わるとメランは、最初に座っていたカウンターの椅子に再び腰を下ろした。
「予想以上に魔力を使いすぎたようだね、キープ。もう少し余裕があると思っていたけど。」
「ぬぁにを?全然!元気だし!」
「キープ。休んでください。体に力入ってませんよ。」
振り上げたキープの拳は、ぐったりと机に倒れた。
「メランさんは…魔法薬を合成するときは、毎回こんなことになるんですか?なんか…大変そうです。」
パンは店の外に伸びた大木に目をやりながら質問をする。
「はははっ!まさかね。そんなことをしていたら家が何個あっても足りないじゃないか。」
杖の魔法石が淡く光る。
「普段は別の魔法を使ったりして工夫してるよ。ただし、特別な魔法薬や複雑な薬は内なる魔法を使わなくちゃいけない。」
メランはパンとキープが座る机に目をやると、長杖を軽く振った。すると水の入った二本のフラスコがパンの目の前に現れた。
「だけどね、今回発生したこの木々も時間が立てば元に戻っていく。魔法に永遠はないんだ。」
「そういえば、キープは自分の内なる魔法を見つけたんですか?」
パンの疑問にメランが答える。
「ああ。おや?見せないのかい?」
机に突っ伏していたキープが、眉をひそめながら顔を上げる。
「私はお前のおかげで魔力がすっからかんだっていってんの!」
「おっ、そうだった。」
メランは二人を少し休憩させた後、キープだけに話があるといった。その表情からはパンは何も読み取ることができなかった。
「パン、先に家に帰ってな。今日はいつにもまして疲れる一日だったからな。」
「あまり疲れはありませんが…はい、先に帰ります。」
店の扉が閉まるとメランはキープの目の前に立った。先ほどとはうって変わって静寂が辺りを漂う。
「私が魔法石の習得に関して話そうとしたとき…キープ、あんたの反応が少しおかしかったんだ。」
少女が去ったあとの店の扉を眺めながら水を飲み干すキープ。
「彼女…魔法石を持ってないだろ。」
「……ああ。」
メランは眉を顰め、帽子ごと頭を抱えた。杖にはめ込まれた魔法石が鈍く光る。
「では、なぜ…彼女に内なる魔法を見せようとした?おかしいと思ったんだ。彼女は内なる魔法についてほとんど何も知らないみたいだった。普通なら魔法学校で教わるべき知識なのにだ。君のことだ。おそらく…彼女を魔法学校には行かせていないんだろう?」
キープは椅子の上に立ち、メランを真正面から見る。その瞳は優しさで満ち溢れていた。そのまなざしは拒絶された少女に対する抱擁を秘めていた。その暖かさの中に光る覚悟。
「すまない、メラン。」
キープは視線を逸らす。メランの小さな溜息をした。
「私に謝ったって仕方ないよ。私はどれだけ明るい未来をあの子に想像させてしまったのだろう。魔法をひけらかすような真似をして。この世界でどんな苦痛と孤独を味わってるかも知らずに…」
風が止み、メランの言葉が店に響く。
「魔法石がないと…魔法は使えない。」
ガチャンと店の扉が開く。キープとメランは驚いて音のした方を見た。するとそこには、パンが立っていた。
「パン!?」
「なぜ…?家に戻ってたんじゃないのかい?」
パンは荒くなった息を整えながら答えた。
「どうしても…メランさんに聞きたいことがあったので…それよりも、今の話…」
キープは立ち上がり、パンの傍に歩み寄る。パンは一歩も動かなかった。
「パン、今聞いた話は忘れな。誰かの一意見に過ぎないんだ。」
「キープ!」
オレンジのマントと羽は静かに揺れると、メランの前を横切りあけ放たれた扉へと向かった。
「ありがとう、メラン。」
小さくそうつぶやくと、キープはなかば強引にパンを連れて魔法薬の店を出ていった。
外はもう暗闇に包まれていた。パンの部屋には、いつものようにキープが遺跡から持ち帰った遺物や、他国の機械などが溢れかえっている。
パンは先ほど家に帰ってきたときの、キープとの会話を思い出した。キープは魔法薬店を出てパンと共に家に帰った後、魔法石の解明はまだ完璧ではない、パンもいつか必ず魔法を使えるようになると言った。パンはメランの言葉を忘れてはいなかったものの、キープの言葉を信じた。パンの記憶の中で最もともに時間を過ごした冒険家。自身の存在証明となる者が嘘をつくことなど、少女にとってはあり得なかった。
ぼんやりと月明り照らされる輪郭を頼りに、ベッドに横たわるパン。しばらく横になるが、眠気が彼女を誘うことはなかった。
長い一日がパンの頭の中を駆け巡る。白墨髪の少年にマナ結晶を奪われたこと、風猫ミラ探しの依頼を受けたこと、なぞの世界に飛ばされ、マナ生命体と鉢合わせ、そして少年が魔法で助けてくれたこと。
そのとき、うっすらと感じていた違和感が一つの形を成す。白墨髪の少年、遺跡の世界で出会った少年、初めて目にする内なる魔法と魔法石との関係。視線の先にある虚空に、うずまく情景。そして…ある景色がリンクした。
白墨髪の少年、夕焼け色の光と炎のような熱。遺跡の世界で出会った少年。マナ生命体を追い払うために使用した魔法と白銀の光。そしてメランが見せた内なる魔法。
「同じ…。」
二人が使用した魔法は内なる魔法。あの輝きはパンにその事実を確信させた。そしてもう一つの事実に気づく。遺跡で出会った少年は魔法石を持っていなかった。パンと同じ存在。それでも魔法を、内なる魔法をマナ生命体に対して放っていたあの光景に、パンの心が振動する。
彼は一体何者なのか。なぜあの場所にいたのか。なぜ魔法を扱えるのか。パンの頭の中にはいくつもの疑問が浮かび、それが消えることはなかった。
2026/04/12 ハイタの依頼を解決した後~魔法薬店までの誤字と不用意な段落を修正いたしました。
本作品「ハースヴァニア」のモチーフ楽曲を作成いたしました。
youtubeより以下のアドレスから視聴可能です。
https://youtu.be/xswLZe3W2To?si=OARJMGMi-H21UePB




