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私がここに生きる理由… 「ハースヴァニア:星が導く魔法と旅路」  作者: うーみ
序章 カーストラ街編

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第一幕 祝福されし少女の欠落

 淡い光が差し込む木造りの小部屋。ぼんやりとした陽光は、魔法道具と探検装備であふれている空間を照らし出した。清涼な香り漂う部屋の隅には、埃っぽい横長の木台が置かれており、その上には複数の小さな植物が飾られている。天井の中心には、七色にきらめく大小様々な輪が宙に浮いていた。

 そして―――部屋の中心には小さな木彫りのベッド。そこには、静かな吐息と共に眠っている少女がいた。


 頬の少し下まで伸びた黒髪は丸みを帯びているが、ところどころ明後日の方向に跳ねている。前髪から覗く閉じられた瞼と、そこから伸びる黒いまつ毛。少し空いた口から静かに吐き出される息。窓から差し込む暖かい日の光が当たるその寝顔は、まるで神から与えられた祝福かのように整った顔立ちをしていた。

 身にまとうのは素朴な色をした薄い布地。体に対して少し大きい簡素な衣服には、これといった装飾や模様は施されておらず、胸元にいくつかついたボタンだけが淡い光を反射している。短い袖とズボンの裾からは端麗で細い手足が伸びていた。


 布同士のこすれる音が静寂を破る。寝返りを打つ彼女の手がベッドから垂れ下がった。

「っ………」

 ついさっきまで夢の世界にいた少女は、再び仰向けになり静かに目を開ける。淡く澄んだ青緑色の瞳。ぼんやりと照らされた部屋の中で小さく輝くその目は、周囲に散らばっている様々な遺物を見まわした。全て一つとして同じ形はなく、その大きさもまばらだ。大小さまざまな丸いビーズ、青と白の気体を纏う剣と斧、派手な装飾が施された24又に分かれた杖、銀色の布。薄暗い空間に静かに転がっているものもあれば、うっすらと不気味な光を発しているものもある。

 少女は、乱雑に置かれた小物の山の中を体を起こさず片手で探る。少しの間があき、少女はようやくごった返した道具の中から、分厚い金縁のレンズを取り出した。

 その見た目は、手のひらよりも少し小さい何の変哲もないレンズ。少女はベッドに体を預けながら、小さなそれを片目で覗く。

 とたんに若い男性の声が金緑レンズからこだました。レンズの中では、声の主と思わしき人物が、落ち着かない様子でレンズの中を右往左往している。映像はぼやけており、細かな見た目を判別することはできない。

「―――タ――――――…、あ……もう始まってたか。あー、こほん。パン?先日はありがとう。すまないんだが…もう一度あのゲートを見てもらいたいんだ。あのあと、家に侵入した悪ガキたちに少しいじられたみたいで…俺の家ってパワースポットかなんかなのか?」

 するとまた別の声が聞こえた。一瞬レンズの中の男性の姿が揺れたかと思うと、今度は髪の長い女性になった。先ほどの男よりも鮮明になる映像。女性は派手な飾りのない簡素な見た目をしており、胸の前で手を合わせている。

「わたしの―――ミラがどっかにいってしまって―――風猫なんですけど―――それで―――見つけてもら――て、お願いします!探すのを手伝―――ください!」

途切れ途切れの女性の懇願は、そこで終わっていた。すると再び映像が乱れる。

「―――パ―――ど―――」

レンズには何も映っていない。

「し―――…で―――」

雑音らしき音はそこで終わっていた。

 パンはいぶかしがりながら一度小さく息を吐く。すると、窓の外から人々が生活を始める音が聞こえ始めてきた。一日の始まりを告げる人々の生活音は、甘ったるい暖気のなかパンの眠気を徐々に覚ました。

 少女は再びレンズを見る。そこには反射して映る自分の顔があった。すると少女は安堵感から、レンズを胸の位置で固く握り目をつむった。自分がこの世界に存在する証の一つ。


 流れる時間。


 自分はこの世界で生きている。皆と同じようにこの世界に存在している。


 そして一度伸びをすると、レンズを手に持ったまま眠い目をこすり体を起こす。

「ふわぁっ。」

 小さなあくびをしながら立ち上がり、足の置き場を探しながら扉を目指して歩く。用途不明の様々な道具がパンの行く手をやっきになって阻む。ドアノブまでの距離はほとんどないものの、扉を開けるころには少女の息は少し上がっていた。

 部屋から出ると、この家のリビングにつながっていた。窓から差し込む日の光と天井につるされたランプにより淡いオレンジ色に照らされた空間には、小さな丸い机、壁がくりぬかれてできた棚に収納された視界いっぱいの本、そしてキッチンと―――部屋を走り回る小さな女性―――この家の持ち主、冒険家キープがいた。


 たくさんある本棚のそばで、一人の女性冒険家が活発に活動していた。その見た目はまるで、羽毛を持った小動物のようだった。

 長い円形のつばを持つオレンジ色の古びたとんがり帽子、くたびれた山の部分には一本の羽と大きな丸レンズのついたゴーグルがかけられている。レンズの片方には、マナの凝縮されたエメラルド色に輝く石、魔法石がはめ込まれていた。帽子にかけられた羽には、黒とオレンジ、そして白の三色によって波紋のような模様が作られている。斜めにかぶされた三角帽子の下には、もちっとした頬まで伸びている茶色の髪。片方が帽子で隠されているまん丸の目の中には、魔法石と同じエメラルド色の瞳。

 胴体は赤と緑のマントを羽織っている。更にその薄い緑地の特殊な布に、帽子と同じ暖かなオレンジの羽が数十取り付けられていた。彼女の動きに合わせて揺らりと羽が揺れ、部屋を照らすランプと差し込む外からの弱い光を纏う。マントの内側に来ている衣服には、ところどころに用途不明の短い紐が伸びている。複数の小さなベルトが肩から腰にかけて走り、腰にまかれた一本の皮ベルトに合流する。膝辺りで途切れたズボンは、小さな脚をあらわにした。

 しかし最も目を引くのは、その明るく奇抜な服装ではなく身長だ。パンの背丈の三分の二程度の大きさが、部屋中を行ったり来たりしている。まるでせっせと巣を作っている親鳥のように。

「にょはよう!大丈夫かパン?昨日は体調悪いって言ったきり、ずっと部屋で寝込んでたけど…ん、この本は違うな…」

小さな葉が数枚ついた細長い緑植物を口にくわえながら、眉をひそめるキープ。今度は小さな梯子に上り、棚に入れてある分厚い本を出し入れしている。キープの周りには数冊の分厚い本が空中に浮いており、主人の指示を待っている。窓が開いていないにもかかわらず、やんわりと吹く優しい風。

 「大丈夫です。迷惑をかけました。なんか…夢を見ていたような…気がします。けど、体調は元に戻りました。元気です。あ、あとラムダレンズに依頼が届いてました。」

「そうかっ、まっとれ~今セリーニ連邦にいる知り合いから古い書物が届いてな。関連のある本を探しているんだが…なかなか見つからん。まぁそれはそれとして、今日やることに関しては…」

首を回し、部屋の入口に立つパンとその手に握られている金縁レンズに視線を向けるキープ。

「レンズを確認したっていうことは、何でも屋として初めての依頼を受ける準備はできてるってことだね?」

「はい。」

 目をこすりながら自分の部屋を出たパンは、異様に重くなった足の違和感に気づいた。

「あのー、キープ?魔造探知ネズミロボを地面に置いたままにするのはやめてください。このロボット、『私に反応してまとわりついてくる習性』がまだ全然治ってません。本来はマナ濃度の高い場所を見つけるための機械のはずですが…。」

小さなネズミのような数体の数体の機械にまとわりつかれている少女は、見上げるほどの高さまで伸びる本棚の傍で目当ての本を見つけるために、せわしなく動き回っている小さな冒険家に近づいた。

「私はこれから定期的に、毎朝、足にくっついてくるこの三体のロボットを、追い払わなければならなくなります。」

 金属の光沢と植物のきらめく緑を有した機械はパンの体の上を右往左往している。ときおり小鳥の鳴き声のようにチュンチュンと鳴き声を漏らす。

 キープはパンの方に顔を向けその姿を見ると、面白おかしそうに笑った。

「あぁ、すまんすまん。何かのはずみで機械が起動したのかもしれん。」

キープは、棚の一番高いところにしまわれている分厚い本を指さす。すると本がひとりでに棚から飛び出し、ふわふわと空中を浮遊しながら小さな手に収まる。

 パンは溜息をつくと、足にまとわりつく小さな動物の見た目をした機械たちをわしづかみにし、背中をこすった。するとその機械はおとなしくなり、金属のしっぽはだらんと垂れ下がった。

「この機械たちはかわいいです。私も正直、この子たちの毎朝の行動を『楽しい』と思ってしまってる…かも。それでも毎日足から這い上がってくるこの子達と格闘していると、いつか『悲しい』気持ちになります。」

「こほん!それは悲しいというより、『嫌』な気持ちなんじゃないか?まぁ、自分で言うのもなんだが。」

 キープは自分の顔ほどもある本を、この部屋の中心にあるたった一つの丸机の上にドスンと置きながら、気まずそうな顔をする。

「そうです!『嫌』な気持ちになります。今度私の体にまとわりついてきたら、解体して売ろうかと思います。」

「ちょいちょいちょい!機械といえど人権がある国もある。粗末にしてはいけないよ。ネズミロボを貸してごらん。いま修理するよ、忘れないうちにね。」

キープは少し残念そうに口をすぼめる。パンにとっては見慣れた光景だった。

「ふぅん、この不具合は少しばかり面白かったんだけどなぁ。」

 本探しの作業がひと段落したのか、梯子からそくさと降り椅子に腰掛けながら「ネズミロボを渡してごらん」と言って手を伸ばすキープ。パンは先ほどおとなしくさせた小さな毛むくじゃらの機械のうちの一体をキープの手の上に乗せ、まだ体を駆けずリ回る他二体の沈静化にあたった。

 「魔法石を持っていない無機物に魔法の特性を付与するには、命持つ生物が魔法をかけてあげる必要がある。」

キープは渡されたネズミロボをじーっと見つめた。

「確かキープは、この機械をここパトリオン国の近くにある遺跡で発見したんですよね?」

「そうだね。ここからそう遠くない場所だよ。遺跡もその内部にある遺物も、だいたい800星年まえのものだと推測できる。」

パンの体をはいずりまわるネズミロボが残り一体となる。

「つまり大昔の人のかけた魔法が、今も続いているということですか?」

「まぁ、そういうことになるな。魔法がこの機械に刻んだ痕跡がそれを証明している。驚くべきはその効力が今日まで続いているということだ。おそらく魔法をかけた人物はとてつもない力の持ち主なんだろう。だがさすがに…魔法の劣化は避けられないようだね。」

 キープは手に持ったネズミロボのネジをいくつか回した。ネジはカチカチと音を立てて周り、固い金属と木材の融合した体から、いくつかの煙が吹き出た。キープのゴーグルにはめ込まれた魔法石が、わずかに光る。

 そよ風が吹き、少量の煙はまるで導かれるようにあけ放たれた小窓から外に流れていった。

「魔力がほとんどない私を突然追いかけるようになってしまったのは、そのせいですか。今までとは全く別物みたいに。」

 パンはおとなしくさせた小さなロボたちを机の上に置き、木彫りの小さな机の傍にある椅子に座った。乱れている服と髪。天井につるされている黄色のランプの光が不規則に揺らぐ。

「ネズミロボのそのおかしな行動も、魔法劣化による歪みの影響としか言えないが…どうだろうね。」

 パンはきょとんとした顔でキープを見つめた。半星年しか共に暮らしていないパンだが、キープが答えをあいまいにするとこは初めて見た。

「まぁそもそも、今日の今日までこれだけ古い遺物が魔法を失っていないことが、すでに奇跡なんだ。仕方ないよ。なんとかマナ循環を使って補強してみよう。」


 ここはパトリオン国の辺境に位置する小規模の街。カーストラと呼ばれており、決して華やかな見た目ではないものの多くの人が通りがかり、また街の住人として住んでいる。その中で立ち並ぶ木造の小さな家々のうちの一つが、キープの住まいである。キープの家は不思議な魔法道具や機械であふれているが、彼女は決して機械オタクやその類が本職ではない。れっきとした冒険家だ。現在は一時的にこの街に身を置いており、街の人々の困りごとを解決して生活している。

 彼女の家は、キープがこれまで旅してきた地域の書物や魔法道具がいっぱいに収納されている。学者が目を丸くするほど価値のあるものから、道端に転がっている石粒よりも見慣れた低価なものまで多種多様だ。

 そんな家で、パンはたびたび苦労していた。なぜなら、いつどんな道具や機械が居住者に牙をむいてくるかわからないからだ。それだけ魔法をかけられた多くの遺物が、この家に置かれている。

 二人は軽い朝食をすませた後、キープはネズミロボの修理にもう少し時間を使うと言い、パンはその後に行う依頼のために必要な物を買出しに出かけた。


 外にはすでにぱらぱらと商人や旅人、街の人が行きかい賑わいを見せていた。適度に雲が流れる明るい空は、外に出るために着替えたパンの服装をより一層鮮明にする。贈り物であるその服は、旅の者がよく着るそれととても似ていた。

 身にまとうのは白と緑のマント、それに冒険者を思わせるような機能的な服。外に羽織る白い外套に派手な飾りはなく、幅の広がった袖のふちをエメラルド色に輝く線が流れる。

 外套の中には、汚れた白に紺と青緑色の装飾がついた上装。右側の胸元には小さなポケット。左側には何かの植物のようなマークが小さく描かれている。中心に沿って鈍い金色のボタンが腰の位置まで留められている。風になびく袖から細い腕が見え隠れする。腰には使い込まれた質感のある幅広の革ベルトと、そこに差し込まれる小さな望遠鏡。下装は深い緑を主とし、いくつかの紐とポケットがついているだけの簡素なもの。膝辺りで切れるズボンの裾は端麗な肌をした足を露わにする。

 この服もやはりパンにとっては少し余裕のある大きさだった。その色合いは深海に佇む森のように静かで、しかしどこか不思議な雰囲気を感じさせた。


 雲の切れ目から差し込むまぶしい日差しは、パンの体を突き刺した。小さな少女にとっては数日ぶりの外出だ。

 パンは幅の広い道に出ると南へと進んでいった。どれも派手な色合いをしている建物はなく、三階建て以上のものも少なかった。

 大通りには多くの人が行きかっている。この道の先にはパトリオン国の中心、竜都への門がある。竜都に続く4本の道のうちの一つにカーストラ街が位置しているため、商人や他の国の旅人などもよく通る場所となっている。

 目的の店への道すがら、にぎやかな話し声がパンの耳に届く。

「ねぇねぇお母さん!私も空飛ぶ機械がほしい!」

通りの空には空を飛びながら移動する兵士の姿があった。翼を持った蛇のような見た目の機械と、それにまたがる純白の甲冑が日の光を反射させる。

「うーん、大きくなったら乗れるかも?それに…もし早く空を飛びたかったら、学校でもっと真剣に魔法を学ばないとね。」

「んー!いじわる!」

 パンは首元についていたフードを深くかぶった。

「なぁ、期日に間に合うんだろうな!?」

「大丈夫!明日は騎士団が遠征に出かける日だ。竜都の裏道は相当すいているだろうよ。」

 道端にはいくつかの店が並んでいる。

「高度魔法陣全集!魔が法を支配したとき第二巻!一度は使ってみたい魔法100選!最新の人気本を取り揃えてるよ!今なら二冊お買い上げで3割引き!」

「魔法石を綺麗に彩りたい?自分好みに飾りたい?それならうちの店が一番。耐久性もばつぐん。あなたに合った装飾枠や淵飾りを見つけられるよ。」

 パンは歩き続ける。

 少し開けた広場では、子供たちがフィラカスと呼ばれる遊びをしていた。攻撃と防御のチームに分かれ、魔法を駆使しながら球をゴールまで運ぶという簡単なルールだ。

 子供たちは様々な魔法を使いお互いをけん制しあっている。誰かが土の壁を作り守りを固めれば、もう一人は小さな水の弾を生成してそれに応戦する。子供たちの魔法の実践の場としても、世界で知られている遊びの一つだった。

 パンは横目にちらっとその光景を見ると、一瞬立ち止まったが再び顔を伏せて前に歩き出した。

 にぎやかな大通り。魔法と共に生きる人々。そんな人々の外見のどこかには、必ず光り輝く石が存在する。魔法石。誰もが服や帽子、装飾や小物のどこかに魔法石をつけていた。この世界に命が存在する証であり魔力の根源。命が誕生した瞬間、その傍らに出現する不思議な石。しかし―――パンにはそれがなかった。


 パンは狭い小道にそれてひたすら進んだ。胸元のポケットに入った銀貨が使われるべき目当てのものは、たった一つだけだった。マナ結晶。マナが固体化したものでありパンの腰にさしてある「望遠鏡」の燃料になる。望遠鏡は魔法の使えない彼女にとって、たったひとつの道具であり特別な遺物。マナ結晶はその稼働に欠かせない。

 歩きなれた道は街の南側へと繋がっていた。

 マナ結晶を売っている店はカーストラの街には一つだけある。古びた木造りの一階建ての店。見た目はそこらに建っている民家とさほどかわらないが、ところどころにツタが絡みついていた。連なる周囲の建築物と見比べるとその不思議な見た目が一層目立つ。

 自然店という名のその店は魔法の特性を持つ植物や鉱石を販売しており、それらの中にマナ結晶がある。街の子供たちから長老とよばれている老人が店の店主だ。

 店の中は薄暗く、壁一面に商品棚が規則正しく並んでいた。そこで淡く光る様々な形の鉱石と植物。天井や壁についているランプは、心もとない光を発している。

 店の中心に円形のカウンターが置いてあり、その中に長老が座っていた。白髪の老人で大きな眼鏡をかけており、薄暗い色の古びたコートを着ていた。

 パンが店内に来るのは初めてだ。これまではキープの家に保管されていたマナ結晶を使っていたため、わざわざ外で買う必要がなかったのだ。

 長老はまるでパンなどそこにいないかのように、椅子に座りながら目を閉じている。

「あのー…」

パンのかけた声に、長老は顔を向けたがすぐさま元の姿勢に戻り目を閉じた。パンが棚に並べられているマナ結晶の一つを手に取りカウンターに置くまで、長老は眉一つ動かさなかった。

 「このマナ結晶を、一つ欲しいです。」

片手に収まる程度の大きさのマナ結晶は、薄暗い部屋の中で青白く光る。

「銀貨一枚。」

長老から急に発せられるしわがれた声に少し驚きながらもポケットから銀貨を一枚取り出し、同じくカウンターの上に置いた。

 長老は怪訝な顔でそれを見つめると、不思議そうな顔でパンを見た。

「貴方の魔法石がどこにも見えないですよ。この銀貨が本物である証明ができないではないですか?」

「あっ。」

パンの表情が曇る。

「あの…ごめんなさい。魔法石は…持っていません。」

静かな口調は少し震える。街の雑音がほとんど遮断されているこの空間では、それが顕著に表れた。長老は目を見開き、座ったままパンをじっと見つめた。

「持っていない?そんな…。あなたは…プルートが新しく開発したロボット…ではないですよね?」

「い、いいえ。」

 カウンターから出てまじまじと顔を覗き込む長老から、パンは目をそらした。

「そのような生物がこの世に存在するなんて…。私は一度も見たことがありません。そこらに生えている雑草にさえ、体の一部に魔法石なる結晶が現れているんですから。」

「はい…ほんとうに…持っていないんです。どうすればいいんでしょうか。」


 結局長老は、物珍しいものを見たという理由でお代は払わなくても良いと言って、パンは銀貨を払うことなくマナ結晶を手に入れた。

 片手で軽く持てるほどの結晶は日の光を受けて、パンの瞳よりも激しく光り輝いていた。パンはそんなマナ結晶を無表情で眺めながら帰路についた。

 そのとき、何者かが後ろから急に現れ、パンの手に持っていたマナ結晶を奪い取った。

「あっ!」

パンが気づいたときには、その者はすでに距離を置いてパンを睨んでいた。

 少年。その見た目は村の者ではなかった。白髪の混じった汚れた黒髪に褐色の瞳、穴の開いた麦色をしたぼろぼろの無地の服。手に持ったマナ結晶以外の持ち物は、首からネックレスのようにかけている土埃をかぶった橙色の魔法石。パンよりも少し背が低く、見た目で判断できる年齢は街で遊ぶ子供と同じくらいであった。

 「そうやって、これを無防備に持ってるからいけないんだ。」

そういうと少年はパンに背を向けて駆け出し、すぐ近くの一軒家の角を曲がり消えていった。

「どこから来た子供でしょうか…」

冷静につぶやいたパンは、手にマナ結晶を持ち姿を消した白墨髪の少年を追いかけ走り出した。

 人通りのほとんどない裏道を走る少年と淡い光を放つマナ結晶。小さな家の陰は温まった体をほんの少し冷やす。周囲の建物はそれほど密集しているわけではなく、パンは簡単に白墨髪の少年を視界にとらえた。

 パンはすぐさま腰にさしてある望遠鏡を取り出し、その小さなレンズを覗いた。古い木の幹をそのまま縮めたような見た目の筒は、カチッと音を立ててその全長を長くする。そのまま望遠鏡を通して少年を見つけると、取っ手を軽く回した。

 すると不思議なことに、複数枚の大きなレンズが望遠鏡から飛び出し少年とパンとの間で回転した。半透明のエメラルド色のレンズはパンの身長の半分以上の直径を有しており、表面には複雑な文様が刻まれている。

 パンは望遠鏡から手を放し、レンズに手を触れた。パンの手から離れた望遠鏡はその場で浮いたままホバリングを続ける。

 回転する幾何学模様の刻まれたレンズにパンが触れると、どんどんと離れていく白墨の少年が途端にパンの目の前に引き寄せられた。まるで真横に重力がかかり、望遠鏡とそのレンズに引っ張られるかのように。パンは冷静に、目の前に迫ってくる少年の肩をつかんだ。少年は何が起こっているのかわからず混乱していた。

「……え?」

「捕まえました。」

 レンズは消え、浮遊していた望遠鏡はその浮力を失い落下した。パンは地面に着く瞬間に片方の手でそれをキャッチした。静まり返る少年。暖かな日差しが降り注ぐ街の大通りから、かすかに人の声が漏れ聞こえる。

 「なんでこんなことをしたんですか?」

パンの手にはマナ結晶が握られている。少年は逃げようとはせず、その場に押さえつけられしゃがみこんだ。その少女の見た目からは想像のできないほどの力に驚きながらも、白墨の少年は質問に答えずあたりを鋭く確認した。この状況を打破する何かを探しているようだったが、誰も通らないような建物の裏側のため、まわりに人はいなかった。

「無駄ですよ。この望遠鏡が貴方をとらえました。私はあなたの体を操ることができます。」

「…」

 少年から手を放さずにパンは再度質問をする。その冷静な物言いに白墨の少年はたじろぐ。少年の手から音を立てて落ちたマナ結晶をパンは拾い上げた。冷たい表面の感触がパンの手に伝わる。

「なんでこれを盗もうとしたんですか?理由を話してくれれば、このマナ結晶をあなたにゆずります。困っている人がいたら助けろと、キープも言っていたので。」

一瞬の沈黙。

「それは……それがあれば…母さんを治せるから。」

「治せる?」

少年の目には涙が浮かんでいた。

「母さんは!魔法を使えなくなる病気なんだ…。体を流れるマナがないんだ。それだけじゃない!記憶も消えた!俺のことも忘れてる…。」

「それでこのマナ結晶を盗んだのですか?このことが皆に知れたら…あなたはこの国の騎士団に捕まりますよ?」

「知ってるよ!そんなこと……」

 パンは表情を変えずに淡々と言葉を発する。そこには同情も思いやりもない。ただ合理的な判断に従うだけ。祝福されし少女がこの世界の人々と違うもう一つの理由―――彼女は感情を知らない。

「ではなぜこんなことをするのですか?あなたのお母さんのことは医者に見せて…」

「とっくに見せたさ!結果は、回復はきわめて難しいでしょう、だ。何も治療法は存在しないんだ…お金もない…だからせめて!魔法だけでも取り戻させたくて…」

 少年は膝をつきうなだれている。そんな少年を見て、パンは今度は不思議そうな顔をした。

「その領域の専門家である医師が無理というのなら無理なことです。仕方のないことだとと諦めるのが…」

そこまでパンが言ったとき、少女は体に強い衝撃を受けてドスンという重い音と共に地面に倒れた。

 パンは急に起きた出来事に混乱した。状況を整理しようと手をつき、ゆっくりと顔を上げた。すると、目の前には軽蔑するような目をした少年が立っていた。白墨の髪が乱れ、その顔は怒りと困惑で歪んでいた。

「あんた…何を言ってるんだ…?」

少年の肩が上下する。

「どんな診断を言い渡されても!自分の親を見殺しになんかできるか!自分にとって大切な…」

そこまで言って少年は、パンの表情を見て何かを悟ったかのように口をつぐんだ。そして一呼吸つき、小さくぼそっと言葉を放つ。

「マナ結晶はもらってく。」

 いつの間にかパンの手に握られていたマナ結晶は、少年の手にわたっていた。

「俺のしたことが悪いことだってのはわかってる。だから…ここで見たことは忘れてもらわないと。俺はもう行く。」

すると少年はパンに背中を向け呪文を唱え始める。首にかけた魔法石が光り輝く。


「永都に語り継ぐ影は忘れじの使者に花向けを」


 「あんたには心がないみたいだ…だから分からないよ…。」

魔法石からあふれる夕焼けに似た色の光が、白墨髪の少年を包み込む。その髪先が淡く輝く。光と光がぶつかり合い、瞬く間に炎のように広がった。それはまるで生き物のようにパンにまとわりつく。パンの体も少年と同じように燃える炎のような光に包まれた。パンの体の内側がじんと熱くなる。まるで心臓に小さな炎を飼っているかのように。熱は更に高まる。

「―――っ!」

 そして―――小さな爆発音が響き、少年は光と共に消え去った。

 そこには今まで通り何の変哲もない固い地面と、建物が作りだした影が残されていた。パンはその瞬間をただ見ていることしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
え、おもろ!めっちゃ本格ファンタジーだ 主人公がどんなのかもよくわかった、心がないか、これからどうやって成長していくのかな 僕も本格ファンタジー書いてるから参考になります!
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