372.同じ賊としての共感
「ウーゴ、大丈夫か?」
「す、すみま、せ……ごほ、ごほっ!」
「無理するな、今は寝てろ」
解毒がなんとか間に合い、ウーゴは一命を取り留める事ができた。だが解毒するまでに時間がかかったようで、毒のダメージは深刻だった。
意識を取り戻しはしたものの、今は動けるような状態ではなかった。
(他の領だったらこんな事にはならなかったってぇのに。くそっ!)
俺の顔は思わず渋くなる。
王国では基本的に水は井戸からでなく、それぞれの家に設けられた”湧水”の魔法石から出てきたものを使う。井戸もあるが、それは大量に使う場合――洗濯や風呂などに限られる話で、飲み水なんかに井戸の水が使われることは殆どない。
だがオーレンドルフ領では事情が違った。
貧しいこの領には、魔法石なんて高価な物はどこにも設置されていない。生きるのに精一杯で、暮らしを豊かにするための金がないのだ。
貴族である領主の屋敷ですら同様だ。皆が皆井戸を使う。だから腐った水から疫病が発生し、人が大量に死ぬような事も多かった。
王都じゃそんな事、絶対に発生しないというのに。
舌打ちをしたい気持ちを抑えつつ、俺はウーゴに肩を貸してソファに寝かせる。彼は息を荒くしながらも、薄く開いた目を俺へ向けた。
「い、一体、なに、が……?」
「”汚れ狼”の仕業だ。たぶん井戸に毒を入れられた」
ウーゴは一瞬悔しそうな顔を見せたものの、それよりも心配が勝ったのだろう、すぐに俺へ質問を投げてきた。
「お、オデッタは……? イグナシオ様は……っ?」
あ、やばい。言われて思い出したが、イグナシオの事をすっかり忘れてた。
あんな奴だが、もしここで毒殺されたなんて事になったら最悪、王国の責任にもされかねん。そうなりゃオーレンドルフへの責めは免れず、今以上にこの領が苦境に立たされることになる。
そればかりか、今度は本当に帝国と戦火を交える可能性も十分にあった。
「イグナシオの事はまだ分からん。だがオデッタは今ホシが探しに行ってる。あいつにも解毒薬を持たせたから、多分大丈夫だと思うが――」
「えーちゃん大変!」
俺が言いかけたその時、ドアをぶち破る勢いでホシが部屋に飛び込んでくる。
「おーちゃんどこにもいないよ! この家にいないみたい!」
「何だと!?」
彼女が怒鳴るように言った言葉に、俺もまた怒鳴り声を返した。
屋敷にいないと言う事は外か。だが今のこの状況じゃあ外だって安全とは考えにくい。
強い焦りが胸に湧く。そんな時、今度は開いたドアの向こうから走るような足音が聞こえて来て、
「緊急事態です! 失礼します!」
と一人の男が部屋に飛び込んで来た。
帝国の兵士、フィクトルだった。
「伯爵閣下にご報告――ってエイク殿じゃないですかっ! 閣下は今どちらに!?」
「ここで寝込んでるぞ。悪いが今は話せる状態じゃねぇ」
「ええ!? まさか、閣下も毒にやられちまったんですか!?」
「何!? まさかイグナシオもか!?」
俺が指さした先に寝ているウーゴを見た彼は、驚愕に目を丸くする。が、その言葉に聞き捨てならない内容があって、俺の声は自然と荒くなった。
「い、いえ! 殿下はご無事です! ただ――」
「ウーゴは今会話できる状態じゃねえ、話は俺が代わりに聞く。何があった?」
「……エイク殿は辺境伯でしたね。閣下の御父上でもある。分かりました」
そうしてフィクトルは俺に向き直り、「報告します!」と話し始めたのだが。
その内容は俺の顔を歪めさせるに十分過ぎる、最悪なものだった。
まず一つ。この町の人間が先程から急にばたばたと倒れ始めたのだそうだ。
帝国兵が倒れた町民を集め介抱したところ、皆毒に侵されている事が分かった。そんな症状の町人は非常に多く、今朝から視察中だったイグナシオが陣頭指揮を執り、町人達の治療にあたっているとの事だった。
だがなぜそんな事を帝国の兵士がしているのだろうか。この町の騎士や兵士達はどうしたのかと思うも、そこで二つ目だ。
この有事に、帝国兵らは場所が近かった事もあって、まず騎士の詰所に走ったらしいが、そこはもぬけの殻で誰一人いなかったのだそうだ。
もし出動するような場合であっても、普通なら誰か一人は残すものだ。だが完全に無人。ガレハの防衛機能は完全に死んでいる状態だった。
まだ症状の軽かった町人達から聞けた話では、騎士達はどうも少し前に、町の外へ総出で行ってしまったらしい。それを聞いたイグナシオは騎士達にも何かあったかと危機感を覚え、少数の部隊を走らせたそうだ。
突然町に撒かれた毒。いなくなったサウロら騎士達。俺の中で一つの線ができつつあって、そんな時シャドウからスティアが出てきた事で、俺の想像は確信となる。
「貴方様、先程はありがとうございます。ホロゥも治療が間に合い、なんとか無事に済みましたわ」
「うわぁっ!? な、何だぁ!? 急に人が!?」
足元から出てきたスティアにフィクトルが仰天して腰を抜かすが、今はそんな事を気にしている状況じゃない。俺は彼を無視して、現れたスティアに顔を向ける。
「何か分かったか?」
「ええ。ではご報告を。ノエルから事情を聞く限り、やはりあのディストラーの騎士達、正規の騎士ではありませんでしたわ。正確に言えば、”元”騎士だそうです」
「元騎士?」
「ええ。かつてディストラーで騎士をやっていたそうなのですが、今は解雇されているそうです。本人達がそう口にしていたとの事で、間違いありませんわ」
そんな連中がなぜ騎士だと偽りこんな場所にいるのか。その理由がきっと、今回の事に繋がっているはずだ。
俺は視線でスティアへ問う。彼女も小さく頷いた。
「彼らが解雇された理由は、賊との癒着が辺境伯に露見したから。本来解雇ではなく捕縛される予定だったようですが、逃げてここまで来たらしいです」
「癒着か。奴らがいたのがディストラーだって考えれば、どこの賊かは考えるまでもねぇな」
スティアは口をきゅっと小さく引き結び。
一拍置いて続きを話す。
「貴方様もご存じ”汚れ狼”。今回彼らがここにいた理由は、その者達が関わっているのに間違いないかと」
全ての線が繋がった。眉間にシワを寄せているホシと目の前に立つスティア、そして腰を抜かしたまま、こちらに丸い目を向けているフィクトル。三者三様である彼らを、俺はぐるりと見回した。
この中で”汚れ狼”を一番良く知っているのは俺だ。そして腹立たしいが、同じ賊として考える事が同じ部分もまたあった。
今のこの状況を考えれば、奴らのやろうとしている事はただ一つ。
「復讐ついでの町落としってところか。連中の考えそうな事だぜ。手段を選ばねぇところなんて特にな」
「町落とし……そんな事を?」
「やられてやり返さねぇ連中じゃねぇ。大方この町の全員を皆殺しにでもするつもりなんだろうよ。奴らは昔から、村なんかは平気で潰しやがるからな」
信じられないとでも言いたげな声を出すスティア。それに俺が舌打ちをすれば、慌てたのはフィクトルだった。
「た、大変だ、早くイグナシオ様に報告しなければっ! エイク殿、情報提供感謝する! 失礼っ!」
そう言って彼は慌てて部屋を出て行った。そんな彼の背中を見送るものの、俺達もこうしたままではいられない。
「シャドウ!」
俺の呼びかけに、シャドウが影からぽいぽいと皆の装備を吐き出し始める。スティアとホシはそれを慣れたように受け取ると、素早く装備し始めた。
俺もまた投げられた革鎧と魔剣を受け取ると、彼ら同様手早く装備する。こんな時ガザ達がいてくれりゃあ心強かったんだがな。タイミングが悪いぜ、クソッ。
そうこうしているとバドも部屋にやって来て、事情を話せば転がっていた全身鎧を慌てて装備し始めた。
待っている間、俺はソファに寝かせたウーゴに目を落とす。彼はまた意識を失い、額に玉のような汗を浮かべて荒い息を吐いていた。
「シャドウ、ウーゴを中へ入れてくれ」
このまま放置していては何があるか分からない。ずぶずぶと影の中に沈んでいくウーゴを見ながら、俺は彼の事をロナに託す。
「ロナ。ウーゴを頼む!」
《ご子息の事は任せてください! 皆さん、どうかお気をつけて!》
らしからぬ力強い返事に、俺は顔を上げる。そこには準備万端の三人が、俺をじっと見つめる姿があった。
こんな町だが、息子達が出来得る限りの手を打って手にいれた場所だ。あんな連中に好き放題させて堪るかい。
「外は連中が既に潜んでるはずだ。注意して行くぞ!」
『了解!』
三人は俺の声に心強く応える。そうして俺達は戦場となるであろう場所へと、勢いよく駆け出して行った。
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伯爵の屋敷を飛び出した俺達は、まずスティアの耳を頼りに町の西へと走っていた。そこはかなり騒がしい場所らしく、イグナシオが指揮を執っている場所だと予想されたからだ。
そこに行けばオデッタもいるかもしれない。そんな期待から急ぎ向かったのだが、町のあちこちに倒れている人の姿が目に映り、良心の呵責が胸に湧いた。
「バド、今は原因を潰すのが先だ! 一々気にしてたらキリがねぇ、こいつらの事は帝国兵に任せて、今は急げ!」
隣を走るバドからも同じような感情が伝わり、俺はそう言って彼を促した。冷たいようだが縁も所縁もない連中よりもまず身内だ。
バドもそれを理解しており、俺達は倒れる者達を横目に走り抜ける。
だが俺達の行く先にいた、よろめきながら歩くみすぼらしい一人の女が膝からくずおれた姿を見ると、バドはもう我慢ができなかったようだ。俺が止める間もなく一目散に駆け寄って、その体に手を伸ばしたのだ。
バドの性格からして、それは十分予測できたものであっただろう。
だが《感覚共有》がその瞬間、俺に激しく警鐘を鳴らした。
「待て! そいつに近づくなバドッ!」
咄嗟にバドを制止する。だがそれは遅きに失した。
バドが俺の声にえっと振り向くその一瞬。女は素早く起き上がると懐から刺突短剣を取り出し、バドの全身鎧の隙間――右膝の関節部分に、思い切り突き入れたのだ。
バドはすぐにこれに反応し、刺突短剣を女ごと盾で弾き飛ばす。しかし女は中空で姿勢を立て直すと、何事も無かったかのように地面に着地する。
一方バドはぐらりとよろめき、地面に膝を突いてしまう。女はその様子を見て、にんまりと笑みを浮かべていた。
「反応速度は大したものねぇ。でも見て。ほんの少しだけれど、先端がほら。刺さっているでしょう? もう手遅れよ。くふ、くふふ、くふふふっ」
「てめぇ――フェオドラァッ!!」
先端に僅かに血液の付着した刺突短剣をこちらに見せながら、灰色の髪を無造作に垂らしてニマニマと笑うその女に、俺は怒気を叩きつけた。
一度しか見たことがねぇが、この顔は絶対に忘れねぇ。この女はフェオドラ。”汚れ狼”が使う多種多様な毒を開発しやがったクソアマだ。
フェオドラは昔見た時と同様に目の下に深いクマを作り、口を半開きにしてふらふらと揺れて立っている。目も定かでなく、まるでヤバい薬を決めた奴のようにも見える。
だがこいつのヤバさは見た目だけではない。こいつは存在自体が非常に危険な奴なのだ。
なにせこいつが次々に新種の毒を開発するため、”汚れ狼”はそれを武器に勢力をかなり拡大させたのだ。俺達天秤山賊団も辛酸を舐めさせられた事は数知れない。
今年は病死が多いなと仲間の死に悲しんでいたら、こいつの証拠の残らない毒だった、なんて事もあった。俺達の悲嘆をあざ笑われた気分で、今思い出しても頭にくる。
だから毒と聞いて当然こいつを思い出したのだが、こいつは基本的に戦いの場には出てこないため、出張って来るとは思わなかったのだ。
だがまさか顔を出してきやがるとは。今度は何を企んでいやがる!?
「バドッ、大丈夫ですか!?」
「ばどちんっ!」
俺達は膝を突くバドに駆け寄る。その間に影から解毒薬がぽんと出てくるが、俺が取る前にホシがそれを受け取り、封を乱暴にむしり取る。スティアがバドのフルフェイスマスクを取り去れば、ホシはその瓶を口にぐいと押し付けた。
バドは何とかその中身を飲み下す。しかし彼の様子は全く変わらず、立ち上がるどころか額には滝のような脂汗が浮いたままだった。
解毒薬はその名の通り、どんな毒もたちどころに治す魔法薬だ。だが、それが効いた様子がない。
「貴方様、バドの様子が――!」
困惑を隠しきれずスティアが叫ぶ。この様子を見てあのクソ女は、さも楽しそうにまた笑った。
「くふふふ、無駄よ無駄。私の開発した新しい毒薬は、その解毒薬の薬効を無効化するように作ってあるの。飲んだところで無意味。そいつはもう苦しんだ後に死ぬしか無いのよねぇ」
「何ですって!?」
「ばどちんを治せ! この毒ババア!」
スティアとホシが殺気をたぎらせ睨みつけるも、フェオドラは全く気にしちゃいない。それどころか熱に浮かされたように、両手を広げて独り言を大声で口にし始めたのだ。
「ふざけた名前よねぇ、解毒薬って。どんな毒にも効くなんて言う人を食ったようなその名前……聞いてるだけで頭にくるの。でもそんな薬をみんなありがたがって使うもんだから、尚更腹立たしいのよ。でもこの薬の時代はもう終わり。今度は私が作ったこの毒と、これにすら効く解毒薬”フェオドラ”が、この世界のありとあらゆる人間がありがたがって使うようになるのよぉ! ”フェオドラ”を求めて、一国の王すら私の前に膝まづくの。――これからは私、フェオドラの時代がくるという事よ! くふふ、くふ、くふふふはははは!!」
突然天を仰いで笑い始めるフェオドラ。奴の壊れたような笑い声が、危機に瀕した町に高く響いていた。




