368.模擬戦の終わりに
俺とティナの模擬戦が終わり、続いてなぜか始まったホシとステフの模擬戦。俺達はそれを少し離れて観戦をしていた。
「おりゃあっ! やああっ!」
「ぐぅっ! な、何なんだこの力っ! こんな、小さな子がっ!」
ホシは楽し気な声を出しながらメイスを振り回しステフに叩きつける。ステフも大盾で防いでいるものの、流石にあの馬鹿力は堪らないようだ。
早々に精技で応戦しているが、それでもまだキツイようで、先程からずっと困惑と苦悶の声がステフの口から漏れていた。
ステフは性格故もあるだろうが、セオリーに則った立ち回りをする戦士だ。だがホシはそのセオリーを真正面からぶち壊してくる。つまり相性が悪すぎた。
ステフは可哀そうなくらい防戦一方である。勝敗の行方は火を見るよりも明らかだった。
「貴方様、薬を塗りますからじっとしていて下さいまし」
「はいよ」
先程ティナの魔法を食らったため負った怪我に、スティアが傷薬をそっと塗ってくる。甲斐甲斐しいものだと俺は彼女に手当てを任せる。
……と思ったのに、こいつ今、俺の頬についてた血をこっそり舐めやがったな。
「うへ、うへ、うへへへ……っ!」
魂胆はそっちかよ。つーかその声止めろ。流石に引く。
とは言えまあ実害はないし、好きにさせておく事にするか。拒否したら拒否したで、また面倒臭ぇからな。うん……。
「やはりホシ殿の力は凄まじいな。それでいて技量もあるのだから大したものだ。ステフもあれから私と共に鍛え直したんだが……あの様子では厳しそうだな」
一方のティナは呆れたように笑いつつ二人の戦いを眺めていた。幸いスティアの奇行には気付いていないようだ。その声色からは嬉しそうな感情が透けて見えた。
胸の内から感じられるのも大半が肯定的な感情である。だが負けたばかりだというのにこうも切り替えられるもんだろうかと、俺は内心首を傾げていた。
「随分と嬉しそうだな。全力で戦って負けたんだろう?」
同じように感じたのだろう、ガザがティナへ問いかける。ティナはホシ達の模擬戦に目を向けたまま、その問いにこう返した。
「勿論悔しさはある。けれど……そうだな。あの日、あの場所で貴方達に助けられて以来、私はずっと貴方達の背中を追って来た。だが当時の私ではその背中をはっきりと見る事ができなかった……。この一年、まるで霞を追うような気持ちだったのだ。自分のやっている事はどれだけの意味があるのだろうと、自問自答する日もあった」
だが、とティナは嬉しそうに言った。
「今回胸を借りる機会を得て、私自身でその力を体験し、様々な事を知れた。自分の今の力。貴方達の実力。目指すべき場所。その頂きの高さを」
「そうか」
ガザも彼女の気持ちが分かったのか、腕を組みしみじみと頷いている。
なんか勝手に分かり合って、いい雰囲気を出している二人。
だがちょっと待てい。
「おいおい。言っとくが俺はスティアやアイツ程強くはねぇぞ」
「そうなのか?」
俺が滅茶苦茶な動きでステフを翻弄するホシを顎で指すと、ティナは一瞬目を丸くしたものの、すぐに目を細め、
「ならまずはエイク殿を目標にさせてもらうとしよう。それでも私にとってはまだ遠いがな。先程の戦い、私は死力を尽くしたが、エイク殿はまだ余力があったのだろう? 少なくとも私はそう感じた」
と言って小さく笑った。
まあ確かに、精は全開だったし出し惜しみもしなかったが、どうにもならず絶対に勝てないと思わされる事は無かった。
ティナが最後にショートソードで俺の隙を狙って来た時、俺は短剣で彼女の一撃を受けたが、実はシャドウに受けてもらっても良かったのだ。むしろそうした方が隙が少なく、仮に殺し合いだったなら、俺は迷わずそうしていただろう。
他の選択肢としては、シャドウにティナの足を取ってもらっても良かった。バランスを崩させれば倒すのは簡単だったろう。だがその手段も俺は取らなかった。
なぜか。
そうしなかったのは、俺が自分でティナの攻撃を受けたかったからだ。ティナも受け入れ俺も当然のように参戦させたが、シャドウは俺の仲間の一人である。流石に一対一で戦いたいという相手に二体一では、気が引ける面もあったのだ。
だからなるべくシャドウを前面に戦わなかったのだが。ティナにはそんな考えを見抜かれていたのかもしれない。
「んな事はねぇけどな。……ま、試合と殺し合いは別って事で、納得してくれや」
「そうか。ふ、そういう事にしておこう」
ティナはそう言って納得してくれる。こいつ、こんな物分かりが良い性格だったっけ。正直世界樹では殆ど別行動だったから、あんまりよく分からねぇんだよなぁ俺。
「はい貴方様。終わりましたよ」
「悪いな」
「ティナさん。ちなみにですけれど、エイク様は弱いなんて仰っておられますが、本当の何でもありなら誰よりも強いのは間違いありませんわよ」
塗り終えた傷薬に蓋をして、スティアが会話に混じって来る。
「ほう。やはり王国軍の第三師団長であるだけの事はあると言うわけか。だが誰よりもと言うのは、スティア殿よりもか?」
「わたくしなぞ足元にも及びませんわ! エイク様は最強なんですのよ!」
「なるほど。ならいつかその何でもありが引き出せるほど強くなれるよう、より一層精進しなければな」
スティアとティナは世界樹で一緒に戦った仲だ。俺なんかよりも話が弾むだろう。若い女同士だしな。
だが捏造は止めろ捏造は。俺が最強とかありえねぇから。事実、模擬戦でスティアやバドに勝った試しなんか一度たりともねぇんだぞ。
なおホシとは模擬戦はしない。あいつ滅茶苦茶なんだもん。翻弄されて終わりだ。なんも訓練にならねぇ。
「あ、そうだ。スティア、バドはどうした?」
「バドなら屋敷に残っておりますわ。お父様やノエルだけ残しておくわけにも参りませんからね」
あー、そういやそうだった。タイミングが合わなくて――と言うかあんまり考えてなくて、ウーゴやオデッタには親父さん達を紹介していないんだよな。
バドがいなかったら最悪不審者扱いされるわ。忘れてた。
「バド、悪かったな。もうちっとで戻るから待っててくれや」
《気にするな、と仰られています。……恐らくですが》
《我らの事もそう気にせずとも良い。家人に気付かれないようにする事など造作も無いからな》
向こうに声を掛けると、バドの代わりにノエルと親父さんが返事をしてきた。
だが造作もないってどうするんだろう。ベッドの中とか下に隠れるんだろうか。
ノエルと親父さんがそうして隠れている姿を思い浮かべる。すげぇシュールだ。うん、絶対違うな。
「そうだ、エイク殿」
「んあ?」
変な想像をしていた俺に、ティナが声を掛けてくる。
「世界樹では手を貸してもらった上、今回も無理を言ってしまったからな。斧と盾も壊してしまったし……。私達に何かできることは無いか? もしできる事があれば遠慮なく言ってくれ。出来得る限り力になる」
こちらに向き直るティナの表情は真剣そのものだ。俺はうーんと顎を撫でてから、真剣な顔でティナへ返した。
「イグナシオをどうにかして下さい」
「い、いや……それは私ができる事の範疇を超えている。……すまない」
だよね。分ってたさ。ああ、分かってた。
でもね、言わずにはいられなかったの。
ちくしょう。俺の淡い期待を返せ。
俺が落胆していると、ティナが困ったように口を開く。
「エイク殿。殿下は確かに熱量の高いお方だが、忌避されるようなお人ではないぞ。思ったのだが、何か行き違いがあるのではないだろうか? 一度じっくりと話し合ってみては――」
「ば、馬鹿野郎っ、その結果何かあったらどうすんだ!!」
話し合いの末、俺の尻が甚大な被害を受けました、なんて事になったら取り返しつかねぇんだよ!
俺は建設的な話がしたいわけじゃねぇ! そんな話は聞きたくないんじゃい!
「この話は終わりだ! 他! 他になんかあるか!?」
「いえ、わたくしには特に」
《バド様も気にするな、と仰られています。……恐らくですが》
俺ががなりつつ目を向けると、スティアとバドの気持ちを代弁するノエルが何もないと返してくる。まあそうだ。正直今ティナやステフの力を借りたいって事は思いつかないんだよなぁ。
何かあるかと俺はしばし考える。と、そんな時、一つの事が頭を過ぎり、「あ」と声を上げてしまった。
「何かあったのか?」
「ああ、いやぁ……だがこれはなぁ……」
「何でも良いぞ。遠慮せず言ってくれ。殿下の事以外で」
そこを念押しするんじゃねぇよ。俺は小さく嘆息した後、ティナへ考えた事を口にした。
「お前ら、しばらくこの町にいるんだよな? どのくらいだ?」
「ん? そうだな……恐らくは十日か、長くても半月と言ったところだと私は想像しているが」
「そうか……。俺らはいても後数日ってところだと思う。だからもしこの町が危険に晒されるようなら、力を貸してやってくれねぇか。よその国の人間に言うような事じゃねぇと思うが……」
「なんだ、そんな事か」
俺が頭を掻きながら言うと、ティナは右手を腰に当て、まるで仕方がない奴だと言うように笑って言った。
「ここは私達にとって他国だが、今は迎え入れてもらっている立場だ。何かあれば助力するのは当然だ。気にするような事じゃないさ」
彼女はそう言うが、ただ俺が思っている事は、彼女の言う事とはちょっと違った。
俺の考えている事はもっと個人的な内容だったのだ。
「いや、そういう事じゃなくてな――」
「ん?」
俺は少し逡巡した後、自分の思いをティナに告げる。それを聞いたティナは驚いたような表情をしたが、「エイク殿もそんな事を言うのだな」と言った後、なぜか嬉しそうな顔をして俺の頼みを快諾してくれた。
こいつらが力を貸してくれると言うのなら、何の憂いも無くここから出発できるってもんだ。生暖かい視線を向けてくるティナに居心地の悪い思いを抱きつつ、ステフの悲鳴を聞きながら俺はそんな事を思ったのだった。
------------------
ホシとステフの模擬戦も終わり、俺達はそこで少しの間ティナ達と会話に花を咲かせた。
あの世界樹で別れた時の事。その後皇帝に会い、違法奴隷の解放を宣言させた事。ティナの故郷で保護していた違法奴隷達が立ち上がり、特務隊を結成した事。
世界樹で戦った時の事は、俺達にとってはたった一月前の出来事だ。だがティナとステフは聖女マリアに過去に飛ばされた事で、もう一年の時が経っていたそうだ。
「過去へ飛ばす魔法……そんなものがあるなんて」
スティアが形のいい顎に手を当てて、思案顔で呟く。まあそうだよな。そんな魔法、普通あるなんて思いつかないもんだ。常識の枠から完全に外れている。
そんなものをできてしまう奴がいると言うのはたまげたが、まあ転移なんてもんを使う時点で常識外れなのは変わらない。
というか、アル中のアバズレ聖女って時点で異常か。俺はすぐに納得した。
「お前、だから一年とか言ってたのか」
「ああ。この一年は本当に濃密な一年だった。十年経ったと言われても信じそうになる。そのくらい私にとっては濃く、そして充実した一年だった」
ティナはそう言ってステフに顔を向ける。彼もまたティナと同じ気持ちだったらしく、ゆっくりと首を縦に振った。
しかし過去に戻る、か。人間、誰しも戻りたい過去というのはあると思う。俺にとっては妻や親父の事が大きいだろう。
自分の人生の大きな出来事――つまり、人生最大の後悔の時だ。
「えーちゃん、どうかした?」
「ん? いや……」
俺が考えていると、ホシが見上げて聞いてくる。くりくりの緋色の目を見ていると、何だか馬鹿な事を考えているような、そんな気がして俺は軽く頭を振った。
過去があるから今があるのだ。きっとその過去が無ければ今の俺は存在しない。
過去に戻りたかった。あの時に戻れたなら。
人間そんな事を思い今を生きるくらいが丁度良いのだろう。
ま、俺が面倒臭い事を考えるのが苦手だという事もあるだろうがな。
「ホシ、お前昔に戻りたいとかあるか?」
「ない!」
だろうよ。そんなこったろうと思った。
「お気楽だなぁお前は」
「お気楽じゃないよ! えーちゃんがいっつも困らせるんだもん!」
「はいはい」
俺は適当に返事をして、今度はスティアに目を向けた。
「スティアはどうだ? 昔に戻りたい事とかあるか?」
俺が聞くとスティアはにっこりと笑い、
「いいえ。わたくしは、今が一番幸せですわ」
そう即答したのである。
やっぱ俺達には必要ない話だわ。つーかマリアにはもう会いたくねぇし、考えるだけ無駄だった。
「まあ、過去に戻るなど大それた事は、私が言うのもなんだが起こるべきではないのだろうな。過去に戻ってしばらくしてから思ったが、その時間にはもう一人の私がどこかにいるはずだろう? そう考えると頭がおかしくなりそうだった」
「確かにな。もう一人自分がいるとか気持ち悪くてたまらねぇや」
ティナに言われて想像した俺は、苦笑いをした。やっぱ人間普通が一番だ。
俺はからからと大きく笑う。
「あ、貴方様が二人!? そんな、そんな事って……! はうっ!」
「アタシが二人!? それすっごく面白そう!」
他の連中はそんな事を言っていたが、まあ感想は人それぞれか。つーかお前ら、凄ぇどうでもいい事しか考えてねぇな。
やっぱ俺達には大それた話だわ。ティナを横目で見て肩をすくめる。ティナもまた可笑しそうに、にっこりと笑ったのであった。




