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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第七章 枯れた故郷と天秤の騎士団

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367.Sランク冒険者ティナ②

「うおらああああっ!!」

「はぁぁぁぁあッ!!」


 互いに繰り出した斬撃は、戦斧同士がぶつかり合ったような轟音を夜の町に打ち鳴らした。

 正真正銘、全力での戦い。その幕開けとなった一撃は俺達の燃え滾る闘気をさらに煽り、俺とティナは次々と武器を振るい相手へと繰り出す。その度に激しい火花が闇夜に光り、俺達の姿を映し出す。

 いや、それだけじゃない。


「おおおおおッ!!」


 ティナの体から立ち上るオーラもまた闇の中輝きを増していく。それは彼女の長剣をも輝かせ始め、次の瞬間白い光で闇を切り裂いた。


「”疾風斬(ゲイルスラッシュ)”ッ!!」


 高速の連撃が俺を襲う。だが俺は既に握っていた太刀を手放して、懐から二本の短剣を取り出していた。


「せぇぇぇやァアッーッ!」


 疾風斬(ゲイルスラッシュ)は剣の速度を増す精技(じんぎ)。反面剣の重さは軽くなる。

 故に、短剣程度でも防ぐのには十分。

 右は順手、左は逆手。高速で迫る怒涛の連撃を、俺は二本の短剣で次々と捌く。


 高い金属音が絶えず周囲に鳴り響く。しかし俺はその全てを短剣で防ぎきる。そしてティナが一瞬息をつく隙に彼女との距離を少しとり、短剣を懐へ戻しつつ、今度は槍をずるりと取り出した。


 既に俺の手の中で白く輝く一本の槍。俺は地面を強く踏みしめ、ティナへ高速の連続突きを繰り出した。


「”多穿連槍(ニードルラッシュ)”ッ!!」


 針のように研ぎ澄ました(じん)は、穂先を淡く輝かせる。白い帯の束がティナへ向かって、次々に突き刺すように飛んでいく。

 その長剣一本でこれを防げるか。そう思うもティナは腰のショードソードを抜き放ち、長剣と剣で俺の突きを次々と捌いていった。


「はあああああっ!!」

「くっ! ふっ! はぁっ!」


 俺は一切の手心も加えず彼女の急所を狙い突く。しかし彼女は素早い左右のステップも使い、俺の攻めを上手く受け流していく。

 俺の槍と彼女の剣が、剣劇の音と共に激しい火花を次々散らす。


《あの突き……流石大将。早い》

《さて、奴はどう返す》


 コルツとガザのそんな会話が聞こえた、そんな時だった。


「――ここだっ!!」


 ティナは俺の一撃をショートソードで大きく弾き飛ばす。と、その隙をついて地面を蹴って、俺の懐へ飛び込んできた。


 槍はリーチが長いのが長所だが、これは短所にもなり得る特徴だ。今のように大きく弾かれてしまうと攻撃態勢に戻るのが遅れる。それに間合いを詰められると長いリーチが邪魔をして攻撃しづらくなる。

 ティナの行動は対処法の見本にでもしたいような、隙の少ない一手だった。


(流石に槍の対処もお手の物ってか。だが!)


 とは言っても、槍使いならその弱点への対抗策を持っているのが普通だ。俺もやろうと思えばティナを槍で迎撃はできた。

 だがそんな普通の事をやっても面白くねぇ。ティナは俺との戦いを切望していたのだ。そのために頭を下げて頼み込んできたのだ。


 なら俺の戦い方って奴を見せてやるのが礼儀だろう。

 鬼気迫る表情で飛び込んでくる彼女が放った長剣の一撃。俺はそれを取り出した大盾で、真正面から受け止めた。


「くっ! 次から次へと武器を変えてっ! なんて面倒な相手だ!」

「これが俺の強みなんでなぁ!」


 右手に握っていた槍は、すでにショートソードに代わっている。盾でティナの剣を弾き飛ばし、右の剣を振り下ろす。だがこの一撃はティナのショートソードに防がれ、ギリギリと軋んだ音を立てた。


 互いに奥歯を噛み締め真正面から睨み合う。だが俺はそこで、ティナが楽し気な笑みを浮かべているのに気が付いた。


「おいおい、随分と楽しそうじゃあねぇか。お前もそういうクチか?」


 仲間の戦闘狂達を思い浮かべながら俺はニヤリと笑いかける。


「そういうクチが何かは知らないが……だが、どうしてだろうな。ふっ、こんなに楽しいのは――生まれて初めてだっ!!」


 ティナはそう応えつつ剣の力を急に抜き、バランスを僅かに崩した俺へ長剣の一撃を繰り出してくる。

 流石にこれは盾で受ける。すると盾で死角になった場所からショートソードが滑るように飛んで来て、俺は手元で剣をくるりと返し、逆手でこれを受け止めた。


 チッ、やっぱ剣技だとティナには敵わねぇな。あいつの方が一歩上だ。

 世界樹にいた時にも思ったが、元々俺とティナの実力は殆ど変わらない。そしてティナは剣士で、俺は山賊である。


 まともに剣をぶつけ合えば、向こうに一日の長があるのは当然の理屈だった。とは言っても俺も打ち負けるつもりは毛頭ない。

 向こうに剣技の長があるのなら、こちらにも長年生き、積み重ねて来た戦闘の経験がある。俺はティナと打ち合いながら、彼女の癖、攻め方、思考を探る。攻防は一進一退だ。


 激しい剣戟の音が絶え間なく響く。一瞬でも油断すれば一気に流れが変わる。

 そんな激しい攻撃を互いに打ち付け合う俺達だが、しかしティナは荒い息を吐き玉のような汗を流しながらも、やはり楽し気に攻撃を繰り出してくる。

 その姿はまるで初めての遊びを体験した子供のようだった。


「やはり一筋縄ではいかないな! だがそう来なくては! エイク殿、私は今嬉しい! 嬉しいんだ!」

「嬉しいだぁ?」

「ああ、そうだ!」


 ティナの繰り出したショートソードが俺の剣とぶつかり合い火花を散らす。瞬間ティナは手首を返して俺の剣を巻き取ると、その剣を持った手を殴打しようと、長剣の柄頭を振り下ろしてくる。


 盾の防御をこじ開けるのは困難と見て、武器の方を奪いに来たか。武器を失えば戦力が大幅に下がるのは当然の事。狙いは良く、タイミングも絶妙だ。

 が、俺にとっちゃ甘すぎる。

 俺は即座に剣を手放し、手を引いてこれを避ける。と、足元からハンドアクスがぽんと飛び出してきて、俺はそれをはっしと取った。


「おらよぉっ!!」

「ははっ、流石にそれは見えているぞ!」


 斧を横に薙ぐように一閃する。だが流石にこれは見え見えで、ティナは軽く後ろに飛んだだけでこれを避け、かと思えばすぐに地を蹴って肉薄してきた。


「あれから一年、私は死に物狂いで鍛えて来た! 貴方達の背中に少しでも追いつけるように! 少しでも近づけるように! 今までの鍛錬が温く思える程、私は自分に厳しい鍛錬を課してきたっ!!」


 彼女の剣と長剣が、同時に白い光を放ち始める。


「その結果を今、掛け値なしの全力で試す事ができる! 誰かにぶつける事ができる! それだけでも嬉しいと言うのに、相手は他ならない貴方だ! ――これ以上嬉しい事などそうあるものかッ!!」


 精技(じんぎ)の輝きを放つ二本の剣は、ティナの咆哮と共に俺に牙を剥く。

 その光は俺の予想を超える強い光をまとっていた。


「”輝光十字斬クリス・クロスブレイク”ーッ!」

「なっ!?」


 溜め時間の少なさから、精々下級精技(ノーマルクラス)だと思った。だがまさかの中級精技(マスタークラス)だ。

 この状況で防げる手段はない。俺は迷わず大盾と斧を彼女へ投げつけて、即座に後ろへ跳躍する。


「逃がすかぁあっ!」


 白十字が目の前に閃き、切り裂かれた盾と斧が地面でがらんと音を立てる。だがティナはそのまま精技(じんぎ)を維持しつつ、更に地を蹴り飛ばしこちらへ猛煙と突っ込んで来た。


 普通精技(じんぎ)ってのは体に負担がかかるため、放つ一瞬のみ使うのがセオリーだ。

 無論維持しようと思えばできる。だがその間精技(じんぎ)を使い続ける事となり、相応の疲労を伴うのは常識だった。


 俺の場合、下級精技(ノーマルクラス)は日に十数回使えるが、中級は三、四回使うのが限度だ。だから維持する場合下級はそう厳しくないものの、中級となると一撃放つのが限界になるだろう。


 だがティナはそんな事情を無視して、中級精技(マスタークラス)を維持しつつこちらへ猛然と向かって来くる。たった一、二秒とは言え、これでは上級精技(アルティメットクラス)を使うのと変わらない負担が体に圧し掛かるはずだ。


「へ――良い度胸じゃねぇか!」


 こいつ、どうやら後先考えてねぇな?

 俺もティナに釣られてか、いつの間にか笑っていた。


「食らえエイク殿!」

「そう簡単に食らうかよっ!」


 食らったら死ぬわ馬鹿野郎! 俺は既に取り出していた魔剣に素早く(じん)をまとわせると、俺最大の精技(じんぎ)でティナを迎え撃った。


「”烈光輝剣(ライトニングブレイド)”ォッ!!」

「”輝光十字斬クリス・クロスブレイク”ーッ!」


 大技同士が真正面からぶつかり合う。白く輝く二つの中級精技(マスタークラス)は一瞬せめぎ合ったものの、雌雄を決さぬまま激しい衝撃を生み出し、俺とティナを弾き飛ばした。


「チィッ! あいつ無茶苦茶しやがる!」


 後ろへ吹き飛ばされつつも、俺は浮いた体を回転させ着地する。勢いは殺し切れず、靴底が土を削りながら後退していく。

 向こうも同じ状況だろう。少し間合いが空き集中が途切れそうになるものの、しかし今のティナは何を仕掛けてくるか分からない妙な気迫がある。


 俺は警戒を切らず、顔を上げて相手を見据える。するとどうだろう。ティナも俺同様地面に片手を突いた状態でこちらを見ていたが、だがどうしてか開いた左手をこちらに伸ばし、何かの構えを取っていたのだ。


 ――あの構えは何だ? 精技(じんぎ)じゃない。

 そう思ったのも束の間、答えはすぐに目の前に現れた。


「”氷の突槍(アイスランス)”ッ!」


 ティナがその言葉を口にした途端、氷の槍が次々と彼女の手の平から生み出され、凄まじい速さでこちらへ飛んできたのだ。


「――魔法だと!? くっ!」


 こんなもん真面に受けたら良くて串刺しだ。俺は咄嗟に横へ跳び地面を転がる。しかし氷の槍は俺のいる場所を追うように次々に飛来し、側の地面に突き刺さる。


「チィ! 無茶苦茶打って来やがるッ! うおぉぉッ!?」


 俺は時に転がり時に跳び、何とか攻撃を避ける。しかし最後の一つは俺の足元に直撃し、その衝撃で低く跳ね飛ばされてしまった。

 俺と共に土と氷が混じった飛沫が飛び、俺の体の上で跳ねる。土は大した事ないものの、氷は俺の体のあちこちに当たり、服を切り裂き、顔にもいくつか小さな切り傷を作った。


 だがこれで魔法は打ち止めらしい。致命傷はなんとか避けられた。

 俺は跳ね飛ばされた衝撃を、地面を転がって和らげながら先程の魔法を考える。


 詠唱は無かった。ならばあれは魔法陣だ。この試合を始める前ステフが魔法ありと言ったが、俺は魔法なんざティナは使えないだろうと深く受け止めなかった。だがその正体がこれか。

 俺を謀るとはやってくれやがるぜ。

 

 やられたと苦笑いしつつ地面を手で打ちつけ、その勢いで素早く立ち上がる。

 だが目の前にはすでに、長剣を手に向かって来るティナの姿があった。


「はあああああーッ!!」


 俺が態勢を整える前にと畳みかけてくるティナ。彼女は足を強く踏み出して、鋭い突きを繰り出してきた。

 俺はなんとか魔剣を構えるが――だがその時見た。ティナの魔剣の剣先がまるで大蛇のように上下にうねりながら、俺に向かって来るのを。

 奇妙に剣筋を変えるその剣技に、俺は目を見開いた。


(蛇曲剣――っ!)


 うねる剣技、蛇曲剣。剣筋を見切らせない事がこの剣技の特徴の一つだが、一番厄介なのは相手を切りつけるその刹那に、極端に剣速を増す事にあった。

 曲がる剣閃で相手の虚を突き、反応しようとしたところを最速の剣で切る。つまり相手に防御を許さない事がこの剣技の本領なのだ。


 知らない奴は一瞬の反応が命取りになる、初見殺しの意味合いが強い剣技だ。だが俺はこれを見た事があり、強みと弱みを知っていた。


「チィ! しゃらくせぇっ!」


 俺は魔剣を横薙ぎに振るい、ティナの剣を左へ打ち払う。この剣は剣筋と斬撃時の速さの変化が肝。だから大振りでもして、できるだけ早く打ち払ってやるのが一番の対策なのだ。


 目論見通り魔剣に打ち払われた剣技はそこで意味を失った。だがティナの動きは止まらず、そのまま真っすぐ突っ込んで来た。


 彼女の左の手にあるショートソードが眩いオーラを放っている事を、俺はその時点でやっと気が付いた。


(蛇曲剣はブラフ!? 本命はこっちか!?)


 対策が分かっていると言っても、蛇曲剣は厄介な技だ。対策を強いられ、そのために注視する必要があった。

 そんな技をティナは囮にして、本命の精技(じんぎ)を隠し、俺の隙を突いて来たのだ。

 事実俺は魔剣を左に払った事で、右側面ががら空きだった。


「”疾風斬(ゲイルスラッシュ)”ッ!!」


 そこに繰り出されるのは疾風の一撃。その突きは鋭く早く、俺の右脇腹に飛んでいく。

 防がなければ致命傷は免れない。だが俺が今自由に動かせるのは、反対側にある無手の左手だけだった。


 その攻撃は完璧な状況で繰り出された致命の一撃だった。状況的には完全に詰みという奴だ。

 ティナはそれを確信しているはずが、感情は高揚しつつも冷静だ。つけ入るような隙は無く、打てるような手立ては残されていなかった。


 ――普通なら、な。


 俺は素早く懐へ左手を突っ込み、中のシャドウに手を入れる。そしてその中で短剣を受け取ると、そのまま影の中を通って左脇腹から左手を突き出した。

 懐に入れた手が左脇腹へ。一瞬のうちに武器を持って移動した俺の左手は、ティナの渾身の一撃を力強く受け止めたのだ。


「な、何!?」


 まさかの事態にティナは大きな声を上げる。そりゃ脇腹から手が生えてくるとは普通思わねぇよな。

 だがそれが俺だ。悪いが素直に受け入れてくれや!


 俺はオーラを帯びて光る額を、目の前のティナに叩きつけた。


「おおおおおおおらぁっ!! ”練精撃(オーラアタック)”!」


 俺はぐんと首を伸ばし、目の前でがら空きのティナの頭へ渾身のヘッドバットを繰り出す。額と額がぶつかり合い、がつんと人体らしからぬ派手な音が轟く。


「くああっ!!」


 俺の一撃を真正面から受けたティナは後ろへ吹き飛んで、地面に体を打ち付ける。手放した彼女のショートソードが宙で弧を描き、土の上で乾いた音を立てた。


 状況は完全にこちらに傾いた。だが油断は禁物、俺は更に畳みかける。

 影から左手を引き抜きながら羊皮紙を一枚取り出すと、地面を蹴り、ティナの体の上にドスンと尻を突く。ついでに右手も足で抑え、完全に相手を拘束する。


「うぐっ!?」


 こうなればもう立つことはできまい。そして俺は苦し気な声を上げるティナの顔へ、魔法陣が描かれた羊皮紙をぺしりと添えたのだ。


「”稲妻の(サンダー)――!」

「ま、待て待て待てっ!! 待ってくれっ!」


 羊皮紙に書かれているのは”稲妻の宝槍(サンダーランス)”の魔法陣だ。発動すれば間違いなく、ティナの頭は綺麗さっぱり吹っ飛ぶ。

 それを途中まで口にすれば、ティナが慌てて止めに入った。


「投了、だな?」

「あ、貴方という人は全く……っ!」


 俺が不敵に笑いながらティナに問えば、ティナは安堵か呆れか大きなため息を一つ吐き、その後に少し笑いつつ、荒い息を吐きながらも楽し気な声で言った。


(じん)も、魔力も、出し尽くした。私の出せる全てを出し尽くした。……悔しい。でもそれ以上に、楽しかった」


 そして彼女は惜しむように、その時間に別れを告げる。


「参った。私の負けだ」


 あれだけ真剣に勝ちを拾いに来ていたのだ。俺はもっと悔し気な声を出すと思っていた。それなのにティナは実に満足そうにそう言った。


「ティナ様、大丈夫ですか!?」


 俺がその場をどくと、ティナは足を震わせながらも土を払いつつ立ち上がる。そこへステフが駆けて来て、心配そうに声を荒げた。


「ああ。生命の秘薬(ポーション)を使うまでもない。が、傷薬を貰えるか? こちらは少々良いものを貰ってしまった」

「左手は大丈夫ですか!? あんなに魔法を使うなんて無茶をして……!」


 ティナが笑いつつ額をさすりながら言うと、ステフは既に封を切っていた傷薬を彼女に渡しつつ左手に目を向ける。

 俺もその視線を追うと、ティナの左の小手は魔法の影響でうっすら凍り付いていた。


「魔法陣の影響か」

「お見通しか。ああ、エイク殿が使うと聞いて私も使ってみたのだが、なかなか面白くてな。魔法を放つ時にこちらも負傷するのが玉に瑕だが」

「玉に瑕じゃないですよ! 放つのは一、二回が限度っていつも言っているのにあんなに発動するなんて! 手を見せて下さい!」


 魔法陣は魔法を放つ時、魔法陣自体にも負荷がかかるが非常に悪いところだ。俺が使う羊皮紙の魔法陣は消耗品だし、ティナもこの有様だ。

 彼女の左手は最悪凍傷を負っているだろう。だというのにティナが楽し気にするものだから、ステフは怒りを滲ませつつ、彼女の左手を丁寧に取って傷薬をかけ始めた。 


 怒っているはずなのに、その手つきは非常に優しい。俺とティナは顔を見あわせて、同時にぷっと噴き出した。


「大将、お見事でした」

「流石の腕前だな。見ていてこちらも昂ぶってしまった」


 観戦していたコルツとガザも、そんな事を言いつつ俺の側へ近寄って来る。


「余裕はそんなに無かったけどな。やっぱ強ぇわアイツ」

「……あれから更に実力を伸ばしたみたいですね。この後に用が無ければ、私も一戦手合わせ願いたいくらいですが」


 俺が肩をすくめると、コルツが鋭い視線をティナへ向ける。ティナもそれに気づいたのか、コルツの視線を真正面から受け止めていた。

 二人の間にバチバチと火花が散る。全く、血気盛んなことだぜ。ティナなんて模擬戦とはいえ負傷したばっかだってのにな。これが若さって奴かねぇ。


 苦笑しつつやれやれと肩をすくめる。とそんな時、二つの影が突然飛び出して来て、俺達の視線がそちらに集まった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! お、終わってしまいましたの!?」

「あはは! 間に合わなかったね、すーちゃん!」


 それは息を荒げたスティアとにこにこ顔のホシだった。そういやこっちに向かうとか言ってたっけ。すっかり忘れてたわ。

 ぜいはあと珍しく肩で息をするスティア。彼女は俺の顔を凝視していたが、突然その場に膝を突き突っ伏し、そして慟哭(どうこく)した。


「あああああっ! 貴方様が圧倒的な力でティナさんをわからせてやる姿をこの目に焼き付けるはずがっ!! 遅れてしまうとは何て失態をッ!!」

「わ、わからせるとは何だ!? 変な事を言うなっ!」


 ティナが思わずと言った様子で食って掛かるが、スティアはまるで聞いちゃいない。がばと顔を上げ、滝のような涙を流しながら俺に取りすがった。


「貴方様! もう一度! もう一度ティナさんをわからせてやって下さいまし!」

「ええ……嫌だよもう。俺は疲れた」

「だから! わからせるとか言うんじゃないっ!」

 

 スティアの懇願とティナの怒声が夜の街に響く。あ-あー、さっきまでの清々しい余韻が台無しだよ。

 何なのよこの子達はもう。来て早々騒ぎ立てるんじゃないわよ騒々しいわね! 疲れてるのよこっちは!


「じゃあアタシとやろう! 相手は、そこのアンタ!」

「え? ――え!? 僕!?」


 俺はやれやれとため息を吐き出しつつ、スティアをべりと剥がして魔剣と羊皮紙をシャドウに渡す。そんな俺を尻目にホシが勝手な事を言い出し、ステフが自分を指し目を丸くしている。


 お前戦いたいだけだろう。じゃあも何もあるかい。

 あーもう勝手にやってくれ。俺はもう、何も知らんぞ!

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