憧れは無残に散らされて
選択授業に使われる人気のない教室の片隅でひとりの少女が声を押し殺しつつ泣いていた。
うーっっうっうう ぐすっぐすっ ずびびびび
ひっくひっく えぐっえぐ ううっうー
擬音で表現すると間抜けだが、その音のように鼻水をたらしながら泣く姿はどこかコミカルな光景だ。
今も垂れ流し放題の鼻水が鼻ちょうちんを作って鼻の孔から出たり引っ込んだりしている。
だが、本人にとっては大真面目な事件だった。
むしろ一世一代の出来事だった。
少女は失恋したのだ。
告白めいた一言も相手にかける事もなく。
「見てんじゃねーよ。キモいんだよブス」
そんな酷い一言が決定打だった。
少女は引っ込み思案だった。ゆえにぼっちで慰めてくれる友人もいない。
いるのは、追撃をかけてくるような敵ばかり。
少女が引っ込み思案になったのには理由があった。
不細工と評される顔、ずんぐりむっくりの身体、どんくさい運動神経、程度のよくない頭。
当然スクールカーストでは最下位。
からかわれたり、苛められる事はあっても少女の味方をしてくれる者などいなかった。
学校一の美少女の名前と少女の名前が偶然にも一緒だったのも良くなかった。
子どもというのは時にすごく残酷なことでも平気で行う。
「デブ川ブスえり」
あまりにも人を小馬鹿にした仇名が少女のものだった。
「田川瑛里華」 それが少女の本当の名前。
苗字は違うがテレビに近頃よく出ているハーフ美人女優の名前と読みが一緒である。
どう見ても華がつくような顔じゃないのも生まれてすぐ見れば分かったろうに。
なんだって両親は呪いのような名前をつけてくれたのだろうか。
そして学校一の美少女の名前は「細井恵梨香」、彼女は細い方のエリカと呼ばれていたがそれも彼女の気にいらない事だったかもしれなかった。
この美少女のとりまきから特に陰湿な苛めを受けていたからである。
少女は自分の事をよく弁えているつもりだった。
だからいつも教室の隅でびくびくしながら身体を縮こませてひっそりと静かにしていた。
目立たないように。目立って苛められないように。
それでも、悪意の礫はいつでも隠れているはずの少女を狙って飛んでくるのだが。
少女には楽しみがあった。
自分の容姿がアレだからかもしれなかったが、美しい物が大好きだった。
中3のクラスで一緒になった綺麗な少年、獅堂怜音をひそかに視界の隅に納めるのが楽しみだった。
堂々と見ていたら、自分のような者は何を言われるか分かったモノではない。
十分にそれを理解していた少女は細心の注意を払っていたつもりだった。
だが意地の悪い目は、そんな彼女の隠していた行動もお見通しだったようだ。
「ブスえりったら、怜音君の事よく見てるよね」
それを言ったのはよく瑛里華の事を苛めてくるグループの一人の里菜だった。
美少女の恵梨香と比べれば、どんなクラスメートも霞むのが常なのだが、この里菜は瑛里華の顔に近い造作をしている。お前が人の事をブスっって呼べるのかよといえるレベルなのだが、この里菜は如才なさと可愛らしい雰囲気づくりでスクールカーストでは上位のグループに入っていた。
すなわち瑛里華の敵である。
瑛里華はビクっと身体を震わせたが、下手に反応を返したりしたら絶好の標的になる事を知っていたので聞こえていないふりを取り続けた。
「可哀そう、ブスえりなんかに見られたら怜音君が穢れちゃう~」
茶化して言うのは里菜とよくつるんでいる美優だ。
名前に優しいという字が入っているがこの少女は名前に反して意地が悪いので有名だった。
それにしても、穢れるとはなんだ。視線で人が汚れると言うのか。
ひどい言いがかりである。
瑛里華はますます身体を縮こまらせた。
教室の外へ出て行きたくなったがあと3分ほどで次の授業がはじまる。
最悪のタイミングといえた。
「ね。私の言ったとおりでしょ?ブスえりったら怜音君の事好きなんじゃない?」
「わー、身の程知らずっていうかチャレンジャー?むしろ勇者とか呼んじゃう?」
いかにも楽しそうに話題を続ける少女達、それにお調子ものの男子も加わる。
人の事をこきおろすのが大好きな人種だ。
人の事を貶めれば自分の株が上がるとでも思っているらしい。
最低な連中だ。
瑛里華は祈った。早くチャイムが鳴るか教科の教師が姿を現す事を。
これ以上悪意で小突き回されたくなかった。
それに、さっきから自分と同じ名前の前に「ぶす」を付けられて呼ばれている事になって、細い方の美少女恵梨香の顔もこわばっている。
今は静かだが、これ以上瑛里華が弄られ続ければ細い方の美少女恵梨香のとりまきが黙っていないだろう。
また「あんたが悪い。エリカに謝れ」とか言いがかりをつけられ苛められる事になるのだ。
女は怖い。
細い方のエリカが美少年の怜音に片思いしている事は有名であった。
あえて美少女エリカと同じ名前の瑛里華の仇名を言う事によって美優と里菜は美少女エリカをけん制しているのである。
どうやら怜音君は意地悪少女二人組からも好意をもたれているようだ。
「細い方のエリカちゃんなら大歓迎なんだろうけど、ブスえりじゃなぁ」
「そうそう、エリカちゃんも迷惑だよね。ブスえりが同じ名前でさぁ」
どうやら細い方の美少女エリカの関心を得ようと少年たちは瑛里華を貶める事にしたようである。
彼らの行動は勘違い男子にありがちな間違いで、騒動に加わっていないクラスメートの女子からはドン引きであったようだが。
瑛里華のライフはもうゼロである。
どんなに身体を縮こまらせても、自分を攻撃する言葉の矢が四方八方から飛んでくるのだ。
「うるさい」
その時、争いの渦中の怜音君その人が乱暴な動作で立ち上がった。
机と椅子が大きな音を立てたこともあって、思わず瑛里華は怜音君の方を見てしまった。
怜音を見ていたのは瑛里華だけじゃなかったはずだ。
ところがどういう事なのか怜音と瑛里華の視線がかち合ってしまった。
「見てんじゃねーよ。キモいんだよブス」
瑛里華の心は粉々に割れた。




