作戦会議
『……っ!? 貴様、誰だ。……まさか、三浦会の生き残りか?』
無線の向こう側で、班長と思われる男の息が止まるのがわかった。
周囲の喧騒が一瞬で消え、大阪チームの精鋭たちが一斉にこちらに意識を向けたような、張り詰めた沈黙。
「三浦会なんて、もういない。……俺は、母さんに土産を買いに来ただけだ」
淡々と、事実だけを告げる。
だが、その言葉の裏にある「そこにプレイヤーが居た」という無機質な殺意が、電波を通じて向こう側に伝わったはずだ。
『……お前が……「歪んだ加速」か』
班長の声から余裕が消える。
横で他の構成員たちが「鳥嶋がやられた?」「一瞬でか?」とざわめく音が聞こえてくる。
「130人。……それだけいれば、少しは俺を殺せると思ってるのか?」
『なめるなよ、ガキが……! 全員、戦闘配置! 信号を逆探知せぇ! ターゲットはすぐ近くにおるぞ!』
無線の向こうで怒号が飛び交う。
俺は無線機を地面に放り捨て、ブーツの踵で踏み潰した。
「……あいつ、俺には家族がいるって言ってたな」
ふと、足元の死体を見下ろす。
家族がいるから、許してくれ。
その言葉すら、このゲームの「強制勝利」の前では意味をなさなかった。
「……なら、お前らの家族も、仲間も、同じ絶望を味わえばいい」
俺の背後で、陽炎のように空気が揺れる。
『十刻縮延』。
加速した俺の視界には、すでに路地の先からこちらへ向かってくる数人のプレイヤーたちの「遅すぎる足音」が捉えられていた。
「ターゲット発見! 囲めッ、逃がすな!」
石田班長の鋭い号令と共に、26名のプレイヤーが一斉に動く。銃を構える者、スキルを練り上げる者。彼らにとって、それは数秒後に完了するはずの「確実な制圧」だった。
パチリ、と。
石田が埃を払うために、ほんの一瞬、瞼を閉じた。
(……あ?)
目を開けた時、最前列にいた部下二人の頭部が、熟した果実のように弾けて消えていた。
噴き出す血飛沫さえ、重力に従うのを忘れたかのように空中に漂っている。
パチリ。
また、瞬き。次は三人。
パチリ。
次は五人。
「な、……何を……何が起きてるッ!?」
石田の絶叫が路地に響く。だが、その声が空気に伝わる速度よりも、少年の『加速』は遥かに速い。
5秒。
石田にとっての5秒は、夕凪にとっては50秒近い「処刑時間」だ。
26名の精鋭は、地面に倒れる暇さえ与えられず、ただの肉の彫刻へと変えられていった。
「……貴様ぁッ!!」
視界を埋め尽くす部下たちの死体。その中央で、返り血を浴びながら、買ったばかりの土産物を大事そうに抱える少年が立っていた。
石田の理性が、怒りで焼き切れる。
【プレイヤー名:氷牙王】
【保有ポイント:58pt】
【能力:水氷塊】
「よくも……よくも俺の部下を! 死ね、化け物がッ!!」
本来の「水を生成し、凍らせ、飛ばす」という三段階の手順。石田はそれを憎悪でねじ伏せ、大気中の水分を直接、巨大な氷の礫へと変質させながら爆射した。
周囲30メートルが、一瞬にして極寒の氷壁に閉ざされる。家屋も、路地も、すべてが氷の棺桶へと変わり、逃げ場はどこにもない。
絶対的な破壊と凍結。
「……はぁ、はぁ……。仇は、討ったぞ……」
白く濁る息を吐き、石田は確信した。今の広域攻撃を避ける術はない。
だが。
「……冷たいな。土産が凍ったら、どうするんだ」
真横から、体温を感じさせない声が響いた。
石田がぎょっとして首を巡らせようとした時には、少年はすでに彼の横を「素通り」していた。
サッ、と。
カミソリで薄紙を裂くような、軽い音。
石田の視界が、ゆっくりと斜めに傾いていく。
氷漬けになった路地裏。自分の体が、首から上を失って棒立ちになっている光景が、最期の景色だった。
【プレイヤーを撃破。ポイントの移動を開始します】
素早さ 15/15
華麗さ 5/15
芸術点 15/15
残虐性 15/15
【撃破点1pt、合計51ptを獲得】
【58ptの移行。540,000クレジットを獲得】
【現在所持ポイント:910pt】
「……910ポイントか。あと少しで、あのクソババアに届くかな」
夕凪は、凍りついた土産物の包みを払い、静かに歩き出す。
26人を殺し、班長を殺しても、彼の鼓動は一切乱れていない。
一方、大阪チームの本陣――。
「2班、応答しろ! 石田! 何があった!」
「……ダメです、2班の信号がすべて消えました! 全滅です!」
「な……5秒だぞ!? たった5秒で、26人が消えたというのか!?」
残る班長は4人。そして部隊長。
130人という「数の暴力」が、夕凪にとっては単なる「ボーナスポイントの塊」に成り下がっていた。
「班を全員集めろ。これ以上の各個撃破は、あいつにポイントを献上するだけの餌に過ぎん」
部隊長の低い声が、フェリーの作戦会議室に響く。40分後、生き残った全構成員が集結した。石田を失った動揺は隠せないが、部隊長の冷徹な瞳が彼らをかろうじて繋ぎ止めていた。
「作戦を伝える。あいつの加速は永遠に発動できるわけではない。必ず、発動と発動の間に『インターバル(空白の時間)』があるはずだ。そこを突く」
1班の清水班長が、怪訝そうに尋ねる。
「……作戦はわかった。だが、あいつに能力を使わせる間、どうやって部隊の被害を抑えるんや? 10倍速の死神に近づくのは自殺志願者だけやで」
部隊長は、冷酷な光を宿した瞳で清水を見据えた。
「スパイ班がガキの位置を把握しろ。直接手は出すな、気配を殺して観測に徹しろ。位置が特定でき次第、座標を遠距離班へ報告。遠距離班は、その座標に対して『広範囲かつ密集した面制圧』を行え。殺す必要はない。あいつに『加速して回避しなければ死ぬ』という状況を強制的に作り、能力を浪費させるんだ」
部隊長はタブレットに映る札幌の地図を指し示す。
「ガキが加速を使い、回避し、その直後に訪れるコンマ数秒のインターバル……。スパイ班がその瞬間を確認し、合図を送れ。その時、周囲に待機させていた近距離班が一斉に飛び込み、加速も逃走もできないガキを肉の壁で押し潰し、トドメを刺す。以上だ」
効率的で、無慈悲な作戦。部下の命を「能力を使わせるための布石」として使い潰す、組織ならではの戦い方。
「……なるほどな。数で圧倒するっていうのは、こういうことか」
清水班長が、薄笑いを浮かべながら得物を手にする。
一方、その頃。
夕凪は、氷漬けになった路地の中心で、一人静かに佇んでいた。
凍った返り血で汚れたサバイバルナイフを、雪で拭う。
「……775、いや、さっきの石田で910か。……あいつら、次は集まってくるな」
俺の『十刻縮延』には、確かに心臓への過度な負担によるインターバルが存在する。
三浦会を一人で壊滅させた時、その限界を俺は知った。
遠くから、複数の「視線」を感じる。
大阪チームの『スパイ班』。
俺を囲むように、しかし決して間合いには入らず、じっと俺の「呼吸」を測っている。
「……来いよ。お前らが束になってかかってきても、俺の加速には届かない」
夕凪は、母親への土産が入った袋を安全な場所に置き、静かに腰を落とした。
空から、遠距離班による「面制圧」の第一弾、爆発音と共に大量の火球と礫が降り注ぎ始める。




