作戦実行
降り注ぐ死の雨。それは、一人の少年を確実に殺すために計算し尽くされた、二十ものスキルの飽和攻撃だった。
空が、能力の輝きと衝撃波で埋め尽くされる。大気が悲鳴を上げ、視界のすべてが殺意に染まった。だが、俺はその場を一歩も動かない。逃げれば奴らの思うツボだ。加速のタイミングを、座標を、奴らに「観測」させるわけにはいかない。
(……一気に来い。全部まとめて、俺の糧にしてやる)
「遠距離攻撃班! 放て!!」
20名の能力が発動された。
【能力:大気】
【能力:具現化】
【能力:指鉄砲】
【能力:弾道】
【能力:射線】
【能力:圧撃】
【能力:貫通】
【能力:点殺】
【能力:衝波】
【能力:空撃】
【能力:真空】
【能力:圧縮】
【能力:音矢】
【能力:爆圧】
【能力:衝波】
【能力:空砲】
【能力:散弾】
【能力:拡散】
【能力:空裂】
【能力:光線弾】
合図と共に、頭上の空が爆発した。音速の矢、真空の刃、高圧縮の空気塊、そして光の爆弾。
俺は着弾のコンマ数秒前、脳内のリミッターを外した。
『十刻縮延』。
いつもより時間が遅くなる。1秒が何十分にも感じる。
頭上に迫る無数の光弾や衝撃の渦が、まるで琥珀の中に閉じ込められた羽虫のように静止する。
俺はその「死の隙間」を縫うように歩き、足元に転がる無数の瓦礫を、そしてさっきまで俺を殺そうとしていた鉄パイプやコンクリートの破片を拾い集めた。
一つ、二つ、十、二十――。
俺の加速した筋力が、その一つ一つに超音速のエネルギーを充填していく。
「……お返しだ」
加速世界の中で、俺はスパイ班の報告を待っている「遠距離班」が潜むビル群、そして座標を割り出している発信源に向けて、集めた石を全力で叩きつけた。
世界が、再び動き出す。
俺の周囲で降り注いだ攻撃が空しく地面を砕くと同時に、数棟のビルが内側から爆発したように崩壊した。超音速で放たれた「ただの石」は、防弾ガラスもコンクリートも紙のように貫き、潜んでいたプレイヤーたちを肉片ごと粉砕した。
悲鳴を上げる暇さえなかったはずだ。
【プレイヤーを多数撃破。ポイントの移動を開始します】
【現在所持ポイント:1017pt】
四桁。
その大台に乗った瞬間、戦場の喧騒を塗りつぶすように、頭の中に不気味なほど明るいアナウンスが響き渡った。
『――1000ポイント達成、おめでとうございます!』
それは、今までのような無機質な報告ではない。まるで深夜のショッピング番組のような、軽薄で、吐き気がするほど快活な声だった。
『本ゲームには隠しミッションがあり、1000ポイントを超えたプレイヤー様には『購入券』を贈呈しております。詳細はショップにてご確認ください。……さあ、さらなる高みを目指しましょう!』
「……購入券? なんだよ、それ」
俺は返り血を拭いながら、空中に浮かび上がる幻覚のホログラムのショップ画面を指で弾いた。
1000ポイントを超えた者だけに解禁された、漆黒のアイコン。
そこには、三浦の『完全模擬』や老魔女の『鋼』さえも霞むような、アイテムが1つ売っていた。
【購入券: 時空断刃】
【価格:寿命半分】
【効果:短剣を一振りする際に時間を歪める程の斬撃を発生させる。】
「……時間を、歪める……?」
俺は何もかもどうでも良くなっていた、迷わずその短剣を購入。
「寿命の半分くらいくれてやるよ…」
俺は初めて人を殺す武器を買った。
『バ……バケモノかよ……! スパイ班、応答しろ! 座標はどうなった!』
『全滅です! 遠距離班も、ビルごと粉砕されました!』
無線から漏れ聞こえる絶望の声。
俺は、一人の生き残った「近距離班」の男の前に、音もなく立った。
「なぁ。お前らの『部隊長』はどこだ?」
「ひ、ひぃぃっ! 来るな、来るなァ!」
男が狂ったように剣を振り回すが、俺にとっては止まっているも同然だ。
俺は男の腕を掴むこともせず、ただ、その首筋にナイフの冷たさを教え込んだ。
「教えてくれたら、苦しまないようにバラしてやる。……三浦の時よりは、丁寧に、一瞬でな」
男の首を断つはずだった俺の一撃が、突如地表から爆裂するように突き出してきた巨大な「木の根」によって弾かれた。
「ひ、ひぃ……部隊長! 助かった、助かりました……!」
腰を抜かした男が、その根の後ろに隠れるように這いずる。
俺は苛立ちを隠さず、その根の発生源――砂塵の中からゆっくりと姿を現した男に、冷え切った視線を向けた。
【プレイヤー名:自然の君主】
【保有ポイント:302pt】
【能力:世界樹】
「こいつが、部隊長か……」
三浦や石田とは違う。周囲の地面を、アスファルトを、建物を侵食するように蠢く無数の根と蔦。まるでこの札幌の街そのものを自分の肉体の一部に書き換えているような、圧倒的な「生命の支配感」。
「よぉ……ラグ小僧……」
部隊長は、まるで親戚の子供にでも会ったかのような軽い口調で俺を呼んだ。だが、その瞳の奥には、部下を何十人も殺された怒りなど微塵もなく、ただ「1000ポイントの獲物」を品定めするような、不気味な好奇心だけが渦巻いている。
「130人の部隊を一人で半壊させ、さらにその『短剣』か。……ええ買い物したみたいやな。人の心と引き換えに手に入れた力、使い心地はどうや?」
「……おしゃべりに来たんなら、今すぐその首を置いていけ。寿命を削った分、俺は短気なんだ」
俺は腰の『時空断刃』の柄に手をかける。
「ははっ、ええねぇ、その目! だがな、その短剣を振る前に、お前の足元がどうなっているか見てみたか?」
部隊長が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、俺の周囲数メートルを囲むように、巨大な樹木が天を突く速度で急成長した。
「能力『世界樹』。この領域内では、あらゆる栄養――お前の生命力も、加速のための熱量も、全部俺の木が吸い上げる。……お前が時間を歪めるのが先か、俺が死ぬまで絞り尽くすのが先か、試してみるか?」
地面が脈動し、スキルを使わせる間も無く俺を空高く打ち上げた。
空中にいる無抵抗な俺を木の根っこで出来た球体に閉じ込め、
更に地面から無数の鋭い根っこが球体ごと突き刺す。
俺は周りの雑草を粉々に切り裂いた。
「なっ……馬鹿な! 完全に殺ったはず――」
部隊長の驚愕が言葉になるより速く、俺はすでに奴の懐にいた。
木々の防壁を紙細工のように切り裂き、因果を無視した『歪んだ斬撃』が銀色の閃光となって走る。
「ガ、アアアアアアアアッ!!」
部隊長が必死に練り上げた世界樹の守りは、その理不尽な斬撃の前では存在しないも同然だった。
右肩から左脇腹にかけて、空間ごと斜めに削ぎ落とされる。
断面からは血が吹き出すことさえ許されず、時を失った肉体がボロボロと砂のように崩れ落ちていく。
「……あ、……あが、……これが、1000ポイントか……」
地面に転がった部隊長の上半身が、信じられないものを見るかのように自分自身の欠損を見つめている。302ポイントという強者の自負が、絶望に塗り替えられた。
脳内に響く、あのアナウンス。
【プレイヤーを撃破 ポイントの移動を開始します】
評価点:
素早さ 15/15
華麗さ 15/15
芸術点 15/15
残虐性 15/15
【撃破点1pt、合計61ptを獲得】
【302ptの移行。500,000クレジットを獲得】
【現在所持ポイント:1320pt】
「……1300を超えたか」
俺は、崩れゆく部隊長を見下ろした。
寿命の半分を失った代償。呼吸をするたびに、命の火が激しく燃え尽きていく感覚がある。
だが、もう止まれない。
俺がこの短剣を振るたびに、世界の理が壊れ、俺という存在が人から離れていく。
「お前も言ってたよな。『おままごと』だって。……ああ、その通りだ。お前らも、このゲームも、全部ただのゴミだ」
札幌の港には、主を失った大阪チームの残党たちが、恐怖のあまり声も出せずに立ち尽くしている。
1000ポイントを超え、「神の右手」に等しい力を手にした少年を前に、もはや軍隊という数の暴力は意味をなさなかった。




