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運命

「ガキ! 能力を使用しろ! この世に存在する全ての生命は俺、三浦に絶対服従する……と願え!」


三浦の叫びは、勝利を確信した者の絶叫だった。

俺は一瞬、呆気に取られた。こいつは、この土壇場で自分一人が王になる世界を望んだのか。


「この状況でお前の願いを叶えてる場合か! やめろッ!!」

俺は『十刻縮延デシマル・アクセル』を起動しようと、全身の神経を加速へと叩き込んだ。

 

だが、動けない。

脳が「加速しろ」と命じているのに、筋肉が、細胞の一つ一つが、まるで見えない鎖で固定されたかのように沈黙している。

視界の先で、子供が――ポスターのあの顔で、不気味に口角を吊り上げた。

 

「……あはは」

乾いた笑い声が、静まり返った闘技場に響く。

子供の小さな体が、見たこともないようなドス黒いオーラに包まれ、空間そのものがメキメキと音を立てて歪み始めた。

 

「僕の両隣にいる男は――」

子供が口を開く。その言葉は、システムのアナウンスよりも重く、絶対的な「法」として世界を上書きしていく。

 

「――プレイヤー名:歪んだ加速タイム・ラグに首を刺し出し。無抵抗のまま、この世のあらゆる苦しみを全て背負い、殺される」

 

「な……っ!? ガキ、何を言って……!?」

三浦の顔が、驚愕と恐怖で引き攣った。

三浦の「自分に服従しろ」という願いなんて、この子は最初から聞いていなかった。

この子が願ったのは、自分を道具として扱った「両隣の男(三浦とライアー)」への、最悪の復讐。

そして、俺の体が勝手に動き出した。

自分の意志じゃない。脳を、神経を、直接「現実」にジャックされている。

 

俺の左手は、勝手にサバイバルナイフを逆手に持ち替え、ゆっくりと、だが確実に三浦の首元へと吸い寄せられていく。

 

「やめろ……俺の体、動け! 止まれッ!!」

三浦は、さっきまでの威厳を失い、赤子のように無防備に首を突き出している。

隣にいるライアーも、同じだ。あの冷徹な幻覚使いが、虚空を見つめたまま、俺のナイフを待っている。

 

「……あ、あああああああッ!!」

俺の視界に、今まで殺してきた人間たちの顔が、この世の全ての苦痛の記憶が、濁流のように流れ込んでくる。

 

これが『現実改変』。

俺は、自分の意志とは無関係に、二人の男に「永遠に続くような苦しみ」を与えながら殺すための、ただの『処刑具』に作り替えられたんだ。

 

そして。

 

闘技場には、もう誰もいない。


あれほど騒がしかった三浦の怒声も、ライアーの冷笑も、すべては肉の塊が上げる意味をなさない湿った音へと変わり、そして途絶えた。


あの子供が最後に願ったのは、三浦が命じた「支配」ではなく、自分を苦しめ続けたこの地獄の元凶への「清算」だった。

 

そして、それを託せる唯一の相手として、俺を選んだ。

チリのように消えていく瞬間、子供は笑っていた。

ポスターの偽りの笑顔なんかじゃない。重荷を下ろして、ようやく自由になれた、一人の人間の顔で。

 

もっと別の形で、それこそ本物の迷子として見つけ出して、温かい食事でも食べさせて笑わせてやりたかった。……だが、そんな「人間らしい」結末を、この世界は許してくれなかった。


「……は、はは……」

血に濡れた俺の両手は、何時間にも及ぶ「作業」のせいで感覚を失っている。

現実を書き換えられ、無抵抗のまま首を差し出した二人を、俺は果実の皮を剥くように、慈しみさえ込めて削ぎ続けた。

脳内に響くシステムの声は、どこまでも残酷で、どこまでも正しい。

 

 【プレイヤーを撃破。ポイントの移動を開始します】

 評価点:

 素早さ:1/15

 華麗さ:2/15

 芸術点:15/15

 残虐性:15/15

 【撃破点1pt、合計33ptを獲得】

 【286ptの移行。164万4600クレジットの獲得】


 【プレイヤーを撃破。ポイントの移動を開始します】

 評価点:

 素早さ:15/15

 華麗さ:15/15

 芸術点:15/15

 残虐性:16/15

 【撃破点1pt、合計60ptを獲得】

 

 【1ptの移行。322万8200クレジットの獲得】

 

 芸術点15、残虐性15。そして三浦に至っては、評価項目の限界を超えた、残虐性16。

 

 【286pt、および1ptの移行を確認】

【合計所持ポイント:346pt】

【487万2800クレジットを獲得】


 

 346ポイント。

あの『鋼の老魔女』すら豆粒に見えるほどの、圧倒的なポイント。

この街の頂点にいた二人を喰らい、俺は今、名実ともにこの地獄の最上階へと引きずり上げられた。

静まり返った血の海の中で、俺は力なく膝をついた。

手にしたナイフがカラン、と乾いた音を立てて床に転がる。

 

「……勝ったぞ。なぁ、満足かよ」

虚空に向かって呟くが、答えはない。

三浦が守っていた「札幌」という盤面は、たった一人の子供の命と、俺の壊れた精神によって崩壊した。

ポイントだけが、俺の網膜で不気味な数字を刻み続けている。


      三浦会壊滅から四日後

  

 【東京都:新宿エリア】

かつて不夜城と呼ばれた街は、今や巨大な屠殺場と化していた。

路上に転がっているのは、三浦会の構成員など比較にならないほど武装し、洗練されていたはずの東京チームの成れの果てだ。

その中心に、一人の老女が立っている。

 

「……足りないねぇ。これだけ間引いても、まだ私の渇きは癒えないよ」

 

【プレイヤー名:鋼の老魔女】

【保有ポイント:2311pt】

札幌で夕凪を追っていた頃の162点という数字は、もはや過去の遺物だ。

 

東京中の強者を一人残らず「咀嚼」し、そのポイントを吸い上げた彼女の存在は、歩く天災と化していた。狩る側であったプレイヤーたちが、今はネズミのように彼女から逃げ惑う。

だが、その逃亡こそが彼女の「残虐性」の評価を跳ね上げる最高のスパイスに過ぎなかった。

 

【大阪府:西成区エリア】

一方、西の巨大勢力「大阪チーム」は、東京の惨状を冷徹に、そして傲慢に見つめていた。

派手な電飾が川面に映る中、チームの『カシラ』が、届けられた報告書を無造作に放り出す。

 

「三浦会が壊滅したようですね」

情報員の言葉に、カシラは高級ソファに深く腰掛けたまま、鼻で笑った。

 

「ふっ……。まぁ、三浦会は所詮おままごとの遊びみたいなもんやからな。滅んでも滅ばんでも一緒や」

 

彼にとって、三浦の『完全模擬』も、あの組織力も、田舎の子供が砂場で城を作っていた程度の認識でしかない。

大阪チームが抱える圧倒的な「能力」と「資産」。彼らはすでに、このゲームをクリアする段階ではなく、ゲームそのものを「興行」として楽しむ域に達していた。

 

「で、三浦をバラしたのは……どこのどいつや?」


「加速スキルを持った子供です。名前は確か『歪んだ加速(タイム・ラグ』現在は行方不明。ですが、所持ポイントは三桁に達しているかと」


「ええエサや。東京のクソババアが全部食うてまう前に、うちで確保せえ。……『歪んだ加速』、やったか? おもろい名前やないか」

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