攻略
(クソ……どうすれば……どうすればこいつに勝てる……!)
思考を加速させ、これまでの攻防を必死に手繰り寄せる。だが、老魔女の「適応」はあまりに完璧で、あらゆる戦術を飲み込んで進化していく。そんな俺の焦りを嘲笑うかのように、影が隊長を飲み込んだ。
「まずはお前からだ」
老魔女の巨大な手が、隊長の首を無造作に掴み上げる。
「うぐっ……は……離せ……!」
隊長は宙に吊られながらも、必死に老魔女の腕を殴りつけるが、鋼鉄以上の硬度を誇る筋肉には通用しない。
万事休す――。そう思った瞬間、背後の瓦礫の山が爆ぜた。
高速で飛来した瓦礫の塊が、老魔女の側頭部に激突する。
それは単なる投擲ではない。凄まじい水圧によって押し出された、物理破壊の弾丸だった。
「須藤さん……!」
噴き上がる水飛沫の中から、須藤さんが静かに歩を進めてくる。その瞳には、かつての理性とは異なる、冷徹なまでの観察眼が宿っていた。
「あいつの弱点が分かった。適応できるのは能力関連のみだ」
「能力関連、のみ……?」
「そうだ。王水の溶解、空気の操作、光の兵士……。それら『異能』に対しては細胞が即座に反応する。だが、純粋な質量を持った物体による衝撃や、温度の変化といった自然界の物理現象そのものを無効化する術は持っていない」
それは、究極の適応能力が抱える唯一の死角。
「すまん須藤……助かったわ……」
首を解放された隊長が、咳き込みながらも須藤さんの元へ駆け寄り、体勢を立て直す。
生き残った俺たちの視線が、一点に集まった。
「……なるほどね。小賢しい知恵を回すことだけは一人前だ」
老魔女が、瓦礫をぶつけられた箇所をガリガリと掻きながら立ち上がる。その傷口は塞がっていない。須藤さんの言葉通り、物理的なダメージの再生は「適応」の範疇外なのだ。
勝機は、ここにある。
「ほな……攻略開始や!」
隊長の怒号を合図に、俺たちは同時に地を蹴った。
小森さんの兵士たちが怒涛の勢いで老魔女に群がり、その意識を強制的に自分たちへ向けさせる。同時に須藤さんが操る水の奔流が、老魔女の反撃の軌道をミリ単位で逸らし、致命傷を許さない。
その背後で、隊長が両手を天に掲げた。
「浮けぇッ!!」
重力支配によって、周囲に転がるコンクリートの塊、鉄骨、廃車の残骸が、意志を持つかのように宙へと舞い上がる。
「――っ!!」
俺はその中の一際巨大な瓦礫を掴み、能力を全開にした。
世界の脈動が遅くなり、老魔女の動きが静止画に近づく。限界を超えた加速の中、俺は己の肉体が軋む音を無視して、その質量を老魔女の喉元へと叩き込んだ。
「ここまで来るのはお前らが初だ!」
老魔女は狂ったように高笑いしながら、光速に近い速度で迫る無数の瓦礫を、純粋な筋肉の剛力のみで次々と粉砕していく。
(もっとだ……もっと早く……もっと多く……!)
脳が焼けるような感覚。視界の端が暗転しかける。
「隊長!!」
俺が叫んだ瞬間だった。背後から、凍てつくような、物理的な冷気が戦場を支配した。
【能力:氷晶華】
「まだ死んでねぇぞ……クソババァ!!」
瓦礫の影から現れたのは、ボロボロになった長野隊の生き残りだった。
両腕は無残に折れ、片足だけで辛うじて立っている。死神の鎌を首筋に突きつけられているような惨状。だが、その瞳に宿る執念だけは、老魔女の適応能力すらも上回っていた。
「……ッ!?」
一瞬にして、老魔女の巨体が巨大な氷の結晶の中に閉じ込められる。
だが、その拘束は長くは続かなかった。
「死ぬならさっさと死にな! しつこい男はモテないよ!」
老魔女は一瞬で氷を粉砕し、その破片の一つを巨大な氷塊へと変えて生き残りの隊員へ投げ返した。
抵抗する術を持たない彼は、そのまま氷塊に呑み込まれ、壁に激突して動かなくなる。
長野隊、最後の復讐は一瞬で終わった。
だが、彼が命を賭して作ったその「一瞬の氷結」が、老魔女の動きに決定的な停滞を生んでいた。
「……今だぁぁぁッ!!」
俺は砕かれた氷の霧を切り裂き、最短距離で老魔女の懐へと飛び込んだ。
間近。老魔女の鼻先といっていい距離まで、俺は肉薄していた。
視界のすべてを、俺の能力が支配する。流れる時間は極限まで引き延ばされ、老魔女の驚愕に歪む表情が、静止画のように固定される。俺は残った右手の指が千切れるほどの力で瓦礫を掴み、その「静止した世界」の中で、己の全存在を懸けてそれを振り抜いた。
「――っらぁぁぁぁ!!」
瓦礫が老婆の腹部に触れる直前、俺は能力を強制解除した。
極限まで圧縮された運動エネルギーが、一気に現実の物理法則へと解き放たれる。重力、質量、加速。異能が「自然現象」へと変換された、絶対的な一撃。
鈍く、重い衝撃音が新宿のビル風を掻き消した。
適応が追いつかない純粋な破壊。瓦礫は、老魔女が誇っていた五十層もの強靭な筋肉の壁を、紙細工のように容易く食い破った。
筋肉を断ち、骨を砕き、その奥に隠されていた脆弱な「本体」を無慈悲に貫通する。
老魔女の背中から、血飛沫と共に瓦礫が突き抜けた。
そのまま瓦礫は背後のビルまで飛んでいき、コンクリートを派手に粉砕して止まる。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
老婆の口から、どす黒い鮮血が噴き出した。
あれほど傲慢だった叫びは、今やただの苦痛に満ちた絶叫へと変わり、彼女の巨体がくの字に折れ曲がる。
「……あ、が……っ、私ゃの、筋肉が……貫通、した……何故!?」
内臓をぶち撒けながら、老魔女は信じられないといった様子で、自分の腹に空いた巨大な風穴を見つめていた。




