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仲間

新宿の廃墟、崩れたビルの隙間に吹き抜ける風が、戦士たちの決意を煽る。


かつてはバラバラだった、あるいは絶望に沈んでいたメンバーたちが、今、一つの殺意を共有して老魔女を見据えていた。

 

「行くで……行動開始や!」

 

稔隊長の号令が、反撃の火蓋を切った。


長谷川が掌を掲げ、淡い緑色の光が全員を包み込む。能力の反動で焼き切れる寸前だった脳、限界を超えた筋肉の疲労が瞬時に「緩和」されていく。完治ではない。だが、もう一度「全力」を出すためのブースト。


春瀬が空を掴む。老魔女の周囲の大気が急激に圧縮され、目に見えない「檻」となって彼女の巨体を縛り上げる。


小森が周辺の兵士から回収した重火器を展開。凄まじい火線が老魔女の足元を耕し、回避の択を奪う。同時に、稔隊長が構えた散弾銃が火を噴いた。一発一発が急所を穿つ正確無比な射撃。


「消えろ……」


須藤が放った黄金の王水の槍。それは単なる投擲ではない。磁力によって超高速回転を加えられた「ドリル」と化し、老魔女の50層の筋肉を外側から凄まじい勢いで削り、溶かしていく。


「ぎっ……がぁぁぁぁぁ!!」


老魔女の断末魔に近い咆哮。


50層の筋肉が王水に焼かれ、爆煙に包まれる。彼女の誇っていた鉄壁の防御が、アイギス隊員たちの完璧な連携によって一枚、また一枚と剥がされていく。


俺は、その中心に向かって走り出した。


未来視はもう使わない。仲間の背中が、俺に「次の一歩」を教えてくれるから。


「これで……終わりだぁぁ!!」


俺は短剣に、長谷川さんの治癒で復活した全エネルギーを注ぎ込んだ。


「なんちゃって。」


老魔女の不敵な笑みが視界に張り付いた瞬間、世界が横に滑った。

 

全力の連携、王水の槍、空気の檻——それらすべてを「ただの埃」でも払うかのように、彼女は太い腕を一閃させた。


「が、はっ……!?」


防ぐ間もなかった。衝撃波に呑み込まれた俺の左腕から、生木をへし折るような嫌な音が脳内に直接響き渡る。そのまま身体は弾丸のように吹き飛ばされ、路端に放置されていた廃車の側面に激突した。

 

車体が凹み、そのクッション性がなければ即死していただろう。だが、代償はあまりにも重かった。


「う……腕がっ……!! ぁ、あぁぁぁッ!!」


左腕が、あり得ない方向に曲がっている。


皮膚の下で溢れ出した内出血が、瞬く間に腕をどす黒い青紫色に染め上げていく。焼けるような、そして芯を抉られるような激痛が神経を逆なでし、意識が白濁しかける。


「夕凪君!!」


春瀬さんの悲鳴が聞こえる。長谷川さんがこちらへ駆け寄ろうとするが、老魔女がその行く手を阻むように一歩踏み出した。アスファルトが彼女の足圧だけで爆ぜる。


「ひぇっへへ! 期待させちゃったかい? でもねぇ、50層の筋肉ってのは、あんたたちのちっぽけな『全霊』を飲み込んで、さらに強くなるための苗床なんだよ!」


老魔女の身体から、王水で溶かされたはずの部位が、よりどす黒く、より強靭な筋肉となって「再構築」されていく。彼女の購入券で得たのは、ダメージを受けるたびにその性質を取り込み、進化する【適応型多層筋肉】だったのだ。


「……長谷川さん! 俺はいい……みんなを……!!」


俺は折れた腕を抱え、脂汗を流しながら叫ぶ。


仲間が集まり、最強の布陣で挑んだはずの最終ラウンド。だが、目の前の怪物は、絶望を餌にしてさらに巨大な影となって俺たちの前に立ち塞がった。


「お前らが死ぬ前に教えてやるよ……私ゃは購入券で究極の適応能力を手に入れたのだよ!」


老魔女の口から放たれた言葉は、絶望を塗り固めたような響きを持っていた。


隊長はすかさず動く。敵が「適応」を繰り返す怪物ならば、その計算を狂わせる未知の戦術を、適応が追いつかない速度で叩き込み続けるしかない。隊長がその身を盾にして作り出した、刹那の空白。


その隙を突き、長谷川さんが俺の元へ駆け寄ってきた。


「長谷川さん……! 俺はいいから、他のみんなを!」


「良くないから来てんでしょうが!」


長谷川さんは俺の制止を撥ねつけるように叫んだ。その瞳には、仲間を一人として欠けさせないという、軍医としての意地が宿っている。


彼は俺の折れた左腕を診るために、そっと手をかざした。


「ありがとう……ございます……」


その温もりに安堵し、俺は感謝を口にする。


だが。


待てど暮らせど、いつもの温かな治癒の光は灯らなかった。


「……長谷川さん?」


不審に思い、俺は長谷川さんの顔を見上げた。

そこには、俺が知っている長谷川さんの顔はなかった。

肩から上が、消失していた。


つい数秒前まで言葉を交わしていたはずの「長谷川さん」だったモノが、ただ治療の姿勢のまま、物言わぬ肉塊となってそこにしゃがみ込んでいた。


断面から溢れ出した鮮血が、俺の腕を、地面を、赤黒く染めていく。


「あ……」


声にならなかった。


そして、その「モノ」の背後に、影が落ちる。

返り血を全身に浴びた老魔女が、醜悪な笑みを浮かべて立っていた。


「残念だったねぇ。適応した私ゃの速度は、あんたたちの期待を裏切るのさ」


長谷川さんの命を刈り取ったその腕は、細く鋭利な「適応の刃」へと変貌していた。


「長谷川さん……? あの時みたいに、再生してよ……」


返事はない。目の前の肉塊からは、ただ温かい血が流れ続けるだけだ。


いつか、長谷川さんが笑いながら話してくれた言葉が、呪いのように脳裏に蘇る。


『私ね、どんな状況でも生きていれば再生は出来るけど……即死したら、再生出来ないっぽいんだよね~』


冗談めかして言っていたあの言葉が、最悪の形で証明されてしまった。


再生するための「命」そのものが、今の瞬間に刈り取られたのだ。


「ああ……ああああ……っ!!」


喉の奥から、乾いた悲鳴が漏れる。


視界が真っ赤に染まり、心臓が壊れた鐘のように激しく脈打つ。

俺はまた……。『仲間』を救えなかった。


左腕の激痛なんて、もうどうでもよかった。

それ以上に、胸の奥が焼き切れるような、どす黒い感情が溢れ出して止まらない。


「よく喋る死体だったねぇ。次はあんたの番だよ、夕凪ケンヤ。その絶望した面、最高のご馳走だよ」


老魔女が、血に濡れた「適応の刃」をゆっくりと振り上げる。

 

俺の中で、何かが、音を立ててヒビ割れる。

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