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空っぽの怪物

須藤の周囲に渦巻いていた磁性流体が、その中心部に猛烈な勢いで「水」を巻き込み、超高圧へと圧縮していく。


「……消えろ」


感情を失った瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。なぜ泣いているのか、その理由はもう脳のどこを探しても見つからない。ただ、目の前の鋼鉄の塊を、跡形もなく消し飛ばさなければならないという**「本能」**だけが、彼を突き動かしていた。


大気を切り裂く高周波の音と共に、超高圧のウォータージェットが放たれた。それはもはや液体の性質を捨て、あらゆる物質を分子レベルで断ち切る「最凶の刃」と化していた。


長男は磁力で引き寄せた数トンの鉄骨を盾にし、肥大化した巨大な右腕を前面に押し出して防ごうとする。だが、圧縮された水の一撃は、厚さ数十センチの鋼鉄プレートを紙細工のように容易く貫通した。

 

鋭い水線は長男の巨腕を突き抜け、そのまま胴体の中央、機械と肉体が複雑に混じり合う「心臓部」を正確に射抜いた。


しかし、全長4メートルにまで膨れ上がった長男の異形の体にとって、その穴はあまりに小さかった。まるで巨像が爪楊枝で刺されたかのような、視覚的には軽微な損傷。


「その程度…………」


長男のノイズ混じりの音声が響く。だが、貫かれた箇所からは、火花と共にどす黒いオイルと、混濁した血液が噴き出していた。

 

須藤の放った一撃は、単なる物理的ダメージではない。超高圧の水が内部で弾け、精密な制御回路を確実に破壊し始めていた。


「……次だ」


須藤は虚ろな表情のまま、再び掌に磁性流体と水を収束させる。


記憶を失い、復讐の理由すら忘れた「空っぽの怪物」が、練馬の路地裏で鋼鉄の巨神をじわじわと解体しにかかる。


「お前如きが、俺を倒せる訳がない」


長男の背中から、無数の鉄骨が蛇のように這い上がり、複数のミサイルポッドへと再構成されていく。剥き出しの回路が過負荷で真っ赤に発熱し、両腕には磁性流体でもぎ取られたはずのバルカン砲が、執念のごとく再構築された。


それは、ファミリー長男としての矜持を懸けた、全兵装の解放。

 

「終わりだ……」


至近距離から放たれた無数の弾丸と、白煙を引いて殺到するミサイルの雨。練馬の路地裏が、一瞬で昼間のような閃光に包まれる。

 

だが、爆炎の中から現れた須藤は、一歩も引いていなかった。


「……溶けろ」

 

須藤が掌から放出したのは、通常の水ではない。金をも溶かす最強の酸――**「王水」**だ。

無制限解放された彼の能力は、液体の組成すら自在に組み替える。

 

磁性流体に混ざり、黄金色に輝く王水の帯が、須藤の周囲を龍のように舞った。迫りくるバルカン砲の弾丸は、その帯に触れた瞬間にジュウッと音を立てて液体へと変わり、ミサイルの外殻は着弾する前にドロドロに腐食して不発弾と化す。


「何故だ……何故当たらない……!」


長男の計算ロジックが狂い始める。


必殺の火力を叩き込んでいるはずなのに、目の前の男にはかすりもしない。王水を自在に操り、あらゆる物理攻撃を「化学反応」で無効化する須藤の姿は、もはや理を越えた神域に達していた。

 

「……理由なんて、もう分からない。だが、お前は消さなきゃならないんだ」


須藤は虚ろな瞳のまま、黄金の王水を凝縮し、巨大な槍の形へと変貌させた。


記憶を失った代償に得た、絶対的な「消滅」の力。


須藤の放つ黄金の王水の槍が、空を切り裂き長男へと迫る。


だが、長男の演算装置はすでに「静止して防ぐ」という選択肢を破棄していた。背中のミサイルポッドを瞬時に超高熱のジェットエンジンへと変形式させ、青白い炎を噴き上げて猛烈な速度でその一撃を回避する。


「……無駄だ」


須藤は感情の欠落した声で呟き、次の一本、また一本と王水の槍を生成し、投擲し続ける。


遠巻きに見守るアイギス隊員たちの目には、闇の中で黄金の閃光が幾度も瞬き、鋼鉄の巨神がそれを紙一重でかわし続けるという、この世のものとは思えない異質な光景に映っていた。


両者は、決定打を欠いたまま泥沼の持久戦へと突入する。

長男は回避に徹し、無制限解放による須藤の精神的・肉体的摩耗を待つ。対する須藤は、長男の機動力が限界を迎える瞬間を虎視眈々と狙っていた。


「面倒だ……」


長男の機械音声が低く響く。回避に飽きたか、あるいは勝機を見出したか。


彼は全磁力を解放し、周囲に散らばる無数の鉄骨を一斉に須藤へと収束させた。回避行動の最中に放たれたその「面」の攻撃に対し、長男一点に集中していた須藤は対応が遅れる。


王水で溶かしきれなかった数本の鉄骨が須藤の脇腹を捉え、その身体を数メートル後方へと弾き飛ばした。


「ぐっ……あぁ……」


須藤が苦悶の声を上げながら立ち上がったとき、長男はすでに「最終形態」への準備を完了させていた。


練馬一帯に残るすべての鉄――崩れた建物の鉄筋、放置された車両、さらには周囲で見守る隊員たちの装備や銃器までもが、長男の磁力によって強引に剥ぎ取られ、一点へと集約されていく。


それは、数百トンの質量を持つ、文字通りの「鋼鉄の塊」と化した長男の総力戦。


対する須藤は、自身の全エネルギーを掌に集中させた。

もはや王水ですらない。磁性流体、フッ化水素酸、五フッ化アンチモン、そして未知の触媒を混成させた、現実の化学式では説明不可能な「万物を原子分解する極限の液体」を生成し始める。

 

周囲の空気が強酸の霧で白く濁り、アスファルトが須藤の足元からドロドロに溶け出していく。

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