長男
ーー東京都練馬区
新宿の喧騒から離れたこの地もまた、硝煙と鉄錆の臭いに支配されていた。
須藤さんと西村さんは、半壊したドラッグストアのカウンター裏に身を潜め、降り注ぐ鋼鉄の豪雨に歯を食いしばる。
「先輩!全然隙がない!」
西村さんの叫びが、コンクリートを削り取る激しい着弾音にかき消されそうになる。
「流石ファミリーの幹部、長男だな……」
須藤さんが慎重に隙間から視界を確保する。
そこに立っていたのは、感情を排した機械的な眼差しを持つ男。
【プレイヤー名: 万鉄の略奪者】
【保有ポイント:1,014,872pt】
【能力:鋼鉄複合】
その両腕は生身の肉体を捨てたかのように変質し、巨大なバルカン砲が黒い銃身を高速回転させていた。
絶え間ないマズルフラッシュ。長男は左右の砲身を交互にリロードしながら、歩みを止めることなく弾丸を撒き散らし続けている。リロードの隙を突こうにも、もう片方の砲身が絶え間なく火を噴くため、反撃の糸口すら見当たらない。
「このままじゃ建物も崩れるよ!」
「分かってる、だが盾になる物がない!」
壁が、柱が、陳列棚が。長男の放つ圧倒的な火力の前に、あらゆる遮蔽物が紙細工のように削り取られていく。
あと1分。いや、30秒も持たずにこの防壁は消滅し、二人は肉の塊へと変えられるだろう。
「飛んでけ!」
西村さんが放った鋭利な金属の円盤が、空を切り裂き長男へと迫る。しかし、長男は表情一つ変えず、ただ銃口をわずかに逸らした。
凄まじい連射速度。円盤は長男の体に届く前に、無数の弾丸によって空中で粉微塵に撃ち砕かれた。
「どうしろって言うんだよ……。先輩? それは?」
絶望に染まりかけた西村さんが隣を見ると、須藤さんが掌にどろりとした黒の液体を生成していた。それは不気味な光沢を放ち、周囲の磁場に反応してトゲのように形状を変えている。
「磁性流体だ。これをあいつのバルカン砲の中に直接ぶち込む」
須藤さんの眼光は鋭い。二人は息を殺し、長男が店内に足を踏み入れるその「一瞬」を待った。
やがて、絶え間なかった銃声が止む。生存確認のため、あるいはトドメを刺すため、重い足音と共に長男が半壊したドラッグストアの中へと侵入してきた。
「今だ!」
西村さんが再び金属円盤を放つ。今度の狙いは長男ではない。店を支える主要な柱だ。高速回転による凄まじい切断力が、ミリ単位の精度で柱を両断する。
同時に、須藤さんが溜め込んでいた磁性流体を一気に放出した。黒い液体は生き物のように長男のバルカン砲の銃身へと吸い込まれ、内部の機構を瞬時に固着させ、磁力で内部から破壊し尽くす。
「……!?」
長男が異変を察知し、引き金を引こうとしたが、バルカン砲は嫌な金属音を立てて沈黙した。
その直後、西村さんの破壊した柱が限界を迎え、巨大な屋根が長男の頭上から轟音と共に崩れ落ちていく。
濛々と立ち込める砂塵。瓦礫の山に埋もれた長男を背に、須藤さんと西村さんは全速力で店から脱出した。
「先輩! やりましたね!」
安堵の声を上げる西村さんに対し、須藤さんの表情は依然として険しい。視線は、砂煙が立ち込める瓦礫の山に固定されていた。
「いや、まだだ……。あいつが、あんなので死ぬはずがない」
その言葉を裏付けるように、瓦礫の山が内側から爆発した。
コンクリートの塊を軽々と跳ね除け、そこから現れたのは、もはや人の形を維持しきれていない「異形」だった。肉体と機械が複雑に絡み合い、剥き出しの配線から火花を散らす長男。
「姑息な手を…」
磁性流体で使い物にならなくなったバルカン砲を無造作に引きちぎって捨てると、彼は残った片腕を天高く掲げた。
「……ッ、西村! 離れろ!」
長男の周囲で、異様な磁場が発生する。崩れたドラッグストアの鉄骨、放置された車の残骸、果てはガードレールまでが、重力を無視して浮き上がり、長男の腕へと吸い寄せられていく。
「やらせるかぁっ!」
西村さんは予感を察知し、渾身の力で円盤を投擲した。超高速の遠心力が加わった円盤は、真空を切り裂く音を立てて長男の肩を狙う。しかし、長男の反応の方が一歩早かった。
飛来した円盤は長男が形成した「磁力の渦」に捕らわれ、本来の軌道を捻じ曲げられる。そのまま弾き飛ばされるどころか、長男の腕を構成する鋼鉄のパーツの一部として取り込まれてしまった。
「マジかあいつ……。俺の攻撃を『材料』にしやがった……!」
西村さんの顔から血の気が引く。
目の前では、数トンの鉄を纏った長男の右腕が、巨大な「杭」のような形状へと肥大化し、真っ赤に熱を帯び始めていた。
「西村、円盤はもう使うな! あいつに餌を与えるだけだ!」
須藤さんの叫びが練馬の空に響く。だが、警告よりも早く、異変は起きた。
西村さんの体が、目に見えない巨大な力に引かれるように、ふわりと地面から浮き上がったのだ。
「な……なんだこれ……身体が……!」
須藤さんの顔が驚愕に染まる。長男が鉄を引き寄せるために展開している超強力な磁場。その有効半径は約60メートル。金属の円盤を身体に携え、武器としていた西村さんは、文字通り「磁石に吸い寄せられる砂鉄」と化していた。
「円盤を捨てろ! 西村ァァァ!」
須藤さんの怒号が飛ぶが、磁力の加速はそれを許さない。捨てる暇も、抗う術もなく、西村さんの身体は弾丸のような速度で長男の手元へと引き寄せられた。
ガシィッ! と、鋼鉄の指が西村さんの細い首を無慈悲に捕らえる。
「が……はな゛ぜ……っ」
宙吊りにされ、足掻く西村さん。須藤さんはニトログリセリンを足元に爆発させ、自身の身体を弾き飛ばすように全力疾走で助けに向かった。あと数メートル、その距離が永遠のように遠く感じる。
「せんば……いぎ…て……」
「終わりだ」
長男の口から、感情を完全に排したノイズ混じりの機械音声が漏れた。
直後、金属が軋むような嫌な音と共に、長男の右腕に凄まじい圧力が加わる。
――グシャッ。
抵抗する力さえ奪う圧倒的な質量。西村さんの首は、果実が潰れるかのような容易さで握り潰された。
力が抜けた身体と、もはや形を留めていない頭部が、力なくアスファルトへと落ちる。
静まり返った路地裏。地面は、さっきまで共に戦っていた一人の青年の鮮血によって、どす黒く染め上げられていった。




