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支配者

「……待て」

逃走のために『十刻縮延デシマル・アクセル』の引き金に指をかけた瞬間、部屋の空気が物理的な重さを伴って凍りついた。

三浦の声だ。低く、地這うようなその一言だけで、286点の怪物を誇る『リアリティー・ライアー』の殺気すら、霧散するように消え失せた。

 

「そいつの能力は希少だ。まだ、利用価値がある」

 

「……俺はモノ扱いかよ」

吐き捨てるように呟いた俺の視界に、再びあの無機質な「真実」が浮かび上がる。

だが、そこに流された言葉を聞いた瞬間、俺は自分の目を疑った。

 

【プレイヤー名:統べるモノ(コントローラー)】

【固有スキル:完全模擬パーフェクトコピー

【保有ポイント:1pt】

 

「……1、ポイント……?」

 

息が止まる。

あり得ない。これほど巨大な組織を束ね、化け物じみた連中を顎で使っている男のポイントが、初期値のままだなんて。

だが、その「1」という数字こそが、彼が積み上げてきた底知れない支配の歴史を証明していた。

彼は、自分の手を汚す必要さえないのだ。

 

完全模擬パーフェクトコピー』。


そのスキルの詳細までは分からない。けれど、彼が俺を見つめるその目は、まるで「最新型の道具」のカタログを眺めるような、冷徹な蒐集家のそれだった。

 

「夕凪君。勘違いするな。君はモノではない。……私の『コレクション』の一部だ」

三浦がゆっくりと椅子から立ち上がり、俺に歩み寄る。

その一歩ごとに、彼が俺の肩に触れた瞬間、俺の背後に立っていた。


 (速い……俺の能力並だ……)


「ライアー。この少年を『地下』へ連れて行け。……洗礼が必要だ」


「……御意」

小柄な男が、再び不気味に微笑んだ。

逃げる隙なんて、一瞬もなかった。

少しでも俺の命を伸ばす為に連れて行かれるがまま地下室へ降りていく、が…ほんの一瞬。寿命が伸びただけだった。

 

「……っ、ここは!?」

先ほどまで足元にあった冷たいコンクリートの階段が消えている。

気づけば俺は、高い壁に囲まれた、砂埃の舞う円形の広場に立っていた。

地下室というよりは、巨大な「穴」の底。見上げれば、遥か上方の観覧席のような影から、三浦とあの『ライアー』が俺を見下ろしている。

 

(テレポート……いや、空間転送か!?)

一歩も動かずに、景色をすり替えられた。

三浦の『完全模擬パーフェクトコピー』。

彼はこの街に現れたテレポート能力者を「コレクション」し、その力を自分のものとして使ったのだ。

 

「夕凪君。私のコレクションは、ただ棚に並べておくだけでは意味がない。磨き、研ぎ澄まし、そして……価値を証明させなければならない」

三浦の声が、スピーカーを通したように広場に響き渡る。

 

「君の『加速』。それが、私の既存のコレクションに勝るものかどうか。……まずは、この男と遊んでもらおう」

広場の反対側にある重厚な鉄格子が、不快な金属音を立てて跳ね上がった。

暗闇の中から、ズシン、ズシンと重い足音が近づいてくる。

現れたのは、全身を分厚い鉄板のような防具で包み、右手に巨大なモーニングスター(鉄球)を引きずった大男だった。

 

だが、その男の瞳には理性の色がまったくない。ただの「狂暴な肉塊」だ。

 

【プレイヤー名:なし】

【固有スキル:衝撃増幅インパクト・ブースト

【保有ポイント:32pt】

 

「そいつは、かつて私のコレクションに挑み、敗れて理性を壊された『抜け殻』だ。飾るのも良かったのだが、整理整頓も大事。……さあ、夕凪君。君の価値を決めよう」

 

「なんだあのデカブツは……本当に、人間なのか……?」

その巨躯を覆う鉄板、理性の欠片もない瞳。男は咆哮すら上げず、ただ無機質に右腕を振り抜いた。

空気が爆ぜる音がした。

「ッ、――『十刻縮延デシマル・アクセル』!!」

心臓の鼓動を起点に、世界が急激に色を失い、静止へと向かう。

10分の1に引き延ばされた景色の中で、それでもなお、鉄球は凄まじい速度で俺の顔面へと迫っていた。

 

(……速すぎる! 能力がなきゃ、避ける暇もなく砕け散ってた……!)

俺は紙一重で体を横に倒す。

直後、俺がいた場所を通り過ぎた鉄球の風圧だけで、頬の皮膚が裂け、鮮血が舞った。背後の壁に激突した鉄球は、爆弾でも爆発したかのような轟音と共に、厚さ50センチのコンクリートを粉々に粉砕した。

 

衝撃が空気を伝わり、俺の全身を震わせる。


「は、はぁ……っ!」

加速を解くと同時に、砂埃が舞い上がる。

『衝撃増幅』。当たれば終わりだ。同然にぶち抜かれる。

俺は折れたサバイバルナイフを強く握り直した。

 

(あんなのをどうやって倒せばいい? 鉄板でガチガチに固めた相手に、このナイフが通るのか……?)

見上げれば、観覧席から三浦が、まるで新しい実験動物の反応を楽しむかのような冷徹な目で見下ろしている。

 

「舐めやがって…いいよ…見下してろよ…俺の持つ石はただの石ころじゃない。加速した俺が、さらに初速を与える「超音速のつぶて」だ。

速度=パワー

それは物理法則が保証する、絶対的な高火力。

巨大な体を、超音速の石で心臓を貫いた。

 

「グガァァァァァァァァァァッッッ!」

人が死んだと言うのに、無慈悲にも鳴り響く無機質な音声。

 

 【プレイヤーを撃破。ポイントの移動を開始します】

 評価点:

 素早さ:10/15

 華麗さ:3/15

 芸術点:5/15

 残虐性:1/15

 【撃破点1pt、合計19ptを獲得】

 【32ptの移行。80,000クレジットの獲得】

 

「はぁ…はぁ…」

ヒリヒリと痛む頬の傷。現実(リアル)で戦ったと言う証拠。

 

「……また、俺は人を殺した…」

静寂が訪れた闘技場の中心で、俺は自分の手を見つめた。

超音速のつぶてが巨漢の肉体を貫いた瞬間の、あの「重い風穴が開く」ような感覚が掌にこびりついて離れない。

喉の奥が熱くなり、胃の中のものがせり上がってくる。


だが、その感触を上書きするように、観覧席からゆっくりとした、しかし威圧的な足音が近づいてきた。

 

「見事だ、夕凪君。物理法則を味方につけた、効率的で残酷な一撃。……実に素晴らしい」

 

三浦だ。

 

彼は、死体の血溜まりを避けることもなく、平然と俺の前に立った。

その横には、あの小柄な男、ライアーが影のように佇んでいる。

 

「19ポイントに、移行した32ポイント。……君の価値は、今この瞬間、目に見える形で証明されたわけだ」

 

三浦が手を伸ばし、俺の肩にポンと手を置いた。

その瞬間だった。

 

 (……っ!?)

 

心臓が跳ね上がる。

三浦の手が触れた場所から、俺の『十刻縮延デシマル・アクセル』の脈動が吸い取られていくような、おぞましい感覚。

 

「……なるほど。これが『加速』の心拍数か。心地いいな」

三浦の瞳の奥で、時計の針が回るような銀色の光が宿る。

彼は俺から手を離すと、手近にあった小石を指で弾いた。

シュンッ、という音と共に、石は目に見えない速度で壁を貫通した。俺のスキルを、今、この男は『コピー』したのだ。

 

「待てよ……! お前、今俺の力を……!」

 

「言っただろう。私は『統べるモノ』。君の力は、今この瞬間から私のコレクションだ」

三浦は満足げに頷くと、ライアーに目配せをした。

ライアーが口角を吊り上げ、俺の耳元で囁く。

 

「おめでとう、夕凪君。君は今、三浦さんの『一番のお気に入り』になった。……つまり、死ぬまでこの組織かごから出られないってことだ」

耳鳴りが、さらに激しくなる。

力を奪われたわけではない。俺の『加速』はまだここにある。

けれど、目の前の怪物が、俺と同じ「10倍速の世界」を手に入れてしまった。

 

「さあ、夕凪君。次の仕事だ」

三浦が闘技場の開始位置に指差す。

そこの周囲には、三浦会の構成員たちが、まるで操り人形のように無機質な目で俺を見守っていた。まるでコピーされる為にそこに居るかの様に。

 

「君の加速と、私の加速。どちらがより『効率的』か……試してみたくはないか?」

 

「逃げるか……?」

一瞬、思考が逃走へ傾く。だが、すぐに脳がそれを否定した。

今の三浦は、俺と同じ『十刻縮延デシマル・アクセル』を保持している。

俺が世界を10倍に引き延ばして逃げても、三浦も同じ10倍の世界で俺を追ってくる。

 

逃げられない。

 

加速した俺の視界の中で、三浦だけが「普通の速度」で俺を見据えている。この地獄のような等速世界。

俺はサバイバルナイフを強く握り直した。

恐怖が、一巡して冷徹な殺意へと変わる。

 

「……ぶっ殺してやるよ。クソ野郎」

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