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分散

「邪魔だねぇ……」


老婆が低く呟いた瞬間、空気が歪んだ。


彼女の影から、ある男が音もなく姿を現す。

 

「小僧以外を、私ゃの子供達の元へ送りなさい」

 

「承知しました」


男が冷徹に答え、地面を滑るように動く。その顔を見た瞬間、俺の背筋に氷が走った。


「あいつは……大阪の情報員!」


裏切り。東京チームに寝返っていたそいつは、驚異的な速度で体制を崩していた隊長の懐へ潜り込んだ。


抗う暇もなく、男の手が隊長の胸に触れる。

 

【能力:物体転送テレポート

 

「……っ!」


隊長の姿が、掻き消えるようにその場から消失した。


それだけじゃない。男は残像を残しながら戦場を駆け抜け、次々と仲間に手を触れていく。


後ろを振り返ったときには、春瀬さん、新島さん、西村さん……そして、最後まで俺を庇おうとしていた須藤さんまでもが、光の中に呑み込まれるように消えていった。

 

「皆んな……!!」


一瞬にして、この地獄のような戦場に俺一人だけが取り残された。


仲間たちがどこへ飛ばされたのかも分からない。絶望に打ちひしがれそうになる俺の耳に、老婆の枯れた声が響く。

 

「死んでないよ。……これから死ぬけどね」


老婆は顔を歪ませ、魔女のような高笑いを上げた。


飛ばされた先には、彼女の「子供達」——あの悍ましいファミリーの幹部たちが待ち構えている。

 

「……っ、ふざけんな……!!」


俺は震える手で短剣を握り直した。


右腕の痺れはまだ消えていない。石井さんは精神を壊され、仲間はバラバラにされた。

 

だが、目の前のこいつを倒さない限り、誰も助からない。

200万回の絶望を超えて、俺は「生きる確率」を掴み取らなきゃならない。




隊長は全く別の場所に立っていた。


さっきまで耳をつんざいていた数万人の怒号や銃声が、嘘のように消え去っている。

 

そこにあるのは、人っ子一人いない、静まり返った廃墟の街。


困惑して周囲を見回す隊長の頭上から、場違いに明るい声が降ってきた。

 

「あれ! あん時の敵じゃん!」


見上げれば、崩れかけたビルの屋上に、ファミリーの幹部である次男がひらりと腰掛けていた。


【プレイヤー名: 幻影の創造主(ヴィジョン・デミウルゴス】

【保有ポイント:22,102pt】

【能力: 幻影秘儀(ファントム・リチュアル)


「……また逃げるんやないぞ」


隊長は重厚な盾を構え直し、鋭い眼光で屋上の男を射抜いた。


仲間の気配は一切ない。物体転送テレポートによって、この「次男」が待ち構えるキルゾーンへ一人で放り出されたのだと理解した。

 

「お前相手に逃げないって」


次男はそう言って、まるでおもちゃを見つけた子供のように無邪気に笑った。


だが、その瞳の奥には、獲物をなぶり殺そうとする狂気が宿っている。


「ほな、そっから降りてくれへんか? それともあれか? バカほど高いとこが好きみたいなやつか?」

 

隊長の軽口が廃墟の街に響く。


挑発的な言葉を投げかけながらも、その視線は相手の指先一つ、筋肉の動き一つを逃さない。

 

「なんだと……?」

 

(なんやこいつ……煽り耐性低いな……)


案の定、次男の顔色が変わった。


プライドを逆なでされた男は、そのままビルの屋上から身を投げ出すように飛び降りる。


重力に従い加速する体。だが、地面に叩きつけられる直前、男の足元からドロリとした不気味な半液体状の生物が溢れ出した。それがクッションのように衝撃を完全に吸収し、男は何事もなかったかのように着地する。

 

「……死に急ぎたいなら、望み通りにしてやるよ。その盾ごと溶かしてやる」


次男がニチャリと不気味な音を立てて笑うと、足元の液体生物が蠢き、形を変え始めた。


隊長は一瞬で思考を加速させ、自身の持つ能力で相手の詳細を確認する


【能力:真理解析アナライズ・ロゴス


脳内に流れ込むノイズのような情報を、瞬時に整理する。


【実在する生物は生み出せないが、幻の生物もしくは架空の生き物を2体まで具現化できる。】


「お前の能力、2体までしか出せんようやな!」


隊長がニヤリと笑いながら言い放つと、次男の顔から余裕が消え、猛烈な動揺が走った。自分の切り札を、初対面の相手に一瞬で見抜かれたのだから無理もない。

 

「なんでそれを……!!」


怒りに我を忘れた次男が、足元の半液体状の生物を蠢かせた。液体はみるみるうちに巨大な砲身の形へと凝縮され、隊長の至近距離で火を吹く。


粘り気のある液体の塊が、砲弾となって放たれた。隊長は即座に別の能力を構築し、重い盾を構えたまま横へと跳んだ。

 

(……っ、建物が溶けとる……!)


着弾したビルの一角が、まるで熱したバターのようにドロドロに融解し、不気味な煙を上げている。ただの衝撃じゃない。あの液体そのものが、触れたものを全て溶かす強力な酸、あるいは未知の腐食性を持っているのだ。


「……2体までなら、もう一体は何が出てくるんや?」


隊長は冷や汗を流しながらも、挑発を止めない。

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