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家族団欒(ファミリー)

「そこまでだ、夕凪! 脳が焼き切れるぞ!」


須藤さんの怒声が、熱を帯びた脳を強引に揺さぶった。

その声を合図にしたかのように、張り詰めていた神経がぷつりと音を立てて切れる。

 

未来を映し出していた真っ白な視界が、急激に色彩を失い、ぐにゃりと歪んだ。


床に流れる鼻血が最後に見えた景色だった。俺は膝から崩れ落ち、そのまま冷たいコンクリートの感触すら感じることなく、意識の底へと沈んでいった。

 

「……夕凪! おい、しっかりしろ!」


遠のく意識の中で、慌てて駆け寄る須藤さんの足音と、新島さんの「やりすぎちゃったかな……」という困惑した声、そして石井さんの無機質な、だがどこか重みのある沈黙が混ざり合う。


……次に目を覚ましたとき。

 

そこは、自分の部屋だった。


ひどい頭痛と、全身を鉄の板で固められたような倦怠感。

指先一つ動かすのにも、途方もないエネルギーが必要だった。


「……起きたか、ケンヤ君」


枕元に、誰かが座っていた。


暗がりに目が慣れてくると、そこに居たのは――隊長だった。


机に残された冷え切ったカレーは、あの日、俺が隊長の抱える闇から逃げ出した「臆病な嘘」の象徴のようにそこに居座っていた。

 

「須藤から聞いたで。無茶苦茶しよるなぁ、自分……。弾丸避けるのに、脳ミソ焼き切ってどうするんや」


隊長は呆れたような、それでいてどこか複雑な表情で俺を見下ろしていた。


「……すみません。でも、早く強くならないといけないと思ったんです」

 

「……何のためにや?」


隊長の問いに、俺は答えられなかった。


隊長を守るため、なんて言えば、今の彼をさらに追い詰めてしまう気がしたからだ。

 

「なぁ、ケンヤ君。……そんなに急いで『こっち側』に来んでええんやで」


隊長はそう言って、昨日隠していたあのキーホルダーをポケットから取り出し、指先で弄んだ。

 

「強くなるってことは、それだけ重いもんを背負うってことや。……自分には、まだこのキーホルダーの重さは分からんでええ」


隊長の言葉は優しかったが、同時に、俺との間に越えられない壁を引いているようでもあった。


翌日。


まだ頭の芯に鈍い重みが残っていたが、俺はリビングのソファに深く腰掛け、ぼんやりとテレビを眺めていた。そこに、須藤さんがいつになく険しい、不穏な空気を纏って近づいてきた。

 

「夕凪、ちょっとこれを見てくれないか?」


差し出されたタブレット端末。そこには、目を疑うような光景が記録されていた。


アイギスの誇る精鋭部隊が、外部からの侵入を許したばかりか、たった五分という短時間で殲滅されている。それも、鉄壁の守りを誇るはずの基地の内部でだ。


「酷い……誰がやったんですか?」


画面の中で崩れ落ちる隊員たちの姿に、背筋が凍るのを感じた。訓練されたプロが、抵抗する間もなく紙細工のように切り裂かれている。


須藤さんは苦々しく顔を歪め、その名を口にした。

 

「東京の『家族団欒ファミリー』の仕業だと言われてる」


平和な日常を象徴するようなその名前は、凄惨な映像とはあまりに不釣り合いで、逆に異様な不気味さを際立たせていた。

 

「名前だけ聞けば暖かそうだが、実態は東京の地下組織……いや、もはや一つの国家に近い力を持つプレイヤー集団だ。構成員全員が『家族』としての役割を持ち、その絆の強さがそのまま異能の殺傷力に直結しているらしい」

 

須藤さんの説明を聞きながら、俺は映像を食い入るように見つめた。


カメラのノイズの向こう側に、返り血を浴びながら楽しげに笑い、死体の山を歩く全身サイボーグの1人の影が見えた。

 

(……これが、本物の化け物か)


昨日の特訓で見た「未来視」に近い感覚が、不意に警鐘を鳴らす。


俺が求めている強さの先には、こういう連中が待っている。そして、隊長が昨日見せたあの深い闇も、こうした世界の歪みと繋がっているのではないか。

 

「……こいつらの目的は何なんですか?」


俺の問いに、須藤さんは黙り込んだ。ただ、タブレットを握る指に力がこもる。


「奴らの目的は、国家転覆だ……。今アイギスは、日本中から選抜された部隊が東京に集められてる。その部隊の中に、俺たち名古屋ラボも含まれてる」

 

須藤さんの言葉が、リビングの空気を一瞬で凍りつかせた。


国家転覆。


あまりに現実離れした規模の言葉に、心臓がドクンと大きく跳ねる。さっきまで見ていたテレビのバラエティ番組の笑い声が、今はひどく遠く、空虚なものに聞こえた。


「俺たちも……東京へ行くんですか?」

 

「ああ。上層部は、この『家族団欒ファミリー』を単なるプレイヤーの犯罪集団とは見ていない。日本という国家そのものを食い破る病原体だと判断した」


須藤さんはタブレットの電源を切り、険しい表情で俺を見据えた。


「名古屋ラボからは、隊長を筆頭に、石井、新島、長谷川、西村、そして……お前だ、夕凪」


自分の名前を呼ばれ、喉の奥が引き攣るような感覚に襲われた。


まだ特訓を始めて間もない、未来視の端くれを掴んだばかりの俺が、そんな化け物揃いの決戦場へ引きずり出される。

 

「隊長は……何て?」

 

「『ええよ、東京観光ついでに片付けてきたるわ』……だと。相変わらずの調子だがな」


須藤さんの言葉に、俺は昨日の隊長の横顔を思い出した。あの冷え切ったカレーと、親友を殺したことがあるかと問いかけてきた、あの沈痛な瞳。


隊長はきっと、最初から分かっていたんだ。自分がまた、あのような血生臭い場所へ戻らなければならないことを。

 

「……分かりました。俺も、行きます」


恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に「隊長を一人で行かせてはいけない」という直感が、俺の背中を強く押した。

 

「そう言うと思った。……出発まで三日だ。それまでに、あの『先読み』を少しでも自分のものにしておけ」


須藤さんはそれだけ言い残すと、足早に理事室の方へと消えていった。


静まり返ったリビング。俺は一人、自分の手のひらを見つめた。


加速の先にある、あの白い世界。あの力を使いこなせなければ、東京で「家族」の一員に加わることすらできず、あの映像のように無惨に散るだけだろう。

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