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出発

選抜された隊員達と荷造りをしている時に、俺は気になっていたことを口にした。

 

「整えながらで良いので、皆さんの能力を教えてくれませんか?」


東京という修羅場に向かう前に、仲間がどんな「力」を持っているのかを知っておきたかった。最初に明るく答えたのは新島さんだ。

 

「はいはーい⭐︎うちの能力は『剛毅不転』(シフト・ロック)だよ〜ん、狙った標的を絶対に当てれるよ〜」

 

(……あの時は能力無しであのエイム力だったのか……!)


射撃場で俺を追い詰めたあの精度。能力を使えば、放たれた弾丸は運命に導かれるように必中する。逃げ場のない狙撃……想像しただけで背筋が寒くなる。

 

次に口を開いたのは、いつもリビングのソファを陣取っているイメージの強い西村さんだ。

 

「自分の能力は『円環斥力』(リング・エクスペラー)。触れた物の遠心力を強めたり弱めたり出来るよ。ナイフを回転させればドリルみたいに貫くし、回しすぎると爆発するよー」


さらりと言ったが、中々に恐ろしい能力だ。回転を制御し、物質を内部から崩壊させる破壊の力。


続いて、選抜メンバーに入った理由が気になっていた長谷川さんが、包丁を丁寧に布で包みながら答えてくれた。

 

「私の能力は『神癒神展』(アスクレ・ピオス)やんね。腕が取れても治すことが出来るで」

 

(……春瀬さんの時は、長谷川さんが治療してくれたのか!)


彼女はラボの胃袋だけでなく、命そのものを繋ぎ止める「最強の盾」だった。彼女が戦列に加わる意味を、俺は深く理解した。


最後に、荷物の隙間を無機質に埋めていた石井さんが、短く答えた。

 

「俺の能力は『輪廻固定』(セーブ・ポイント)だ。任意のタイミングでセーブポイントを設定できて、好きなタイミングで戻って来れる。……だが、周りのやつらは戻ってきたことを知らないがな」


一瞬、思考が止まった。


……それはつまり。


勝利を確定させるまで、何度でもやり直す。石井さん一人だけが繰り返される地獄を記憶し、最適解を導き出すまで戦い続けるということか。


最強の狙撃、破壊の遠心力、絶対の治癒、そして、時間を巻き戻す因果の固定。

 

名古屋ラボの精鋭たちの底知れなさに圧倒される。


これだけの面子が揃って、ようやく「家族団欒ファミリー」と対等に戦えるということなのだろうか。


「……夕凪、お前の『加速』と『先読み』。それも、このパズルの重要なピースになる。……いいな?」


石井さんの冷徹な瞳が、俺を射抜いた。


東京のプレイヤー集団、『家族団欒ファミリー』殲滅作戦までの残り時間はあとわずか。


あの凄惨な映像が脳裏から離れない。たった五分で精鋭を屠る化け物たちと対峙するには、この「未来視」を、単なる偶然の産物から自分の意志で制御できる「技術」へと昇華させなければならなかった。


俺は訓練場の中央に立ち、向かい合う須藤さんに深々と頭を下げた。


「お願いします! 常人じゃ避けきれない数の水を放ってください!」


スナイパーライフルの弾丸よりも数、密度、そして不規則な軌道。回避すべき情報の海に身を投じることで、強制的に脳の演算速度を限界まで引き上げる。


それが俺の考えた、最も効率的で、最も無謀な特訓だった。

 

須藤さんは一瞬、俺の瞳に宿る必死さを確かめるように見つめていたが、やがて鼻で笑いながら、後輩の頼み事を聞き入れるように言った。


「分かった……。それで夕凪が強くなれるのなら、俺は手を貸す」


須藤さんが指を鳴らすと、訓練場に設置された複数の高圧洗浄ノズルが唸りを上げた。


一筋の弾丸ではない。面で押し寄せる水の暴力。


(……来い。もっと速く、もっと細かく、未来を映せ……!)


俺は思考のギアを最大まで跳ね上げた。


視界が白く、熱を帯びていく。


直後、まだ発射もされていない水流の「軌跡」が、空間を断ち切る青い線となって俺の脳内に直接描き出された。


右から三本、左から二本、上から一本――。


俺は音よりも速く、その線の隙間を縫うように体を滑り込ませた。

 

「……っ、見えた!」


水飛沫が頬をかすめる。冷たい感覚が、逆に脳の熱を心地よく冷ましていった。


俺の体は、無意識のうちに最適解を選び取っている。一歩、また一歩と、水の壁をすり抜けて須藤さんの方へと近づいていく。


「ほう……。一昨日とは別人だな」


須藤さんの驚嘆混じりの声が、水音の向こうで響いた。


だが、俺の目的は避けることだけじゃない。この力を自在に、何度でも、そして長時間維持できるようになることだ。

東京へ行くまでに、俺は「未来」を完全に飼い慣らしてみせる。


ひたすら飛来する水の軌跡を読み、避け続け、脳がその「異常な視界」に慣れ始めた頃だった。背後から、耳慣れた飄々とした声が響く。


「準備はええか? 気合い入ってんのはええが、東京は名古屋ほど甘ないで」


(……隊長!)


その声に反応し、ふと意識が未来の線から逸れた。


無情にも、その一瞬の隙を逃さなかった水流が俺の顔面を真っ正面から捉えた。


「ぶふぁっ!……」


勢いよく鼻から水を吸い込み、むせてその場に膝をつく。未来視が解け、現実の激しい水音が鼓膜を叩いた。

 

「あぁ、すまない」


須藤さんが慌てて能力を止め、隊長がどこからか持ってきたタオルを俺の頭にバサリとかけた。


「拭きながらでええから、アイギスの護送車に乗りやー」


タオル越しに隊長の顔を見ると、そこにはいつもの茶目っ気のある笑みが戻っていた。けれど、その奥に潜む「覚悟」のようなものは、隠しきれていない。

 

ラボの外には、重厚な装甲に包まれたアイギスの護送車がアイドリング音を響かせて待機していた。


俺たちはそれぞれ、整備したての装備と、長谷川さんが用意してくれた荷物を抱えて車内へと乗り込む。

 

重い扉が閉まる直前、外から微かに、けれど力強い声が聞こえてきた。ラボに残る非戦闘員や、他の班の隊員たちが全員で声を重ねた見送りの言葉。

 

「「行ってらっしゃーい!!」」


その声が、鉄板に囲まれた車内に反響する。

これまでの日常が、遠ざかっていく。

 

隣には、無言で銃のボルトを確認する新島さんと、目を閉じて集中を高める石井さん。そして、リラックスした様子で欠伸をする西村さん。助手席には、皆んなの母ちゃんこと長谷川さんが心配そうにこちらを振り返っている。

 

そして、最後列。


隊長は、昨日のあのキーホルダーを指先で一瞬だけ強く握りしめると、それを静かにポケットの奥深くに仕舞った。


「よし……行こか。東京観光、楽しんでこや」


隊長の号令とともに、護送車がゆっくりと動き出す。

目指すは、国家転覆を掲げるプレイヤー集団

家族団欒ファミリー』が待ち構える


混迷の首都・東京。

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