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クソゲー

如月は周囲の電力をすべて吸い上げ終えると、その手に凝縮された破壊の輝きを宿した。一瞬の躊躇。だが、その瞳には悲壮なまでの決意が滲んでいる。

 

「これも……子供のためなんだ……!」


吠えるような叫びと共に、濃縮された雷が轟音を立てて放たれた。夜の闇を白銀に塗り潰すような、死の奔流。対する稔は、構えることすらしない。

 

「……悪いが……俺は一切攻撃しない」


静かに告げたその瞬間、稔の能力が書き換わる。

 

【能力:異能反射リフレクション・スキル


放たれた雷の塊が稔に直撃した――かに見えた。だが、衝撃波が伝播するよりも早く、雷光は物理法則を無視して反対方向へと跳ね返る。


その光の軌道の先には、如月が立っていた。しかし、彼は避ける素振りすら見せなかった。自らの放った絶大なる雷撃に呑み込まれ、如月の肉体は激しく爆ぜる。


体の大半が損傷し、一目見て死を予感させるほどに無惨な姿。このままでは五分も持たずに息絶えるだろう。

 

「正! 待ってろ……今助けるからな……!」


稔はなりふり構わず駆け寄り、泥にまみれた親友の身体を抱き上げた。

 

(頑張れ俺……再生系の異能を生み出すんや……!)


脳を焼き切らんばかりの集中。


だが、再生の想像は容易ではない。肉の繊維一本一本を緻密に認識し、同時に内臓、神経、骨を寸分違わず再構築する。神の領域とも呼べるその工程は、どれほど多才な稔であっても、崩れゆく命を前にしてはあまりに遠い。

 

「やめ……ろ……」


血を吐きながら、如月が震える手で稔の腕を振り解いた。

 

「なんで止めるんや! ……まだ間に合う、俺がなんとか……っ!」

 

「俺は悪いことをした……。秩序を、乱すような真似を、した……」


自嘲気味に、途切れ途切れの声で如月が言う。

 

「だからなんやって言うんや……俺ら、寮のルールだって全然守らんかったやん! ……あの頃みたいに、また適当に笑ってやり過ごせばええやろ!」


稔の叫びに応えるように、如月の呼吸が一段と浅くなっていく。死の影がその貌を覆い始めた。如月は最後に残された力を振り絞り、稔の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「最後に良いか……。子供が殺されとるのを、知っても……お前はまだ、アイギスの犬か?」


如月は、その答えを聞くことすら拒むように、静かに瞳を閉じた。


腕の中から力が抜け、かつて共に未来を語った親友の鼓動が、冷たい雨の音に溶けて消えた。


稔は動かなくなった親友の亡骸を抱いたまま、震える手で本部の通信機を入れた。


ノイズの向こう側から、感情を排したオペレーターの声が響く。

 

「如月正を……始末しました……」


その一言を絞り出すたびに、胸の奥に封じ込めていた記憶が、雨のように激しく降り注いできた。

 

消灯時間を過ぎた寮の窓をこっそり抜け出し、二人で笑いながらコンビニへ夜食を買いに行ったこと。些細なことで殴り合いの喧嘩をして、翌朝、腫れた顔で並んで教官を困らせたこと。

 

すべてが、昨日のことのように鮮明だった。

 

ただの馬鹿騒ぎ。ただの日常。

 

そんな、どこにでもあったはずの輝かしい日々を無惨にぶっ壊し、かつての戦友を殺人者に仕立て上げ、最後には「処分」という形で処理させたこの『ゲーム』。


そして、如月が最期に遺した言葉。――


「子供が殺されとるのを知っても、お前はまだアイギスの犬か?」


俺は天を仰いだ。激しい雨が視界を遮り、頬を伝う熱い液体を隠してくれる。

 

彼は、自分たちが信じてきた組織が、そしてこの狂った世界が、どれほど汚泥に塗れているかを悟った。自分たちを駒として使い、親友同士で殺し合いをさせるこのシステムを。


……稔は、決して許さなかった。


握りしめた拳には血が滲み、その瞳には、今までとは全く異なる、静かで底冷えするような決意の炎が宿っていた。

 

「……正。自分、見ててや。このクソみたいな盤面、俺が全部ひっくり返したるから」


暗闇の中で、稔の背中が小さく震える。それは悲しみではなく、抑えきれない怒りの咆哮だった。


俺はは消えない心残りを抱えたまま、残りの後処理を本部に丸投げした。


長野から名古屋へ戻り、駅で待っていたのは相変わらずの窮屈な軽自動車。運転席には、実直な表情の須藤が座っていた。

 

「お疲れ様です、隊長」

 

「おん、須藤……お疲れ」


その一言の重みに、須藤は一瞬バックミラー越しに視線を走らせた。何か、決定的に違う。いつも通りの軽い返事の裏にある、ひび割れたような違和感を彼は敏感に感じ取っていたが、それ以上は何も言わずに車を出した。

 

(正……最後に変な思想残しやがって……)


車窓を斜めに流れていく雨粒を、俺はぼんやりと眺めていた。如月が命と引き換えに遺した呪いのような真実。それが本当なら、俺がこれまで守ってきたものは一体何だったのか。


沈黙のまま、車はいつものラボに到着した。

 

「隊長のご帰宅やでー!」


努めて明るく声を張り上げてドアを開ける。

 

「隊長、靴揃えてください」


帰宅早々、須藤に小言を言われた。この日常が、今はひどく遠い世界の出来事のように感じられた。


そんな俺の元に、真っ先に駆け寄ってきたのはケンヤ君だった。


「隊長、お疲れ様です……。その……犯人は見つかりました……?」


不安と期待の混じった、真っ直ぐな瞳。俺は一瞬だけ視線を逸らし、それからいつもの薄ら笑いを顔に張り付けた。

 

「あー、犯人は別におったけど……なんとかなったから結果オーライや」


俺は、ケンヤ君に嘘をついた。


これでいい。この少年を、あの泥沼のような因縁に引きずり込むわけにはいかない。俺の選択は間違っていないはずだ――自分に言い聞かせるように、そう心の中で繰り返した。

 

「お、今夜はカツ丼かぁ、美味そうやん!」


食卓に並んだどんぶりを見て、大袈裟に声を上げる。


その拍子に、ポケットの中で小さな感触が手に触れた。


正が持っていた、官舎時代に俺がアイツに上げた、犬か猫かよく分からない妙なデザインのキーホルダー。


俺はそれを、誰にも見られないように深く、ポケットの奥へと仕舞い込んだ。

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