表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/68

同期

その頃、長野――アイギス本部の裏手に広がる、人影のない屋上。


激しい雨の中、稔隊長は一人の男と対峙していた。

 

「……正……お前やろ?……幹部殺しは……」


雨に濡れるのも構わず、隊長は震える声で問いかけた。

黒のフードを脱ぎ捨て、そこに立っていたのは、かつての同期であり、現在は本部の部隊指導官を務める男、如月正だった。

 

「稔か……久しぶりだな。官舎以来か?」


如月は、旧友との再会を喜ぶような、それでいて冷めきった笑みを浮かべた。その周囲では、降り注ぐ雨粒が触れる瞬間に蒸発し、パチパチと青白い火花が散っている。

 

「質問に答えろ……幹部殺しは……お前か……?」

 

「そうだ……と言ったら?」


肯定の言葉が、雨音を切り裂いて隊長の耳に届く。

その瞬間、隊長の顔から余裕が消えた。煮えくり返るような怒りと、引き裂かれるような悲しみが混ざり合った、歪な表情で如月を睨みつける。

 

「全力で、拘束する」


隊長の前に、システムが無慈悲な数値を表示した。

 

【プレイヤー名:雷豪靁冥ジェネシス・レイヴン

【保有ポイント:3841pt】

【能力:雷真放電ヴェリタス・ボルト

 

「止めてみろ……」


如月の身体が、眩い閃光とともに消失した。

否、消失ではない。自分自身を純粋なエネルギーへと変換し、如月は「雷」そのものとなって空間を駆けた。

 

「逃がすかぁ!!」


隊長もまた、瞬時に能力を切り替える。


いつもの軽薄な態度はどこにもない。地面を爆ぜさせ、閃光を追いかけるようにして雨の中へと飛び込んだ。

一瞬で音速を超える追走劇。


雨が降るこの状況は、如月にとって最大のバフがかかる独壇場だ。

 

激突する二つの影。

 

如月が無数の雷撃を放つ。


稔隊長は紙一重で受け流し、逸らしていく。

周囲の建物に被害が出ないよう、すべてを自分の間合いで処理する。だが、如月の狙いは肉体の破壊だけではなかった。

 

「稔……プレイヤーである上層部が、なんで前線に出ず、のうのうと生きてるか知ってるか!」

 

「知らんがな! 喋る暇あったらその手を止めんかい!」


隊長の叫びを嘲笑うように、如月は残酷な真実を叩きつける。

 

「奴らは、プレイヤーになった子供を騙し、安全な場所からその命を収穫してポイントに変えているんだ! 俺が殺した連中は、全員その『収穫』に手を染めた連中だよ!」

 

「っ……!?」


一瞬、隊長の動きが止まる。


脳裏に浮かんだのは、西成で泥をすすっていたケンヤの姿だった。


その隙を突くように。隊長の通信機に本部からの緊急信号が割り込む。

 

「なんや、今取り込み中や!」

 

『如月正は危険人物だ。……拘束は不要。』


通信越しに聞こえる、感情を排した本部の声。隊長の瞳が、戸惑いに揺れる。

 

「……何……言ってるんや……」

 

『殺せ、と言っているんだ。アイギスの秩序のために』

 

如月はその通信の内容を察したのか、悲しげに、それでいて全てを諦めたような笑みを浮かべた。

 

「本部からだろ? ……稔。友達の命と、組織の命令。どっちを選ぶ」


如月の全身から、これまでとは比較にならないほどの電光が噴き出す。


雨水が触れるたびに爆ぜ、白光が夜の街を真昼のように照らし出した。

 

「選べよ、稔! 俺を殺さなければ、次はお前の後ろにいる子供――夕凪ケンヤが、奴らの『収穫物』にされるかも知れないんだぞ!」

 

「黙れ……黙れぇ!!」


隊長の声が、雷鳴にかき消される。


土砂降りの雨が、視界を白く染め上げる。


稔隊長は、葛藤に身を焼きながらも、その手だけは冷静に次の「手」を選択していた。友を殺すことも、組織に従うこともできない。ならば、残された道は一つしかない。


「拘束して、頭を冷やさせな……!」


隊長が指を弾くと同時に、如月の周囲の重力軸が捻じ曲がった。

 

【能力:方向下方ベクトル・ダウン

 

「ぐっ……!?」


雷となって空間を滑っていた如月の身体が、不可視の圧力に叩きつけられ、コンクリートの地面へと急降下する。激しい衝突音とともに、足元の地面に蜘蛛の巣状のヒビが走り、泥水が跳ね上がった。

 

「正、もうやめろ! お前の言うことが本当なら、俺が上層部に掛け合ってやる! 内部調査でもなんでもさせてやるから!」


泥にまみれた友へ、隊長は必死に声を絞り出す。だが、如月は血の混じった唾を吐き捨て、絶望に満ちた瞳で隊長を見据えた。

 

「無駄だと言っている……! お前が向き合おうとしているのは、そんな綺麗な組織じゃない。稔、お前は……優しすぎるんだよ!」


如月が地面を強く叩いた。その瞬間、周囲に降り注ぐ無数の雨粒が、青白い光を帯びて牙を剥く。


空から降る水滴の一つひとつが「避雷針」となり、如月の放った高圧電流を隊長へ向かって誘導する。逃げ場のない水の檻。だが、隊長の反応速度はそれを上回っていた。


「……切り替え、早いな……!」


如月が舌打ちする。隊長の周囲に浮かび上がるステータスが、瞬時に書き換えられた。


【能力:水流操作フロー・オペレーター


隊長は迫り来る雨水を文字通り「掴み」、自身の周囲に巨大な水の壁を構築した。電撃はその水の盾を伝って地へと逃げ、隊長の身体には火花一つ届かない。


防がれたと見るや、如月は再び雷光と化し、その場から離脱を図ろうと背を向けた。

 

「待て、正!!」


稔の叫びは、激しい雨音にかき消された。


雷光となって逃走を図る如月。その背中を追いながら、稔は奥歯を噛み締める。先ほどまでの説得は、如月の放つ凄まじい殺意と、自分に向けられた本部の冷酷な指令によって虚しく霧散していた。


如月は、雨を導線にしてさらに加速する。その移動速度はもはや人の域を完全に超え、青白い光の尾を引いて夜の闇を切り裂いていく。

 

「……逃がすわけ、ないやろ!」

 

【能力:磁場支配マグネティック・フィールド

 

稔が瞬時に能力を切り替える。


逃走経路にある街灯やガードレールの金属が、稔の意志に呼応して凄まじい磁力を帯びた。


バチバチと火花を散らしながら、周囲の鉄柱が如月を包囲するように捻じ曲がり、巨大な檻となって行く手を塞ぐ。

 

「無駄だ、稔!!」


如月は止まらない。


檻に触れる寸前、彼は自らの電圧を極限まで引き上げた。轟音と共に鉄柱が真っ赤に焼き切れ、溶け落ちる。雷真放電の熱量と破壊力が、稔の磁場を力ずくで突破した。

 

「はぁ、はぁ……ホンマ、可愛げのない男や……」


連続する高ランク能力の切り替え。稔の脳には、焼き付くような負荷がかかり始めていた。視界がわずかに歪む。


一方の如月もまた、無傷ではなかった。無理な突破を繰り返した代償か、その身体からは制御しきれない電気が漏れ出し、雨に触れるたびに痛々しく爆ぜている。


二人は、誰もいない長野の旧市街地、その高台にある公園へと辿り着いた。


如月が足を止め、振り返る。その顔には、かつて訓練兵時代に見せていたような、どこか清々しささえ感じさせる険しい笑みが浮かんでいた。

 

「……稔。お前、さっきの通信を聞いただろう」


如月が、じりじりと足元の芝生を焦がしながら一歩踏み出す。

 

「本部は俺を消せと言った。そして俺は、アイギスの幹部を殺し続けている……。もう、引き返せる場所なんてどこにもないんだよ」


如月の右手に、雷が収束していく。

それは、周囲の電力をすべて吸い上げたような、絶望的な輝きだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ