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信じざるを得ない候補者

翌朝、俺を包んでいたのは重苦しい倦怠感と、自分に対する底知れない怒りだった。


一睡もできないままアイギス京都支部の廊下を歩けば、壁の向こうから、隠す気さえない無遠慮な囁き声が鼓膜に突き刺さる。

 

「護衛任務、失敗したんやって……」

 

「え〜、新人なのにポイントだけ高いからって、結局近くにいても何もできなかったの?」

 

(……聞こえてるよ、全部)


拳を握りしめ、沸き立つ感情を押し殺す。その時、不意に肩をトンと叩かれた。反射的に振り返ると、そこには心配そうに眉を下げた田堂支部長が立っていた。

 

「護衛は少し……荷が重かったかな……?」

 

「大丈夫です……犯人は絶対に見つけてみせます。支部長、幹部たちの能力情報や、現場の動線が記された書類をすべて見せてください」


俺はあの時、天井裏で嗅いだ微かな「焦げたような匂い」と、耳に残る放電の火花が散るような音を頼りに、膨大な資料の山に潜り込んだ。


監視カメラのノイズ混じりの映像と資料を突き合わせていく。


すると、ある奇妙な共通点に突き当たった。 


「殺されている幹部が、全員『プレイヤー』だ……」


もしポイント目的の無差別な犯行なら、もっと弱い一般職員を狙う方が効率がいい。だが犯人は、あえて戦う力を持つ上位者を、確実な意志を持って「抹殺」している。


俺は戦闘員の能力リストを睨みつけ、現場の状況から有力な候補者を三人にまで絞り込んだ。

 

「……三人、いるな」

 

第一候補:アイギス本部所属・情報処理班、宮本郁弥ミヤモト フミヤ


能力:電雷回路サイバー・コア

情報の司令塔。幹部の動線を最も把握しやすく、デジタルデータを通じて殺害の隙を伺える立場にある。


第二候補:アイギス本部所属・部隊指導官、如月正キサラギ タダシ


能力:雷真放電ヴェリタス・ボルト

戦闘のプロを育てる教官。雷そのものと化して移動するその速度は、俺の知覚加速すら置き去りにする可能性がある。


第三候補:アイギス本部所属・緊急出動部隊隊長、朝霧累アサギリ ルイ


能力:雷霆万鈞ヘヴィ・インパルス

現場の制圧能力に長け、その名の通り万雷の重圧で対象を押し潰す。


三者三様、全員が「雷」を扱い、全員が「上層部」の動きを知り得る立場だ。


俺は、如月正という名前に指を止めた。昨日感じた、あの圧倒的な「速さ」。そして、どこか稔隊長と同じような、洗練されすぎたプロの気配。

 

「……あとは、どうやってここから一人に確定させるか」


4450ptの力を、今度こそ正しい場所で解放するために。俺は資料を閉じ、支部長室の窓からどんよりと曇り始めた京都の空を見上げた。


「本部……行ってみるか……」


京都での任務失敗。その屈辱を塗り替えるには、立ち止まっている暇はなかった。俺は身支度を済ませると、アイギス本部が置かれている長野へと向かった。


移動中の新幹線、激しく流れる景色を眺めながら、俺は端末を取り出し稔隊長へと回線を繋いだ。

 

「もしもし、隊長」

 

『おー、なんや。犯人でも見つかったんか?』

 

相変わらずの軽い調子。だが、その背後で書類をめくるような忙しない音が聞こえる。本部での呼び出し、やはり相当絞られているのだろう。

 

「いえ、まだ特定には至っていませんが……候補者の報告だけでもと」

 

『ほう、絞り込めるだけで凄いで、ほんま!』

 

第一候補、宮本郁弥の名を告げると、隊長は「あいつかぁ、理屈っぽいやっちゃからな」と鼻で笑った。だが――。

 

「第二候補者なんですが……如月正、という人物で……」

その名を口にした瞬間、受話器の向こうから音が消えた。

 

『…………ただし


一瞬の沈黙。だが、その短い呟きに含まれた響きは、これまでの隊長からは想像もできないほど重く、湿り気を帯びていた。

 

「今、本部に向かっているので合流しましょう」

 

『おーけー。本部近くでええな?』


合流した隊長の顔は、心なしかいつもより険しかった。


俺たちは本部のデータベースと職員への聞き取りを突き合わせ、事実を確認していく。結果、第一候補の宮本は、事件当時に司令塔での勤務記録があり、完璧なアリバイが成立した。


残るは第二、第三の二人。如月正と朝霧累。


どちらも事件時刻の足取りが掴めない。「見ていない」という証言ばかりが並び、空白の時間が不気味に浮き彫りになっていく。

 

「二択まで絞り込めたんですけどねぇ……」


俺は思わずため息を吐いた。あと一歩、決定的な証拠が足りない。


すると、それまで黙って資料を見つめていた隊長が、不意に口を開いた。

 

「ケンヤ君は……名古屋ラボに帰ってて、大丈夫よ」


心臓を冷たい指でなぞられたような感覚がした。ワントーン下がった、地を這うような低い声。

 

「急に、どうしたんですか……?」


「この事件はちと、自分に任せて欲しいわ」


隊長は俺の目を見ようとはしなかった。ただ、その握りしめた拳が微かに震えている。


俺に反論の余地を与えない、絶対的な拒絶。


納得はいかなかったが、今の隊長に何を言っても無駄だという確信だけがあった。俺は任務を託し、釈然としない思いを抱えたまま、一人名古屋への帰路についた。

 

(あんな隊長……初めて見たな……)


車窓の外は、いつの間にか激しい雨が降り始めていた。

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