護衛
「さて、ゆっくり寝ていたいところやろうけど、そうもいかん。君が韓国で暴れとる間に、日本国内でも面倒なことになっとるんや」
隊長がスマホの画面を俺に向けた。そこには、西成や名古屋とはまた違う、不穏な影が映し出されていた。
(入院中で目覚めたばっかだぞ……)
内心で毒づくが、画面に映し出された光景がそれを許さない。
監視カメラが捉えていたのは、黒のフードを深く被った謎の人物だった。その手が、アイギス関係者と思われるスーツ姿の男の頭部を、無造作に掴み上げる。抵抗する間も、叫ぶ暇もない。掴まれた男は、瞬時に糸の切れた人形のように崩れ落ち、事切れた。
「これ……どうやって殺してるんですか?」
掠れた声で、俺は問いかけた。
「それが全くわからへんのよね。能力で詳細な情報を見ようとしても、画面越しじゃ確認できんくてな」
隊長は眉間に皺を寄せ、珍しく苦々しい表情を浮かべた。今までデータ上に存在しない能力――そして未知の「死」。
「隊長が行ったら良いじゃないですか」
俺の至極真っ当な提案に、隊長は肩をすくめて溜息をつく。
「行きたいのは山々やけど、君が韓国で暴れたせいで本部から呼び出し喰らっとんねん。外交問題の火消しに、俺の首が飛びそうなんやで?」
その言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。
敵を倒す。ただそれだけのことが、これほどまでに周囲へ波及し、迷惑をかけてしまうものなのか。俺が生き残るために振るった力は、それほどまでに「過剰」だったのだ。
「……あと、ケンヤ君。今、ポイントいくつになったん?」
促されるまま、俺は自分の保有ポイントを確認した。視界の端に浮かび上がる、非現実的な数字。
「4450pt……です」
「はぁ……四千超えか。呆れるわ」
隊長は天を仰ぎ、食べかけのりんごを口へ放り投げた。そして、隊長の隣で腕を組んでいた須藤――アイアン・ジャッジと視線を合わせると、冷酷なまでの微笑を浮かべて宣告した。
「ええか。そのポイントに見合う『器』になってもらわな困る。……特訓しながら任務せい」
(任務を1人でするのは初めてだな……)
隊長に「移動しながら特訓しろ」と投げ出された俺は、文字通り名古屋から一時間ほど全速力で走り続け、ようやく最寄りの駅から電車に飛び乗った。
汗が引ききらぬまま、新幹線と在来線を乗り継いで辿り着いたのは、古都・京都。観光客の賑わいを横目に、俺は重い足取りでアイギス京都支部へと足を運んだ。
「おー、お前さんが名古屋ラボの新人か! わいは支部長の田堂や、よろしくな」
出迎えてくれたのは、恰幅のいい、いかにも「京都の旦那」といった風貌の男だった。だが、その眼光の奥には一筋縄ではいかない鋭さが潜んでいる。
「名古屋ラボの夕凪です……」
名乗る俺に、田堂支部長はニカッと笑い、早速本題に入った。
彼が語った容疑者の正体は、耳を疑うものだった。犯人はアイギス内部の人間。つまり、仲間であるはずのプレイヤーか職員だというのだ。
「なんで内部の人間だってわかるんですか?」
「それはな、アイギスの上層部の連中しか暗殺されてないんよ。やから上層部の顔を知っている、内部の誰かって言われとるんや」
被害者はすべて、厳重なセキュリティに守られた幹部たち。その居場所を知り、的確に息の根を止めることができるのは、確かに限られた人間だけだ。
「じゃあ……なんで応援に、俺を呼んだんですか?」
他にもベテランはいくらでもいるはずだ。4450ptまで跳ね上がったとはいえ、実戦経験の乏しい俺が選ばれた理由がわからない。
「そりゃぁ、新人やから一番犯人の可能性が少ないからな」
田堂支部長は平然と言ってのけた。
信じられるのは、まだ組織に染まっていない「真っ白な新人」だけ。京都という街の裏側で起きているのは、底の見えない身内同士の疑心暗鬼だった。
「さて、早速やが今夜狙われる可能性が高い幹部が、京都に来るらしい。やから護衛に着いてもらうわ。新人君はポイントがかなり多いから、相手も手出しにくいやろ」
田堂支部長の言葉に、俺は無言で頷いた。
4450pt。確かに数字だけ見れば、刺客も二の足を踏むレベルだ。だが、中身が伴っていないことを悟られないようにしなきゃならない。
京都の夜は早い。静寂が街を包み始めた頃、重厚なエンジン音と共に一台の黒塗りの車が止まった。ドアが開き、中から仕立ての良いスーツに身を包んだ、いかにも「上層部」といった風貌の男が降りてくる。
「君が名古屋から来た新人護衛か?」
鋭い眼光が俺を品定めするように射抜く。
「はい、夕凪です」
「護衛をよろしく頼むぞ」
男は短くそう告げると、先を歩き出した。
向かった先は、入り組んだ路地の奥に佇む、一般人では到底足を踏み入れられそうにない門構えの高級料理店だった。店内へ入ると、そこは別世界だった。
床は大理石、柱には金箔が施され、照明の反射ですべてが眩いほどに輝いている。ここを今夜は「貸切」にしているのだという。
(……貸切にする予算あるなら、名古屋ラボの予算上げろよ)
アイギスの財政難を聞かされていた身としては、心の中で毒づかずにはいられなかった。
奥の座敷、静まり返った店内に、庭園のししおどしが響く。
幹部は悠々と席につき、俺は部屋の入り口で、いつ「それ」が起きてもいいように神経を研ぎ澄ませた。
その時だった。
――ビリッ。
天井から、放電するような、不自然な音が聞こえた。
店員じゃない。もちろん幹部でもない。
(……来たか……!)
俺は『時空断刃』の柄に手をかけ、影が蠢く天井の隅を睨み据えた。
「……どうかされましたか? 清水様?」
着物を着た店員が、怪訝そうに座敷の奥を覗き込んだ。
その言葉に弾かれたように、俺は幹部――清水の横顔を凝視した。
数秒前まで悠然と酒杯を傾けていたはずの男は、今や置物のように動かない。目は見開かれ、焦点がどこにも合っていない。口はわずかに開いているが、呼吸の音すら聞こえなかった。
(この空間には、外に護衛が五人もいて、すぐ隣には店員が居るんだぞ……!?)
名古屋での「人間離れした特訓」を経て、俺の動体視力や知覚は常人を遥かに超えているはずだった。それなのに、今の瞬間、音も、風も、殺気すらも感じ取れなかった。
ふと視線を上に向けた瞬間、俺の心臓が跳ねた。
金箔が施された美しい格天井。その一角に、人一人分が通れるほどの、不自然な隙間が生まれていた。
「クソ……! 逃げられた!」
俺が叫ぶと同時に、清水の身体が糸の切れた人形のようにゆっくりと前へ倒れ、大理石の床に空虚な音を立ててぶつかった。
即死。
外傷はない。血の一滴すら流れていない。だが、彼の生命活動は完全に停止していた。
「清水様!? な、なに……きゃああああっ!」
店員の悲鳴が、静寂に包まれていた高級店に突き刺さる。
俺はすぐさま天井の隙間に向けて地を蹴った。
とんでもない速さだ。4450ptという膨大なエネルギーを保有しながら、俺はあいつの「尾」すら掴めなかったのか。
天井裏へ這い上がると、そこには不気味なほどの闇が広がっていた。だが、鼻を突く「焦げたような匂い」が、かすかに残っている。




