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時空斬

目の前を埋め尽くす光の壁。逃げ場などどこにもないはずの絶望的な状況で、再び「それ」は訪れた。

 

(……!……また……周りが遅く……)


理屈じゃない。心臓が跳ね、全身の細胞が「生きろ」と叫んだ瞬間、世界から音が消え、荒れ狂う光線の奔流が、まるで静止した彫刻のようにその場に固定された。


この現象の条件が、須藤の言った「知覚加速」なのか、それとも死の淵で見せる俺の生存本能なのかは分からない。


だが、今この瞬間、俺だけがこの静止した時間の中を動ける。

 

(この機を逃してまるか……!)


俺は、光線と光線の間に残された、髪の毛一本分ほどの「隙間」を見出す。


蛇のように体をくねらせ、時には地面を這い、時には瓦礫の影を縫うようにして、光の弾幕の中を滑り込んでいく。


加速する鼓動。


焼き付くような視界の端で、出力主義者の「歪んだ笑み」が、そのままの形で固まっているのが見えた。

 

(届く……!)


俺は『時空断刃』を逆手に持ち直し、無防備な相手の懐へと飛び込んだ。


だが、その瞬間――俺の知覚加速が切れた。


世界の速度が急激に引き戻され、静止していた光線の残滓が爆音とともに俺の背後で弾ける。

 

「あれだけ撃ったのに近づくか!」


目の前にいた出力主義者の顔が驚愕に歪む。だが、奴が次の攻撃に転じるよりも早く、上空から叩きつけられた猛烈な気流が奴を後方へと吹き飛ばした。

 

「……春瀬さん!」


咄嗟に距離を作ってくれた彼にお礼を言おうと見上げた俺は、言葉を失った。

 

「春瀬さん……! その腕……」

 

「大丈夫……アイギス本部にヘルプ(緊急出動部隊)呼んだから……」


春瀬さんは青ざめた顔で強がって見せるが、その左腕は全方位攻撃の直撃を受けたのか、無惨にも千切れかかった状態で辛うじてぶら下がっている。足元の瓦礫には、見る間に赤黒い血溜まりが広がっていく。

 

(……そんな、俺を守るために……!)


「天空の合理者」を称する彼が、自分の身を削ってまで俺の突撃をサポートし、さらに追い討ちから守ってくれた。だが、戦いが長引けば、彼は助けが来る前に出血多量で死ぬ。

 

「あはは! 仲良しごっこか? 素晴らしい自己犠牲だな!」


瓦礫の中から立ち上がった出力主義者が、不快な笑い声を上げながら再びエネルギーを充填し始める。奴の身体が再び、先ほどよりも禍々しい光を放ち始めた。

 

(早く終わらせなければ……!)


俺は『時空断刃』の柄を、指が白くなるほど強く握り締めた。


3100pt。この膨大な、持て余していたエネルギーのすべてを、今は憎い。だが、これを使わなければ目の前の仲間を救えない。

 

「……夕凪君、行ける……?」


春瀬さんの震える声が背中に届く。


「はい……行けます……春瀬さん……俺があいつを殺します……」


震える声で、だが確かな殺意を込めて告げた。春瀬さんを背後に下がらせ、俺は一人、瓦礫の荒野に立つ。

 

「いいねぇ、一騎討ちと行こうか!」


出力主義者が狂ったように笑い、両手を前に突き出した。


その中心に集束していくエネルギーは、もはや光ではなく、空間そのものを焼き潰すような輝きを帯びている。街一つを地図から消し去るつもりだ。

 

俺は『時空断刃』を正眼に構えた。


使いこなせない3100pt。暴走すれば俺の命もない。だが、仲間を救うためなら、この身ごと燃え尽きても構わない。

 

「出力最大……!」


相手の咆哮と共に、世界が白熱する。

 

「十刻縮延……」


俺は脳内のリミッターを力技で引き剥がした。視界が真っ赤に染まり、鼓動が爆発的に跳ね上がる。


周囲の時間は限りなく停止に近い速度まで引き延ばされ、あまりのエネルギー密度に、俺の周囲の空気が歪み、バチバチと放電を始めた。

 


過剰励起オーバー・ドライブ!!」

 

男の手から、すべてを無に帰す破壊の奔流が解き放たれる。

 

「――時空斬!!」


俺は短剣に、体内の全ポイントを叩き込んだ。


振り抜いた一閃は、もはや物理的な斬撃ではない。時間そのものを、因果律ごと切り裂く異次元の断層。


放たれた青白の斬撃は、迫り来る巨大な砲撃と正面から衝突した。


だが、拮抗すらしない。俺の斬撃は、街を滅ぼすはずの光エネルギーを紙のように真っ二つに裂き、減速することなく出力主義者へと肉薄する。

 

「いいねぇ……!」


男は、自分の死を悟った瞬間にさえ、その圧倒的な「出力」に恍惚とした表情を浮かべた。


直後、音のない世界で男の体は正中線から左右に分かたれた。


斬撃は止まらない。男を両断した後も、背後にそびえ立っていた巨大なビル群、そしてソウルの空までもを切り裂き、巨大な「傷跡」を空間に残して消えていった。


「はぁ……はぁ……やり……ま、し……」


最後に見たのは、真っ二つに割れた空と、血のように赤い視界。


次に意識が戻ったとき、俺を包んでいたのは戦場の焦げ臭い風ではなく、清潔な薬品の匂いと、真っ白な光だった。

 

「ん……知らない天井だ……」


お決まりのセリフが口をついて出る。


体中の節々が、ミシミシと軋むような鈍い痛みを訴えていた。特に右腕は感覚が麻痺しており、厳重に包帯が巻かれている。

 

「人造人間に乗らへんやろ」


聞き覚えのある、どこか緊張感のない声。


首を横に向けると、そこにはパイプ椅子に踏んぞり返ってリンゴを齧って食べてる稔隊長の姿があった。そしてその隣には、腕を組んで壁に寄りかかり、苦虫を噛み潰したような顔をした須藤さんも立っている。

 

「……隊長。須藤さん、も」

 

「目が覚めたか。……全く、誰が街ごと切り裂けと言った。後始末がどれだけ大変か分かっているのか」


須藤さんの言葉は厳しいが、その瞳にはわずかに安堵の色が見えた。


後で聞いた話では、あの『時空斬』は出力主義者の能力ごと空間を物理的に断絶させていたらしい。


春瀬さんは現場に到着した回復役の迅速な処置で、千切れかかった腕も無事に繋がったという。小森さんも同行して、瓦礫の下に取り残された人たちの救助に奔走してくれたそうだ。

 

「韓国側とは、まあ色々とあったけどな。プレイヤーの管理不足やって突き上げられたわ。結局、日本側が賠償金払うのと、復旧サポートに全力出すってことで手打ちや。……君のせいでアイギスの予算、またスッカラカンやで?」

 

隊長が冗談めかして笑う。


「……すみません。でも、あれしか方法がなくて」

 

「謝る必要はない。……春瀬を救ったのは、お前の判断だ」


須藤さんが静かに言った。その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 

「さて、ゆっくり寝ていたいところやろうけど、そうもいかん。君が韓国で暴れとる間に、日本国内でも面倒なことになっとるんや」


隊長がスマホの画面を俺に向けた。そこには、西成とはまた違う、不穏な影が映し出されていた。

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