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初任務

あれから数日。


電気ショック混じりの筋トレや、劇薬の弾幕を潜り抜ける「人間離れした特訓」にも、ようやく体が馴染んできた頃だった。


朝食の鮭とご飯と味噌汁を平らげた直後、隊長が爪を楊枝でいじりながら、とんでもないことを言い出した。

 

「突然やけどプレイヤーが韓国で暴れとるらしいから、今から飛んで行ってきてくれへん?」

 

「え? 今からですか!?」


あまりに唐突な辞令に、俺の思考はフリーズした。西成から名古屋に来てまだ数日だぞ。パスポートすら持っていない俺を置いてきぼりに、隊長は淡々と続ける。

 

「何もケンヤ君1人な訳ないやん、春瀬君と行ってもらう」


隊長が指差した先にいたのは、昨日まで機材のメンテナンスをしていた、どこか涼しげな目元をした青年だった。

 

【プレイヤー名:天空の合理者スカイ・ラショナリスト

【保有ポイント:812pt】

【能力:空流層送エアロ・センデ


「よろしくね! 夕凪君。僕の能力なら『空路』の心配はいらないから」


春瀬さんは穏やかに微笑む。812pt。彼もまた、この「ラボ」に集う手練れの一人だ。

俺はふと現実的な問題に思い当たり、隊長に食い下がった。

 

「ところで隊長、旅費……というか、飛行機代とかは出るんですか?」

 

「アホか、出るわけないやん」

 

「「マジかよ(マジかいな)」」


俺と春瀬さんの声が完璧に重なった。

アイギスの財政難は聞いていたが、海外任務まで自腹(あるいは能力で強行突破)なのか。

 

「あー、勘違いせんといてな。春瀬君の『空流層送』があれば、飛行機なんていらんのや。文字通り『飛んで』行けるからな。……ほら、時間は金なりや。早う行って、韓国の暴れん坊を黙らせてき」


俺と春瀬さんは渋々任務を引き受けた。

 

「……夕凪君、しっかり掴まってて。ちょっと揺れるよ」


春瀬さんが屋上で手を広げると、周囲の空気が一変し、巨大な上昇気流が渦を巻いた。


新幹線並みの速度で海を越え、乾燥した空気と凄まじい風圧に耐え抜いた俺たちは、ようやく目的の地に辿り着いた。


最初は見渡す限りの海沿いの田舎町。

 

「そう言えば韓国の細かい所まで聞いてなかったですね……」

 

「……僕もです。隊長の『韓国』って、ざっくりしすぎてましたね……」


二人で立ち尽くしたのも束の間、春瀬さんの能力で再び高度を上げ、半島を縦断するように飛び回る。そして数分後、その光景は突如として現れた。


「……これ、1人でやったのか……?」

 

「とんでもないプレイヤーですね……」


眼下に広がるのは、韓国の首都・ソウルの一角とは思えない、文字通りの「地獄」だった。


ビルは飴細工のように捻じ曲がって崩れ落ち、アスファルトの地面は内側から何かが突き上げたように巨大な岩石となって盛り上がっている。あちこちで噴き出す火柱と、黒煙。


その惨状は、俺がいた西成区の抗争跡をさらに何倍もスケールアップさせたような、圧倒的な「暴力の痕跡」だった。

 

「夕凪君、見て。あそこの中心部……何かいる」


春瀬さんが指差した崩壊ビルの頂上。


立ち込める煙の向こう側に、瓦礫の玉座に座り、退屈そうに街を見下ろしている「影」があった。


急降下する俺たちの視線の先。


瓦礫の山に座るその男は、近づく俺たちに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。その右手の先には、触れるだけで大気が蒸発しそうなほど高密度に圧縮された、不気味に明滅するエネルギーの塊が形成されている。

 

「……へぇ、新しいおもちゃが飛んできたか」


男はそう呟くと、退屈そうに指先を俺たちに向けた。

 

調律トレーニング」の成果を試すには、これ以上ないほど最悪で、最高な相手だ。

 

「春瀬さん、降ろしてください。……あいつの『出力』、俺が止めてみます」


俺は地面に着地すると同時に、3100ptの拍動を全身に感じながら、前方の怪物を睨み据えた。


【プレイヤー名:出力主義者(アウトプティスト)

【保有ポイント:1240pt】

【能力: 過剰励起オーバー・ドライブ)


瓦礫の玉座から立ち上がった男――出力主義者は、着地したケンヤを冷ややかな目で見下ろします。


「3100pt……? 数字だけは一人前だが、使いこなせていないエネルギーほど滑稽なものはないぞ」


彼が右手の指先を向けた瞬間、圧縮されたエネルギー弾が凄まじい高周波の音を立て、**一直線の「光条」**となってケンヤを貫こうと放たれた。


「はっや……」


『十刻縮延』を起動する間もなかった。意識が追いつく前に放たれた光条を前に、死を確信した。だがその瞬間、俺の体は猛烈な突風にさらわれ、横へと吹き飛ばされた。

 

「夕凪君、しっかりして! 数日ぶりのガチ戦闘かもしれないけど、気を緩めないで」


上空で気流を操る春瀬さんの声。その一喝で、俺の脳内に冷たい水が注がれたように意識が冴え渡る。そうだ、俺はもう西成でただ逃げ回っていたガキじゃない。

 

「そのポイントをいただいて、更なる高みへ!」


出力主義者が吠える。


次々と放たれる無数の素早い光線。だが、数日間の地獄の特訓は俺の肉体を別物に変えていた。体が、軽い。


須藤の劇薬弾幕に比べれば、この光線の軌道は「見える」。


俺は『十刻縮延』を最小限の出力で断続的に発動させ、針の穴を通すような動きで攻撃を回避し続けた。


そして、相手が俺への集中砲火に意識を割きすぎたその瞬間、春瀬さんが動いた。


相手の足元の空気を爆発的に操作し、バランスを崩させる。

 

「今だ……!」


地面を蹴る。


右手に握るのは、購入券で入手した**『時空断刃』**。一週間ぶりのはずなのに、その重みはまるで数年も連れ添った相棒のように手に馴染んだ。


一気に間合いを詰め、相手の喉元へ刃を突き立てようとした――。


だが、出力主義者の口角が吊り上がる。

 

「……甘いな」


次の瞬間、男の全身から、これまでの比ではない光が溢れ出した。

 

「う、わあぁぁっ!?」


眩い輝きが視界を白く染め上げ、男の体を起点に、全方位へ向けて無差別に光線が乱射された。一点への集中ではなく、周囲すべてを消し飛ばす**「過剰励起」の全方位放射**。

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