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特訓

俺は箸を置き、緊張した面持ちで隊長に問いかけた。

 

「……それで、隊長。特訓って、具体的に何をするんですか?」


隊長は最後の一切れのお好み焼きを口に放り込むと、指に付いたソースを舐めながら気だるそうに答えた。

 

「あー、特訓ね。とりま最初は筋肉を付けるところからやな。ポイントを制御する器……つまり肉体がボロやと、どんだけテクニックがあっても中身のエネルギーに焼き切られてまう。大丈夫、君、育ち盛りやからすぐ筋肉付くやろ」

 

「筋肉……ですか?」


てっきり、瞑想や超能力の精密操作のようなものを想像していた。だが、手渡された「特訓メニュー表」を覗き込んだ瞬間、俺の思考は停止した。


「能力使用禁止:スクワット1000回、腕立て伏せ1000回、上体起こし1000回、STA(静止保持)10分、1時間全力ダッシュを維持(少しでも減速したらお仕置き⭐︎)」


……最後の「⭐︎」が、この世で一番不吉な記号に見える。

 

「誰が出来るんだよ、こんなの……!」


俺はメニュー表を握りしめたまま、思わず叫んでいた。西成の抗争だって、ここまで理不尽じゃなかった。3100ptという強大な力を持っていながら、それを一滴も使わずに生身の肉体だけで完遂しろというのか。

 

「お、ええ反応やな。でもな、それ須藤が新人の頃にやってたメニューの半分やで?」


隊長がポテトチップスをかじりながら、他人事のように言い放つ。隣に立つ須藤アイアン・ジャッジは、否定も肯定もせず、ただ冷徹にストップウォッチのボタンを親指で弄んでいた。

 

「……半分……だと?」


俺は須藤の鋼のような肉体を盗み見た。無駄のない筋肉。一寸の狂いもない姿勢。この男は、この地獄を倍の濃度で潜り抜けてきたというのか。

 

「夕凪、無駄口を叩く暇があるなら動け。残り4分だ。1秒でも遅れれば『お仕置き』の内容を公表する」

 

「……っ!」


俺は慌てて地下演習場へと駆け出した。

コンクリートの冷たい感触が足裏に伝わる。演習場に入った瞬間、ポイントを抑制する特殊なフィールドが展開されたのか、体が鉛のように重くなった。

 

「……はぁ、はぁ……やるしかない、のか……!」


まずはスクワット。


1回、2回……。能力を使えば一瞬で終わる動作。だが、それを封じられた今の俺は、ただの18歳のガキだ。100回を越えたあたりで、太ももの筋肉が悲鳴を上げ、乳酸が爆発するように溜まっていく。


「……98……99……100……っ!」


膝が笑い、視界がチカチカと火花を散らす。

その時、演習場のモニター越しに隊長のだるそうな声が響いた。


「あー、言い忘れてた。その『お仕置き』やけど、須藤が君に電気ショックを与えて無理矢理、体を動かせるから。死なへん程度に頑張りや〜」

 

「……っ、冗談じゃない!!」


死ぬ気で腰を落とす。


アウファー、見てるか。俺は今、お前から貰ったポイントを維持するためだけに、死ぬ気でスクワットをしてる。……格好悪くて、笑えもしない。

 

「ふん、スクワッドは終わったな。次は持久走だ。」


ダッシュ開始から45分。視界は白く霞み、肺は焼けつくような熱を帯びている。一歩踏み出すたびに、脳漿が揺れるような激痛が走る。

 

「減速したな。……お仕置きの時間か?」


背後に張り付く須藤の声が、鼓膜を直接刺すように響いた。

 

「……っ、まだ……だ……!」


俺が必死に足を動かそうとした瞬間、ふっと膝の力が抜けた。限界だった。


前のめりに倒れ込みそうになったその背中に、須藤の冷徹な指先が触れる。

 

「――規定速度を下回った。お仕置きだ」

 

「ギャァァァァァァッ!!」


背筋を貫く、凄まじい高電圧の衝撃。


意識が飛びかけるほどの電流が全身の細胞を無理やり叩き起こし、脊髄が勝手に反り返る。自分の意志とは無関係に、筋肉が悲鳴を上げて収縮し、強制的に足が前へと突き出された。

 

「……は、ぁ、……っ、あ……」

 

「止まるな。電気ショックで無理やり動かされるのが嫌なら、自分の意志で速度を維持しろ」


須藤の声には一切の慈悲がない。


3100ptを内側に抱えたまま、外側からは数万ボルトの電流で無理やり肉体を駆動させる。この「地獄の調律」は、俺の精神を粉々に砕き、ただの『動く肉塊』へと変質させていく。

 

「……クソ、……クソがっ!!」


俺は歯を食いしばり、口の中に広がる鉄の味を飲み込んだ。

電気ショックの余韻で震える足を、呪詛を吐きながら地面に叩きつける。


能力を使えば楽になれる。時間を止めれば、この苦しみからも逃げられる。


だが、それを選べば待っているのは「爆散」という最悪の結末だ。

 

「……見てろ、……全部……やってやるよ……!」


汗と涙でぐちゃぐちゃになりながら、俺は再び加速した。

地上のリビングでは、隊長がポテトチップスを袋ごと流し込みながら、モニター越しに俺の無様な疾走を眺めているはずだ。

 

「次は能力の解釈範囲を広げるための座学だ」


須藤が追い打ちのように言い放った言葉に、俺の魂は口から抜けかけそうになった。


地下演習場から這い上がり、やっと肉体的苦痛から解放されたと思った矢先、目の前にドサリと積み上げられたのは『相対性理論』『絶対時間』『時空の歪曲と因果律』といった、タイトルを見ただけで頭が痛くなるような専門書の山。

 

「肉体の次は、精神かぁ……」


3100ptを制御するには、ただ筋肉をつけるだけじゃ足りない。自分の能力が「世界にどう干渉しているか」を理論で理解し、脳内での解釈範囲を広げなければ、出力の微調整なんて夢のまた夢だという。


時刻は20:00。文字が霞んで見え始めた頃、須藤が「夜飯の時間だ」と、座学中の俺の手を無理やり引っ張ってキッチンへ連行した。

 

「規律、細かすぎだろ……」


フラフラになりながら席に着くと、今夜のメニューは肉じゃがだった。


昼間の「お好み焼き定食」の衝撃が嘘のように一般的で、出汁の染みたジャガイモと肉が、酷使した体に染み渡る。


「初日にしてはよー頑張ったよ。須藤も久しぶりの新人で気分上がって、訓練キツくしとったしな」


隊長が他人事のように笑う。聞けば、須藤は俺を昔の自分と重ねて、つい「教育」に熱が入ってしまったらしい。……情が厚いのは結構だが、その熱を電気ショックに変えるのは勘弁してほしい。

 

「明日は小森ちゃん、非番やったよね? ケンヤ君の訓練に付き合ってやったら?」


隊長が、食事をしていた一人の女性に声をかけた。

小森のステータスが視界に浮かぶ。

 

【プレイヤー名:聖霊の盟主(ホーリー・リーダー)

【保有ポイント:1146pt】

【能力:聖霊召喚スピリッツ・スポーン


「良いけど……何を手伝うん?」


小森と呼ばれた彼女は、どこか浮世離れした雰囲気で首を傾げた。1146pt。西成なら間違いなく一帯を支配できるレベルの強者だ。そんな彼女が、非番の日に何を手伝わされるのかと思えば――。

 

「そうやな……能力使って、ケンヤ君をボコボコにして欲しいかな」

 

「……は?」


サラッと何を言っているんだ、この人は。

俺の困惑を無視して、隊長は「実戦形式でのポイント抑制訓練や!」と楽しそうに付け加えた。

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