表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

稔隊(みのる)

名古屋の夜風は、西成の焦げ付いた鉄の臭いとは違って、どこか無機質で冷たかった。


約3時間半の監禁状態から解放された俺は、地面に足をついた瞬間に大きく深呼吸をした。都会の排気ガス混じりの空気ですら、地獄から戻った身には極上のスパイスのように感じられた。


だが、目の前に現れた「アイギス名古屋支部(自称:ラボ)」を見上げて、俺の淡い期待は一瞬で霧散した。

 

「おーし、着いたな。ラボに車は持ち込めへんから、ここからは歩きや~」


隊長がひょいひょいと指差したのは、どう見ても普通すぎる、いや、普通以下の古い二階建ての一軒家だった。庭もなければガレージもない。西成で見てきた廃ビルの方がまだ頑丈そうに思えるほどだ。

 

「……ここに……何人住んでるんですか……?」


俺は引き攣った笑顔で問いかけた。まさか、天下のアイギスがこんな「実家感」あふれる場所を拠点にしているなんて。

 

「あー、隊全員ってわけやないから、10人後半くらいやな。まあ、雑魚寝すればなんとかなるなる」

 

「……10人後半!?」


一軒家に20人近い能力者が詰め込まれている図を想像して、俺はめまいがした。


狭苦しい車から解放されたと思ったら、今度は人口密度の限界に挑むような「シェアハウス」生活が待っている。3180ptの爆発を心配する前に、ストレスで胃に穴が開きそうだ。

 

「ほら、ボサッとしなや。早く中入って、君のそのパンパンのポイントをどうにかせんと。……あ、玄関で靴揃えな須藤アイアン・ジャッジに怒られるから気をつけてな」

 

「……意外と規律が細かいんですね……」


俺はボロボロの体を支えながら、ギィ、と建付けの悪い玄関の扉を開けた。


そこには、西成の暴力的な喧騒とは無縁の、妙に生活感の漂う「アイギスの日常」が広がっていた。


「……玄関の靴の数と、この部屋にいる人数が全然合わない……」


俺はリビングを見渡して首を傾げた。数人の隊員がテレビの前でだらだらしているだけだ。残りの十数人はどこに消えた? まさか、この狭い押し入れの中にでも詰まっているのか?

 

「とりま部屋を紹介しとくか。2階は理事室、1階はトイレとキッチン……あとテレビがあるで」


隊長が適当な手つきで案内する。本当に、どこにでもある普通の一軒家だ。だが、彼が廊下の突き当たりにある、一見ただの収納に見える重厚な扉を開けた瞬間、その認識は一変した。

 

「あとは地下室やな。隊の部屋は主に地下にあるから、能力が暴走してもへっちゃらな作りや。外から見たらただの民家やけど、中身はシェルターみたいなもんやし」


階段を下りた先に広がっていたのは、地上の外観からは想像もつかないほど広大で、無機質なコンクリートに覆われた巨大な空間だった。

 

「広……っ!」


思わず声が漏れた。


地上の一軒家は単なるカモフラージュか。アイギスのポイントを狙って襲撃してくるハイエナ共から身を守るための、文字通りの要塞。これなら、10人後半の能力者がひしめき合っていても、余裕で収容できる。

 

「……で、ここが君の部屋や」


案内されたのは、地下の一角にある個室だった。


三浦会の、あのコンクリート剥き出しでカビ臭い独房のような部屋とは比べものにならない。

 

「……ベッドがある。カーペットも……テーブルまで……」


柔らかそうな寝具の感触を指先で確かめる。西成でアウファーと泥にまみれて戦い、命を削り合っていたのが、遠い昔の出来事のように感じられた。


冷徹なシステム音声と、血の臭い。そんな地獄のすぐ隣に、こんな「人間味」のある場所が、まだ残っていたんだ。

 

「……ありがとうございます、隊長」

 

「ええよ。ま、その代わり明日からは地獄の特訓メニューが待ってるからな。今日はそのベッドで、爆散せん程度にゆっくり休み」


隊長がひらひらと手を振って、ドアを閉めた。


液体のようにベッドへ沈み込み、泥のような眠りについた翌朝。


視界が開ける前に、肩を強く揺さぶる無機質な感触で意識が引き戻された。

 

「おい、起きろ」


薄暗い部屋の中で、須藤アイアン・ジャッジが冷徹な無表情で俺を見下ろしていた。その眼光の鋭さに、一瞬で総毛立つ。

 

「は、はい!」


跳ね起きる。今の俺のポイントなら、彼との実力差は圧倒的のはずだ。だが、染み付いた生存本能が「この男には従っておけ」と警鐘を鳴らしていた。

 

「朝食まであと数分だ。支度して来い。……あと、自己紹介もまだだろう」


須藤が淡々と告げて部屋を出ていく。俺は寝癖を水で抑え、机に用意されていた真っさらな白いTシャツに着替えると、慌ててキッチンへと向かった。

 

「お、来たな。自己紹介しーや」


リビングでは、酷い寝癖のまま欠伸をしている隊長(稔)が、トーストをつまみ食いしながら促した。

視界に入るのは、昨夜は気づかなかった大勢の隊員たち。その視線が一斉に俺に集まる。

 

「初めまして……夕凪ゆうなぎケンヤ、18歳です。能力は『十刻縮延デシマル・アクセル』。周りの時間を遅くして、自分だけは普通に動けます。ポイントは3100ポイントです。慣れないことが多くて迷惑をかけますが、よろしくお願いします」

 

「18!? 若っ!」


「3100…多いな…」


「よろしくね〜」


「面白い能力やね!」


「よろー!」


 

飛び交う歓迎の声。

西成の、奪い合うことが前提だった世界とはあまりに違う光景。隊長と俺を含めて総勢18名。これだけの「能力者」が、朝の食卓という平穏な空間に集まっていることに、奇妙な感動を覚えた。

 

「よし、自己紹介も済んだことやし。飯にすっか!」

 

「隊長って、ご飯の時だけ生き生きとしてるよね〜」


隊員たちの軽口を聞きながら、俺の前に並べられた朝食を見つめる。


(お好み焼きに……ご飯か……)


炭水化物と炭水化物の暴力。


名古屋の拠点で出された大阪のソウルフードに、言葉にできない文化の差を身に染みて感じた。だが、口に運んだそれは、三浦会で食っていた冷え切った配給品よりも、ずっと温かかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ