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約束された勝利

「ダメです隊長、しっかり上から『殺せ』と命令が出てます」


須藤アイアン・ジャッジの冷徹な声が、現場の空気を一段と凍りつかせた。


アイギスの「秩序」とは、慈悲ではない。不要と判断された「混沌」を完全に排除する断頭台だ。

 

「……えー、マジで? こいつ、能力解除したら絶対暴れるで? こっちも一回一回切り替えなあかんから、完全に隙がないわけやないんやし。……ほんま、殺生はダルいねんなぁ」


隊長は心底嫌そうに眉を寄せ、後頭部を掻いた。


だが、須藤は表情一つ変えず、再び「殺せ」と短く告げる。国家の犬としての忠実さが、隊長の怠惰を上回った。

 

「……しゃあないな。ほな、一番『掃除』が楽な方法でええ?」


隊長は溜息混じりに、空中で固まったままのカシラに指先を向けた。

 

「能力変更。『対象のベクトルを、垂直上方に固定』」

 

その瞬間、空気が悲鳴を上げた。


カシラの体が、まるで噴火する火山の岩石のように、猛烈な勢いで真上へと打ち上げられた。

雲を突き抜け、成層圏を超え、星の瞬く暗闇へと消えていく。

 

「これでええ? 多分、そのうち窒息して死ぬやろ。死体も残らんし、片付けんで済むし」


隊長は、まるで投げ捨てたゴミの行方を確認する程度の関心で空を見上げた。


俺は、その光景をただ唖然として見届けることしかできなかった。


西成の王。3606ptの怪物。俺が仲間の命を賭けて、自分の肉体を壊しながら戦った、あの絶望の象徴が。


この男の「面倒くさい」という一言と、指先一つで、文字通り宇宙の彼方へ放り出された。

 

「……あっさり、すぎるだろ……」


膝をついたまま、俺の口から乾いた声が漏れる。


3180ptの重みに耐え、死線を潜り抜けてきた自分の覚悟が、まるで子供の遊びだったかのように思えてくるほどの圧倒的な格差。


隊長はゆっくりと地上に降り立ち、埃を払うようにパッパと手を叩いた。


そして、ようやく思い出したかのように、視線を「俺」へと向ける。

 

「……さて。ハゲの処理は終わったし。次は、君の番かな?」


隊長の『真理の解析アナライズ・ロゴス』の視線が、俺のボロボロの肉体と、その奥に眠る3180ptの輝きを冷徹に射抜いた。

隊長は、まるで道端で昼飯に誘うような気軽さで、俺の生存本能を逆なでする事実を突きつけてきた。

 

「君……そのポイント数でよー体が持つなぁ。いつ弾け飛んでもおかしくないで」


その言葉に、俺は自分の胸元を押さえた。ドクドクと、心臓が壊れた時計のように不規則に脈打っている。3180ptという膨大なエネルギーは、今の俺という器にはあまりに巨大すぎた。

 

「ポイントは多ければ多いほど能力は強なるけど、その分、肉体への負荷もえげつないんや。体を鍛え抜くか、緻密な制御を覚えんとな……前にもおったで、ポイント過多で風船みたいに爆散した奴」


隊長は、思い出しただけでもダルそうに首を振る。爆散。その不吉な言葉が、アウファーから託されたこの力を「呪い」のように変質させていく。

 

「なぁ、君。アイギスに入らへん?」


唐突な言葉だった。俺は虚を突かれ、掠れた声で聞き返す。

 

「おr……僕が、ですか?」

 

「そうや。アイギスに入れば身の安全は保証するし、そのパンパンになった能力の制御や強化にも協力するで。……ぶっちゃけ、今は戦力が喉から手が出るほど欲しいねんなぁ」

 

隊長の目が、少しだけ真剣な光を宿した。


彼が語る「戦力が必要な理由」。それは西成のような局地的な問題ではなく、この国、いや世界の均衡を揺るがす巨大な脅威だった。

 

「東京におる**『鋼の老魔女』。あいつを討伐せなあかんのや。今は『家族ファミリー』**なんていう数千人規模の集団まで結成しよって……。あんなん一人で相手にするの、想像しただけで肩凝るわ」

 

数千人の能力者集団、『家族』。


そしてその頂点に君臨する、鋼の老魔女。


カシラという一つの絶望を越えた先に待っていたのは、さらに巨大で、底の見えない闇の連鎖だった。


「あぁ……入る……入るよ」


俺は震える声で承諾した。


アウファーを殺し、カシラを追い詰め、ようやく手にしたこの命だ。こんなところで勝手に爆散して終わるわけにはいかない。


指定異能者特別自治区――西成の門が遠ざかっていく。

俺はアイギスの用意した車両に押し込まれ、名古屋にあるという支部へと移動を開始した。だが、組織の威信の割に、車内はやけに窮屈だった。

 

「車……狭くないですか? アイギスって、もっとこう、豪華な装甲車とか使ってるのかと思ってました」


俺の素直な疑問に、隣で窮屈そうに足を組んでいた隊長が、深く長いため息をついた。

 

「狭いやろ……。あのなぁ、俺らがどれだけ必死にポイント稼いでも、獲得したクレジットの9割は『国』に持ってかれちゃうんよ。秩序を守るための税金や、って。だから現場の予算なんて、いっつもカツカツなんや」

 

「9割……」


エグすぎる。


西成で血を流して戦っていた連中が見たら、ひっくり返って驚くような搾取の構図だ。

俺はふと、自分の懐にある端末を思い出した。アウファーを倒した際に得た、あの莫大なクレジット。

 

「あの……僕がさっき手に入れたクレジットも、やっぱり……」

 

「あー、それは心配いらんよ。アイギスに入る『前』に獲得した分は、君個人の確定財産やからな。国もそこまでは手を出さへん。……ええなぁ、君。今、うちの隊で一番の金持ちちゃうか?」

 

隊長が冗談めかして笑うが、その目は少しだけ羨ましそうだった。


数百万クレジット。この金があれば、外の世界で一生遊んで暮らせるかもしれない。だが、俺の体には3180ptという「死の時限爆弾」が埋め込まれたままだ。

 

「まずは名古屋のラボやな。そこで君のそのパンパンのポイントを、肉体が耐えられるように『調律』せなあかん。……死にたくなかったら、寝んといてや。気絶したらそのまま爆発するかもしれんし」

 

「……さらっと怖いこと言わないでください」

窓の外では、西成の赤い空が消え、普通の、あまりにも普通な街の灯りが流れ始めていた。

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