隊長
「噂をしたら来たな、隊長が」
アイアン・ジャッジが、門の向こうを指して不敵に笑った。
俺は重い頭を上げ、その視線の先を追う。
だが、そこには威圧感も、殺気も、戦場を支配するような覇気もなかった。
現れたのは、街ですれ違っても二度見しないような、あまりにも「普通」の男。まるでお気に入りのコンビニにでも行くような軽い足取りで、こちらへ歩いてくる。
「……ほんとにあの人が隊長……なのか?」
あまりの気配の無さに、俺は一瞬、拍子抜けした。だが、その直後、俺の網膜に焼き付いたシステムウィンドウが、脳髄を直接殴るような衝撃を叩き込んできた。
【プレイヤー名:秩序の創造主】
【保有ポイント:4123pt】
【能力:想像異能】
「……っ!? 4123……!?」
絶句した。
西成の王として君臨していたカシラすら凌駕する、圧倒的な数字。そして『想像異能』という、名前だけでその底知れなさが伝わる力。
隊長は、地面に這いつくばっている俺を、ひどく退屈そうに見下ろした。
「こいつなん? 須藤でも倒せるぐらい弱ってるやん」
その声が届いた瞬間、全身の毛穴が逆立ち、心臓が凍りつくような死の予感に襲われた。だが、その感覚は一瞬で霧散する。彼にとって、今の俺は「殺す価値」すら見出せない存在だったのだ。
「隊長、こいつじゃないです。門の向こうにいるハゲです」
須藤がカシラのいる崩落現場を指差すと、隊長は
「あー、あいつね。おけおけ」
と、まるで夕食の献立を決めるような軽さで頷いた。
次の瞬間、視界から隊長の姿が消えた。
(テレポートか? いや、違う。加速だ。)
瞬きすら許されない速度で、彼は既に門を越え、カシラの鼻先に立っていた。
「なんや……お前……。どこから湧いてきた……!」
瓦礫の中から這い出したカシラが、顔を歪めて吼える。
「ハゲを倒せって言われて来ただけなんやけど……」
「敵って事やな? 舐めとんちゃうぞ!!」
激昂したカシラが、不可視の『原子命令』を全方位に放った。空間そのものを圧砕し、原子レベルで分解する破壊の波動。
凄まじい衝撃波が走り、周囲の残骸が粉々に吹き飛ぶ。
だが。
「……なっ!?」
カシラの目が見開かれた。
土煙が晴れた中心。隊長は傷一つ負わず、欠伸でもしそうな顔でそこに立っていた。
衝撃波は彼の数センチ手前で、まるで意志を持っているかのように「避けて」流れていったのだ。
「……あ? なんで当たらん……!?」
愕然とするカシラをよそに、隊長は耳をほじりながら、気だるそうに呟く。
「あー……今の能力は『絶対不可侵の斥力』ってとこかな。想像した通りの力が出るのは便利やけど、これ一回一回解除せなあかんのが、ほんまにダルいねんなぁ……」
隊長はふぅ、と溜息をつく。
彼の脳内では、一瞬で「防御の能力」が破棄され、次の「想像」が現実へと書き換えられていく。
「……ま、仕事やしな。やる時はやるよ」
その瞳が、初めて鋭くカシラを射抜いた。
国家という巨大な「秩序」を背負う男が、重い腰を上げる。
「舐めやがって…死ねぇ!」
カシラの放った渾身の『原子命令』。地盤そのものが牙を剥き、隊長の体を天高く突き上げた。逃げ場のない空中。
「……ったく、地面が跳ねるとか、乗り物酔いするわ」
そこへ、無数のビルの窓ガラスが、カシラの支配下で鋭利な散弾となって殺到する。空を切り裂く高音が響き、太陽の光を反射したガラスの破片が、隊長の全身を飲み込んだ――はずだった。
「……あ? なんで……なんで当たらんのやッ!!」
カシラが絶叫する。
空中。隊長の周囲数センチ。そこには透明な境界線が存在するかのように、すべてのガラス片が、まるで「意志」を持って避けていく。それどころか、重力に逆らって浮き上がる瓦礫すら、彼に触れる直前で軌道を変えていた。
隊長は、空中でプカプカと浮いたまま、面倒くさそうに首を振る。
「……いや、避けてへんよ。**『俺に当たる確率は0%』**って、今の能力で固定しただけやし。……あー、これ維持するんも集中力使うから、ほんまダルいねん」
【能力:確率の固定】
一発でも「当たる可能性」がある攻撃を、概念レベルで消滅させる。
物理法則すら「想像」で上書きするその力は、カシラの原子操作ですら干渉できない異次元の領域。
「……ま、空中まで上げてくれたんは助かったわ。周りに人おらんし、一気に終わらせられるしな」
一瞬、彼を包んでいた「避ける力」が解除された。能力の切り替え。そのコンマ数秒の隙――。
「今やッ! 死ねえぇぇ!!」
カシラがその隙を見逃さず、全原子を一点に集中させ、核爆発にも等しい指向性エネルギーを隊長へ叩き込もうとする。
「……遅いねん。……次は、**『存在しない重さ』**な」
隊長が指をパチンと鳴らす。
「体が……動かん……声も出せへん……!」
カシラは驚愕に目を見開いたまま、空中で完全に固まっていた。
指先一つ動かせない。それどころか、喉の筋肉さえも鉄を流し込まれたように強硬し、音の一片すら漏らすことができない。
『原子命令』――。
その絶対的な支配力は、カシラの「声」という媒体があって初めて成立する。言葉を紡げない支配者は、牙を抜かれた獣にも劣るただの肉塊だ。
「君の能力は、原子を含む物に口で命令しないと動かんのやろ? 口さえ封じてしまえば、ただの一般人やな」
隊長は、まるで散歩の途中で見つけた雑草の性質を語るような、あまりにも軽い調子で言い放った。
(な、なんで知っとるんや……! 俺の能力の機密を……!)
カシラの脳裏に、どす黒い戦慄が走る。
『原子命令』の詳細な発動条件は、身内の幹部ですら正確には把握していないはずの最重要機密だ。それを、初対面の男が事も無げに解説している。
「……『なんで知っとるんや』って顔やな。これも能力の一部やよ。今の俺の能力は、『視界に入った全情報の完全把握』。……ま、カンニングみたいなもんや」
【能力:真理の解析】
隊長が「想像」したのは、対象の過去、弱点、能力の構成、そのすべてを白日の下に晒す神の眼。
『確率の固定』を解除した一瞬の隙に、彼はこの解析能力を割り込ませ、カシラの攻略法を瞬時に「理解」したのだ。
「……あー、やっぱりこれ、脳みそが熱くなるな。ダルいわ」
隊長は、空中で固まったままのカシラを、ゴミ箱へ捨てる前の吸い殻を見るような目で見つめる。
「須藤ー、こいつどうする? 殺すん面倒やし、適当に拘束具持ってきてや。口さえ塞いどけば大人しいもんやし」
隊長の声が、地上で呆然と立ち尽くす俺たちの元へ降りてくる。
3606ptの怪物を、まるで「荷物」のように扱うその姿。
俺は、自分の体の中に流れる3180ptという莫大な力が、この男の前では赤子の産声ほどの影響力も持たないことを、嫌というほど思い知らされていた。




