命
「あとちょっと……あと少しで……!」
視界の端に境界線の光が揺れる。加速し、暴走に近い速度で突き進む怪物の勢いは、もはや誰にも止められないはずだった。
だが、衝撃は唐突に訪れた。
内側から膨れ上がるような異音と共に、巨躯が爆散する。肉片と体液が飛び散り、怪物は無惨な肉の礫へと成り果てた。微細な肉片がうごめき、再生を試みようとしているが、その速度は絶望的に遅い。
「自分の……最高傑作が……」
アウファーギブが呆然と呟く。自慢の作品を破壊されたショックに彼が立ち尽くした、その刹那だった。
瞬きをする間の一撃。アウファーギブが猛然と俺を突き飛ばした。
「――ッ!?」
直後、嫌な音がした。
長く、鋭利に尖ったアスファルトの破片が、彼の背後からその肺を深々と貫いていた。
「アウファー!」
叫び、駆け寄る。だが、彼の胸元からは真っ赤な鮮血が溢れ出し、止まる気配がない。
「大丈夫や……こんなん、へっちゃらよ……」
強がりの言葉とは裏腹に、彼は溢れ出る血を細い手で必死に抑えていた。俺は狼狽し、どうすればいいのか分からぬまま、無意味だと知りながらもその傷口を塞ごうと必死に止血を試みた。
「やめい……ケンヤ君……」
アウファーギブは、自らの命がもはや助からないことを悟ったような、静かな仕草で俺の手を振り払った。そして、血を吐きながら最後の願いを口にする。
「なぁ……殺してくれへんか……? ケンヤ君……」
「……は? 何を……」
「自分、知っとんねん……ポイントで能力が強くなるって。……やから、自分を殺して、強くなってや……」
途切れ途切れの、浅い息遣い。
仲間だと、戦友だと、心のどこかで認めていた男を殺す? 冗談じゃない。俺はまだ、そこまで人の心を捨てちゃいない。
「……ダメだ。死ぬな、生きろ!」
「ここで、ケンヤ君が自分を殺さんかったら……二人とも殺されんねん……!」
アウファーギブが最後の力を振り絞り、俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。
その瞳は真剣だった。
現実から目を背けたかった。こんな狂ったゲームさえなければ、俺たちはきっと、良き友人になれたはずなのに。
「………分かった…。」
沈黙の後、俺は渋々と、その願いを飲み込んだ。
せめて痛みがないように。安らかに、静かに。
吹き抜ける風の音だけを感じながら、俺は短剣を振るい――彼は、動かなくなった。
「ごめん……ごめん…………」
膝をつき、絞り出すような謝罪が虚空に消える。
冷徹なシステム音が、残酷な現実を告げた。
【プレイヤーを撃破。ポイントの移動を開始します。】
素早さ 0/15
華麗さ 0/15
芸術点 0/15
残虐性 0/15
【撃破点1pt。820,000クレジットを獲得】
【843ptの移行を確認】
【合計所持ポイント:3180pt】
システムは、俺が下した苦渋の決断を「何の価値もない作業」として切り捨てた。
だが、その直後に表示された「843pt」という数字の奔流が、俺の身体に流れ込む。
「……っ、が……あ、あああああ!!」
血管が焼き切れるような熱。
アウファーギブがこれまで奪い、守り、積み上げてきた命の執着が、ポイントという形をとって俺の『十刻縮延』を無理やり次のステージへと押し上げていく。
3180pt。
もはや、立っているだけで周囲の景色がスローモーションに見えるほどの超高出力。
友の命を終わらせたという空虚な事実が、その膨大なエネルギーと共に、逃れられない重圧となって俺の魂にのしかかった。
このポイントは、もはやただの数字じゃない。
俺の背負った、消えることのない「罪」の重さ。
そして…
カシラが飛んで瓦礫を蹴散らし、すぐ目の前まで歩み寄ってきた。
その顔には、隠しようのない愉悦が浮かんでいる。
「はっ! 友達を殺したんか! ポイントのために、えげつないことするなぁ!」
まるで見世物小屋の獣を見るような、人間を人間とも思わない冷酷な眼差し。だが、そんなものはもう、俺の心には塵ひとつほども響かなかった。
「五月蝿い……お前なんか居なければ……こいつは死ななかった……」
絞り出すような俺の声に、カシラは嘲笑を深めた。彼は再び、逃走を封じるための『原子命令』を下そうと、静かに構えを取る。周囲の空気が密度を増し、透明な檻が再構築されていく。
「全部……お前のせいだ」
その瞬間、俺の全身から噴き出したのは、3180ptという膨大な質量を持った、ドス黒く鋭い「殺気」だった。
「……っ!?」
無敵を自称していたカシラの表情が、初めて強張った。
圧倒的な死の予感に本能が叩き起こされたのか、奴の足が、無意識のうちに後ろへと下がった。3606ptの支配者が、格下のガキに、気圧された。
「……ははっ、ほんまに人間やめとるやんけ。面白いやっちゃなぁ……」
カシラは引き攣った笑いを浮かべながら、その瞳に本気の狂気を宿らせる。彼はもう、俺を「10億の首」とは見ていない。自分の地位を脅かす「怪物」として、その原子を燃やし始めた。
「ほな……やるぞ、ガキ。お前がその化け物染みた加速で自滅するんが先か、俺が粉々にするんが先か……勝負や!!」




