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仮の仲間

背後から迫る足音は、もはや一人の人間のそれではない。

地響きのような轟音と共に、ドミナント・コア――カシラの狂気が西成の路地を飲み込みながら肉薄してくる。

 

「……逃がさへん、絶対に逃がさへんでぇ……!!」

咆哮と共に放たれた『原子命令アトミック・コマンド』の余波が、逃げ遅れた周囲のプレイヤーたちを無慈悲に巻き込んだ。

悲鳴を上げる暇さえ与えず、彼らの肉体は原子レベルで分解され、カシラの周囲を渦巻く漆黒のつぶてへと変質していく。

他者の命すらも自らの推進力へと変え、瓦礫を蹴散らし、ビルを薙ぎ倒しながら、その巨躯が迫る。

 

「……しつこい男やね。自分は執念深い男は嫌いやないけど、これほどやと興醒めやわ」

アウファーギブが、苦悶に満ちた声を漏らしながらも不敵に口角を上げた。

彼女の指先が、まるで見えない楽器を奏でるように激しく虚空を舞う。

 

「来なさい……自分の愛しい『作品』たち!」

その呼び声に応えるように、路地裏の影、建物の隙間、そして積み上がった死体の山から、異形の影が次々と這い出してきた。


継ぎ接ぎだらけの肉体、意志を失った虚ろな瞳。

アウファーギブがこれまで西成で蒐集し、丹念に作り上げてきた「死体人形」の軍勢が、主を守る壁となってカシラの進路へと立ちはだかる。

 

「ケンヤ君、前だけ見て走りなさい! ここは自分の可愛い子たちが時間稼ぎしたる!」


アウファーギブが文字通り「壁」として積み上げた、数十体にも及ぶ愛すべき『作品』たち。

だが、その献身は無慈悲な法則によって踏みにじられた。

 

「死体は所詮ただの物や! 俺の敵やない!」

カシラの怒声が響く。

ドミナント・コアの『原子命令』にとって、生物ではない死体は、道端に転がる石ころや瓦礫と何ら変わりはない。命令を拒絶する「意志」を持たないそれは、止める盾にすらならず、触れた瞬間に原子の塵へと分解され、木っ端微塵に弾け飛んだ。

 

「――っ、しまっ……!」

アウファーギブが目を見開く。

彼の糸が虚空を掻いた。自慢の作品たちが一瞬で虚無へ消され、防御に空白が生まれたその刹那。

 

「空気よ……『吹き飛ばせ』」

カシラが短く、鋭く命じた。

俺の目の前の空気が、突如として巨大な質量を持った不可視の鉄槌へと変質する。

逃げ道を塞ぐように爆発した衝撃波が、ボロボロの俺の体を軽々と打ち上げた。

 

背中からコンクリートの壁に叩きつけられ、肺に残っていたわずかな酸素が吐き出される。

視界が赤く染まり、火花が散る。

「……が、はっ……」

激痛で思考が白濁する中、ゆっくりと土煙を割って歩いてくる影が見えた。

カシラだ。

やつは、俺と自治区の境界線との間に、絶対的な絶望として立ち塞がった。

 

「ようやく止まったな。……随分と遠回りさせたやないか、ガキ」

背後には、大切な作品をすべて失い、呆然と立ち尽くすアウファーギブ。

目の前には、3606ptの暴力を全身から放つドミナント・コア。

逃げ道はない。脚はもう、指一本動かすことさえ拒んでいる。

 

「ポイントも、その命も、ここで全部置いていけ。……西成のルールは、俺がそう決めたんや」

カシラの右手が、俺の心臓に向けてゆっくりと翳される。

その掌には、すべてを無に帰す「崩壊」の光が凝縮されていた。


「がっ……! な、なんや……この痛みは……!」

掌に凝縮されていた崩壊の光が霧散し、カシラがその場に激しく膝をついた。

3606ptの怪物を内側から焼き焦がしているのは、紛れもない「法の鉄槌」。


【プレイヤー名:公正なる裁きのジャスト・ジャッジ

【保有ポイント:0pt】

【能力:零の糾弾ゼロ・コンデム


「今や! 乗りなさい、ケンヤ君!!」

アウファーギブが俺の襟首を掴み、強引に怪物の背へと引きずり上げた。彼自身も鮮やかな身のこなしでその巨躯に飛び乗り、俺の体を支える。

 

「……アウファー、お前も……」

 

「当たり前やろ! 作品を全部壊されたんや、あんな男と心中する義理なんてこれっぽっちもありまへん!」

アウファーギブが指先で不可視の糸を弾くと、怪物は咆哮を上げ、地を削るような勢いで爆走を開始した。

多脚がアスファルトを砕き、瓦礫の山を飛び越える。背後では、痛みを怒りでねじ伏せようとするカシラの咆哮が、地獄の底から響くように追いかけてくる。

 

「逃がさへん……逃がさへんぞォ! 原子よ……追え! あのガキ共を、塵も残さず噛み砕け!!」

カシラの命令が、周辺の瓦礫を凶悪な弾丸へと変質させ、俺たちの背後へ降り注ぐ。

シュルルル、と空気を切り裂く音が鼓膜を打つ。

 

「死なせへん……! うちの最高傑作あなたを、あんな無粋な塊で汚させはせんで!」


アウファーギブが俺を庇うようにして、死に物狂いで糸を操り、怪物を蛇行させる。


飛来する瓦礫が怪物の肉を削り、アウファーの頬に鋭い切り傷を作ったが、彼は瞬き一つしなかった。

目の前には、現実世界の光が漏れ出す「自治区の境界線」が白く輝いている。


そこを越えれば、この狂ったゲームのルールも、カシラの支配も届かない。

 

「……あともう少しや、ケンヤ君!」

 

「……ああ、……出すぞ、最後の一滴……!」

俺はアウファーギブの肩を掴み、残されたわずかな気力で『十刻縮延』を、自分ではなく、今乗っている「怪物」へと注ぎ込んだ。

限界を超えた肉体が火を噴くような感覚。だが、怪物の速度は一気に跳ね上がり、背後の爆発を置き去りにして光の中へと突っ込んでいく。

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