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交渉

「初めまして、『歪んだ加速』さん。……あぁ、今はケンヤ君、と呼んだ方がええかな?」

錫杖の音を響かせ、男――アウファーギブが薄ら笑いを浮かべて近づいてくる。

男が指を鳴らすたびに、瓦礫の陰から「マイナスポイント」を背負った、死体とも生き物ともつかない異形たちが這い出してくる。

 

「素晴らしい生命力や。あなたのその『寿命を削った肉体』、是非とも私のコレクションに……いや、『作品』に加えさせていただきたい」

 

「……死体を動かして何が作品だ。悪趣味なんだよ」

俺は屋上から飛び降り、着地と同時に『時空断刃』を抜いた。

空気がピリリと震える。1446ptの俺と、843ptのアウファーギブ。数値上は俺が勝っているが、こいつから感じるのは数値では測れない「不気味さ」だ。

 

「悪趣味? 心外ですなぁ。命が尽きた後も戦い続けられる。これ以上の救済がどこにあります? ……さぁ、ケンヤ君。あなたの『時間』、私に預けてくれはりませんか?」

アウファーギブが錫杖を俺に向ける。

その瞬間、跪いていた「暴走バーサーカー」の個体が、地面を爆破させるほどの脚力で俺に肉薄した。

 

「ぐるぅあ"ぁ"あ”ァ!」

速い。だが、今の俺の敵じゃない。

十刻縮延デシマル・アクセル』。

加速した世界で、俺はバーサーカーの懐に潜り込み、短剣でその喉元から心臓にかけてを十文字に切り裂いた。

普通のプレイヤーならこれで終わりだ。だが――。

 

「……ッ!?」

切り裂いた断面から、肉が泡立つように盛り上がり、一瞬で傷口が塞がる。

それどころか、斬られたはずの腕が肥大化し、俺の頭を叩き潰そうと振り下ろされた。

 

「無駄ですよ。彼らはすでに死んでる。死んでいるものに、それ以上の死を与えることはできまへん。……あなたのその『歪んだ斬撃』でさえね」

アウファーギブの嘲笑が響く。


「気分良く笑ってるところすまねぇが交渉しないか?」


俺はアウファーギブに交渉を持ち掛ける。


「ほう?交渉ですか…」


目的をアウファーギブに話す。

正直、分が悪い。

眼前のバーサーカーは、斬っても即座に肉を盛り上げ、こちらのスタミナを削りに来ている。寿命を前借りして戦っている俺にとって、再生能力を持つ不死の軍勢との長期戦は、文字通り「命取り」だ。


「ほぉ…カシラと言うのは『支配核(ドミナント・コア)』のことですかな?」

 

支配核ドミナント・コア……」

その名前が耳に入った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

ネットの掲示板、裏のオークション、アイギスのデータベース……どこを洗っても出てこなかったその名。大阪の「カシラ」という通称の裏に隠されていた、このゲームの根幹に触れるような禍々しい響き。


「ええですよ、ケンヤ君。その提案、乗りましょう」

意外なほどあっさりと、男は錫杖を地面に突いた。

すると、あんなに殺気立っていたバーサーカーたちが、まるで電源を切られたようにその場に崩れ落ち、動かなくなった。

 

「私もね、あの御人――ドミナント・コアには少々、思うところがありましてな。あまりに強大すぎて、『素材』にするには手が届かへんのですわ」

アウファーギブは法衣の袖を払い、優雅な所作で俺に道を開けた。

 

「よろしい。あなたのような極上の『命』が、あの絶対的な『核』とぶつかり合う。……どちらが壊れても、私にとっては最高の『死体』が手に入る。損な話やありません」

男は西成のさらに奥、ビルがひときわ高く積み上がり、黒い霧が渦巻いている中心部を指差した。

 

「この先、西成の中央広場跡地……通称『地獄の釜』。そこにカシラは居てはります。ただし、道中にはカシラ直属の護衛、通称『メンブルム』の4人が待ち構えてるはず。……無事に辿り着けたら、ええですな」

アウファーギブの姿が、夕闇に溶けるように薄くなっていく。

 

「……あぁ、最後に一つ。ドミナント・コアの能力は、単なる

『破壊』やありませんよ。……気ぃ付けなはれ。あの男は、

『ルール』そのものなんやから」


「ルールそのもの?…どう言う意味だ、どういった能力か教えてくれ。」

俺はアウファーギブに能力の解説を求めた。


「生物以外の原子を含む物質に命令を下すことができ、変幻自在で手数が多く厄介です。私も沢山の作品を失いながらこの地に逃げてきました」


 アウファーギブは、自慢の死体人形たちが塵にされた光景を思い出したのか、一瞬だけ不快そうに目を細めた。

 

「……なるほどな。触れたものを爆弾に変えたり、地面を槍に変えたり、文字通り世界そのものを武器にできるってわけか」

俺は自分の『時空断刃』を強く握りしめた。

俺の能力は「時間」の加速。対してあいつは「物質」の支配。

一見、触れられなければこちらの勝ちに見えるが、アウファーギブが言った「理性的で知性に溢れた戦い方」という言葉が引っかかる。

 

「……ありがとな、アウファー。おかげで死に方が少しは想像できたよ」

俺は皮肉を投げ、踵を返した。

 

「おやおや、行かはるんですか。……忠告しておきますが、西成の空気も、あなたが踏み締める土も、すべては彼の『領土』。一呼吸置くごとに、死に近づいていると思わはることですな」

アウファーギブの消え入りそうな声が背後に消える。

俺は再び、加速の奔流へと身を投じた。


『地獄の釜』――西成中央広場。

近づくにつれ、周囲の建物が「不自然」な形に変形しているのが目に入る。


あるビルはねじじ切れた螺旋階段のようになり、ある道路は重力を無視して空へと反り上がっている。

ドミナント・コアの「命令」によって、街そのものがケンヤを拒む巨大な罠へと作り変えられていた。

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