別れ
俺は久々の自分の部屋で今まで感じたことのない程の深い眠りに着いた。
翌日パソコンを開き全国の状況を確認した。
まず、国は囚人や死刑囚相手に
『対異能特殊部隊:通称:アイギス』を設立した。
多少犠牲者は出ているらしいが、相当な手練れだろう。
札幌でアイギスと出会わなかったのは、ただの幸運だった。
次に全国各地で頭部だけを失い、倒れている死体がかなり増えている。
生存ポイントを稼げなかったプレイヤーだろう…、殺す勇気がなかったら、俺も同じになっていた。
そして鋼の老魔女についての情報はポイントと能力のみ…
「2000……ッ!」
俺は言葉を失った。寿命を半分捨てた俺の、2倍以上のポイントを保有しているのだから。
そして何より気になるのが、
「指定異能者特別自治区…?」
どうやらプレイヤー達が街中で被害を出しながら戦うのを避ける為に作った場所だそうだ。
「大阪の西成区か…」
中は激戦区、自治区外で戦えばアイギスに殺される。
そう情報を集めていると俺の脳内で、異常なまでの高音で警告を鳴らし始める。
【緊急警告:プレイヤー集団の接近を確認】
【推定人数:30名】
【所属:大阪チーム・残党 兼 掃除屋ユニット】
「……!何故ここが…」
テーブルの上の『時空断刃』を手に取った。
母さんの温もりが残る手で、死の道具を握りしめる。
「母さん、父さん……。伏せてて。窓際から離れて。……すぐに、片付けてくる」
俺の瞳から「息子」の光が消え、再び1320ptの「歪んだ加速」の冷徹な光が宿る。
「……死ぬなよ、ケンヤ」
父さんが初めて、俺の名前を呼んだ。短く、重い、一言だけの激励。
俺は頷き、玄関のドアを開ける必要さえ感じなかった。
『十刻縮延』。
世界が静止し、俺は家の壁を透過するかのような速度で、外にいる集団へ飛び込んでいった。
家の前の道路には、黒いタクシーやワンボックスカーが数台。そこから降り立ち、武器を構えようとしている30人の「掃除屋」たち。
彼らにとって、俺が玄関から出てくるのを待つ時間は「永遠」に等しい。
「……家族を、巻き込もうとしたな」
俺は静止した世界の中で、腰の『時空断刃』を抜いた。
この短剣を振るたびに、人としての何かが無くなっていく。だが、今はそんなことどうでもいい。
一歩。
二歩。
三歩。
俺は30人の間を、縫うように歩く。
加速した俺の視界の中で、奴らは瞬き一つできていない。
俺は短剣を振るわず、ただ奴らの喉元や心臓の「空間」をなぞるように、短剣の先で虚空を切り裂いていった。
歪んだ斬撃の種が、30人の周囲に蒔かれる。
「――死ね」
十秒。俺にとっての長い散歩が終わり、リミッターを解除した。
パンッ!
乾いた音が響いた瞬間、30人の周囲で「時間」が弾けた。
斬撃の事象が一斉に発動し、30人の掃除屋たちは、自分が何に襲われたのか、いつ死んだのかさえ理解できぬまま、その場で肉の塊へと変わった。
悲鳴さえない。
ただ、重力に従って肉片がアスファルトを叩く湿った音だけが、静かな住宅街に響く。
【プレイヤーを多数撃破。ポイントの移動を開始します】
【現在所持ポイント:1380pt】
俺は返り血の一滴も浴びることなく、霧散していく掃除屋たちの残骸を見つめた。
もはや、アイギスという国家権力も、大阪のカシラも、俺を止めることはできない。
俺は静かに家を振り返った。
窓の向こうで震えているであろう、ケンヤと呼んでくれた父さんと、愛してくれている母さん。
「……行ってくるよ」
俺はそのまま、消えるように走り出した。
目的地は、日本のどこよりも熱く、どこよりも汚れた地獄。
『指定異能者特別自治区へ』
一方、大阪チームは。
「戻ってきたからには、ええニュースなんやろうな?」
震えている情報員は報告をした。
「い…いえ、掃除屋が全滅しました…。」
「……掃除屋が、全滅やと?」
カシラの問いかけは、もはや静かな怒りを通り越し、周囲の空気を物理的に圧縮していた。報告に現れた情報員は、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタと震え、床に額を擦り付けている。
「い、いえ……はい……。目的地に着いたという連絡を最後に、全員のバイタルサインが消失しました……」
「目的地に着いてから、たった1分やぞ! 30人の手練れが、1分で肉片になったいうんか! なんやこの有様はァ!!」
激昂したカシラが、反射的に目の前の壁に拳を叩きつけた。
直後、分厚いコンクリートの壁が紙細工のように粉砕され、その衝撃波は止まることなく大空を突き抜けた。隣接していたオフィスビルの数フロアが、巨大な鉄の塊で殴られたかのように丸ごと消し飛ぶ。
ただの「パンチ」ではない。空間そのものを押し潰すような、理不尽なまでの質量攻撃。
「……ええわ。おもろいやんけ」
カシラは、砕けた壁の向こう側に広がる大阪の夜景を、血走った瞳で見据えた。
「……はい……?」
「俺が直々に殺してやる、言うとんのや。あのクソガキ、今どこに向かっとる」
カシラの殺気に当てられ、失神しかけていた情報員が慌てて別の男を呼び寄せる。その男――もう一人の情報員は、顔面を蒼白にしながらも、自身の「眼」に映った情報を口にした。
「は、はい……。僕の能力**【思考察知】で、彼が家を出る瞬間の意識を拾いました。ターゲット、ケンヤは……『指定異能者特別自治区(西成区)』**に向かっています」
「西成やと? ククッ……。自分の墓場を自分で選びに来たか」
カシラは、自らの拳に纏わりつく火花のようなオーラを握りつぶした。
西成区。そこは現在、アイギスによって封鎖され、全国から集まった狂犬たちが互いの首を獲り合う「合法的な地獄」だ。
「よし、野郎ども! 西成の全プレイヤーに伝えろ! 『歪んだ加速』の首を獲った奴には、俺からのボーナスで10億を贈呈してやる!」
カシラの号令が、闇のネットワークを通じて西成に潜む数千人のプレイヤーへと拡散される。




