表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/117

第九十八話 妙な指名依頼

 ――データセンターのダイニング。そこには、いつもの馴染み深い顔ぶれが揃っていた。ただし、騒がしいはずの玲香の姿だけが、そこにはない。


 エプロン姿の玲子は、茹で上げたパスタを鮮やかな手つきでザルに上げ、湯気を切る。四つの皿に盛り付けられたのは、ハーブと完熟トマトの芳醇な香りが漂うミートソース・パスタだ。


 「「「「いただきます」」」」


 フォークにパスタを絡め、幸せそうに頬張るカタリストに対し、玲子は嬉しそうな視線を向けた。

 「カタリストのお母さんから送られてきたトマトと、温室のハーブを使ったの。どうかしら?」


 「美味しいです……! お姉様の卓越した調理スキルが、トマトとハーブの生命力を最大限に引き出していますね。毎日でも食べたいくらいです」


 カタリストが頬を緩める横で、イカロスはパスタを拳ほどに大きく巻きつけながら、玲子を真っ直ぐに見据えた。

 「……ところでお嬢。妙な指名依頼をもらったそうだな」

 「ええ。依頼主はレペルトワールを『クビ』になったばかりの舞台監督よ」


 その言葉に、イカロスは一度フォークを皿の上に下ろし、眉を寄せた。

 「姉さんの件もあるしな。単なる復讐依頼にしては、出来過ぎているんじゃねえか?」


 「私もそう思うわ。でも、お姉様はあれから音沙汰なしだし、ここにも顔を見せないから、理由も聞けないわね。クロサワ。例の依頼の詳細をみんなに共有して」


 「かしこまりました。ヒアリングをしたコンサルの話によりますと、レペルトワールの内部システムに侵入して、スキャンダル情報を上手く吸い上げて欲しいとのことでした」


 ダイニングのディスプレイに、依頼情報が映し出された。


 ***


 ――特秘指名依頼

 依頼①:《スキャンダル情報の公開》

 依頼内容:

 レペルトワール内システムへの潜入、および組織のスキャンダル情報の奪取・公表。

 報酬:2000万+指名料100万

 添付資料:依頼人が使っていた内部システムアカウントのログインIDおよびパスワード

 特記事項:アイスエンジェルが指名されました


 ***


 玲子はディスプレイをじっと見つめたまま、情報をなぞるように呟いた。


 「添付資料のアカウントって、きっと大した権限は付いてないわよね……いきなり情報を奪うのは無理か。それにレペルトワールのシステムって、ハッキングする隙が全く無かったのよね」

 「左様でございますな。コンサルの話によると、システムを組み上げたのは、主席エンジニアの速水祐希という者だそうですぞ。幸か不幸か、彼は現在、長期休暇で不在とのことです」


 玲子は目を細めながら、値踏みするように眉を上げた。

 「……へぇ。優秀なエンジニアさんは、そんな名前だったのね」


 クロサワは依頼詳細ページへと画面を切り替える。

 「留守を任されたシステム担当は、とあるパトロンの縁故で最近採用されたばかり。システムには、あまり明るくないとのことでした。資料として渡されたIDとパスワードは、クビになった舞台監督のもので、まだアカウントは生きていると」


 玲子は椅子の背もたれに深く身を沈めながら、人形たちの頭を撫でた。

 「隙を突くとしたらここらへんか……この新人管理者さん、色々と教えてくれそうだし。それとマリー、メリー。念のため、この依頼人に怪しい所がないか教えて」


 『彼がクビになったのは事実だよ。離職票も発行済み!』

 『離職理由は一身上の都合となっています。ですが、実際は複数の団員に対するセクシャルハラスメントが理由です。噂レベルですが、マスターDは団員全員の前で彼を罵倒し、その場で即日クビを言い渡したそうです』


 「罵倒……」

 カタリストの肩が、微かに跳ねた。ナプキンを持つ手がわずかに震える。


 クロサワが、カタリストの気持ちをフォローするかのように冷静に口を開く。

 「バレエ団という場所は、それほどまでに特殊なのですかな。今のご時世にそんな『公開処刑』を行えば、即座にコンプライアンス違反を問われかねませんが……」


 玲子は不敵な笑みを浮かべ、最後の一口を飲み込んだ。

 「……無計画にそんなヘマをするとも思えないわ。これは誰かが用意した、私への『招待状』ね……いいわ、受けて立ってあげる。その招待主の顔、拝んでやりましょう」


 ――指令室。

 モニターの淡い光が玲子の横顔を青白く照らしていた。コックピットチェアに深く身を預けた彼女は、迷いのない指捌きで、依頼の添付資料に記された認証情報を叩く。


 「……あきれた。本当に入れたわ」

 画面には、レペルトワールの内部管理システムが、無防備な姿で晒されていた。


 「マリー。UIを操作して、システム管理者の情報を探して」

 『了解!  ……これだね。数日前に追加されたばかり。確かに、ピカピカの新人さんだよ!』

 「“由貴(YUKI)”……ね。ありがとう。少し揺さぶってみるわ」


 玲子はシステム内のチャットメニューをクリックし、ホワイトハッカーを装った偽の警告フィッシングメッセージを送り込んだ。


 《ICE ANGEL:レペルトワール・システム管理者の由貴様。突然のご連絡、失礼いたします。 匿名で活動しているセキュリティエンジニア、アイスエンジェルと申します。 貴殿の管理下にあるシステムに、深刻な脆弱性を確認しました。すでに複数の個人情報が外部へ流出している形跡があります》


 玲子の指が、踊るように追撃のメッセージを綴る。


 《ICE ANGEL:緊急性を鑑み、直接コンタクトいたしました。ご無礼はお許しください》


 玲子はキーボードから手を離し、静かに待った。

 普通、熟練の管理者ならこの時点で侵入者のアカウントを遮断(BAN)するか、公式なルートでの対話を求める。

 だが相手は新人の管理者だ。このメッセージの真の目的は、狼狽した彼を上手く誘導して、管理者権限が使えるrootアカウントの認証情報を盗むこと――そのはずだった。


 だが、返ってきた反応は、玲子の予想の斜め上を行くものだった。


 《YUKI:え!? 本当ですか!? それはまずいですね……! 一応、パソコンには詳しい方だと思ってたんですが、正直システムの内部とかはよく分からなくて。名目上、管理者ってだけで、実務は先輩に頼りっきりなんです。先輩、当分休みだし、僕はどうすればいいでしょうか?》


 玲子は、ほんの一瞬だけ瞬きをした。

 「……無能ね」


 対応を「認証情報の奪取」から、より確実な「バックドアの設置」へと、即座に切り替える。

 玲子は、バックドアが仕込まれた「偽の修正パッチ」を、チャットフォーム上のファイル添付アイコンに乗せて送信した。


 《ICE ANGEL:応急処置として修正プログラムと実行手順を送付しました。被害を抑えるため、今すぐサーバー上で実行してください》


 即座に返信が届く。

 《YUKI:あ、これですね。ありがとうございます、助かりました! 今、実行しました。これでもう、安心ですよね?》


 その瞬間、玲子のモニター上でログが跳ねた。

 ――バックドア、正常稼働。特権管理者権限(フルアクセス)の奪取を確認。


 ログを見つめながら、玲子は独り言ちた。

 「……あまりにも簡単すぎる……少しは警戒しておいた方がいいか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ