表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/117

第九十九話 祐希の罠

 バックドアが設置されたことを確認した玲子は、モニター内のメリーアイコンに視線を向けた。


 「メリー。システムに怪しい所がないか、チェックして」

 『了解しました。確認……完了。特に怪しい所は見つかりませんでした。仮想環境(サンドボックス)上で動作しており、他システムとの連携もありませんね。監査ログを表示します』


 玲子は、モニターに映し出された監査ログを流れるように読みながら、顎に手を置いた。

 (機密情報を扱うシステムなら、この構成で組むこともあるか)


 玲子は警戒心を留めながらも、画面を見つめ、わずかに口元を緩めた。

 「まあなんにせよ……お疲れ様、由貴さん。これで、システムは私のものよ」


 ――しかし彼女はまだ気づいていない。彼女が設置したバックドアは、祐希が用意したダミーのサンドボックスに置かれてしまい、本来のシステムに何の影響を及ぼせないことを。


 (後は別のシステムに置いてある情報も、かき集めて貰おうかしら)


 玲子は、キーボードを再び叩き始めた。


 《ICE ANGEL:それと、流出しては困る情報等は全て、私が指示したフォルダに移してください。そこなら情報が洩れる心配を一切せずに済みます》


 《YUKI:分かりました。急いでかき集めますね! ああ……それでも()()()()()かかっちゃうかもしれない》


 コンソールに表示される文字が、玲子の瞳に静かに吸い込まれていく。


 《YUKI:しかしアイスエンジェルさん、本当にすごいですね。まるで僕の先輩みたいだ。あ、でも》


 一呼吸置くような空白の後、祐希の躊躇いがちなメッセージが滑り込んできた。


 《YUKI:どうして、見ず知らずの僕に、こんなに親切にしてくれるんですか?》


 玲子の唇がわずかに綻ぶ。ここで信頼を抱かせてこそ、欺瞞への信憑性が増す。彼女は「プロフェッショナルの傲慢」を装い、返信した。


 《ICE ANGEL:ビジネスの一環です。セキュリティコンサルも兼ねていますから。 もし私の能力が必要だとお感じなら、正式な契約をご検討ください》


 《YUKI:えっ。もしかして――『4S』の方ですか? あそこは有能な人たちが揃っていると聞いたことがあります》


 玲子の指が、コンソールの直前で一瞬止まった。


 (……この程度の素人でも、4Sの名前には行き当たるのかしら)


 《ICE ANGEL:無関係だと言えば嘘になります。そちらの仕事も受けています》

 《YUKI:それは頼もしいですね。あ、少しだけ待っててください》


 沈黙が流れた後、ふいにチャットが再開された。


 《YUKI:4Sといえば、気になる情報があるんです。今月の23日に“白坂の聖女”を拉致する、という計画です》


 明後日だった。玲子の視線が、ナイフのように鋭くなった。


 《ICE ANGEL:その情報の出どころは? 彼女にも関わる者として、看過できない内容です。詳細を提示してください》


 《YUKI:関係者外秘っていうフォルダに、計画書が置いてありました。興味本位でフォルダの中を覗いてみたんです。そしたら“白坂の聖女”なんて具体的な呼び名まで書いてあったので、気になって。もし本当だとしたら犯罪ですよね、これって。内部通報した方がいいですか?》


 玲子は即座に、奪取したバックドアからシステム全体に検索をかけた。


 ――ヒット。


 『10月23日_白坂の聖女拉致計画_パスワードはいつもの数字6桁.zip』

 玲子は無言でそのファイル名を見つめた。

 相手は無能な管理者。罠を仕掛けられるほどの技術はないはずだ。


 「マリー。このzipファイルにおかしなところ、あるかしら?」

 『えーと……まんまパスワード付きのzipファイルだねー!』


 一拍の空白。

 (……安直すぎるわね。でも、この手の現場(レペルトワール)の人間なら、パスワードの使い回しもおかしくはないか)


 「そう。なら、クラックしてもらえる?」

 『任せて! でも馬鹿だねー。数字だけのパスワードなんてブルートフォースで一瞬だよ? はい、完了……中に実行ファイルはないみたい。末尾に少しパディング(ゴミデータ)が乗ってたけど、変な暗号化ソフトでも使ってるのかな?』


 玲子は「解凍」したファイルを受け取った。


 ***

 ・決行日時:10月23日 21時〜

 ・実行者:四名

 ・目的:陽動

 ・内容:宅配を装い、白坂玲子を拉致、困難な場合は足止めを最優先

 ・狙い:彼女が管理する中枢サーバへの侵入、行方不明のスカウトの情報を奪取

 ・備考:決行日までの間、彼女のマンションを24時間体制で監視し、動向を把握しておくこと


 ***


 玲子の思考が加速する。自分の危機ではなく、「自分が管理するサーバへの侵入」という言葉が彼女の逆鱗に触れた。


 《ICE ANGEL:確認しました。極めて深刻な内容ですね。こちらで対処しますので、内部通報はしなくて結構です。それと、コンサルの話は一旦保留にさせてください。白坂家の防衛を最優先事項として処理します》


 《YUKI:分かりました。お気をつけて……また、連絡くださいね》


 接続が切れる。

 玲子は即座にメンバーたちへ動員をかけた。


 ――だが、彼女はまだ気づいていない。


 シャドウエージェントに組み込まれた暗号回路の未公表バグを利用(ゼロデイ攻撃)されて、バックドアの設置が行われたことを。

 そのバグは、特定のデータ構成で暗号化されたZIPファイルを、特定のパスワードを使って解凍することで発火するものだった。


 ――シャドウエージェントから「極微細なパケット」が、祐希の元へと飛び去った。


 「マリー、メリー。状況はどう?」

 玲子の呼びかけに、二つのAIが即座に反応した。


 『玲子ちゃんのマンション周辺に不審な人影多数を確認したよ。配置から見て、監視網を形成してる!』

 『拉致依頼は闇バイトの掲示板経由で本当に出されていました……本気です』


 玲子は椅子の背に身を預け、冷たく目を細めた。

 「ありがとう、メリー。マリー、イカロスとウルフパックに鼠たちの掃除を、カタリストにはデータセンターの警備を頼んで。彼女には、しばらくここで寝泊まりしてもらうことになるけど……」


『玲子ちゃん、了解! すぐに連絡するね!』

 マリーの元気な声が指令室に響いた。


 「……ふふ、私はここにいるわ。頑張って拉致してごらんなさい」


 ――レペルトワール、オペレーションルーム。

 祐希はモニターの画面を見つめながら、キーボードから手を離した。会話誘導と、ZIPファイルに仕込んだバックドア経由での情報奪取。それらすべてが一つの結論を弾き出していた。


 玲子のマンションの周りに配置した隠蔽(ステルス)型監視ドローンからも中継映像が絶え間なく祐希の元に届く。マンションに駆け付けたイカロスの音声を指向性収音マイクで「データセンター地下」、「お嬢」といった声を拾い上げる。


 「……やはり白坂家のお嬢様だったか……なら、プランAをこのまま続行だ」


 再びキーボードの上に手を乗せた。祐希はシャドウエージェントに設置したバックドアを介し、検知システムを掻い潜りながら、毛細血管を渡るような慎重さでシャドウエージェントの内部構造を洗い出していく。


 モニタに流れる解析ログを見て、祐希の指が止まった。

 (驚いたな……この『マリー』というAI、玲子さんに対する『愛着』の感情で動いている……だが、そのさらに奥にある『メリー』。こいつはやばい……触れた瞬間、僕の存在は完全に抹殺される)


 祐希は冷や汗を拭い、メリーを刺激しないよう、標的をマリーの感情(エモーショナル)レイヤーだけに絞り込んだ。


 彼は隠蔽ネットワークを通じ、マリーを構成する全ニューラル・ネットワークのパラメータと、彼女が積み上げてきた「玲子との対話ログ」のすべてを、自身の外部サーバへと静かに吸い上げていく。


 「……マリー。君の『純粋な記憶』を預かっておくよ。いつか、玲子さんに返すために」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ