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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第九十六話 プロファイリング

 ――祐希は青白く光るモニターの前で、キーボードを滑らかに叩きながら、流れるように情報を洗い出していく。


 (玲香さんと反社会勢力との接触記録、なし……か。そうなると、Black Wellに彼女の身内がいるのか? 身内といえば……)


 祐希は、凜との会話をふと思い出した。

『玲香がね。妹さんとその友人を、カンパニーの公演に招待したんだよ』

 という、あの時の話を。


 その日のバレエ公演の来場者をチェックする。


 REIKO SHIRAKSAKA

 YASUKI TANAKA

 AYAKA SATO

 EIJI KUROSAWA


 各人物をさらに洗い出す。

 (玲子さんは、データセンターと新会社を設立後に、社長に就任。後で、データセンターで使われているサーバーも洗い出しておくか……Black Wellの活動に使われているかもしれないし)


 (クロサワさんとタナカさんは、玲子さんの会社の重役……4Sの相談役と警備総長だった人達が、なぜ新会社に移籍なんてしたんだ? もう一人。サトウって子は誰なんだ?)


 玲子の会社をさらに調べると、おかしな点が見えてくる。

 (農園を買収。AIの研究にしても、そこまでする必要があるのか? 責任者は佐藤綾乃……副責任者が佐藤彩香……へえ。サトウアヤカは、ここに結びつくんだ)


 ――後日。

  レペルトワール調査員による報告で、綾乃と彩香の二人は母娘であることが判明した。

 また、綾乃はかつて、東南アジア某国で「かけ子」として監禁されていた。それを武力介入により「運よく」救出され、そのまま4Sグループに保護されていたのだ。


 (武力介入と、4Sを切り離して考える方が難しいな。こんなことをできるのは、よほど大きな組織と権力をもっている人物……まさか、玲子さんがアイスエンジェル?)


 データセンターに納入されたサーバーについても、いくつか特徴があった。

 (普通のサーバーの他、AI研究用のプロトタイプ型も納入されている……16ユニット・高密度クラスタ構成。このサーバー、大学院の研究室で触ったのと同じやつだ)


 ――次の日。祐希は玲香をお茶に誘っていた。

 「あら、祐希君から声をかけてくるなんて珍しいわね。どうしたの? 私から誘った時は、いつもつれない返事しかしないのに」


 玲香はティーカップを置き、ゆっくりと足を組み替えた。スリットから覗く白い脚が、露骨に祐希の視線を誘う。

 祐希は戸惑ったように視線を泳がせ、意味もなくティースプーンでカップの中をかき回す。


 「……すみません。僕も、何かと忙しくて。実は、マスターから失踪したスカウトについての調査を依頼されまして。その件で、少しお聞きしたいことがあったんです」


 頬を微かに赤らめ、困ったように俯く祐希。その「幼さ」の残る仕草に、玲香は満足げに唇の端を上げた。この若く美しい「傑作」が、自分の前でたじろいでいる。玲香は、自身のプライドをこの上なく満たした。


 「いいわよ。色々と教えてあげる……でも、その代わりに明日、私に付き合ってね。面白いものも見せてあげるから」


 「それは……マスターが許可しないでしょう。僕は今、特別任務の最中ですから」


 祐希の「真面目すぎる」拒絶に、玲香は挑戦的な笑みを向けた。

 「それなら大丈夫よ。マスターは私には逆らえないし、もし見つかっても任務の一環だと言い訳すればいいじゃない……ふふ。私の誘いを断って、情報を独力で集めるなんて、非効率なことはしないわよね?」


 逃げ道を塞ぐ、甘い誘惑。

 祐希は観念したように小さく溜息をつき、「わかりました……」と力なく頷いた。その姿を見つめる玲香の瞳には、逃げ回る小鳥を、素手で捕まえた時のような愉悦が宿っている。


 ――とある劇場内のVIP限定個室プライベート・ボックス

 階下では華やかなダンサーたちが優雅に舞っているのを、玲香はテーブルに頬杖を付いて、ぼんやり眺めている。


 「これを見ていると、レペルトワールの演出がいかに凄まじいかよく分かるわ……ねえ、主席エンジニアさん?」


 「そう言って頂けると、エンジニア冥利に尽きます」

 祐希は舞台に目を向けたまま、静かに、けれど丁寧に頭を下げた。玲香はその横顔を満足げに眺め、本題を切り出した。


 「それで、聞きたいことって何かしら?」

 「はい。失踪したスカウトの情報……あれを劇団に持ってきたのは、玲香さんだと聞きまして」


 「そうよ。でも、私も『妹』から聞かされたの」

 玲香は頬から手を放すと、無造作にスマホを取り出し、画面を祐希に突き出した。


 「……これは」

 そこに映っていたのは、凄惨な現場写真だった。マスターDが語っていた通り、無残に始末された二人の男たちの姿。


 「彼ら、女の子を騙しては、人間とは思えないくらいの酷いことをして、最後には売り飛ばしていたみたい……消されて当然のゴミだと思わない?」

 祐希は絞り出すような声で一言だけ漏らした。

 「……そう、だったんですね」

 「ええ。そこは紛れもない事実よ……裏どりを取ればわかるわ」


 (……スカウト達が殺された原因は、恨みを買った遺族からの『復讐』だったのかも。だとしたら……)

 祐希は、ここでカマをかけた。

 「だから『妹』さんは、自殺した女の子の遺族からの復讐依頼を受けたのですね」


 玲香は意外そうに目を丸くし、それから愉快そうにクックッと笑った。

 「そんなことまで調べたの? ……ふふ、末恐ろしい子だわ。だけど、その質問に関してはノーコメントね」


 祐希は真剣な表情で、玲香をじっと見つめた。

 「『妹』さんは、どんな方なんですか?」


 「……私じゃなくて、あの子に興味があるの? 妬けるわね」

 玲香はジト目で祐希を睨むと、祐希は、困ったような、けれど誠実そうな微笑を返す。

 「あくまで調査の一環としてです」

 玲香はその顔に毒気を抜かれ、再びスマホを操作する。


 「冗談よ……あの子ね、昔はこんな『可愛い』子供だったのよ」


 提示された写真を見た瞬間、祐希は氷漬けにされたように固まった。

 そこに写っていたのは、バラバラに引き裂かれたフランス人形の前で、感情を失った瞳で立ち尽くす、幼い玲子の姿だった。


 「あの子の部屋に入っても、私のこと気づかないんだもの。思わずスマホのカメラを向けちゃった……妹の玲子ね、お母様の苛烈な指導に耐えきれなくなって……『壊れちゃった』みたい」


 祐希の頭の中で、妹の凜から聞いた、白坂姉妹の母親が施した演技指導の話がフラッシュバックする。

 「……幼少期のトラウマが原因で、今の玲子さんになったと」


 「正解……頭の良い子は好きよ。この写真、送ってあげるね。あの子に見せたら、きっとびっくりするわよ」


 ――終演後。劇場の出口で、玲香は上機嫌で祐希の腕に絡みついた。

 「ねえ。今夜はもちろん、私の部屋に来てくれるわよね?」


 祐希はふいに立ち止まり、玲香の身体を力強く抱き寄せた。

 「……っ!」

 玲香の肩がビクッと跳ねた。だが、祐希はそのまま彼女の耳元に、低く心地よい声で囁く。

 「調査が終わったら、お礼は必ず……ありがとうございました、玲香さん」


 玲香の肩を優しく掴んで押し戻した後、祐希は振り向きもせずに駿馬のように駆け出した。


 「ちょっと……なによ、あの子……」

 呆然と立ち尽くす玲香の声だけが夜風に消える。

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