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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第九十五話 玲香の扇動

 「聞いたところによるとね、この二人……相当な恨みを買っていたみたい。で、復讐されたのよ――『Black Well(ブラックウェル)』という組織によって。代表は、アイスエンジェルと名乗っているみたいね」


 マスターDは、喉の奥で冷たい塊を飲み込んだ。レペルトワールといえど、その名を知らぬわけではない。

 「……玲香。なぜ、お前がそこまでの情報を知っている。誰から聞いた」


 玲香はゆっくりと立ち上がり、後ろ手に組んでマスターDの周りを優雅に歩き始めた。まるで、弱った獲物の周囲を回る捕食者のように。


 「知りたい?」

 「ああ、もちろんだ。身内の人間が殺されたのだぞ」


 玲香は歩みを止め、マスターDの耳元へ顔を寄せた。そして、三日月のように歪んだ、狂気すら感じさせる笑みを浮かべて囁く。

 「だって、私……このアイスエンジェルから、直接お話を聞いたんですもの」


 その言葉は、マスターDの背筋を氷のように冷やした。

 「ただし、深追いはやめた方がいいわ……マスター、確実に消されるわよ。あの『天使』、一度狙いを定めたら絶対に外さないもの」


 玲香は愉悦で肩を震わせた。マスターDの硬直した表情を、カメラに収めるかのように瞳に焼き付ける。


 やがて満足したように、彼女は部屋を後にした。その足取りは、ステップでも踏むかのように軽やかだった。


 ――レペルトワール応接室。

 マスターDは祐希を呼び出していた。

 「祐希、相談がある。スカウト二人と連絡が取れなくなった件と関係がある……どうやら消されたようだ。アイスエンジェルと言う首領が率いる、Black Wellと名乗る組織によって」


 祐希は考え込むように腕を組んだ。

 「Black Wellですか……聞いたことあります。優秀なブレインとAI、小国なら一日で制圧する武力を持った部隊を擁し、不正を働いたものを闇へと葬り去る。国家機関や警察にも貸しを作って、介入されないよう裏で手を引いているとも」


 「そうか。実は情報を持ってきたのが玲香なんだ……もしかしたら、いや絶対に彼女も関与しているはずだ。ただ、彼女に忠告されたよ……関わったら消されると」


 マスターDは祐希の肩をそっと撫でた。

 「祐希。頼みがある……無理なお願いだともわかっている。アイスエンジェルと名乗る首領を捕まえてくれんかね……きっとスカウトたちも少し強引なことをして、恨みを買ったのだろう。写真を見たんだが悲惨なものだったよ……ぐるぐる巻きにされた上での絞殺だった。あの二人がそんな無残に殺されるようなことをしたとは、到底思えないんだ」


 マスターDは祐希の肩から手をゆっくりと離すと、そのまま眉間を揉んだ。

 「……それにカンパニーとしてのメンツもある。このまま黙っていれば、いいように食い物にされるだろう?」


 ここで確認するように祐希は聞いた。

 「一つ聞かせてください。仮に捕まえることができたら、どうするおつもりですか?」

 「決まっている。(かたき)を取る。“快楽の首輪”を付けた上でジャンクヤード送りにする」


 そう言った後、マスターDは恍惚な表情を浮かべながら舌なめずりをした。

 「……もし獲物が美しい肢体(したい)だったら、その味を確かめてからだがな。芸術を昇華させるための必要な儀式だ。首領が女だったら……祐希……お前がやりなさい」


 マスターDの荒々しい息づかいを避けるように、ほんの少し体をずらした祐希は、言葉を濁す。

 「……それは」


 マスターDはそれを予想していたように、祐希が言葉を繋ぐ前に、言葉を重ねた。

 「……お前と、凜に自由を与える。“奉仕の契約”を破棄してやろう」


 それは速水兄妹を縛り付けていた呪いの鎖だった。祐希は妹・凜の夢を叶えるためにマスターDに自らの魂を差し出していた。マスターDは妹をプリマドンナとして劇団の顔にする代わりに、祐希に“特別作品としての奉仕”を命じ、妹との面会も制限していた。


 マスターDの言葉が、冷え切った応接室に重く沈殿した。

 祐希の指先が膝の上で震える。


 レペルトワールのプリマの座は、光り輝く栄光ではない。それはマスターDという蒐集家が所有する、檻の中の「最高傑作」に過ぎないのだ。


 凜を舞台で踊らせ続けるために、自分は闇で手を汚し、妹との再会さえも「褒美」として乞わねばならない日々。その呪鎖から解放される唯一の条件が、アイスエンジェルを捕らえること。


 「……分かりました。お受けします」

 祐希の声は、低く、しかし鋼のような決意を孕んでいた。


 「ですがマスター、一つだけ言わせてください。彼らは彼らの論理で動いています。もしスカウトたちが『一線を越えた』から断罪されたのであれば、それは彼らにとっての『法』の執行にすぎません。それに対して僕たちが介入すれば、取り返しの付かない事になるかもしれませんよ」


 「法だと? ふん、殺戮を正当化するな。奴らは我々のメンバーを損なったのだ」

 マスターDは不機嫌そうに手を振った。

 「お前は、あの「傲慢な天使」を引きずってくればいい……期待しているぞ、祐希。ああ、捕らえるための資金は好きなだけ使っていい……人もな」


 応接室を後にした祐希は、そのまま地下にあるオペレーションルームへと向かった。

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