第九十四話 特秘依頼
――マリーとメリーに「最後の跳躍を踊り切った」ことを評価され、Black WellにSランクとして迎え入れられた玲香は、ダークサイトに接続し、早速流れてくる依頼一覧を眺めていた。
ふと指が止まる。
***
Aランク以上のみ受注可能――特秘依頼。
依頼③:《自殺した娘の復讐依頼》
依頼内容:
監禁、違法薬物の強制摂取、および暴行の末、違法風俗店へ売却され、自殺に追い込まれた娘の仇討ち。
ターゲット:
芸能スカウト会社CEO
バレエ団スカウト
報酬: 500万
添付資料: 調査資料一式
***
「……あら」
玲香は、どこか楽しげに目を細めた。
「これ、面白そうね」
細い人差し指で“受諾”をタップした瞬間、画面が淡く点滅し、無機質なシステムメッセージが表示される。
──案件を受諾しました。
その表示を確認すると、玲香はスマートフォンを置き、ハーフアップに結っていた髪をほどいた。
鏡の前に立ち、慣れた手つきでメイクを施していく。
仕上げに選んだのは、玲子が好んで着る、落ち着いた色味の服。
鏡の中に映っていたのは、どこからどう見ても――『玲子』だった。
「さすがレペルトワール仕込みのメイク技術よね」
くすりと笑い、独り言のように続ける。
「……玲子に、そっくり」
そうして玲香は、何事もない顔でマンションを後にした。
――二週間後。白坂家別荘。
まだ温かさの残る二つの死体を前に、玲香は『玲子』の名を使って端末を操作していた。
送信先は、“清掃人”。
《終わったわ。あとは任せる》
それだけ送ると、彼女は何事もなかったかのように画面を閉じ、颯爽と別荘を去っていった。
――データセンター地下。
玲子は一人、慌てた様子で状況を確認していた。
「マリー。私の名前で『清掃人』に依頼を出していたって本当?」
『うん! 中継メッセージを確認したの』
その時、玲子のスマホが鳴った。清掃人の“ブルーム”からだった。
『玲子様から依頼された清掃は完了しました』
「あ、ああ。ありがとう。変なことを聞くかもしれないけど……本当に“私”だったのかしら? あとその……ターゲットは?」
『……ええ。遠目からしか、お姿を確認してないので断定はしませんが、間違いなく玲子様でしたよ。それと、ターゲットの方々も仲良く昇天しておりました』
「そう……とりあえず、ありがとう」
そういって通話を切った後、メリーが落ち着いた声で淡々と事実を告げた。
『掃除元の依頼は、玲香様が受けた特秘依頼ですね』
「……お姉様。なんてことをしてくれるのよ……」
玲子は迷わず姉を呼び出した。
――二時間後。
データセンターの静寂を破り、軽やかな、それでいて、どこか芝居がかった足音が響く。
部屋に入ってきたのは、玲子と見紛うばかりの服を纏い、髪を同じように整えた玲香だった。彼女は勢い良く立ち上がった玲子の真正面に立つと、鏡を見るような仕草で首を傾けた。
「呼んだかしら? 玲子」
声色まで、落ち着いた「Black Well代表」のトーンに合わせている。
「お姉様……その格好……それに、私の名前で清掃人を動かすなんて、どういうつもりなのよ。自分が何をしたか分かっているの?」
玲子の声には、抑えきれない怒りが混じっていた。
玲香はきょとんとした顔で、玲子をじっと見つめた。
「……だって、あなたを“演じて”いた方が、ばれたとき何とかしてくれそうだと思ったんだもの」
そして思い出したようにくすりと笑い、ゆっくりと自分の頬を撫でた。
「そんなことより、久しぶりに感じちゃったわよ。あのゴミのような二人組……震えながら命乞いをしていたわ。最高にワクワクする役作りね」
「……これは演劇じゃない。あなたのその身勝手な振る舞いで、Black Wellが当局にマークされる可能性だってあるの」
「あら、そんなミスはしていないわ。細心の注意を払って動いたもの。むしろ、私を褒めてくれてもいいんじゃない? 依頼主は救われ、悪党は消え、玲子の組織には正当な報酬が振り込まれる……誰も損をしていないわ」
玲香は妹の前へと一歩踏み出し、面白そうに顔を近づけた。
「ねえ、玲子。私、分かっちゃったの。バレエの舞台も素敵だけれど、裏の世界であなたを演じる方が、ゾクゾクするような『快感』が得られるわ」
玲子は目眩を覚えた。姉は狂っている。
「……マリー、メリー。お姉様のSランク権限を凍結して」
「ふふ、無駄よ。もう次の『面白いこと』を見つけちゃったもの」
玲香は不敵な笑みを浮かべ、妹の唇に人差し指を立てた。
その後、玲香は足取り軽く、ダイニングを出て行った。
――レペルトワール、応接室。
重く沈んだ空気を切り裂くように、玲香はソファーに身を沈め、挑発的な視線をマスターDに投げかけた。
「ねえ。最近変わったこと、何かあったでしょう? 例えば、誰かと連絡取れなくなったとか」
マスターDは、玲香の愉悦を含んだ声音に、本能的な警戒心を抱いた。だが、ここで隠し立てをしても無意味だと悟り、重い口を開く。
「……ああ。スカウト二名と連絡が取れなくなった。有力な新人ダンサーとの交渉の最中だったのだがな……何か知っているのか?」
「ふふ。知り合いからね。ちょっと面白い写真を見せてもらったの」
玲香はスマホをテーブルに滑らせた。画面を覗き込んだマスターDの顔から、一瞬で血の気が引く。
「なっ!?」
そこに映し出されていたのは、簀巻きのようにぐるぐる巻きにされて床に転がされ、事切れた二人のスカウト。その首元には、逃れようのない力で絞められた鮮明な索条痕が刻まれていた。




