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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第九十話 カタリストの戦舞

 先頭の男が銃を構えるより先に、カタリストが動いた。

 (右の指が動く――撃つ気ですね!)

 「思考」を読み、弾道が確定する前に体を逸らす。コンクリートを砕く銃声と同時に、彼女は一気に距離を詰めた。


 イカロス直伝の近接格闘術(CQC)

 男の腕を掴み、関節が逆を向く角度で固定してそのまま路地の壁に叩きつける。鈍い音とうめき声とともに男は沈黙する。


 刹那、背後に溢れ出した殺気を感じ取る。


 (左後方、二階の窓!)


 同時に「殺してやる!」という思考が重なる。

 カタリストは玲子の腰を抱えて地面に転がると同時に、倒れた男から奪ったナイフを無造作に、だが正確に上階へ投擲した。

 悲鳴と共に、窓から男が転落してくる。


 「……ふふ、すごいわ。彩香ちゃん、まるで踊っているみたい」

 襲撃者の包囲が縮まる中、玲香だけが直立したまま、恍惚とした表情でその光景を眺めていた。


 「玲香様、お願いですからどこかに身を潜めてください……!」

 カタリストが苛立ちながら、襲いかかる三人目の男の喉元を掌打で突き上げる。


 だが、玲香はわざと隙を見せるように、路地のさらに奥へと歩き出した。

 「あっちにも『音』が聞こえるわ。もっと聴かせて、絶望の叫びを」

 (……わざと自分を的にして、私に『暴力』を振るわせてる?)


 カタリストは絶望的なまでの嫌悪感に襲われた。玲香の中にあるのは、「自分のために誰かが傷つき、血が流れる」というシチュエーションへの純粋な好奇心だけだ。


 最後の一人を締め落としたカタリストが、肩で息をしながら玲香に詰め寄った。

 「……玲香様、理由を聞かせて頂いても?」


 玲香は、足元に転がっている男が落としたナイフを拾い上げ、指で埃を払うと、ナイフを目の前で翳す。


 「ごめんなさい。言い忘れたわ。『エレーヌの権利を奪おうとしている連中がいるから気を付けろ』と言われていたことを」


  ナイフに映った自分の顔に微笑みかけた後、その微笑みを、そのままカタリストに向けた。

 「でもそんな事は、どうでもよかったわね。あなたの動き、エレーヌの第四作《断裂の祈り》の激しさにそっくり……付いてきてくれて本当にありがとう。ねえ、玲子?」


 玲子は汚れを払って立ち上がり、冷徹な視線で姉を見た。

 「……ええ。お姉様の『護衛料金』については、後でたっぷりと請求させていただくわ。カタリスト、ありがとう、助かったわ。ケガはない?」


 「はい……どこもケガしていません」


 カタリストは、ただ深く溜息をつくことしかできなかった。


 ――蚤の市近くの喫茶店にて。

 カタリストは自分を落ち着かせるように、紅茶に口を付ける。

 「……あの手際の良さ、ただの強盗じゃありませんね。私たちの動線を完璧に把握していました」


 玲子は画面を見つめたまま、淡々と告げた。

 「マリーとメリーに、襲撃者の端末をリモート解析してもらったわ。襲撃を指示したのは『プロメテウス財団』。彼らに情報を流したのは、レペルトワール内部……それもかなり高い地位にいるスパイね。Black Wellの中間報告の内容まで漏れていた」


 カタリストが目を見開く。

 「内部のスパイ……じゃあ、玲香様が既に『答え』を見つけたことも?」


 「ええ、ばれている可能性がかなり高い……お姉様。気を付けろと『忠告』したのはレペルトワールなんでしょう?」


 玲子に問われた玲香は興味なさそうな顔でそっけなく答えた。

 「そうね。マスターに『エレーヌの作品』を受け取りに行くって言った後に、メールが来ていたわ。とっても親切な『警告』だったから、消去しておいたけれど」


 「玲香様……!」

 カタリストが絶句する。警告を知りながら、あえて蚤の市へ誘い出し、挙句に自分たちを路地裏へ引き込んだのだ。


 「お姉様、どうして黙っていたの? 彼女を死なせる気だったの!?」

 玲子の声に、低く冷たい怒りが混じる。


 「死なないでしょ。だって彩香ちゃんには、『読心』とすごい格闘のセンスがあるんですもの」

 玲香はコーヒーカップを手に取り、窓の外をちらりと眺めた。

 「やっと私は確信できた……ああ、私の手にした『答え』には、命を狙われるほどの価値があるんだって……ねえ彩香ちゃん、今日の舞……あ、格闘だったかしら? 本当に素敵だったわ」


 カタリストは拳を握りしめ、玲香の心から漏れ出る「純粋な愉悦」に吐き気を覚えた。

 玲香にとって、この襲撃すらも、自分の好奇心を満たすための「演出」に過ぎなかったのだ。


 喫茶店を出た後、一行を乗せたタクシーが宿泊先の高級ホテルへと向かっていた。

 車窓から流れる景色を眺めていたカタリストだったが、ホテルの姿が大きくなり始めた刹那、その表情が戦慄に染まった。慌ててスマホを操作する。


 「……運転手さん、ここで止めて」

 スマホ画面の翻訳文を読み上げる、カタリストのたどたどしい、だけど鋭い声に、タクシーが急停車する。


 「カタリスト? どうしたの」

 玲子の問いに、カタリストは窓の外を凝視したまま、絞り出すように答えた。


 「ホテルのエントランス、路地裏、向かいのカフェ……あちこちから『思考』が感じ取れます。獲物を待ち構える焦れた敵意……ホテルの包囲網は完成しています。戻れば、間違いなく袋のネズミです」


 玲子は一瞬だけホテルの方角を視界に入れ、即座に状況を理解した。

 「……大したお出迎えね。お姉様、荷物はいったん諦めて……後で取りに戻りましょう」


「あら、残念。お気に入りのワインがあったのに」

 玲香が冗談めかして微笑む傍らで、玲子はすでに特殊通話アプリを立ち上げていた。ワンコール後に、イカロスの低く、頼もしい声が玲子の耳に届く。


 『お嬢、無事か?』

 「……ええ。スリル満点だけどね。ねえ、イカロス。申し訳ないのだけれど、こっちに来てくれないかしら? あなたの力が必要なの」

 『ああ、言われなくてもそのつもりだ。俺たちが使っているセーフハウスの位置情報を送るから、まずはそこに避難しててくれ』

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