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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第八十三話 ネオ・バブル

 ――リノベーション・ホテル、最上階スイートルーム。


 強化ガラス製の斜行エレベーターを降りた先は、広大なスイートルームの吹き抜けの壁際に作られた、透明な踊り場だった。

 足元から透けて見える階下の光景に眩暈を覚えながら、玲子は視線を部屋の中央へと向けた。


 「……なるほど。これが、『既存設備の無駄のない再利用』の答え、というわけね」


 部屋のど真ん中には、巨大な中空の台座。その内部から密閉された空洞に反響する、()もった水音が聞こえる。台座の上に鎮座しているのは、巨人のためのバースデーケーキを思わせる円形ベッドだ。


 台座は煉瓦(レンガ)サイズのミラータイルと、暗い原色のアクリルブロックを交互に配したモザイクで組み上げられている。


 密閉された台座の底からは、極彩色に照らされた噴水が吹き上がる。光の反射を受けたアクリルとタイルは、狂った万華鏡のように、得体のしれない色を周囲へ撒き散らしていた。


 踊り場から部屋全体を見下ろすと、そこはまるで、淀んだ「夢の国」だった。


 無意味に置かれたメリーゴーランド。

 清水が注がれ続け、データセンターの冷却排熱で微かに湯気を立てるシャンパンタワー。

 飛び込み台がついた、人工の水草が綺麗にレイアウトされた巨大水槽――いや、これはかつての「鑑賞用プール」か。


 そして、カップルで入っても余裕でイチャイチャできそうな大きさの、ライトアップで虹色に輝くホタテ貝を模したジャグジー。


 それら「泡沫バブルの遺物」の先、部屋をぐるりと取り囲む展望ガラスの向こうには、霧のかかった、緑の山々が静かに沈んでいる。


 部屋の中央の円形ベッドへと続く、ガラスの渡り廊下へ一歩踏み出した瞬間。

 ガラス廊下に等間隔に埋め込まれた、ピンク色に輝くハートマークのライトが、まるで玲子をベッドへと誘うように、順に明滅を始めた。


 「……これは、パートナーのいない私に対する『挑戦』かしら?」


 玲子は不敵に唇を歪めると、ピンクの誘導灯をヒールで踏み潰すように、ただ一人、大股で中央のベッドに向かって歩き出した。


 ベッドから離れたサイドテーブルに、金色に輝くブレスレットが見える。

 それに寄り添うように、ピンクのLED灯が、矢印を形作って金色の輪を指し示していた。


 「ブレスレットを嵌めろっていうこと?」


 玲子は溜息をつき、指示されるがままに金色のブレスレットを手首に嵌めた。


 真っ赤な掛け布団と、(ふち)を覆うように被された純白のシーツ。その、あまりに「それらしい」組み合わせのベッドへ、玲子は無機質な表情のまま腰を下ろした。


 ――ぽすん。


 スプリングの柔らかな沈み込みと同時に、微かな振動が伝わってきた。

 次の瞬間、展望ガラスの向こうに広がる山々が、ゆっくりと横に流れ始める。


 「は? 何これ……ベッドが、回ってるの?」


 困惑し、何かを確かめるようにシーツを撫でる。

 刹那、天井からは薄いピンク色の光のシャワーが降り注ぎ、天井裏のサラウンドスピーカーからはどこか懐かしいような、甘いメロディが流れ出した。


 皮肉にも、その悪趣味な演出への「苛立ち」が、玲子の心拍数を跳ね上げる。


 ――ドクン。


 心臓が一度強く脈打つたび、ベッドは「ステップ」を踏むように、一瞬だけ回転速度をスッと上げる。まるで玲子の感情に寄り添い、ダンスのパートナーを務めるかのように。


 「……ふふ。私の心臓とシンクロして踊るっていうわけ? 面白いじゃない」


 変な方向に高揚していく意識。玲子の中で、このベッドを「限界まで回してやりたい」という、危険な好奇心が頭をもたげた。

 心拍数をさらに爆発させるには、どうすればいいか。


 「……いいわよ。もっとドキドキしてあげる。壊れるまで回りなさい」


 玲子が挑発的に微笑み、ヒールを脱ぎ捨てると、ベッドの中心へと体を移した。おもむろに着ていたブラウスの裾を指にかけ、それを一気に捲り上げようとした、その時――。


 「お嬢様! お待ちください!!」


 斜行エレベーターのガラス越し、クロサワの悲鳴に近い制止の声が響き渡った。

 それとは対照的に、背後で泰然と佇む父・正人は、口元に微かな笑みを浮かべたまま、興味深げな瞳で、回転するベッドの上の愛娘を眺めていた。


 「落ち着いてください! そのブレスレットのフィードバック設定はまだ『デバッグモード』です!」

 クロサワがエレベーターの扉が開くや否や叫び、駆け寄ろうとする。

 しかし、その一歩手前で、正人が静かに手を挙げて彼を制した。


 「……いいじゃないか。実に面白い」


 正人は、スッスッスッと心拍に合わせて加速し続けるベッドと、その中心で挑発的にブラウスを翻そうとしている愛娘を、愉悦に満ちた目で見つめていた。


 「玲子、そのまま続けてごらん。お前がどこまで、この『装置』を回し続けられるか……とても興味深い」


 正人の声は、ピンク色の光のシャワーの中で、どこか遠く、けれど明晰に響く。玲子は裾に指をかけたまま、固まった。

 「お父様……クロサワと下層階の視察に行かれなかったの?」

 「お前が楽しそうに飛び出して行ったものだからな……後回しにしたんだよ」

 顔を赤らめた玲子に注がれる二人の視線が、さらに心拍を跳ね上げた。


 ――ドクン。ドクン。


 ベッドの速度がさらに上がる。

 視界の端で階下のシャンパンタワーが揺れ、メリーゴーランドが狂ったように回りだすような感覚に襲われた。玲子はたまらずに回転するベッドから勢いよく身を投げ出す。


 「……これ趣味が悪すぎるわ……でも、お父様の期待通りだったのかしら?」


 玲子はおかしな高揚の瀬戸際で、歪んだ笑顔を父に向けた。

 「ああ、最高だ……久しぶりに面白いものを見たよ」


 正人は玲子に向かって一歩踏み出すと、ふらつく娘の手を取り、その身体を支える。


 玲子はブレスレットを外すと、乱れた髪を指先で整えながら、再びベッドに腰を下ろした。


 「お父様もお試しになって?」


 掛け布団をパンパンと叩き、正人に隣へ座るよう促した。

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