第八十一話 打ち上げ
――シロのロフト。
『起爆制御ボードのハッキングログ、拝見しました……完璧でしたね。命令の反転、しびれました』
「あら、メリーにそう言ってもらえるなんて光栄だわ。ありがとう」
『マリーも玲子ちゃんのお手伝い、したかったなー! 今度は絶対呼んでね?』
「ええ、約束するわ。次はあなたたちにお願いするわね」
玲子は人形たちの感触を楽しみながら、再び問いかけた。
「ところで、あなたたちは私が留守の間、何をしていたの?」
『以前、玲子ちゃんが制圧したあの廃ホテルのリノベーションが終わったから、最終チェックをしていたの! バッチリだよ!』
マリーが弾んだ声で答えれば、メリーも誇らしげに補足する。
『ホテルのすぐ近くから、温泉も掘り当てたんですよ。素晴らしい泉質です』
玲子は満足そうに二人の頭を撫でながら、心の中で新しい拠点の完成を祝った。
「あら、素敵ね。船が着いたら早速見に行かないと」
『はい。低層階は耐震補強を施したデータセンター。中層階は研修センターと別荘的な居住区、上層階は一般客も泊まれるホテルになっています……そして、最上階は……』
そこで不自然にメリーの言葉が止まった。玲子は眉をひそめ、続きを促す。
「最上階には、何があるの?」
メリーはいつもの明快な口調を失い、何かを濁すように、困ったような声を出した。
『……今回のリノベーションは、「既存の設備と資源を無駄なく再利用する」ことがコンセプトでした。ですので、玲子様は……見に行かない方がよろしいかと』
「あら、そんな言い方だと余計気になるじゃない。私、絶対に見に行くわよ」
玲子が、瞳を興味の色に輝かせて宣言したその時、シロの周囲が急に騒がしくなった。聞き慣れた、けれど今は少しだけ上機嫌なイカロスの声が響く。
「お嬢、やっぱりここにいたのか!」
シロのルーフ窓から外を覗き込めば、そこには高級そうな酒瓶を何本も両脇に抱えたイカロスと、銀のワゴンをスマートに運ぶクロサワ、そして両腕に大きな編み籠を抱え込んだカタリストの姿があった。
編み籠の中には、溢れんばかりのポテトチップスの袋が顔を覗かせている。
「あら、あなたたち。船の中でもっと楽しんでくればよかったのに」
真っ昼間のパジャマ姿を見られた気恥ずかしさを隠すように、玲子は少しだけ素っ気なく言った。けれど、その瞳は鏡のように明るく、口元には隠しきれない喜びが滲んでいる。
「お嬢様を置いての乾杯など、画竜点睛を欠きますから」
クロサワが恭しく頭を下げ、ワゴンの上の最高級シャンパンを軽く振ってみせた。
「お姉様! ポテトチップス、十種類も持ってきました!」
カタリストが、花売りの少女のように籠の中の、色とりどりの袋を玲子に向ける。
イカロスがニカっと笑う。
「お嬢、せっかくだしここで打ち上げしようぜ!」
抱えた酒瓶を片方だけ床に置き、意気揚々とドアを開け、シロに乗り込もうとしたイカロスだったが、一歩踏み出す直前でその動きが石のように固まった。
視線の先、シロの床には、先ほど玲子が無造作に脱ぎ捨てた、めくれたブラウスとスカートがそのままになっていたのだ。
「……っ!!」
瞬間、イカロスの顔は抱えていた赤ワインのラベルよりも真っ赤に染まった。彼は弾かれたように背を向けると、空いている方の手で顔を覆い、天を仰いだ。
「おい……っ、カタリスト! 悪いが、先にシロの中を片付けてくれ! 淑女の……その、何だ、身の回りの整理だ!」
慌てふためくイカロスの様子に、後ろにいたカタリストが「もう、お姉様ったら……」と苦笑しながら、籠を床に置き、ひょいとシロの中へ滑り込んでいく。
クロサワだけは「イカロス、修行が足りませんな」と、いつもの余裕の笑みを浮かべてワゴンを整えていた。
ロフトからその様子を見下ろしていたピンクのパジャマ姿の玲子は、クスクスとおかしくなって、メリーとマリーをギュッと抱きしめた。
「あら、イカロス。もっとひどい惨状だって平気で見てるじゃない……そんなに顔を赤くして、どうしたの?」
「……それとこれとは、話が別だっつの!」
最強の傭兵が背を向けたまま叫ぶ声が、スーパーヨットのガレージに愉快に響き渡る。
こうして、騒がしくも温かい「打ち上げ」が、出し抜けに始まった。
――翌朝。寂れた入り江、潮騒だけが響く古いアパートの前。
玲子達はボイドに拉致された孫娘を連れて、古いアパートへと向かっていた。
アパートの前にひょろりとした初老の男が立っていた。
孫娘は男の姿が目に入ると、一目散に男の元へと駆けだしていった。
「おじいちゃん!」
愛子が駆け出し、初老の男――ヌルの胸に飛び込んだ。
遅れて歩み寄った玲子は、再会を喜ぶ二人の間に割って入るようにして、冷徹な事務的口調で言い放った。
「さて……ヌル。いえ、おじいちゃん。約束通り、孫娘は返したわよ」
「……感謝する。この礼をどうすればいいか……」
深々と頭を下げるヌルの感謝を遮り、言葉を重ねる。
「ねえ、おじいちゃん。あなたの処遇、保留だったわよね……あなたは殺されたい? それとも生きたい? ……これは、ボイドの連中にも言ったセリフよ。さあ、選びなさい」
その言葉の重圧に、愛子は息を呑んだ。ヌルはうなだれ、震える声で零す。
「……生きたい。せめて、愛子が幸せになるのを見届けるまでは」
『おじいちゃんの言っていることは、本当です』
背後でカタリストが静かに真実を囁くが、玲子は頷くだけで視線を合わせない。
「……そう。分かったわ。どちらにせよ、あなたには『死んでもらう』予定だったけれど」




