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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第八十話 ボイドの最期

 ――スーパーヨット、後部デッキ。


 潮風に髪をなびかせながら、クロサワとイカロスは、水平線の彼方で日に照らされる小型貨物船と、それに寄り添うように繋がれたクルーザーを静かに見守っていた。


 「……そろそろですな」


 後ろ手に組んでいたクロサワが、音もなく腕を戻し、仕立ての良い袖口から覗く腕時計に目を落とした。玲子が貨物船の去り際に「再反転」させた起爆タイマーのカウントダウンが、今、真のゼロを迎えようとしていた。


 「ああ。これでようやく、今回の『任務』も終わりだ……どうだ旦那、このあと一杯やらねえか? お嬢から、セラーにある酒を好きなだけ開けていいって許可を貰ってるんだ」


 イカロスの誘いに、クロサワはモノクルの奥の瞳を和らげ、いつものように穏やかな笑みを浮かべた。


 「付き合いましょう……お嬢様とカタリストもお誘いしてみますかな。俗にいう『打ち上げ』というやつです」


 ホッホッホ、とクロサワの枯れた笑い声が風に溶けた、その刹那。

 遠くの海面が不自然に盛り上がり、巨大な水柱が天を突いた。


 衝撃波が遅れて届く頃には、ボイド・ネットワークの拠点であった貨物船も、Black Wellの痕跡を残したクルーザーも、重力に引かれるようにして静かに、けれど確実に海へと姿を消していった。


 「この海域は水深6000メートルを超えます……あそこで死んだ傭兵たちも、もう、誰にも見つかることはないでしょう」


 クロサワの言葉は、まるで弔辞のような冷たさを帯びていた。

 無表情なまま、かつてそこにあった「地獄」が完全に消滅したことを見届けると、二人は誰に命じられるまでもなく、同時に踵を返した。


 「……それでは、行きましょうか」

 「ああ」


 二人の影が、豪華な客室内へと吸い込まれていく。

 残されたのは、ただどこまでも蒼く、何も知らぬ顔で輝き続ける凪の海だけだった。


 ――とある研究所の地下通路。

 ブルームとダストパンに連れられたニルとメモリの二人は、クロサワが別途手配した高速艇に乗せられた後、波止場で車のトランクに移し替えられ、どこかの建物の地下へと連れ込まれていた。


 途中で囚人服のようなものを着せられ、後ろ手に縛られたまま、薄暗い廊下を歩く。いくつものドアを通り過ぎた後、消毒アルコールの匂いがただようドアの前で止まった。


 ブルームが軽くノックをしながら声を上げる。

 「先生。いますか?」


 しばらくすると、ドアが大きく開き、中から眉毛と白いひげを伸ばした人のよさそうな好々爺が顔をのぞかせる。


 「おお、待っておったぞ。彼等がそうか?」

 「はい」


 そう言いながらダストパンが二人を部屋の中へと押し込む。薬の入った瓶やフラスコ、ビーカーなどが並んでいた。奥に太い(かんぬき)のついた扉が見える。


 ブルームとダストパンが車いすを二台用意し、ニルとメモリをそこに拘束しなおす。


 「「先生。それでは失礼します」」

 「ああ、またな」


 拘束後、ブルームとダストパンは好々爺に一礼し、部屋を去った。


 好々爺は人の良い顔を二人に向け、舐めるように見回すと、おもむろにメモリの上着をまくり上げた。

 「なにをするのよ。このエロジジイ」

 メモリが暴れようとするが、体に食い込んだベルトが、その動きを封じる。


 「なに。身体検査じゃよ。わしは女性の身体には興味がないから安心してよいぞ。あるのは男女問わず中身のほうだからな……ふむ、これはいい。雅様のお役に立ちそうじゃ。だがお前さん、喫煙しとるじゃろ? そこは減点じゃな」


 聴診器をメモリの柔肌に当てながら、ふと思い出したように顔を上げた。

 「お仲間に合わすって約束じゃったか。ちと待っておれ」

 好々爺はそう言うとひょこひょこと奥の扉の閂を抜き、扉を開けた。


 メモリとニルは開かれた扉へと視線を伸ばす。

 「櫂! 陽……ぶじ……い、イ、イヤアアアアアア!」

 ニルはその場で泡を吹いて気を失い、地下室にメモリの声だけが響き渡った。


 ――スーパーヨット。アッパーデッキ。

 玲子はカタリストが林の奥へとはしゃいで消えていくのを微笑ましそうに見届け、ベンチから立ち上がった。向かうのは、船のサイドにあるテンダーガレージへと続く階段だ。


 階段を下りきり、床に足をついた瞬間、センサーが反応し、オレンジのLED照明が優しく灯る。

 そこには、あの凄惨なドローン攻撃の傷跡が嘘のように、鏡面のような輝きを取り戻した『シロ』が鎮座していた。


 「すっかり元通りになったわね……よかった」


 玲子は愛おしそうに、シロの滑らかになったボディを指先でなぞる。前から後ろへ、その完璧なフォルムを確かめるように。

 すると、ふいに懐かしく元気な声が響いた。


 「玲子ちゃん! 寂しかったよぉ!」

 「玲子様、待ちくたびれてしまいましたよ」


 玲子が指を離すと、後部座席のドアが滑らかに開き、人形用ソファの上にちょこんと座るメリー人形とマリー人形が、玲子に顔を向けた。

 張り詰めていた肩の力が、一気に抜けていく。玲子はおかしくなって小さく微笑むと、車内へ入り込み、二人を優しく抱き上げた。


 「あら、あなたたち大げさね。ほんの数日じゃない」


 マリーに頼んでシロをポップアップさせると、そこは快適なロフトへと変貌する。

 玲子は帽子とカーディガンを丁寧にハンガーへ掛けると、誰の目も気にすることなく、ブラウスとスカートを無造作に床へと脱ぎ捨てた。


 柔らかなパステルピンクのシルクパジャマに着替え、マリーとメリーを抱えながらロフトへ上がると、ふかふかのシーツの上で仰向けになり、人形たちを胸の上へ乗せる。


 メリーとマリーは、長く留守にしていた母親と久しぶりに会話をする子供のように、代わる代わる玲子とおしゃべりを始めた。

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