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第28章:群衆の中の視線

魔導士が私たちの前に立ち、食べ物を求めてきた。

月明かりが川面にこぼれ、銀色の光が波紋を照らし、小さな灯籠の列のように揺れていた。彼から不快な臭いはしない。服も清潔で手入れされているように見える。もしかすると、魔導士は旅の仕方も違うのだろう。長距離を移動し、焚き火のそばにしゃがむ必要も少ないのかもしれない。


「食べ物を少し分けてもらえませんか? 代金は払います」

見知らぬ男はそう言った。


すぐには答えず、私は彼のステータスを確認した。


『水の中適性、中級。スキルはアクアシールド……他にも魔法系統が多い。特性は……誠実……魔法傾向……悪いものは見えない。だが油断はできない』


男は少し動き、右側を見た。そこにはリオラが座っていた。

「えっと――すみません、自己紹介を忘れていました。私はレックス。Bランク冒険者です。これが身分証です」

彼の声は少しぎこちないが、誠実さがにじんでいた。


私はカードを見た。本物のIDは初めてだ。今まで見たのは馬車の兵士たちの通行証だけ。ため息をつき、インベントリから食事の入った器を取り出す。器は私の背後に現れ、手を滑らせると薄い風に乗り、彼の胸の高さまでふわりと漂った。器は小さく揺れ、湯気が冷たい夜気に立ち上った。


「あなたも魔導士ですか?」彼は尋ねた。


「これを受け取って、すぐに去ってください」私は平坦な声で答えた。


彼は一瞬止まり、気を取り直したように言った。

「すみません――ただ、本当に魔法に興味があって。どうか、このお金を」小さな袋を差し出す。


「金はいらない」私は答えた。


「でも食べ物を受け取って、払わないなんて……どうか――」彼は食い下がる。


「行け」私は手を差し出し、掌を彼に向けた。


その調子で悟ったのだろう。彼は少し間をおいてから頷いた。器をつかみ、立ち去ろうとする。


――だが、数歩進んだところで止まった。

私にはわずかな魔力のうねりが感じられた。


『何を企んでいる? 危険な可能性もある。だが今のところは何もしていない』


「もう寝よう」私はリオラに言った。

川辺の木陰に身を寄せ、リオラを膝に抱いて眠らせながら、私は警戒を続けた。


やがて夜明け。薄明が地平を染め、川がそれを鏡のように映した。リオラはまだ眠っている。男は昨夜と同じ場所にとどまっていた。


『一晩中、動かなかった……何を考えている?』


[ ご主人様、彼は夜の間、範囲型の魔法をいくつも使用していました。ただし無差別で、あなたを狙ってはいませんでした ]


『そうだな。しかも自分もその範囲にいた。なら攻撃目的ではない。……ただ、特殊な装備で自分だけ影響を受けない可能性もある』


[ デバフや状態異常の記録はありません。仮にご主人様が耐性を持っていても、通常ならば試行の通知が届くはずです ]


『考えても仕方ない。進もう。まだついてくるなら、その時に問いただせばいい』


私はリオラを起こし、川で顔を洗った。男は立ち上がり、去っていった。安堵と同時に、不可解な思いが胸に残る。


[ もしかすると、ご主人様を守ろうと夜通し警戒していたのかもしれません。食事のお礼として ]


『悪人には見えなかったが……正直、監視するのに疲れた。余計に眠れなかったぞ』


軽い朝食を済ませて歩き出す。


――一時間後。


[ ご主人様、もうすぐ街が見えるはずです ]


森を抜けると、城壁に囲まれた街が現れた。前に見た街とは違い、門には騎士ではなく槍と兜を備えた兵士たちが立っている。


私は風を制御し、リオラを抱いて空へ。街全体を見下ろす。白亜の巨大な城が街の三分の一を占め、塔や庭園が陽光に輝いている。その周囲には豪奢な屋敷群が並び、さらに外側に行くほど建物は貧しく、やがて狭苦しい家々が密集した。


――そして、街の半分近くを占める広大なスラム。上からでも人々の混雑が見える。


城の白と、スラムの黒。その対比に胸が沈んだ。


門前に降り、余計な風を起こさずに歩く。兵士たちは旅人や荷車を退屈そうに検査していた。


同じように手を箱の中の本に押し当て、通行料を払い、街へ入る。


「さっきの奴、いつから門に来てた?」

「……言われてみれば、見てない。急に現れたような」


『光の屈折実験は成功だな』

分子を操作し、光を迂回させて自分たちを透過させる――その過程を反芻する。


街の中は普通の木造家屋、看板のある店、暖かな灯の宿屋。いかにも異世界の街といった光景だった。


その時、前方がざわめいた。人々が道を開け、騎士団が駆け抜ける。旗がはためき、馬蹄が石畳を震わせる。その後ろには豪華な馬車。


「王太子殿下だ。聖王国の聖女に未来を占ってもらいに行ったらしい」

「聖女は百年に一度しか予言しないって聞いたが、断られたらしい」

「いや、国が滅ぶってのが予言だったんだ。断られたのは隠れ蓑だ」

「税は重いし犯罪は野放し。私たちが払って苦しむばかりだ」

「スラムへの仕打ちの呪いだ。これからは王族もろとも滅ぶんだ」


『聖女……セバスが言っていた存在か?』


[ 申し訳ありません、ご主人様。神殿名がなければ特定できません。今世紀には複数存在する可能性があります ]


『単なる噂かもしれない。情報機関を探すか……だが面倒だな』


――その時。視線を感じた。

群衆の向こう、黒髪に赤い瞳の少女が立っていた。まるで狩人のような鋭い目で、こちらを見据えている。呼ばれると彼女は去ったが、その眼差しは胸に残った。


『誰だ……なぜ私を見ていた? リオラか? いや、確かに私を――』


さらに進むと、スラムに隣接する地区で兵士たちが巡回していた。そこはまるで牢獄。門や窓は閉ざされ、人々は自由に動けない。


『だから物乞いが見当たらなかったのか。貧者を腐った場所に閉じ込めている……ここは危険だ。早く出よう』


やがて――


[ ご主人様、冒険者ギルドに到着しました ]


『セバスに冒険者を追わせて場所を特定させたのがうまくいったな……自分で聞くのは無理だった』


「パパ、ここはなに?」リオラが首をかしげる。


「ここはね、お仕事をもらう場所だよ。パパも人を助けるんだ」


『IDだけ取ってすぐ出る』


『登録しよう』


――続く。

最近の数話、少しゆっくりしてしまったかもしれません。けれどリオラが仲間になった以上、彼女の場面を飛ばすことはできませんでした。これからはもっと物語の流れに乗せて進めていきます。ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。

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