第23章:昨日のささやき
太陽が頭上でまぶしく輝いていた。
柔らかな毛並みが手に触れる。
滑らかで心地よい感触。アルファが私たちを背に乗せ、高い木々の影の下を進んでいく。
リオラはアルファの厚い毛をぎゅっと掴み、前方をじっと見つめていた。
「レックス、あの場所はどんな所なんだ?」
彼が最初にリオラを見つけた場所のことを指して尋ねた。
「ふむ……小さな人間の集落でした。建物は木と石で造られていました。」とレックスは答えた。
『普通の人間の文明……か。』
『それじゃあ、あまり役に立たないな……。』私はその曖昧な答えに不満を覚えた。
「どのくらい小さいんだ? レックス。」
緊張と不安が声に滲む。
「……ここに来るまでの道のりの半分ほどの距離にありました。」
「壁は? 大きな石の門とか? 輝く鎧を着た兵士とか? 何か防御は?」
苛立ち混じりに問い詰める。
「いいえ、主様。壁はありませんでした。ただ、いくつかの家が並ぶ開けた場所でした。」
レックスは落ち着いた声で答える。
『小さな村……か。』
背筋に冷たいものが走る。最悪の事態を想像し、胸のざわめきが強まった。
『どうやって彼女はオークのキャンプに行き着いたんだ……?』
胸の締めつけ、呼吸の早まり。
アルファが私の不安を感じ取ったのか、速度を上げていく。
「人々はどうだった?」我慢できずに尋ねる。「どんな人間が住んでいた?」
「申し訳ありません、主様。」レックスの声は少し不確かだった。「私は遠くから観察しただけです。彼女を置いていったのは夜で……誰にも見られないように待っていました。」
鼓動が耳に響き、呼吸が浅くなる。頭の中を嫌な予感ばかりが駆け巡る。
『普通の村であってくれ……頼む。でなければ……俺はその村を残さない。』
怒りと恐怖が胸に渦巻く。
「……ですが、私が見たのは大人と老人ばかりでした。畑を耕し、多くの人が笑っていました。彼女を置いた場所には子供たちもいて、楽しそうに遊んでいましたよ。」
レックスは静かに、しかし力強く言い、さらに速度を上げた。
その言葉に、不安のほとんどが消え去った。
深く息を吐き、呼吸を落ち着ける。
私はそっとリオラの頭を撫でた。
彼女は私を見上げ、無邪気で大きな笑みを浮かべる。
その笑顔――純粋で眩しい光が、心の影をすべて消し去る。
鼓動が落ち着き、体から力が抜けていった。
「ありがとう、レックス。」
本心から感謝を込めて呟いた。
周囲を見渡す。速度は速いが、リオラは驚く様子もなく、目を輝かせて景色を見ている。
『速さは平気みたいだな……。次は高さに慣れさせるか。』
【お嬢様の周りの風圧を調整しております、主様。】
『なるほど……だから髪が風で乱れなかったのか。強風のときに髪を押さえる仕草……あれは可愛かったな。』
『竜巻やバーサーカーウルフに立ち向かったときも……。思い出すだけで笑みがこぼれる。』
「到着はいつ頃になる?」
「群れが耐えられる最大速度で行けば、寝床からここまでの時間の倍ほどで着きます。」
「よし。全速だ。」にやりと笑って言った。
「その言葉はよくわかりませんが……速く行けという意味ですね。承知しました。しっかり掴まっていてください。」
レックスの声は、困惑から決意へと変わった。
世界が流れるように過ぎていく。
私は考えに沈む。
『もし本当に良い村なら、助けられるかもしれない。フレッシュ・ピックの連中に連絡して交易路を作るとか。』
思わず笑みがこぼれる。
『子供たちのために遊び場も作ろう。リオラに作ったみたいに。……いや、プールは無理だ。管理する人がいない。』
先走っているとは思う。だが、こうして「与える」ことを考えるのは悪くない。
まずは会って、確かめなければならない。
時間はあっという間に過ぎ――到着した。
間違いない。村だった。
畑が広がり、木と石で作られた家々が並ぶ――はずだった。
『確かに村だった……。
……昔は。』
今は太陽の下、壊れた屋根。
苔に覆われた崩れた壁。
畑は雑草に変わり、作物の跡すらない。
声も、笑いも、命の気配もない。
ただ、沈黙だけが残されていた。
私は立ち尽くし、理解を拒む心で景色を見ていた。
「本当にここなのか、レックス?」
「は、はい。覚えています。西の教会の扉に彼女を置きました。あの時は……こんな廃墟ではありませんでした。その後、大きなオークの部族が森に入り、狩りを始め……私たちはこの地を放棄せざるを得ませんでした。」
崩れ果てた村を見渡す。
『この二年間で……何が起きたんだ?』
答えはない。
だが、感じる――村の端に、人の気配。
「レックス、森の近くに隠れていろ。俺たちで見に行く。ここで落ち合おう。」
私はアルファから飛び降り、リオラを抱いて村へと歩き出した。
歩みを進めるごとに、大地は自然に呑み込まれていた。
高い草が足を撫で、蔦が壁を覆い尽くす。
ここで何があったのか――少なくとも最近ではない。
家も、店も、大きな建物も――すべて同じように崩壊していた。
やがて、気配の源へとたどり着いた。
そこには、壊れた教会の門があった。
前庭は草に覆われながらも、かすかに手入れの跡が残っている。
中へ入る。
屋根はなく、陽光が差し込む。
奥に立つのは、かつての像の残骸。
足元だけが台座に残り、頭も胴も手足も、粉々に砕けて床に散らばっている。
ここが――リオラが置かれた教会。
私は視線をリオラへ移す。
彼女は困惑した表情。記憶を探っているのかもしれない。
「リオラ、この場所を知ってるか?」
優しく尋ねる。
彼女は小首を傾げて答えた。
「リオラ……おぼえてない。」
気配はまだ近くに――教会の裏。
回り込むと、草に埋もれるように並ぶ墓があり、その中央で、一人の男が墓石の前に座り込んでいた。
私はゆっくり近づき、数歩後ろで立ち止まる。
「すみません。」
男が振り返った。
年齢を感じさせながらも屈強な体。白髪は老いではなく、別の理由で染まったもの。
顎は鋭く、青い瞳には深い悲しみの影。
彼は赤いジャケットを羽織っていた。少し色褪せた化繊の布地が、消えかけの炎のように光を反射する。
襟には厚いベージュのフェイクファー。
紺色のズボンは軍用とも私服とも言えず、使い古した黒いブーツに収まっている。
「……皆、もういない。受け入れるしかないんだ。」
低くつぶやいた後、
「何の用だ? 俺にできることはあるか?」と問い返した。
「ここで子供たちを世話していた人を探している。」
男は前の墓を指差した。
ジョン・T・ロバートソン 享年60
その下に、粗削りの文字でこう刻まれていた。
「見返りを求めぬ慈愛に生き、奉仕に身を捧げた魂、ここに眠る」
私はしばらく沈黙し、そして尋ねた。
「ここで何があった?」
「……ついてきてくれ。」
男は立ち上がり、私たちを廃墟の教会へと導いた。
倒れた柱の上に腰を下ろし、彼は語り始めた。
「ここは元々、平和な村だった。一人の男が孤児院を開き、子供たちを育てていた。やがて彼は神性を得て……女神の声を聞くようになった。病を癒し、人を助け、決して見返りを求めなかった。」
男は壊れた女神像を見つめる。
「村人たちは彼を敬い、この像を建てた。女神アネッサ――“何も求めぬ御方”。」
声が重くなる。
「だが一年前、アデッサ教会の者たちが来た。ここが悪魔神を崇めていると決めつけ、やめろと言った。村人たちは孤児院と女神を守った。それを口実に、教会は彼らを“悪魔崇拝者”と断じ、虐殺した。……子供たちが生贄にされているとまで言いながらな。」
胸が痛む。
『アデッサ教会……俺が治療で訪れた教会だ。じゃあ、リオラはどうやって……?』
男は声を落とした。
「俺は村の者じゃない。ただの古い友人で、時々訪れていただけだ。像もあまり見てはいないが、覚えている。陽光のように立つ姿。長い髪、穏やかな顔。星のように輝く瞳。常に与えようとする両手――見返りを求めぬ愛の象徴だった。」
その瞬間、像の欠片が浮かび上がり、震え、宙を舞った。
「……本当に、美しい場所だったのかもしれない。」私は呟く。
像は一つずつ組み合わさり――再び完全な姿を取り戻す。
男の目が驚愕に見開かれる。
【紳士の証言に基づき、修復を完了しました、主様。】
『よくやった、セバス。』
「この教会を運営していた人物について、もっと知りたい。」
私は像を見つめる男に声をかけた。
――続く
最近、更新が遅れがちでごめんなさい。
書くことに夢中になると、つい時間を忘れてしまうんです。
物語を楽しんでもらえていて、少しでも夢中になって読んでもらえていたら嬉しいです。
この世界や設定には自分でも強い思い入れがあるので、展開についての感想や「もっとこういう場面が見たい」などの意見があれば、ぜひ教えてください。
皆さんのフィードバックは自分の成長につながるし、執筆の励みにもなります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。これからも一緒に物語を歩んでいけたら嬉しいです!




